最終更新:2024/5/1
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【apartment】 (あぱるとめんと) 男性5:女性3。 生活とか、そういう物を書きたかったです。 有償版販売ページは
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。 【冬端 泰成(ふゆはしやすなり)】 会社員、三十代前半男性。 101号室の住人。「つつがなく毎日を過ごしたかった」人。 大学卒業後現在の会社に入社し、それなりに仕事を任されている社畜。 仕事に夢中になるあまり五年付き合った彼女を怒らせ、大喧嘩の末振っている。 紀は会社の後輩で友人。互いに敬語を使わない。 名前は七十二候の「閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)」+川端康成氏から。 ※一度だけ大声を出すシーンがあります。 【水沢 弥生子(みずさわやえこ)】 無職、二十代後半女性。 102号室に最近越してきた。「常にどこか別の場所に行きたかった」人。 父の病死を切っ掛けに家を出、父の遺産と複数人の男性に小遣いをもらいながらどうにか暮らしている。 他人の男に手を出した事が切っ掛けで殴られた上に、部屋の鍵を失くし困り果てていた所で泰成と出会う。 実兄である四季と折り合いが悪いものの、母親違いの美代とは親しかった。 名前は七十二候の「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」+野上弥生子氏から。 【魚上 紀(うおじょうおさむ)】 会社員、三十代前半男性(泰成の一つ、二つ年下)。「絶対安心できる居場所が欲しかった」人。 顔が異様に綺麗な男性で、女性関係に困る事なく暮らしてきた寂しがり屋。 兄弟に憧れており、天涯孤独となった潤一郎に同居を申し込む。 泰成は会社の先輩。プライベートな話もあけすけにできる良い友人。 名前は七十二候の「魚上氷(うおこおりをいずる)」+太宰治氏から。 【草木 潤一郎(くさきじゅんいちろう)】 高校生~美大生、十八歳→二十二歳男性。「早く大人になりたかった」人。 最近事故で両親を亡くした大人しい青年。口数は少ない上に無愛想だが、気は優しい。 両親の事故前から自立と美大進学の為にコンビニでアルバイトをしている。 作中後半、画家を志して金沢の美大に進学する。 名前は七十二候の「草木萌動(そうもくめばえいずる)」+谷崎潤一郎氏から。 ※「水沢四季」と兼ねる事ができます。 【結花 憲司(ゆいはなけんじ)】 古物商、三十代後半~四十代前半男性。 103号室の住人。「置いていかれる事をわかってる」人。 古物を店頭、ネット販売する傍ら当時五歳でストレス性失声症を患っていた鏡花を引き取る。 母親が浮気相手との間に憲司を身籠り、出産後父方に引きとられた経緯があり、千晶は父親違いの妹に当たる。 自身を顧みない家族親戚の中、鏡花の母親だけが自らを気にかけてくれていた事に今でも恩を感じている。 作中通して、鏡花、千晶の様子を見守っている。 名前は七十二候の「桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)」+宮沢賢治氏から。 【鷹乃 鏡花(たかのきょうか)】 高校生~美大生、十八歳→二十二歳。 103号室の住人。「大人になる事が楽しみで仕方がない」人。 幼い頃母親を亡くし、父親が失踪。父親に右米神から目じりに掛けて大きな火傷痕をつけられている。 憲司に引き取られるまでストレス性失声症を患っていた。 小学生時代同級生にいじめを受け、反抗して大怪我を負わせた事がある。 生家は紅葉という大地主で現在も援助を受けつつ何不自由なく暮らしているが、 憲司の境遇を思い千晶に特に理由は無いが苦手意識を持っている。 名前は七十二候の「鷹乃学習(たかすなわちわざをなす)」+泉鏡花氏から。 【水沢 四季(みずさわしき)】 茶道家、三十代後半男性。 水沢弥生子の実兄。「まずは心が知りたかった」人。 非常に不器用で口数も多くないものの、父の死後突然家を飛び出した妹、弥生子を探していた。 親子ほど歳の違う母親違いの妹、美代は勿論、十近く歳の違う弥生子との接し方にも悩んでいる。 弥生子と違い、物腰の柔らかい大人。 名前は七十二候の「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」+正岡子規氏から。 ※「草木潤一郎」と兼ねる事ができます。 【紅葉 千晶(くれはちあき)】 フリーライター、二十代後半女性。 「どこにもいたくなかった」人。 地区内で権力を持つ大地主「紅葉」の本家に生まれ、何不自由なく育ちながらも奔放な母親を嫌っていた。 父親違いの兄妹である憲司を長年嫌っていたが、母親の葬式の際自分を気に掛けてくれた為、以降は親交を持っている。 分家筋生まれの鏡花を非常に可愛がっている。 名前は七十二候の「楓蔦黄(もみじつたきばむ)」+与謝野晶子氏から。 ※水沢美代(みずさわみよ) 名前のみ登場。弥生子・四季の母親違いの妹。 (四季・弥生子の父親は二人の母親と離婚後、美代の母親と再婚している。) まだ十歳にもなっておらず、長兄の四季とは親子ほど年が離れている。 母、そして父を次々と亡くし、慕っていた弥生子が家を出た事で不登校・引き籠りがちになっている。 名前は児童文学作家の池田美代子氏から。 【配役表】 冬端泰成 : 水沢弥生子: 魚上紀 : 草木潤一郎: 結花憲司 : 鷹乃鏡花 : 水沢四季 : 紅葉千晶 : ======================================= <本編から四年後、金沢駅前の喫茶店。> 001潤一郎:あの、店長。 002弥生子:んー? 何。 003潤一郎:さっきから、店の前に座り込んでる奴がいるんすけど。 004弥生子:え、嘘。 ……ほんとだ。 困ったな。 新幹線の終電すぐって、なんでこう酔っ払いが多いかな。 追っ払って来て下さいよ。 男の子なんだから。 005潤一郎:看板しまうのと花の水やり、今日は店長の番です。 006弥生子:……わかった、わかった。 バイトくんに怪我とか、させるのもアレですよね。 007潤一郎:<溜息> <弥生子、店頭まで歩き、座りこんだ泰成を見つける。> 008弥生子:──……あ。 あの、ちょっと。 <101号室前。怪我をしてドアを背に座り込む弥生子と、帰宅した泰成。> 009泰成 :……おい。 おーい、生きてますかー。 010弥生子:<絶え絶えに> ……ん、ん……? あー……なんですか。 011泰成 :意識はあるのか。 どなたですか。 012弥生子:<絶え絶えに> あ、この部屋の、人? お邪魔してます、イチゼロニ号室の者です。 鍵、失くしちゃって、入れなくて。 013泰成 :隣? 人がいたのか。 014弥生子:最近、引っ越して来まして。 ミズサワです、怪しい者では、ないです。 015泰成 :警察と救急車、どっちを呼べばいい。 016弥生子:どっちも、ちょっと。 017泰成 :……はあ。 018弥生子:匿(かくま)っては、もらえませんか。 019泰成 :なんでそんな怪我をしてるのか、納得できれば、まあ。 020弥生子:痴情の縺(もつ)れで。 021泰成 :……あー……立てますか。 <101号室内。弥生子の髪にドライヤーを当てる泰成。> 022弥生子:それでどうして、こうなるんですかね。 023泰成 :は!? 今なんて!? 024弥生子:それで! どうして! こうなるんですかね! 025泰成 :<ドライヤーを止める> あのまま捨て置く方が気分悪いですから。 026弥生子:だからって手当して、お風呂入れて、髪乾かして梳いて、まあ至れり尽くせりで。 027泰成 :こんなモンか。 腕、その怪我じゃ上がらないでしょう。 昔実家の犬に、よくこうしてやってたんです。 028弥生子:なんだ。 面倒見が良いんだなあって関心してたのに、犬扱いだったんですか。 029泰成 :<溜息> ……鍵を換えるまではまあ、ここで過ごしてもらって構わないです。 痴情の、って事なら迂闊に部屋に入れないでしょう、よくわからないけど。 俺あっちのソファーで寝るん、 <弥生子に足を掴まれる> でぇ!? 030弥生子:ありがとうございました。 よくして頂いたんで、お礼に。 <泰成のベルトを弄る> 031泰成 :は!? あの、なんっ!? 032弥生子:目ぇつむってれば彼女とそう変わらないでしょ。 033泰成 :そういう問題じゃない! <抵抗しながら> 034弥生子:これでも犬よりはお行儀は善いですよ。 035泰成 :お行儀が善い女は礼だと宣(のたま)って野郎のベルトを外すのか!? 036弥生子:何か不満ですか。 037泰成 :あのな、その、……メシ! 食ったか! 038弥生子:<手を止める> ……いいえ。 修羅場から命からがら、だったんで。 039泰成 :あり合わせでいいなら作ってやるから。 大人しくしてろ。 040弥生子:作ってくれるんですか! 041泰成 :作る、作る。 だから、待て。 <犬に言いつけるトーンで> <泰成、キッチンへ逃げる。弥生子、追い掛けキッチンを覗く。> 042弥生子:お兄さん、お兄さん。 何作ってくれるんですか。 043泰成 :パスタか、冷凍のハンバーグ。 044弥生子:ハンバーグ、ハンバーグがいいです。 私、ハンバーグ好きです。 あれ、手作り? てっきりレトルトだと思いました。 自炊なさるんですね。 045泰成 :……まあ。 後、お兄さんじゃなくてヤスナリな。 046弥生子:<部屋を物色しながら> ヤスナリ、彼女いるんですか? 047泰成 :いない! ってか呼び捨てかよ。 明らかに俺の方が年上だろ。 048弥生子:折角教えてもらったんだもの、いいじゃない。 ふぅん。 彼女いないんじゃあお礼、何も問題ないじゃないですか。 てっきり彼女がいるから操でも立ててるのかと思った。 049泰成 :……ハウス! 050弥生子:鍵、無いから帰れません。 いてもいいって、さっき聞きましたよ? 051泰成 :座って、待ってろ! チンするから! <ファミレス。食事をする紀と潤一郎。> 052紀 :え、いいの!? 本当に!? <立ち上がる> 053潤一郎:うん。 054紀 :……ほ、んとに!? うわぁー……嬉しいなあ! 055潤一郎:嬉しいのはわかったから、座れ。 056紀 :あ、ああごめん、嬉しくって……。 そっかぁ。 僕、ジュンちゃんと一緒に暮らせるんだね! 嬉しいなあ、夢みたいだなあ。 今週末にでも部屋片付けるから、いつでもおいでよ。 057潤一郎:……持って行く物とか、あるか。 058紀 :何も持って来なくていいよ、着替えとか、身の回りの物くらいで。 059潤一郎:家の家具は、どうしたらいい。 060紀 :んー? その辺はさ、ヒロカワのおばさん達に上手くやってもらおうよ。 おばさん達の持ち家だからってさ、お葬式の場でジュンちゃんにわざわざあんな言い方する事ないし。 ああ言ってたんだ、どうにかしてくれるでしょ。 僕から言っとくよ。 061潤一郎:……まあ。 062紀 :……ごめん、気にしてる? 嫌な事思い出させちゃったね。 063潤一郎:おばさんの所も、受験生がいるって言ってたから。 仕方ないだろ。 064紀 :もー、ジュンちゃんがそんなの気にしなくていいんだよ! 065潤一郎:子供だからか。 066紀 :そうじゃない、そうじゃなくて! 家族を急に亡くしたばっかりなんだからさ、ジュンちゃんはまず、自分の心! 自分を大事にすればいいの! 067潤一郎:……。 068紀 :ジュンちゃんはさ、小さい頃から周りに気を遣い過ぎなんだよ。 069潤一郎:それは 070紀 :<遮る> 確かにジュンちゃんは口下手で、無愛想だけどさ。 でも、それとジュンちゃんが気を遣い過ぎるのは話が別! 071潤一郎:……。 072紀 :まあ、僕の所に来てくれるんなら、もう何も心配いらないよ。 僕を本当のお兄ちゃん、兄貴だと思ってさ、なんでも頼ってくれていいから。 073潤一郎:兄弟か。 074紀 :そうだよ。 僕憧れてたんだ、兄弟って。 075潤一郎:どっちが兄貴か、わかったモンじゃないけどな。 076紀 :ごめん、はしゃがないように気をつけるよ。 ほら。 ニンジンのグラッセ、また食べないんだろう? 僕に頂戴。 077潤一郎:ああ、口開けろ。 お前、ほんとこれ好きだよな。 <紅葉館。憲司と電話で話す千晶。> 078千晶 :──<溜息> それこそ余計なお世話だっての。 引き払ったっていくらにもならないよ、こんなデカイだけの家。 だから下宿募れば生活の足しに……あーのね、私をいくつだと思ってる? 野郎が夜這いに来たらやり返すから安心してよ。 いや言葉の綾だよ!? そりゃ女の子来てくれたらそっち優先! ……だから、その維持費をどうにかしようと思って、……ああーもうー……。 うわ、うるさっ。 <電話口を塞ぎ、溜息> ……寿司持たせてやったら、黙ると思ったんだけどなあ……。 <泰成と紀の会社。休憩中の二人。> 079紀 :あれ? 珍しいね、お弁当だ。 いいなあ。 080泰成 :お前、これがいいなあとか、嫌味か。 081紀 :ザ、男の弁当って感じ。 082泰成 :夕食が余ったんだよ、どうにか食べないと勿体無いだろ。 083紀 :ご飯八割、野菜炒め二割。 女の子が作った風には見えないけど……。 彼女、別れたんじゃなかったっけ。 084泰成 :……。 085紀 :睨まないでよ。 自作? 珍しいね、何かあったの? 086泰成 :……メシを作る必要ができただけだ。 087紀 :ふぅん、僕も作ってみようかな。 <101号室内。帰宅した泰成と寛ぐ弥生子。> 088弥生子:お帰りなさい。 ヤスナリ、今日の夕飯は餃子にしましょう。 089泰成 :……人の部屋で冷房つけて人のパンツとTシャツ着て、 その上人のベッドで読書たぁいい身分だ……あっテメェビール開けたな!? 090弥生子:お先に失礼してます。 男性用の下着っていーですよね、風通しよくて。 新鮮。 091泰成 :ん、あれ!? 俺鍵閉めて出たぞ、お前どうやって入った!? 092弥生子:人の金で買ったビール、美味しいですよね。 テレビで餃子の特集してて、つい。 093泰成 :<溜息> 人の話無視するなら帰れよ。 094弥生子:まあまあ。 ほら座って、スーツ脱いで。 <泰成の腕を引き、上着を脱がせる> 095泰成 :お前な、 096弥生子:はい。 <煙草を咥えさせ、ライターで火をつける> 097泰成 :あ、悪い……って! 何なんだこれ! 098弥生子:一人になるの嫌なんです、怖いんです。 099泰成 :な……っあ……あー……。 100弥生子:わかってくれるでしょ、ヤスナリ。 101泰成 :<溜息> ……この間の怪我の原因は。 102弥生子:痴情の縺れで。 103泰成 :<苛立って> もっと詳細。 104弥生子:うっかり手を出した男が同性愛者で、彼氏に本気で殴られて包丁振り回されました。 105泰成 :自業自得って言葉百っぺん辞書で引け! ほとぼりが冷めるまでは構ってやる! メシは一緒に作る! うちで食うなら後片付けはお前! 買い出しは俺! 今日のメシは餃子! いいな!? 106弥生子:ええ。 すみませんね。 107泰成 :謝るならその性癖どうにかしろよ。 よくあるのか、ああいう事。 108弥生子:たまに、運が悪ければ。 なんか、好きなんですよね。 人のモノ取るのって。 <103号室内。鏡花に誇らしげに寿司を披露する憲司。> 109憲司 :大収穫だよ。 七福堂(しちふくどう)のお任せ握り、高いんだよ、これ。 でも穴子が美味しいんだ。 110鏡花 :……それ、胸張って言う事なのかなぁ。 111憲司 :んー? 112鏡花 :チアキさんにごちそうしてもらったんだよね? 多分、ケンジさんがチアキさんにごちそうするのが普通なんだよ。 113憲司 :まあね? 114鏡花 :お礼の電話、した方がいいよね。 ああでも、ケンジさんがチアキさんに電話すると、またお屋敷の話になっちゃうから。 115憲司 :いいよいいよ、私がやるよ。 キョウカは受験勉強あるんだし。 チアキの事、苦手だって言ってたじゃないか。 116鏡花 :苦手だよ。 あの人風が吹いたら死んじゃいそうで、なんか怖いし。 なのに自分勝手で、私とケンジさんを見てるみたい。 117憲司 :マイペースだ、って言って欲しいんだけどね。 ……家の話はまあ、仕方ないだろう。 本家筋だからと、あんな大きい家に五年も一人で住んで。 118鏡花 :下宿する人、集めるんだっけ。 賑やかになるんじゃない。 119憲司 :それも心配なんだよなあ。 あの子は周りにとことん頓着しないから。 120鏡花 :悪い男が来るんじゃないか、って? 121憲司 :そう。 122鏡花 :<笑う> 大人になったら、そういう気持ちって踏ん切りがつくのかと思ってた。 123憲司 :妹だからね。 124鏡花 :父親違いのね。 125憲司 :……知ってたのか。 126鏡花 :チアキさんが教えてくれた。 嘘つかなくてよかったのに。 127憲司 :嘘はついてないよ。 その、ちょっと複雑だから。 128鏡花 :苗字が違うから、変だなとは思ってたんだよ。 もう子供じゃないし聞いても何も変わらないよ? 129憲司 :そうか、ならいいんだけど、……キョウカ、顔上げて。 130鏡花 :ん? なあに。 131憲司 :目の周りが赤いじゃないか、どうしたんだい。 132鏡花 :あ、これね、メイク変えたの。 今日学校帰りに友達と遊んで、そこで教えてもらった。 133憲司 :女の子の友達かい。 134鏡花 :<苦笑する> 男の子の友達に、メイクは教えてもらわないかな。 135憲司 :うんうん、痕も上手く隠れてるし、……へえ、上手くなったもんだ。 136鏡花 :でしょう。 ドファサルメイクっていう、流行りのメイクなんだって。 137憲司 :ド……? あ、瞼が赤色なんだね。 大人っぽく見えるよ。 138鏡花 :そうかな。 これなら痕も隠れるから、って。 139憲司 :へええ。 参ったなあ、子供は成長が早いと聞いてはいたけど。 キミは本当に一足飛(いっそくと)びで大人になるんだなあ。 そんなに急がなくていいんだよ。 ああ、キミに友達ができるか不安だった頃が懐かしい。 今日は飲むかあ。 140鏡花 :あはは。 飲み過ぎないでね。 <紀の部屋。帰宅する潤一郎。> 141紀 :おっ! お帰り、バイト戦士! お疲れ様! 142潤一郎:……なんだこれ。 143紀 :酷いなぁ。 見たまんま、今日の夕食です! 144潤一郎:オサム、オサムが作ったのか。 145紀 :そうだよ。 やってみると結構簡単だし、楽しいね。 オムライスなんて自分で作れると思わなかった。 はい。 <ケチャップを手渡す> 好きに絵、描いていいから! 146潤一郎:……廃棄の弁当、もらったんだけど。 147紀 :あ、そうなの!? ならそれは明日僕のお昼にしていい? 148潤一郎:俺が持ってく。 149紀 :ジュンちゃんはこっち。 開けてみて、開けてみて。 150潤一郎:…… <蓋を開けて、噴き出す> 151紀 :力作なんだよ、一口オムライス! 152潤一郎:その力作に、なんでゴマとハムがくっついてんだよ。 153紀 :ひよこっぽく見せたかったんだよ、キャラ弁? っていうか、やってみたかったの! 154潤一郎:怪物の集会になってる。 155紀 :そう言うならほら、ジュンちゃんケチャップで絵描いて見せてよ。 156潤一郎:ん。 157紀 :あ、それ僕の! なんで僕のに描くんだよ! あははは、なんで僕より上手いんだよ! <101号室前。> 158弥生子:<ノック> ヤスナリ、ヤスナリ。 明日ヤスナリが出掛ける時間に起こして下さい。 159泰成 :<ドアを開ける> ……いいけど。 なんだ、何をする気だ。 160弥生子:出掛けるんです。 起きる自信がないから。 161泰成 :わかった。 <103号室内。電話で千晶と話す鏡花。> 162鏡花 :チアキさん? どうしたんですか、こんな時間に電話なんて……。 ああ、またケンジさん潰れちゃったんですか。 迎えに行きますね。 大丈夫ですよ。 ちょっと休憩がてら、コンビニに行こうと思ってたんで。 何か、コンビニで買って来て欲しい物とかありますか? <紀の部屋。> 163紀 :今日のはね、すごいよ。 ほら! 164潤一郎:……肉か。 165紀 :ステーキ! 166潤一郎:食費、大丈夫なのか。 167紀 :そんな事心配しないで、食べてもらえるのが嬉しいんだから。 ほら、食べよう。 <紅葉館。電話で鏡花と話す千晶。> 168千晶 :そう? 悪いなあ、ほんとに。 キョウカがいて助かったよ。 私この人の事、引きずって運ぶのもできなくてさ、困ってたんだ。 キョウカの顔見たら、少しはしゃんとするだろうと思って。 ……んー? ああじゃあ、袋に入ってるカット野菜、あるだろ。 あれ買って来てよ。 ドレッシング入れて食べると楽なんだ。 金は後で渡す。 キョウカは本当に良い子だなあ。 あんまり、根詰めたら駄目だよ。 <泰成と紀の職場。> 169紀 :……え、何それ。 どういう関係? 170泰成 :面倒な隣人。 171紀 :あーね、だから最近お弁当なんだ。 172泰成 :まあ……。 173紀 :良い事だよ。 一人じゃないご飯って、楽しいよね。 174泰成 :お前はどうなんだ。 弟、仲良くしてるのか。 175紀 :してるよ。 彼もバイトが忙しそうで、ちょっとすれ違い気味だけどね。 これからも料理するの? 買ったレシピ本貸そうか? 176泰成 :……正直、助かる。 <101号室前。> 177弥生子:<郵便受けを開け、笑う> ……夕飯は牛カツ、ですか。 ああ、今日は帰って来ないといけなくなった。 この間のチャーハンも、ローストビーフも美味しかったけど。 どこでああいうの覚えるんだろう。 <103号室内、千晶と電話で話す憲司。> 178憲司 :──余計だろうがなんだろうが言うよ。 あのね、キミはそう言うと思うし、確かに古い家だけども。 だからこそ早いうちに引き払うべきだと思うし、キミはその家にいるべきじゃない。 それに下宿の話だって、私は賛成しかねるよ、何度も言うようだけど。 大家(おおや)業も楽じゃないからキミの負担になりかねないし、 お風呂や手洗いが共用スペースになるんだ、男性も迎え入れるつもりなんだろう? ……は!? 馬鹿な事を言うんじゃない! これ以上心配させないでくれよ! そりゃあキミだっていい歳だからまあ、そういう事もあるだろうさ、あるだろうけどね? 何か間違いがあれば私が卒倒してしまうよ!? もしもし、もしもし、聞いてるのかい、チアキ! <101号室前。弥生子のケータイが鳴る。> 179弥生子:うわ、またあのおっさんだ。 最近連絡しつこいし、今日で切ろうかな。 でも金払いは良いんだよなあ……。 ……なんか、こうしてみると。 紙のやりとりって楽でいいな。 牛カツ、牛カツ。 あはは、ヤスナリって、意外と綺麗な字してる! <鏡花の回想。幼い頃の鏡花を、憲司が叱っている。> 180憲司 :──キョウカ。 お友達の頬をぶったんだって? 担任の先生に聞いて驚いたよ。 どうしてそんな事をしたんだい。 私にはそんな子には見えないんだけどな。 ……困った事があったなら、教えてくれないとわからないよ。── <103号室内。電話で千晶と話す鏡花。> 181鏡花 :<苦笑する> わかりました、買って行きますね。 ……良い子なんかじゃ、ないですよ。 私は。 表面とか、建前だとかは、いくらでも良い子にできますけどね。 <千晶の回想。母親の葬式の場で、千晶に向かう憲司。> 182憲司 :──チアキ。 本当にいいのかい。 お母さんとは、これで本当にお別れだよ。 どんなに嫌いでも、焼かれてしまったらもう、会えないんだよ。 チアキ。 キミがこれからお母さんを思い出す姿が、嫌いな姿のままで、いいのかい。── <紅葉館。電話で鏡花と話す千晶。> 183千晶 :なんだそれ、ケンジが聞いたら泣くぞ。 私より意地っ張りじゃないから、きっとお前は良い子だよ。 <紀の部屋。> 184紀 :ごめん、ごめんね、お弁当作れなくて本当にごめん……! 185潤一郎:気にしてない。 オサムは夕飯、食ったのか。 186紀 :僕もまだなんだ、ごめん、洗い物したらすぐ準備するから! 187潤一郎:廃棄の弁当がある、今日ぐらいそれでいいだろ。 188紀 :駄目だよ、ちょっと待ってて! 189潤一郎:<溜息> ……そんな、ムキにならなくても。 <紅葉館。電話で鏡花と話す千晶。> 190千晶 :何よりさあ、キョウカ。 お前は住む場所が離れようが、これからいくらでも、好きなだけ、 この飲んだくれに恩返しができるじゃんか。 <101号室内。室内で目を覚ます二日酔いの泰成。> 191泰成 :あー……ったま痛い……俺どうやって帰ったんだ……? ん、……ああ、アイツが部屋に押し込んでくれたのか。 汚い字だな。 <103号室内。電話で千晶と話す鏡花。> 192鏡花 :……チアキさん、たまに変な言い方をしますよね。 まるで、チアキさんはそれが、恩返しができないみたいな言い方ですね。 <紀の部屋。> 193紀 :……んん、ん……? <起きる> あれ、ジュンちゃん……? あ、コンビニの朝勤かぁ。 ……書き置きとか、して行ってくれたらいいのに。 <紅葉館。電話で鏡花と話す千晶。> 194千晶 :私は、それを、恩返しってヤツを。 してこなかったってだけだよ。 <101号室内。> 195泰成 :お前、ほんっとに字が下手だよな。 今日ポストに入ってた書き置き、一瞬読めなかったぞ。 196弥生子:昨日あなたがポストに入れてた怪物の落書きよりはマシでしょう。 197泰成 :なんだと。 可愛く描けてただろ、ウサギ。 198弥生子:なんですか、夕飯が用意できなかった言い訳がそれですか? 199泰成 :馬鹿言うな、見てみろ。 要望通りおでんだぞ。 食器を持てい。 200弥生子:やった! 冷房の中で食べると美味しいんですよね。 201泰成 :昨日から冷やしてた酒もあるからな、華金だ、贅沢するぞ。 さてさて、冷酒か、ビールか。 お前、どっちからにする? <103号室内。飛び込んでくる鏡花。昼寝をしている憲司。> 202憲司 :……キョウカ? どうしたんだい、そんなに慌てて。 <のそのそと起き上がる> 203鏡花 :ああやっぱり寝てた! ケンジさん! 今日、三者面談! 204憲司 :えっ、うわ、もうこんな時間か! ごめん、ちょっと昼寝をしてて! 205鏡花 :わかってる! 電話に出ないから、迎えに来たんだよ! 遅刻しちゃうよ、ほら、早く、早く! 206憲司 :ごめん悪かったよ! ほら、支度するから、引っ張らないで! <101号室内。> 207泰成 :……それ、その鍵。 208弥生子:ええ。 この部屋の合鍵です。 餃子を食べた日の昼頃、部屋の前でばったり行き合って。 隣人だと話したら、渡してくれって。 209泰成 :……そうならそうだって言えよ。 210弥生子:美人でしたね。 大方、仕事にかまけてって所ですか。 そりゃ未練でしょう、飲んだくれて家の前でぐーすか寝てるのも納得です。 211泰成 :忘れろ。 でも、なんで仕事が原因だってわかった? 212弥生子:パソコンの所の資料の山、仕事関連でしょう。 あんなに持ち帰らないと成り立たないのなら、まあ想像はつきます。 213泰成 :……そうか。 214弥生子:そんな落ち込まないで下さいよ。 もらっていいですか、これ。 215泰成 :は? 216弥生子:これがあれば私、DVD見たり、掃除したり、本読んでたり、 シャワー借りたり、服を借りたり、できます。 217泰成 :頭に勝手に、って逐一頭に付けろ。 218弥生子:<むっとして> 勝手に宅急便受け取ったり、 勝手にゲリラ豪雨に降られそうな洗濯物取りこんで畳んだり、 ──勝手にこういう物、買って来たりしますけど? <日本酒をどかっと置く> 219泰成 :……醴泉正宗(れいせんまさむね)。 220弥生子:好きですか。 気が合いますね。 221泰成 :好きも何も、目が無い。 待ってろ、ツマミ持って来る。 <潤一郎のバイト先、コンビニ。> 222紀 :こんばんは。 嫌そうな顔しないでよ。 レジお願いします。 223潤一郎:……いらっしゃいませ。 品物お預かりします。 224紀 :おお。 225潤一郎:ポイントカードはお持ちですか。 226紀 :おお! 227潤一郎:ご提示ありがとうございます。 こちら、温めますか。 228紀 :おおお、はい! 229潤一郎:温めた品物は、袋をお分けしてよろしいですか。 230紀 :おおおお! 一緒でいいです! 231潤一郎:恐れ入ります。 六点で、千四百五十二円になります。 ポイントでのお支払いも可能ですが、いかがなさいますか。 232紀 :え、ポイント? 233潤一郎:……一ポイント一円で使える。 今、百三十ポイント貯まってる。 234紀 :そうなんだ。 じゃあ、二円使って下さい。 235潤一郎:かしこまりました。 箸はご入り用ですか。 236紀 :すごい、すごいね、コンビニの店員さんだ! お箸いらないよ! 237潤一郎:なんだよ。 238紀 :働いてる所、見てみたかったんだ。 すごいね、どうやったらそんなに喋りながら袋に入れたり、お金扱ったりできるの! 239潤一郎:慣れ。 240紀 :そっかあ。 ほら、親戚の集まりで会うジュンちゃんばっかり見てたから、新鮮だなって。 241潤一郎:結構恥かしいんだけど。 242紀 :そんな事ない、立派だよ! あ、そのジュースはジュンちゃんのだから。 休憩の時に飲んで。 243潤一郎:は。 244紀 :いいから、ね! ……最近、話もできてなかったし。 顔が見れてよかった。 245潤一郎:……こちら、レシートです。 246紀 :ありがとう。 じゃあ、あと少し頑張ってね! 247潤一郎:…… <小声で> ありがとう、ございます。 <101号室内。飲んだくれた二人。> 248弥生子:何言っても、これ返しませんよ。 249泰成 :俺もいらん。 ならもうお前、それ使ってここに住めよ。 250弥生子:そうします。 251泰成 :……宅急便と洗濯物、ありがとう。 助かった。 <紅葉館。インターホンを押した憲司と、出迎える千晶。> 252千晶 :<溜息> ……いつも言うけど、母方の実家なんだから勝手に入って構わないよ。 253憲司 :そうは言っても、僕はこの家に入る資格を持たない。 254千晶 :元凶も、しきたりだの何だの煩(うるさ)いじじばばも、もういない。 私だけ。 それともなんだ、私があのじじばばのように煩いと、そういう嫌味かな。 255憲司 :違うよ、でも。 256千晶 :私はそれなりに箱入り娘してきたんだ。 遠慮するのは私の方だと思うんだけどな。 わざわざインターフォンで呼び出さなくても、連絡くれたらちゃんと顔を出すよ。 257憲司 :……ちゃんと食べてるかい。 クマがすごいよ。 258千晶 :明日締切で。 ちょっと忙しい。 259憲司 :悪いね。 これで勘弁。 260千晶 :は、ムーンペーパーのケーキじゃん! なんて気の利いたお兄様なんだ! 261憲司 :おお、よかった、キミも好きか。 キョウカに流行りのケーキ屋を教えてもらったんだ。 262千晶 :あああ、ご丁寧に全種類……! ありがとう、生きられそう! 上がって、丁度新しい紅茶を買ったんだよ。 一人じゃ味気ない。 263憲司 :<笑う> お言葉に甘えるよ。 持って来ておいてアレだけど、一気に一人で食べちゃダメだよ。 264千晶 :なんで。 265憲司 :キミ、偏食が酷いから。 266千晶 :固形物食べてるだけマシだと思ってよ。 最近は野菜もちゃんと食べてる。 そう言うなら、キョウカも連れて来ればよかったのに。 267憲司 :あの子は明々後日(しあさって)、テストだそうだから。 268千晶 :そっか。 元気にしてる? こないだアンタが酔い潰れた時以来、全然顔見せてくれない。 269憲司 :元気だよ。 この間担任の先生と話したら、推薦で第一希望の大学に入れるだろうと。 270千晶 :何より。 陶芸だとか、造形方面に行きたいんだったか。 どこの学校? 271憲司 :金沢。 272千晶 :……それは、また、遠いな。 273憲司 :遠いね。 274千晶 :都内の美大でも勉強できるじゃないか。 なんでわざわざ。 275憲司 :キョウカが自分で探してきた学校なんだ。 決まり次第、行き来して住む場所を探す。 276千晶 :あの子、一人暮らし大丈夫なの。 277憲司 :<苦笑する> それはなんとも。 しっかりしてる子だから、まあ。 278千晶 :そうじゃなくて。 ……また、喋れなくなっちゃったり、しないの。 279憲司 :自信はないけど。 そうはならないように、育てたつもりだよ。 最近はね、顔の火傷痕を生かすお化粧も覚えたみたいだ。 280千晶 :そう。 まあ、すっかり目立たなくなったよね。 隠すばっかりじゃなくなったんだ。 281憲司 :それも友達に教えてもらった、って。 282千晶 :そっか。 確かに、心配なさそう。 283憲司 :いじめられていたあの頃が嘘みたいだ。 284千晶 :嘘なんかじゃないでしょう。 285憲司 :ああ。 ……ああ、ずっと心配していたいんだろうさ。 ずっと、手の掛かる子でいて欲しかったんだけどな。 286千晶 :<笑う> 懐かしいなあ。 アンタのあんなに困った顔を見たの、あの時が最初で最後だった。 <紀の家。> 287潤一郎:無理、してないか。 288紀 :ん? 289潤一郎:オサム、俺と暮らして、無理してないか。 290紀 :え、してないしてない! やだな、そんな顔してた? 291潤一郎:……俺は、廃棄の弁当でも構わないから。 たまには休んだ方がいい。 292紀 :ありがとう。 ジュンちゃんは本当に優しいよね。 <紅葉館。ケーキを前に話す千晶と憲司。> 293千晶 :そうかあ。 あんなに小さかったキョウカが、もう一人暮らしかあ。 もうお父さんもおしまいだな。 これからどうするんだい。 294憲司 :おしまいなんかじゃないよ。 親子の縁だ、切れっこない。 295千晶 :……そうかい。 296憲司 :……悪かったよ、つい。 297千晶 :いや。 果てしなく健全な、傍から見ていて清々しい程、良くできた親と子だと思うよ。 実際血が繋がっていても、そう上手くいく事は稀だろうに。 298憲司 :何もかも、あの子がしっかり者に育ってくれたおかげだ。 299千晶 :なあ、だからこそ聞きたいんだが。 300憲司 :ん? なんだい。 301千晶 :下心はなかったのか。 302憲司 :……下心? 303千晶 :キョウカはあの人の子だ。 あの人、親戚中で集まる度にアンタを気に掛けてたでしょう。 304憲司 :随分、懐かしい人の話をするね。 そうさな、初恋の人だった、ってのは否定しないよ。 305千晶 :おお。 306憲司 :初恋の人だった、でもそれだけだ。 何の美談もなくて、悪かったね。 307千晶 :ふうん、なんだ。 あの人の面影を見て、とかじゃあないのか。 308憲司 :ない、ない。 よく似たなあ、とふと思う事はあるけどね。 309千晶 :なんだ、そうなのか。 310憲司 :なんだい、急に変な事を聞いて。 311千晶 :いや。 ……そこまで出来過ぎた奇跡があるなら、この世も悪くないよなって思っただけだ。 312憲司 :……チアキは、時々不思議な事を言うよね。 そんな奇跡があるって確信したら。 キミはどうするんだい? <101号室内。弥生子が帰宅する。> 313弥生子:失礼通りますよ、ってさっきのアレ、傑作でした。 またやって下さい。 314泰成 :こっちは肝が冷えたぞ。 こないだとはまた別の男だったな。 俺、流石にアパートの真ん前で修羅場はどうかと思うぞ。 315弥生子:そうは言っても、付いて来られちゃったんで。 被害者です、私。 316泰成 :お前があまり帰らないのは、ああいう男の所にいるんだな。 317弥生子:たまにイチゼロニには帰ってますよ。 318泰成 :帰ってナニしてるかも聞こえてるぞ。 319弥生子:ヤスナリのえっち。 ああ疲れた、ベッド開けて下さい。 320泰成 :嫌だ。 このベッドはな、お前と違って俺としか寝ないんだ。 良い子だぞ。 しかしまあ喜べ。 おかえりとは言ってやろう。 321弥生子:なんですかその言い方、むかつく。 ほら、どいて。 蹴りますよ。 ……ん。 このゴウゴウ鳴ってるの、何の音ですか。 <アパートにほど近い路地、四季に呼び止められる鏡花。> 322鏡花 :……え? 323四季 :ミズサワヤエコ、という女性に、心当たりはありませんか。 324鏡花 :さあ……。 325四季 :……そうですか。 突然すみません。 326鏡花 :あ、いえ。 327四季 :私(わたくし)、こういう者です。 <名刺を手渡す> 328鏡花 :<受け取る> あ、ああ、ご丁寧に……。 茶道家、さんですか。 329四季 :不躾をお許し下さい。 突然家を出てしまった妹を探していて。 GPSで最後に辿れたのが、この辺りだったので。 330鏡花 :妹さん。 金沢から、遥々。 331四季 :ええ。 これ、写真です。 似た女性を見掛けたら、非通知でも構いません、ご連絡を頂ければ。 332鏡花 :綺麗な方ですね。 お兄さんに似ていらっしゃいますね。 333四季 :ありがとうございます。 では、これで。 334鏡花 :……あ、あの。 335四季 :はい。 336鏡花 :……金沢は、良い所ですか。 その、私、陶芸の勉強ができる所に、金沢に進学しようと思っていて。 337四季 :あなたみたいな若い方が、陶芸を。 338鏡花 :好きなんです、小さい頃から。 339四季 :そうですか。 嬉しいですね。 金沢は良い所ですよ。 気候も、食べる物も、街並みも。 何かの縁です、困った事があれば、頼って下さい。 340鏡花 :え、あ。 ありがとうございます。 ……。 <言い淀む> 341四季 :どうしました。 342鏡花 :……すみません。 こういう事、言うべきじゃないかもしれないですけど。 妹に会いたい、っていうのは、私にはよくわからないけども。 343四季 :はい? <101号室、冷房の壊れた室内。> 344泰成 :うっそだろ、おい……。 エアコン壊れるとか、おい……。 345弥生子:さっきまで動いてた癖に! 346泰成 :最悪だ。 この真夏日に壊れる奴があるか。 347弥生子:ヤスナリ、暑いです! 348泰成 :俺もだ。 よし、イチゼロニに逃げるぞ。 <アパートにほど近い路地。> 349鏡花 :……この住所の、私が住んでる隣の部屋、イチゼロニ号室。 最近、新しい人が来たみたいで。 男性か女性かまでは……。 350四季 :……いつ頃、ですか。 351鏡花 :三ヶ月くらい前に。 時期、合ってますか。 352四季 :……ありがとうございます。 353鏡花 :妹さん、見付かるといいですね。 <102号室内、冷房のきいた部屋。> 354弥生子:ああ、契約したままでよかった。 355泰成 :ほんとにな。 生き返った。 356弥生子:……あ。 飲み物、生活用品も、全部イチゼロイチに置きっぱなしです。 357泰成 :……俺一人で死なないぞ。 お前も道連れだ。 <紀の部屋。紀が帰宅する。> 358紀 :ただいま! ごめんね、遅くなっ……寝てるよねえ。 359潤一郎:……起きてる。 おかえり。 360紀 :あ、起しちゃったかな。 361潤一郎:起きてた。 362紀 :ああ、ごめんね。 またお弁当作れそうにないや。 363潤一郎:廃棄の弁当があるぞ。 364紀 :<冷蔵庫を開ける> あー……卵が全滅だ、あー……野菜も……。 うう、シャワーも明日の朝でいいや、僕も寝るよ。 365潤一郎:ああ。 366紀 :ごめんね、何もしてあげられなくて。 367潤一郎:いい。 仕事が忙しいんだろう。 368紀 :そうなんだけど……ごめんね。 なんだか、ずれてくねえ……。 369潤一郎:……。 370紀 :<寝息> 371潤一郎:……。 <103号室内。> 372鏡花 :ねえ、ケンジさんも、チアキさんが遠くに行ったら、会いに行く? 373憲司 :ん? なんだい急に。 374鏡花 :……ちょっと前に、妹さんを探してる人に声、掛けられて。 その……あんまりよくないかなって思ったけど。 うちの隣、最近新しい人が来ましたよ、って、教えちゃった。 375憲司 :……んー。 確かにこのご時勢、あまり善い事をしたとは言えないね。 376鏡花 :でも、その、本当に困ってたみたいだったから。 377憲司 :うん。 時勢はどうであれ、困ってる人を見捨てなかったのは善い事だ。 378鏡花 :ありがとう。 時間が経って、罪悪感が沸いたっていうか。 ちょっと困ってたんだ。 荷が下りたよ。 379憲司 :そう。 380鏡花 :金沢から来たんだって。 これ、もらった名刺。 381憲司 :茶道家さん? そりゃすごいな。 <名刺を眺める> ……? 382鏡花 :妹に、なんて聞いたらさ。 やっぱりケンジさんとチアキさんの事、思い出して。 383憲司 :あ、思い出した。 384鏡花 :聞いてよ。 385憲司 :キョウカ、キョウカ。 この人最近テレビに出てる茶道家さんだ。 386鏡花 :……え、嘘。 387憲司 :そうだよ。 いやあ、すごいな。 良い縁じゃないか。 388鏡花 :金沢に進学するつもりって言ったら、何かあれば頼っていいって。 389憲司 :本当に? そうか、そうか。 困る事があったら、頼ってみようじゃないか。 390鏡花 :いや、さすがに社交辞令だとは思うけど……。 でも。 妹さん見付けられたのかは気になるから、また会えたらいいな。 <102号室前。鍵を開けようとする泰成と、出くわした四季。> 391四季 :……ここは、女性の部屋ではないんですか。 392泰成 :は。 393四季 :ここに、ミズサワヤエコという女性が住んでいませんか。 あなたより少し背が低い、泣き黒子のある、長い黒髪の。 394泰成 :……この部屋は確かに、ミズサワという女性が住んでますが。 あの、どちら様でしょうか。 395弥生子:<帰宅する> あ、ヤスナリ。 あなたも今帰りで── <四季を見とめる> ……なんで、ここに、いるんですか。 396四季 :……電話番号を掴んでも、あなたが一度しか出ないから。 随分探しましたよ。 ヤエコ。 <紅葉館。向かい合って座る潤一郎と千晶。> 397千晶 :……ふんふん、へええ。 両親を亡くして、高校に通いながらバイトをしてると。 398潤一郎:バイト自体は、高校に入ってから。 399千晶 :じゃあもう長いんだ。 えらいね、結構結構。 今はどこに住んでるの。 400潤一郎:……従兄弟の家に、居候しています。 401千晶 :成程。 この家デカいけど、もう何年も私一人で住んでいてね。 だから下宿を始めようと思ってる。 家賃の融通はするつもり。 ぶっちゃけ、今時下宿だなんてーとは自分でも思ってたんだ。 だからサービスするよ。 ね。 402潤一郎:……はあ。 403千晶 :気に入ったよ。 今時珍しい、絵に描いたような苦学生じゃないか。 私はフリーランスでライターをやってる、締切前は昼夜問わず働いてる。 生活のリズムはキミと大違いだろう。 肉じゃが作り過ぎたから食べて、とか、それ系の話は期待しないで。 私、食べるの好きじゃない。 まともな人間の生活してない。 後、滅茶苦茶煙草吸う。 私は私の生活に、キミという未知の要素が加わって、楽しければそれでいい。 面白ければ何でもいい。 それでもいい? 404潤一郎:はい。 405千晶 :同じ屋根の下に住んでるのに、生活リズムが全く違うってのは。 きっとキミが思ってる以上に大変だよ。 それでも? 406潤一郎:構いません。 407千晶 :そっか。 なら、キミ、ジュンイチロウくん? さえよかったら、是非うちにおいで。 408潤一郎:ありがとうございます。 409千晶 :従兄弟さんに話は通してあるかい。 なに、未成年だから許可を取っていらっしゃいなんて、つまんない事は言わないよ。 居辛くなってーとか、いじめられてるーとかで、 後方支援が欲しいってんなら手伝わせて欲しいって、それだけ。 折角の下宿希望者、第一号だからさ。 あくまでキミと私は対等だ。 410潤一郎:いえ、そういう訳ではないので、大丈夫です。 ……自分で、話します。 お世話になります。 <102号室内。> 411弥生子:放っておいて下さい。 帰りませんよ、ミズサワの家には。 412四季 :ヤエコ。 あなた、望んで家を出た訳じゃあないでしょう。 413弥生子:私が捨てました。 いらなくなりました。 もうミズサワの人間ではありません。 414泰成 :あの、話が見えないんだが。 415弥生子:ヤスナリはちょっと黙ってて下さい。 416泰成 :じゃあなんで俺も上げ、 <弥生子に睨まれる> ……うっす。 417四季 :……ヤエコ。 あなたを連れ戻す為にここに来たのではありません。 線香の一本、上げに帰ってはくれませんか。 父親なんだから。 418弥生子:……気が、向いたら。 419四季 :ミヨもあなたに会いたがっています、 420弥生子:あなたは、あの子と生活していく自信がないから、 私に戻って欲しいだけなんじゃないですか。 421四季 :……。 422泰成 :お、おい……。 423四季 :<立ち上がる> 元気にしているあなたを見付けて、私は嬉しいですよ。 きっと、ミヨも喜びます。 <103号室内。> 424鏡花 :あ。 困った事といえば。 ふふ、あるよ。 425憲司 :何かあるのかい。 426鏡花 :んー……。 <笑う> ケンジさんは、結婚はしないの。 427憲司 :えー? はは、どうだろうなあ。 428鏡花 :またそうやってはぐらかす。 茶道家さんなら、素敵な独身のお知り合いとか、いらっしゃらないのかな。 429憲司 :キョウカ。 私は、お前が元気でいてくれたらそれでいいんだよ。 430鏡花 :一人じゃ寂しいでしょう。 431憲司 :うん、そうかもしれない。 432鏡花 :私が出て行ったら、どうするの。 433憲司 :仕事をしながら、たまにキョウカに会いに行くよ。 434鏡花 :あはは。 きかんぼうだね、ほんとに。 暖簾(のれん)に腕押しって、こういう事をいうんだろうね。 ……あなたは私のお父さんなんだから、幸せになってもらわなくちゃ困る。 ねえ、私は大人になるよ。 春には金沢に行くんだよ。 ケンジさん、のんびりしてるから。 待ってたら大人になるの、遅刻しちゃう。 435憲司 :それはお父さん困るなあ。 父親としては問題だよなあ。 ──……まるで、追い抜かれて、置いていかれる気分だ。 <102号室内。> 436泰成 :……名前、ヤエコっていうんだな。 437弥生子:突っ込むの、そこなんですか。 438泰成 :兄貴、最近よくテレビに出てる。 イケメン茶道家とか、なんとか。 439弥生子:よくわかりましたね。 ミヨを育てる為に、小遣い稼ぎだそうです。 440泰成 :ミヨ、というのは。 441弥生子:妹です、義理の。 まだ小学生の。 442泰成 :……そうか。 443弥生子:あれ。 聞きたい事は、それだけですか? 444泰成 :お前が話したいなら、聞く。 俺からは、聞かない。 俺とお前は、ただの同居人だから。 <紅葉屋敷。> 445千晶 :──なんだ。 珍しい事をしてるじゃないか。 ジュンイチロウ、料理ができるのか。 すごいなあ。 446潤一郎:……少しなら。 447千晶 :ねえ、私の夕食を作らないか。 448潤一郎:食べないって、入居の時、言って。 449千晶 :なんだその顔。 仙人じゃないんだ、面倒だけど一応は食べるぞ。 カロリーメイトにもウィダーインゼリーにも飽きてきたんだ。 450潤一郎:……あの、コンビニのカット野菜にドレッシングを入れるのは。 451千晶 :あれも飽きた。 最初は面白かったんだけどな。 ほら、作ってくれるのかい。 452潤一郎:……オムライスで、いいなら。 453千晶 :やった。 人にメシを作ってもらうなんて、いつ以来だろう。 ……何か言いたそうだな。 店で食うのが一番駄目なんだ。 大方食べきれない上に金を払うの、嫌なんだよ。 <泰成と紀の職場。> 454紀 :……は? ……ん? ど、同居人? 一緒に住んでるの? 455泰成 :そう。 酒の趣味が合ってな。 456紀 :え、え、ねえ、ミズサワさんって女の子、だよね。 457泰成 :そうだ。 458紀 :一緒に住んでるの? 459泰成 :ああ。 一緒に住み始めて改めて思ったが、あいつ、あまり帰って来ない。 460紀 :ふぅん。 ねえ、僕会ってみたいよ。 ヤスナリくんの家、遊びに行っていい? 461泰成 :……。 462紀 :何? 463泰成 :お前、弟が来てからとんと、付き合い悪かった癖に。 464紀 :<苦笑> まあね、出て行かれちゃあね。 <紀の家。> 465紀 :……で、ええっと。 何か用かな。 466弥生子:遊びに来ました。 入れて下さい。 寒いです。 467紀 :え、あ、いいけど。 散らかってるよ? 468弥生子:この間、遊びに来てもいいよって言ったの、あなたじゃないですか。 彼女がいるとか、別れたばかりだったら遠慮しますよ、流石に。 469紀 :……ううん、いないよ。 上がって。 470弥生子:どうも。 あなたみたいな綺麗な顔の人の食生活に興味があって。 471紀 :僕の? はは、ミズサワさんだって綺麗な顔してるのに。 472弥生子:冗談です。 バイト先から近いんですよ、ココ。 473紀 :あ、そうなの? どこでバイトしてるの、今度は僕が遊びに行きたい。 <103号室内。> 474鏡花 :チアキさん、下宿の人見つかったんだ。 475憲司 :だ、そうだよ。 476鏡花 :男の子だ? 477憲司 :そう。 お前と同い年の男の子。 大学に入るまでの下宿人。 478鏡花 :そっかあ。 だから最近、機嫌悪かったんだね。 479憲司 :悪くないよ。 480鏡花 :煙草、増えてるよ。 わかりやすい。 481憲司 :機嫌が悪くなる訳ない。 すごく良い子らしい。 ご飯とか、作ってくれるらしい。 482鏡花 :それが複雑なんだ。 483憲司 :ちょっと面白くないだけだよ。 484鏡花 :それをね、世間では機嫌が悪いっていうんだよ。 485憲司 :……私はね。 ただ、チアキがきちんと生きられるようになってくれたらね。 486鏡花 :それだけでいい、って? <溜息> あのね、ケンジさん。 何かしらの不具合があって、それが難しい人っていっぱいいるんだよ。 小さい頃の私みたいにさ。 487憲司 :そんな事、例え事実だとしても言わないでくれよ。 チアキも時々似た事を言うけど、聞く度胃の辺りが冷たくなるよ。 488鏡花 :……わかった。 ごめんね。 489憲司 :わかってくれたらいいんだよ。 キョウカは小さい頃から、頑張り屋さんで、必要以上に貯め込んでしまうからさ。 そんな言葉になる前に、もっと私に頼っていいんだよ。 <泰成の職場。> 490泰成 :──……転勤、ですか、はあ。 どこに……広島……。 あ、いえ。 住む場所を変えて、特に困る事もないんで。 ええ。 受けようと思います、その話。 だって、とんだ栄転じゃないですか。 <紅葉館。千晶を起こしに来た潤一郎。> 491潤一郎:チアキ、チアキ。 起きろ。 492千晶 :……んー、なんだ。 寝込みを襲いに来たのか。 493潤一郎:今日、十五時から打ち合わせだろ。 494千晶 :……んあ、やっべ! 495潤一郎:まだ時間は大丈夫だ、メシ食え。 ホットサンドだ。 496千晶 :おお、あれ、美味いやつ! 食べる食べる。 あ。 打ち合わせって事は、ジュンお前今日、合格発表じゃ。 497潤一郎:受かった。 498千晶 :……はは! そうか、そうか! よかった! 打ち合わせよりよっぽど大事だろ、起こせよ! あ、兄貴分には報告したのか。 499潤一郎:……尋ねたら、知らない女がいたから。 帰って来た。 500千晶 :……そう、か。 悪い。 501潤一郎:なんでチアキが謝る。 俺がいなくなってオサムが好きな奴と暮らしてるなら、それでいいだろう。 502千晶 :にしても電話は入れろ。 心配してるぞ。 503潤一郎:……掛けにくい。 俺が逃げて来たから。 504千晶 :じゃあ良い機会じゃないか。 勉強が忙しかったから掛けれなかった、とか適当言えよ。 505潤一郎:どんな顔をすればいいのかわからない。 506千晶 :電話なんだから顔なんて見れないだろ。 ついでにメシでも食おうって誘え。 実物に会いたい、付いてくぞ。 507潤一郎:……チアキが、そう言うなら。 508千晶 :なんだそりゃ。 まあ、楽しみにしてるから。 ジュンの自慢の兄ちゃん、話を聞くだけで良い男だってわかるからな。 <102号室、去り際に泰成と話す四季。> 509四季 :人が嫌いなあの子が、人を持て成す事しかできなかったあの子が。 それだけを追ってきたのに、私という愚兄(ぐけい)に、それすら奪われたあの子が。 あんなに活き活きと人と話すのを、初めて見ました。 ヤスナリさん、といいましたか。 よくして下さっているんですね。 ありがとうございます。 ……これからも、仲良くしてやって下さい。 <101号室、泰成一人の部屋。> 510泰成 :……そう言われても、仲良くする相手が家にいない訳だが。 <101号室、泰成がいない部屋。> 511弥生子:……流石に、これだけ部屋を空けたら夕飯の書き置きは無いか。 だからってこれは、あんまりじゃないですか。 異動辞令、……広島って。 ここからどれくらいだっけ。 <101号室、泰成一人の部屋。> 512泰成 :……家で飲むのはつまらんな。 今度オサムを誘うか。 ああー……くっそ、なんでアイツ帰って来ないんだ。 <紀の家、ベッドにいる紀と、服を着る弥生子。> 513紀 :ねえ、ヤスナリくんとはどうなの。 514弥生子:どうって? 515紀 :寝ないの。 516弥生子:寝ませんよ。 517紀 :えーそうなの? 残念。 彼そういう話全然しないからさ。 聞きたかった。 518弥生子:残念でした。 私ともそういう話はしませんよ。 519紀 :そういう話云々(うんぬん)の前に、ヤエちゃん最近ココに入り浸ってるじゃん。 何かあった? 520弥生子:そういえば、この間弟さんが来ましたよ。 521紀 :え。 522弥生子:仕事でいないと言っておきました。 礼儀正しくて可愛いですね。 高校生ですか? 523紀 :うん。 524弥生子:心配していましたよ。 あなたが寂しがり屋だからって。 525紀 :……。 526弥生子:あんまり似てないけど、優しい子ですね。 527紀 :でしょ、良い子なんだ。 528弥生子:私もそう思います。 じゃあ。 529紀 :また遊びに行っていい? 530弥生子:勿論。 友達としてなら。 531紀 :もう一個お願い。 532弥生子:なんですか。 533紀 :もう少し、ココにいない。 <103号室内。> 534鏡花 :よし、これで書類は全部かな。 あとはー……。 あ。 ケンジさん。 明日ミズサワさんが、駅まで来れば市役所まで案内してくれるって。 535憲司 :本当に? ああ、助かった。 地図を見るのがどうにも苦手でなあ……。 シキくんには結局、何から何まで世話になってしまったね。 在庫に良い茶器があったかな、彼に贈ろう。 536鏡花 :あ、私選びたい。 537憲司 :よし、キョウカに任せる。 キョウカはセンスが良いから、きっと喜んでくれるよ。 538鏡花 :プロのお眼鏡に適うといいけど。 539憲司 :こういうのはプロ相手だからこそ、胸を借りるつもりでやればいいさ。 キミは人と、さり気なく良縁を結ぶ。 人が作るモノとはそうあるべきだと、キミは知っているからね。 540鏡花 :ううん、なんだか過大評価されてる気もするけど。 お父さんの言う事だし、肝に銘じとく。 ……自分が作った物とか、自分がやった事で誰かと出会えるなら、 誰かに良い事があるなら。 なんかそれ、楽しいね。 <紀の家。ベッドにいる紀と、出て行こうとした弥生子。> 541紀 :なんでそんな事言うの、って、顔してる。 542弥生子:物分かりが良い人だと思ってたから。 543紀 :いいよ。 すごくいい。 物分かりが良いから、みんな離れてく。 544弥生子:みんなって、 <紀に手首を捕まれる> え、ちょっと。 545紀 :このまま手を引っ張っていれば、どこにも行けないよね。 546弥生子:……。 547紀 :……行けないよね。 548弥生子:そんな事、できないでしょ。 549紀 :うん。 550弥生子:あなたは優しいから、できないでしょ。 551紀 :うん。 ごめんね、びっくりさせて。 <手首を離す> 552弥生子:いいですよ、別に。 振り払うのは得意だから。 そんな事できるなら、もっと掴んでおかないといけない人がいたでしょう。 553紀 :ありがとう。 ヤエちゃんも、優しいね。 554弥生子:もし、本当に優しいなら、私もあなたみたいな寂しがりなんでしょうね。 ああ、嫌だ。 <弥生子、退室する。> 555紀 :──……ほんと、大人って嫌だよね。 家族とか、恋人とか、そういう名前が無いと一緒にいられない気がして。 その癖、何でもかんでも諦めがつけられるんだから。 <紅葉館。潤一郎に自分の話をする千晶。> 556千晶 :──ありきたりな病気だったよ。 でも。 あの時、棺(ひつぎ)に入った母親の顔を見ておけばよかったと、そう思ってるよ。 そうすればこの家にも、あの母親にも、これ程執着していなかったろう。 そうすれば私ももっとちゃんと、……いや。 人の所為にするのはよくないな。 私がおじと称しているあの男、実は父親が違う兄妹でな。 おじではなくて、同じ腹から生まれた兄貴なんだ。 先に生まれてる。 けどね。 私は幸運な事に、きっと余所の家庭に生まれた子よりも、 うんと幸せに育ったんだ。 父親、祖父、祖母、親戚中、皆私を可愛がってくれた。 それはもう、病的な程に。 ……私が生まれたのは、はたして一般的な家庭だったのか。 私とは一体何なのか。 考えずにはいられないよ、なにせ当事者だからさ。 話がそれた。 そう、私がおじと形容してきた兄貴だ。 あの人だけが、私に最後の最後まで、母親とお別れをしなくていいのかと、しつこくてな。 嫌いだったんだ、奔放な母親も、その象徴である兄貴も。 過去形だ。 それでも、私の決着に一番執着してくれたのは、私じゃない、あの人だけだった。 だからこそ今私は、皆に背を向けて、後ろ手でこの家にしがみついているんだ。 母親と同じ棺をねだっているだけなんだよ、きっと、私は。 ここから出る方法がわからないんだ。 もし、もしだよ。 人の絆とか、愛とか縁だなんていう奇跡があるんなら。 私はそれにあやかりたいから、ここにしがみついてるだけだ。 <深夜。コンビニへの道すがらにある公園。> 557鏡花 :あの。 ……あの、ブランコの、あなた。 これ、食べますか。 <肉まんを差し出す> 558紀 :……いいの? 559鏡花 :さっき、コンビニに行く時もあなたを見掛けました。 ずっとそうしてるんじゃないですか? 560紀 :……。 学生さん? ダメだよ、こんな時間に歩き回っちゃ。 561鏡花 :受験勉強してた時、この時間にコンビニに行くのが好きで。 ずるずる続けちゃって。 562紀 :受験生? 563鏡花 :推薦で受かったんですけどね。 564紀 :おめでとう。 565鏡花 :ありがとうございます。 で、これ。 <肉まんを差し出す> 566紀 :ほんとに、もらっちゃっていいのかな。 567鏡花 :寒そうですよ。 もらって下さい。 568紀 :……ありがとう。 あったかいや、肉まんなんて久しぶりだ。 569鏡花 :さっきそこを通って、驚いたんですよ。 暗い中に綺麗な顔が浮かんでて。 570紀 :僕? 571鏡花 :はい。 572紀 :そっか、気に掛けてくれたんだ。 全然気付かなかった。 573鏡花 :隣、いいですか。 574紀 :うん。 このブランコ、公共物だからね。 僕の許可はいらないと思う。 575鏡花 :じゃあ、失礼します。 <ブランコに腰掛ける> 大人でもこういう事、するんですね。 576紀 :大人だから、かもしれないよ。 少なくともキミくらいの頃は、誰かと一緒だった。 キミは? こうして知らない人に声を掛けたり、よくあるの。 577鏡花 :初めてです。 道を聞かれたりは、たまにありましたけど。 578紀 :そっか。 危ないからね、気をつけて。 579鏡花 :時勢はそうでも、気になったから。 580紀 :僕が? 581鏡花 :綺麗な人だなって。 582紀 :若い子にそう言われるって事は、僕もまだまだイケてるって事かな。 583鏡花 :<笑う> 584紀 :嘘でもそうだ、って言ってよ。 ……一番仲が良かった友達とか、可愛いな、って思った子とか、 家族みたいに思ってた人がさ。 みんな遠くに行っちゃうんだ。 それで、僕は一人でここで、何をしてるんだろうって。 585鏡花 :感傷に浸ってた、と。 586紀 :そう。 587鏡花 :遠くに行っちゃうのは、寂しいですか。 588紀 :そりゃあね。 自分が人より寂しがりやだって、自覚もあるし。 589鏡花 :会いに行っちゃえばいいじゃないですか。 590紀 :簡単に言うね。 591鏡花 :何も知らないから、簡単に言えます。 592紀 :……うん、それもそうか。 ねえ、あのさ。 キミさえよかったら。 連絡先、教えてよ。 593鏡花 :え。 594紀 :僕、人より寂しがり屋な自覚はあるんだ。 時々、こうしてウジウジしたくなったら、またキミに簡単に言って欲しいよ。 ……肉まんのお礼もしたいし。 その、駄目かな。 595鏡花 :……いいですよ。 いつでも、連絡下さい。 少ししたら私も引っ越しちゃうけど、それでもよければ。 596紀 :ねえ、これって僕が変質者みたいにならないかな。 597鏡花 :<笑う> そもそも声を掛けたのが私だから、セーフでしょう。 肉まんのお礼も、楽しみにしてますから。 <金沢。眠る美代に自分の話を零す四季。> 598四季 :──ヤエコの隣人の、あの子は。 一体どんな器を作るんでしょうね。 あなたが生まれた頃、ヤエコはあの子くらいの歳でした。 ヤエコが進学をせずに家を選んだのも、あの子くらいの歳でした。 今でもはっきり覚えています。 高校の卒業式のあの朝、 父さんより兄さんの方が格好良いから、卒業式に来て欲しいと私に言いました。 今ならわかります。 会いに行って、確信しました。 遅くに生まれた女の子でしたから。 家中皆、ヤエコを可愛がりましたから。 あなたに家族をとられるのが、怖かったんでしょう。 私に家元をと、父が今際に言ったあの時、気付いてあげられたらよかった。 ミヨ。 心を配るというのは、大層難しいですね。 人を愛するというのは、大層難しいですね。 あなたは。 こんな兄と姉の元に生まれてしまって、幸せですか。 <誰かに鏡花と自分の話をする憲司。> 599憲司 :──あの子が陶芸を、と言い出した時に。 驚いたけどね、私は嬉しかったんだよ。 両親を早くに亡くして、顔に一生残る火傷の痕ができて。 それが原因で同級生にいじめられて、いじめっ子に大怪我をさせてしまって。 あの子もそれがショックだったんだろう、学校には行きたくないと言うから、 しばらく学校を休ませていたんだ。 そんな時。 私の仕事のついでに、ある陶芸家の個展を二人で見に行ったんだ。 九谷焼(くたにや)きのね、綺麗な香炉(こうろ)を沢山、作る作家だった。 随分熱心に制作過程を聞いていてね、職員の方に進んで質問までしていたから 私も少し驚いた。 窯はすごく熱いんですか、とか、子供らしい質問だったけどね。 あの頃には道を決めていたんだと思うよ。 それからすぐ学校にも通い始めて、今じゃあんなに立派になった。 ……父親らしい事なんて、これくらいしか覚えがないんだ。 未だにわからないよ、何が父親らしいのか。 何をしてあげれば父親になれるのか。 マトモな家族、それがどういうモノか、それすらわからないんだ、当然じゃないか。 親戚の中、家族の中に居場所すら無かったんだ。 私を人として扱ってくれた、唯一の人が産んだ子が、私を父親にしてくれた。 返したかっただけだ、温かい生活という器をね。 ……寒い? ううん、決まったと思ったんだけどなあ。 <泰成、弥生子の頬を思いっきり叩く。> 600泰成 :お前、お前なあ! 何週間も帰らないで、どこに行ってたんだよ! なんで平然としてるんだよ!? 601弥生子:……は、……。 602泰成 :俺、俺。 お前の連絡先、知らないんだぞ。 603弥生子:……。 604泰成 :俺に黙って、家、空けんなよ。 605弥生子:……ふ、は、はは、あははは! あー、ああ、おかしい。 私がいないだけでそんな剣幕で怒るの、ヤスナリだけですよ。 家族だった人達も、そんな……あはは。 606泰成 :……お前、家族の所に、帰らないのか。 607弥生子:帰りません。 兄が家元を継いで、妹は兄が養育してる。 帰ってどうしろと? 608泰成 :……なら。 その、提案があるんだ。 <鏡花に自分の話をする紀。> 609紀 :──寂しがりなんだよ、僕は。 昔から何をしても小器用で、その上、自分で言うのもアレなんだけどさ。 顔だけは綺麗に生まれた。 だから、色んな人が声を掛けてくれた。 良い事も悪い事もいっぱいあった。 スカウトも何回かされたし、大した事はなかったけど、誘拐されかけた事もある。 大した事はなかったんだよ、本当に、大丈夫! そうして、色んな人が目を掛けてくれたからかなあ。 どうにも自分の居場所を確保していないと、落ち着かないんだ。 色んな人に、僕を好きになって、好きでいて欲しいんだ。 我儘だよねえ、自分でもそう思うよ。 でもそんなの、どうしようもないじゃないか。 そう思っていたって、僕にできる事は限られているし。 僕ができる事をしたって、僕を嫌いな人は僕を嫌いだし。 好きでも、離れてしまう事なんて。 いくらでもあるじゃない。 似合う服を着て、その人が好きそうな僕になって、 みんなに羨ましく思ってもらえる僕であっても、好きになってもらえるかどうかわからない。 だからずっと不安なんだ。 寂しくならないように、上手に生きてるみんなが羨ましい。 すごく。 どうしたらそうなれるのか、わからないんだよ。 色んな事が上手にできても、これだけが、僕にはわからないんだよ。 ねえ、僕はどうしたら、キミみたいに生きられるんだと思う? <紅葉館。千晶に自分の話をする潤一郎。> 610潤一郎:──両親が事故に遭って、何も思わなかった訳じゃないんだ。 思う事は沢山あった、思った所で、言った所で、何も変わらないと知ってただけだ。 だってそうだろう。 まだ二十にも満たないガキが何を言った所で、 この国ではそれは「子供の戯言」、もしくは「子供の我儘」なんだ。 だから大人になったその時に、できる事がしたいんだ。 何をしたいかわからない、わからないが、金が必要不可欠な事は子供でもわかってる。 兎に角、何かを作る事が好きだと思える気がしたから美大を選んだ。 中学生の頃、両親が授業で描いた風景画を褒めてくれたんだ。 とりあえずそれを頼りにして、そこから何をしたいか、考えようと思う。 子供でいるのが嫌なんだ。 何もできないのが嫌なんだ。 ありがとうと、その一言が言えない自分が嫌いだから、大人になりたい。 ……実は。 漠然と、やりたい事、したい事はあるんだ。 最近、できた。 いつかお前にも話す。 今は、現実にする力がない。 いつか、ちゃんと礼が言える日がきたら。 中途半端な事はしたくないんだ。 ちゃんと先が見えてから、アンタにも話すよ。 ……ああ。 俺は、礼を言いたい人がいるんだ。 そんな事より。 仕事、片付いたんだろう。 メシ食えよ。 ああ、これか? ニンジンのグラッセ。 ハンバーグとかについてる、あの甘いニンジン。 バターと砂糖とニンジンを煮るだけで、簡単だぞ。 <笑う> 俺、小さい頃から好きなんだよ、これ。 <電話口で会話する憲司と四季。> 611憲司 :……相談? 私に? はは、嬉しいなあ。 シキくんから頼ってもらえるとは思わなかったよ。 612四季 :唐突なお話で申し訳ありません。 613憲司 :いやいや! 丁度暇を持て余していたんだよ。 どうしたんだろう。 614四季 :……末の妹を、泣かせてしまって。 615憲司 :喧嘩? 何かあったのかい。 616四季 :喧嘩、という程ではないのですが。 ここしばらく、学校に行きたくないと言って、駄々を捏ねまして。 617憲司 :それで叱ったんだね。 618四季 :ええ。 すみません、周囲に頼れる人もいなくて、困っていまして。 ……妹が家にいた頃は、こんな事は一度もなくて。 619憲司 :ううん、どうして学校に行きたくないんだろうね。 620四季 :それすらも、話してくれなくて……。 困り果ててしまって、キョウカさんをあのように育てたユイハナさんなら、と。 621憲司 :……今はミヨちゃん、どうしているんだい。 622四季 :部屋に籠っています。 結局、欠席させました。 623憲司 :そうか、そうか。 そしたら今日は、どこか楽しい所に連れて行ってあげたらいいよ。 624四季 :えっ。 625憲司 :ミヨちゃんは食べる物、何が好きなんだろうなあ。 甘い物は好きかな。 ちょっと奮発して、一緒に美味しい物を食べておいでよ。 626四季 :しかし、学校を欠席したのに。 627憲司 :大人でもサボりたくなる事はあるだろう? 子供も一緒だよ。 何か、学校で嫌な事があったのかもしれないね。 お腹いっぱいになって、気が晴れたら、きっと話してくれるよ。 628四季 :……いいんでしょうか。 629憲司 :いいんじゃないかな、一日くらい。 ああでも、その。 無理矢理聞き出すのはよくない。 シキくんが絶対に味方になってくれるとわかれば、ミヨちゃんも話してくれるよ。 630四季 :……いかんせん、口下手なもので。 結局上の妹にも何も言えないままで。 631憲司 :<笑う> うん。 だから、美味しい物を食べておいで。 シキくんも、今日は声が暗いよ。 632四季 :そうでしょうか。 633憲司 :そうだよ。 634四季 :……ありがとうございます。 どうにも昔から、頭でっかちで。 お恥ずかしい。 635憲司 :いやいや、わかるよ。 子供の事になると周りが見えなくなるのは、私にも経験がある。 子供といえど、身体が小さくて、色んな事を知らないだけで、私達とそう変わらないって、 それだけわかっていれば大丈夫だよ、きっと。 <公園。紀に自分の話をする鏡花。> 636鏡花 :──ココ。 火傷の痕があるんです。 わかりますか? メイクしてるから、ちょっとわかりづらいかもしれないけど。 これね、本当のお父さんがつけたんです。 ……あはは。 私のコレだって、大した事ないですから。 っていうのも、当時の事をよく覚えてないんです。 私。 言葉を全然喋らなくなって、周りの人達がすごく困ってた、っていうのは 後から周りの大人に聞いたんですけどね。 すごく熱かった事しか覚えてない。 学校って、机とか、椅子とか、持ってる物とか、大体、みんな同じじゃないですか。 私だけが違うモノなんじゃないかな、って思ってた事は覚えてます。 そうなった時、お父さん……今一緒に暮らしてるお父さんが、 九谷焼きを見に連れて行ってくれて。 九谷焼きってわかりますか。 できてすぐ廃窯(はいよう)になったけど、 復興して、今も続いている焼き物です。 どれもこれも綺麗ですよ。 一度終わって、でも、また焼いて、細工して。 今も人の手で続いてる文化ってすごいなって、子供ながらに思って。 同時に、ああ、私もこの焼き物ときっと同じなんだなって、思ったんですよ。 細工次第で何にでもなれるんだなって。 何となくでいいです、伝わりますか。 ……私はたまたま、こうして目に見える形になってしまっただけで。 何があろうと、あなた次第で、きっと何にでもなれるんだと思います。 あはは。 私が綺麗だなって思って近付いたのは、あなたも同じですから。 世話を焼くのが好きなんです。 いくらでも焼きますよ、任せて下さい。 こうでも言わないと、大人って頼ってくれませんからね。 折角色々話してもらったんだから、仲良くなりたいじゃないですか。 <泰成と紀、電話口での会話。> 637紀 :……もしかして、ヤエコさんと、それきり? 638泰成 :それきり、見てない。 イチゼロニも引き払われてた。 639紀 :ええ!? いいの? もうすぐヤスナリくん転勤なのに。 640泰成 :だから、お前が唯一のアテだ。 641紀 :え。 642泰成 :アイツがどこにいるのか、知らないか。 643紀 :……なんだぁ。 気付いてたんだ。 僕も知らない。 てっきりキミといるんだと思ってた。 644泰成 :そうか。 迷惑を掛けなかったか。 645紀 :迷惑なんて、とんでもないよ。 バイト先には聞いてみた? 646泰成 :バイト? アイツ、バイトなんてしてたのか。 どこで。 647紀 :……え? ねえそもそも、唯一のアテって。 648泰成 :兄貴が茶道家で、金沢に実家がある事しか知らない。 649紀 :……もしかして、連絡先、知らないの。 650泰成 :知らない。 651紀 :嘘でしょ……いや、連絡先は僕も知らないけど。 ……僕の家の近く、コンビニのすぐ隣に、古い喫茶店があるでしょ。 そこでバイトしてたんだよ。 652泰成 :……そうか。 行った所で、このご時勢連絡先はわからないだろう。 653紀 :僕が聞いて来る。 連絡があれば伝えてって、僕の連絡先を渡して来る。 654泰成 :あんな根無し草のような女に、そこまでする事ないだろう。 655紀 :ねえ、バレてるなら率直に言うけどさ。 一緒に住もうって、広島に一緒に来て欲しいって言わないの。 656泰成 :は? 657紀 :嘘でしょ……。 あのねぇ── <泰成が聞く筈だった弥生子の独白。> 658弥生子:──父と母は離婚です。 私も兄も、人一倍手の掛からない子供でしたから。 そんな子供が二人共、物事がわかるようになってから所謂(いわゆる)第二の人生というヤツを始めたと、 そういう訳らしくて。 どこまでも真面目なあの人達らしいというか。 何年か経って来た、後妻も良い人でしたよ。 頑固で、しかも何も言わない父をよく支える。 父が可愛く思って子供ができて、至って自然な流れでしょう。 妹、可愛いですよ。 何もかも世話を焼きました。 あの子も可哀想な子だから。 幼い頃に母を病気で亡くして、やっとランドセルを背負ったと思ったら、今度は父が死んで。 ……そうしていたら、どういう訳だか。 地に足がつかないんです。 ずっとずっと、空中にふわふわと浮いているような気分なんです。 酔って、気分が悪くなってしまって。 どうにか息ができる場所を探して。 ここに着いたんだと思います、多分。 郵便受けの中の、ヤスナリ、あなたが書いた夕飯の書き置きを見て。 ここに帰って来て、いいんだと。 毎日そう思って。 あの時言えなかったから、もう、いいんです。 本当だ。 大人って、思いの外簡単に諦めがつくんですね。 <泰成と紀、電話口での会話。> 659紀 :キミ達本当にさあ……。 好きだから一緒にいたんでしょ、何か特別だったから、一緒に暮らしてたんでしょ。 なんでそういう大切な事、言わないままなのかなぁ。 いつか言えなくなる日が、くるかもしれないんだよ。 <紅葉館。> 660千晶 :……だからって、十も年下の男に、それを言われるとは思わなかった。 661潤一郎:今すぐじゃなくていい。 俺が大学を出たら、迎えに来る。 662千晶 :私の返事は無視か。 663潤一郎:俺がいないとメシも食わない癖に、断るのか。 664千晶 :あのな、私はこの家にいないといけないんだ。 古い上に土地もでかい、権利関係の話もある。 キミに想像しろというのも難しいと思うが、 665潤一郎:<遮る> 時々来るアンタの兄貴に、話を聞いたぞ。 手伝うからここを売れと言ってるのに、頑なに首を縦に振らないのはお前だそうじゃないか。 666千晶 :…… <舌打ち> ケンジめ、余計な事を。 667潤一郎:余計なもんか。 いつまでここに引き籠るつもりなんだ。 668千晶 :わかった、この間私が変な話をしたのがいけなかった、ごめん。 ジュン、お前はまだ若い。 十も年上の女に構う事ないんだぞ。 669潤一郎:歳は関係ないし、チアキこそ棺を探すにはまだ早すぎる。 670千晶 :私はそれでいいと決め打ってるんだよ。 671潤一郎:……まあ、いい。 癪(しゃく)だが、振られるのは想定内だ。 672千晶 :甘いよ、若造。 673潤一郎:──最初に会った時、面白ければ何でもいい、と言ったよな? <書類を出す> 674千晶 :は、なんだこの紙……。 675潤一郎:俺とお前はあくまで対等、なんだろう。 諦めるつもりはない。 あっちでバイトをいくつか掛け持つ、こっちでのバイト代にも手を付けてない。 両親の遺産もあって、いくらか纏まった金ができた。 大学卒業までには一軒家を買う。 アンタはそれまでにココを売れ。 それでな、── <101号室内。> 676泰成 :……その……。 いつでも帰っていいから、連絡先、教えろ。 677弥生子:教えません。 678泰成 :なんで。 679弥生子:<溜息> 合鍵を元カノから受け取ったって話した日、あったでしょ。 680泰成 :お、おう。 681弥生子:私が新しい彼女です、これ、もらっていいですか、って聞いたら。 あの女、何て言ったと思う。 「お古でいいならどうぞ」って、私にそう言ったのよ。 682泰成 :……はあ。 683弥生子:私人のモノが好きだったの。 そう言われたら、面白くない。 684泰成 :……はぁ? 何お前、面倒な女だな。 685弥生子:日頃澄ました顔してる癖に、別れたショックで、家の中に入れないで、 女の名前呼びながら、家の前で大いびきで寝てた酒クサ男といい勝負だと思うけど。 686泰成 :その、それとこれとは関係ないだろ。 俺から振ったんだ、仕事で構えないからと。 687弥生子:元カノ何歳ですか。 688泰成 :俺の一個下。 689弥生子:何年付き合ったんですか。 690泰成 :……五年。 691弥生子:馬鹿なんじゃねえの。 知ってたけど。 三十路超えの女を、仕事で構えないから。 はあ。 デリカシーなさすぎ。 692泰成 :……もう言い訳にしかならない事はわかり切ってるが、 自分の今の生活の中に、他人が入り込む事が想像できなかったんだ。 でも、だけど、その。 お前と暮らしてみてだな、中々悪いモンじゃないと……。 だからな、そのー……なんだ。 693弥生子:そんな事言うなら、さっさと抱けばよかったじゃない。 694泰成 :<むせる> それはその、お前の彼氏共となにも変わらないだろ。 癪だ。 695弥生子:そう。 だから、私だって教えない。 696泰成 :はあ!? 697弥生子:大丈夫。 あなたがわかる番号だから。 <紅葉館。> 698潤一郎:──こんな事を、考えてる。 699千晶 :……いつから。 700潤一郎:ココで下宿を始めてから。 こうして金を稼ぐ手段もあるって、初めて知ったから。 701千晶 :……な、んだそれ。 それ、それが、お前が言ってた考えてる事ってヤツか。 お前、こんな事考えてたのか。 702潤一郎:ああ。 面白そうじゃないか? 703千晶 :馬鹿な事言うな、面白そうじゃない。 ──滅茶苦茶面白いじゃないか! 絶対に! <金沢。自宅玄関で弥生子を迎える四季。> 704四季 :──連絡をくれたら、迎えに行ったのに。 おかえりなさい。 疲れたでしょう、何か食べますか。 <笑う> ……驚きはしませんよ。 ここはあなたの家なんだから。 ミヨもそろそろ帰ります。 今日は、外食でもしますか。 ……そうですか。 頂いた練り切りがありますから、線香を上げたら居間に来なさい。 <弥生子を見送り、すぐに美代が帰宅する。> 705四季 :ああ、お帰りなさいミヨ。 姉さんが帰っていますよ。 ね。 学校を休んでまで待たなくても、大丈夫だったでしょう。 お父さんにお線香を上げに行きました。 そうしたら居間に…… あ、こら、ミヨ! 居間で待っていればすぐに来ますよ! ミヨ! 先に手を洗いなさい! ミヨ! ランドセルは投げる物ではありません! ミヨ! 靴を揃えないのですか! <★四年後。以下、潤一郎と鏡花の大学卒業間際。憲司と鏡花、電話口での会話。> 706憲司 :へええ、シキくんの妹さんの喫茶店に? 707鏡花 :そう。 卒業制作をシキさんと見に来て、うちに器を置かないかって誘ってくれたの。 708憲司 :……折角の華々しい陶芸家デビューじゃないか。 本当にいいのかい。 帰って私の仕事の手伝いなんて、きっとつまらないよ。 709鏡花 :そんな事ないよ。 器はいつでも作れるし、置いてもらうアテもある。 一緒に暮らさないなら、せめて。 お父さんと縁が切れるのは寂しい。 710憲司 :親子の縁だ、切れる事はないよ。 711鏡花 :<笑う> なら、よかった。 そう、喫茶店。 一度遊びに来ない? 私がそっちに帰る前に。 712憲司 :いいのかい。 713鏡花 :うん。 シキさんも、ケンジさんと話したいって。 714憲司 :私と? 本当か、嬉しいなあ。 はは、キョウカの作った器で食事ができるのか。 それは楽しそうだな、是非伺おう。 お店は金沢のどの辺りだい? 私が一人で行けるかな。 715鏡花 :駅前だから、迷わないと思うよ。 716憲司 :駅前? なら妹さん、わざわざ一人暮らしをしなくても、実家からすぐじゃないか。 717鏡花 :うん、なんかね、ふふ。 器持って行った時に、少し妹さんと話したんだけど。 帰りを待ってる人が、いるんだって。 <泰成の独白。> 718泰成 :──そうして、ミズサワヤエコは俺の前から姿を消した。 極めて平平凡凡、そんな暮らしを唐突に一変させたあの女は、やはり唐突に俺の前から消えた。 不貞腐れる間もなく、イチゼロイチを引き払い広島に発った。 昇進、そして栄転。 新しい地はそれなりに楽しくて、でも。 結局俺は、新しい合鍵を持ち歩く羽目になる。 <ファミレス。食事をする紀と潤一郎、千晶、紀。> 719紀 :……るー、む、しぇあ。 720潤一郎:聞いた事くらい、あるだろう。 都心を少し外れる上にかなり古いが、でかい一軒家に目を付けてる。 721紀 :……そこで、また、僕と? 722潤一郎:お前と、チアキと。 部屋はまだ余ってるが、一番でかい部屋をアトリエに使いたい。 オサム以外の入居者は、何でもいい、創作をしている人間を対象に下宿人を集めるつもりだ。 細かい事は後で詰めるとして、……今度こそ、対等だ。 オサムの生活と、俺の生活と。 723紀 :……。 724潤一郎:細々(ほそぼそ)、絵を売って暮らそうと思う。 幸い金沢でツテもできたし、下宿人を集めれば家賃収入も入る。 そこまで立派な値段にする気はないがな。 けど、メシは俺も作る。 案外簡単で面白い。 食べてもらえると、嬉しい。 725紀 :……。 726潤一郎:ありがとう。 お前の、言った通りだった。 727紀 :……。 728千晶 :<二人を見渡してから> あー、初対面でこんな話をするのもアレだけど。 まあ今後一緒に暮らす仲間なんだから、大っぴらな方が良いって私の持論ね。 ウオジョウさん、だったか。 あんた随分と過保護なんだってな。 私達みたいに何かを作る人間ってのは、どうしたってどこか、別の何かが生活の中で抜け落ちちまう。 フリーのライターこじらせた私が言うんだから間違いない。 あんたはそのカバー要員。 ……って建前なんだけどね、いやーぶっちゃけた話、ジュンがさ。 私というモノがありながら、高校時代に世話になった人と住みたいって言って、聞かないんだよ。 729潤一郎:言ってない。 730千晶 :思ってはいるだろ? ふふん、私にはお見通しだ。 んで、部屋が全部で六つ、だったか。 ジュンと下見をして来たが、正直手を入れないと住めそうにない。 つまりだ。 リフォームし放題、金さえかければ思い通りの家が出来上がる。 幸い売りに出してる土地があってな、金が入るアテがあるんだ。 731紀 :……と、ち。 <呆然としている> 732千晶 :そう。 売れる目途がたった訳で、アンタ含む同居人候補をナンパしてんだ。 面白おかしく、一緒に暮らせるヤツにアテはないかい、ウオジョウさ…… <笑って溜息> 733潤一郎:……オサム、どうした。 734紀 :<泣きながら> 何でもないよ。 ……ありがとう。 735千晶 :顔が綺麗ってのはとことん得なんだな。 やれ、べそをかいても絵になるとはね。 736紀 :いやね、あの、ほら! ね! ジュンちゃん大きくなったんだなって思ったら、ね! 737潤一郎:そりゃあな。 もう、お前にメシをねだるだけじゃないんだ。 738紀 :そっか。 うん、大人になったよね。 739千晶 :さて。 そんな大人になったジュン坊と、私と。 同居してみるってのはどうだろう。 返事を急かす気はないけど、早め早めに結論をもらえるとありがたい。 740紀 :クレハさ……いや、おおっぴらな方が良いんだよね。 チアキちゃんもありがとう。 驚いたけど、二人が折角誘ってくれてるんだし、お世話になろうかな。 あ。 そういう話なら、一人誘いたい子がいるんだけど! あの子も来年卒業して、こっちに戻って来るんだよね。 今、金沢にいるんだ。 <新幹線内。偶然隣り合った、泰成と鏡花。> 741鏡花 :あの。 742泰成 :ん。 743鏡花 :これ、食べますか。 <菓子を差し出す> 744泰成 :……悪いな、いいのかい。 745鏡花 :いいですよ。 さっきからずっと、お腹。 746泰成 :<笑って菓子を受け取る> 悪いね、助かった。 降りたらどこでメシを食おうか考えてたんだ。 余計に。 747鏡花 :<笑う> 金沢は、初めてですか。 748泰成 :ん、ああ、転勤で。 キミは学生か? 749鏡花 :もうすぐ卒業です。 それで、東京に戻ろうと。 そうだ。 お兄さんが喫煙者なら、オススメがありますよ。 750泰成 :本当か、ありがたい。 751鏡花 :いつも綺麗な花が活けてあって、美味しいコーヒーとハンバーグが出てきて、煙草が吸えます。 後、店長がすごく美人で、静かで過ごしやすいですよ。 752泰成 :<笑う> ハンバーグか、いいな。 ハンバーグ好きなんだ。 美人が経営してるってのもいい。 753鏡花 :それに。 私の作った器を、使って下さってるんです。 754泰成 :器? え? 755鏡花 :陶芸をやってて。 756泰成 :……すごいな。 陶芸家の方でしたか。 757鏡花 :いえ、作る方はその、結局趣味で。 古物商というか、そっちの道を目指してます。 でもやっぱり、愛着はあるから。 よかったら行ってみて下さい。 ダイレクトマーケティング、ってヤツです。 758泰成 :<笑う> 作者さんにそんな話を聞いたら、是非行きたくなるな。 駅から近いのかい。 759鏡花 :出てすぐです。 イチゼロニ、って、ちょっと変わった名前の喫茶店だから、すぐにわかると。 760泰成 :……え。 <冒頭シーン続き。座りこむ泰成に、声を掛ける弥生子。> 761弥生子:──おーい。 762泰成 :……なんですか。 763弥生子:随分、遅い到着ですね。 764泰成 :<笑う> 腹が減ってるんだ。 ──後、ヤエコに新しい合鍵を渡そうと、思って。 2017.7.16 完成 羽白深夜子 2017.7.25 修正 羽白深夜子 2017.7.27 修正 羽白深夜子 2017.8.28 番号 羽白深夜子 2018.3.14 修正 羽白深夜子 2020.1.10 修正 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子
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