最終更新:2024/5/1 利用規約をご一読下さい。
してはいけない事→脚本のコピー&ペースト/ページURL以外の配布/アーカイブ等の7日以上の公開 告知や配信画面の為に画像や動画を作らず、使わなければ、お金を支払う必要はありません。 アーカイブ等の7日以上の公開は、有償版の購入と別途申請が必要です。 わからない事がありましたら羽白深夜子までご連絡下さい。
サイト掲載版を使う方は使用申請フォームからご申請下さい。
【僕は幸せに恋をする。】 (ぼくはしあわせにこいをする。) 男性1:女性1。 有償版販売ページはこちら。 【笹原 蒼人(ささはらあおと)】 26歳男性、作家。/高校二年生。 高校時代は文芸部。大学進学後売れてはいないものの純文学の作家になる。 同じクラスの紅子と読書を通じて親しくなるが、進級時に別のクラスになった。 小学生の頃から自作の小説を書き貯め、紅子の勧めで作家を志し、高校在学中からコンテストに応募を始める。 書籍発行の誘い紅子に告白しようとしたが、逃げ出してしまった紅子を追って彼女の事故を目撃する。 一人で図書室に通い始めると、其処には昏睡状態の筈の紅子が本を選んでいた。 ★作中高校時代の描写は「蒼人の見た白昼夢」であって、現実の出来事ではありません。 作中蒼人が新しいノートに書いた恋愛小説が実際の蒼人と紅子の親交の様子です。 【三島 紅子(みしまこうこ)】 26歳女性、出版社勤務。/高校二年生。 高校時代は帰宅部。大学進学後出版社に勤務し蒼人の担当編集者になる。 同じクラスの蒼人と読書を通じて親しくなるが、進級時に別のクラスになった。 出版社で働く事を夢見ながら蒼人に作家を勧めたものの、 精力的にコンテストに応募し結果を残す蒼人の姿を見て焦っていた。 蒼人から告白されかけた際逃げ出し自動車と接触事故を起こし、昏睡状態になった過去がある。 【配役表】 笹原蒼人: 三島紅子: ======================================= <蒼人の住むアパート。紅子が原稿の催促にやってくる。> ​ 001紅子:<ノック音> 先生ー。 私です、原稿取りに来ましたー。      ……寝てるな、これ。 差し入れ持って来て正解だったか。 <紅子、合い鍵を持って部屋に立ち入る。> 002紅子:<廊下を歩きながら> せーんせ、ササハラ大せーんせ。 原稿の催促ですよー。      あー。 案の定じゃないですか。 003蒼人:<寝息、もしくはいびき> 004紅子:まぁた徹夜かな、デスクに突っ伏したまんま。 うーん、二十六にして大御所の貫禄。      これで本が売れたらね、恰好つくのにね。 005蒼人:……違う、苔(こけ)が…… <寝言> 006紅子:うん? 007蒼人:……チーズかけて…… <寝言> 008紅子:ぶっ、ははは。 苔食べるんですか、お腹壊しますよ?      私カレー作って来たから。 温めたら起こしますね。 あ、ご飯あるかな。 009蒼人:……また、逃げるのか…… <寝言> <紅子、足を止めて苦笑する。> 010紅子:私は好きだよ、いたちごっこって。 追い掛ける側がどうなのかは知らないけど。      ……もー、せめて風邪は引かないようにして下さい? もう締め切り延ばせないんだから。      毛布、毛布ー……。      <パソコンを覗きこむ> ん。……なんだ、書けてるじゃないですか。 どれどれー。      ──その日も僕は、夕陽の差し込む高等部の校舎を歩いていた。      リノリウムの床は、上履きを乗せる度軋むような音で鳴いて、誰もいない廊下に反響する。 <ここから、蒼人・紅子高校時代。> 011蒼人:──吹奏楽部の、お世辞にも上手とはいえないクラリネットが、いつか見た古い洋画の曲を奏でる。      曲はよく覚えている、映画はどんな映画だったか。 いまいち覚えていない。      目的地に到着した事で思案は途方に溶ける。 引き戸の向こうには先生の姿も、図書委員の姿も無く。      等間隔に並ぶ本棚を追い越して絨毯を踏み歩く。      奥まった目当ての本棚に着くまでは少し距離があり、僕はいつの間にかのっぺりとしたあのメロディを      口ずさんでいたらしい。      目的の本の山には先客がいた。      制服を着た彼女は本を片手に、数秒僕を見つめて、数度瞬いて、にこりと笑った。 012紅子:こんにちは。 人の顔をまじまじ見るのはよくないよ。 私、そんなに美人かな。 013蒼人:……え。 014紅子:それ、ムーンリバーだよね。 ティファニーで朝食を。 好きなの? 015蒼人:あ、うん、まあ。 016紅子:私も好き。 オードリー・ヘプバーン、美人だよね。      あっ、二年生だ。 何組? 017蒼人:さ、ん組。 018紅子:三組かぁ。 教室も離れてるから、見た事なくて当然か。 私、七組のミシマコウコ。 019蒼人:……ササハラ、アオト。 020紅子:あおとくん? はは、私のコウの字ね、"べに"って書いてコウって読むんだ。      漢字はべにこ、読み方はこうこ。 すごいね、赤と青。 真反対だ。 021蒼人:なあ。 022紅子:ん? あ、ごめんね。 なんか私ばっかり喋って。 023蒼人:いや、それはいいんだけど、……その本、借りるの。 024紅子:ん? んー……。 どうしようかなって。 今、先生いないし。 これ借りに来たの? 025蒼人:うん。 026紅子:じゃあ、はい。 お先にどうぞ。 027蒼人:……さんきゅ。 028紅子:いいえ。 読んだら感想、教えてね。 ネタバレ厳禁で。 029蒼人:わかった。 ここにいる? その、放課後は。 030紅子:そうだね、大体いるよ。      家に帰ると親が勉強しろってうるさいから、ここで目当ての本読んでから帰るんだ。      アオトくんも、よく来るの? 031蒼人:まあ、たまに。 032紅子:じゃあ、また会うかもしれないね。 033蒼人:──図書館の奥の奥。 薄暗く、些か、寒いような気がした。 034紅子:あ、こんにちは。 035蒼人:……こんにちは。 036紅子:一日で読んだの? 037蒼人:まあ、うん。 038紅子:早いね。 039蒼人:コウコ、さんは何を読んでるの。 040紅子:コウコでいいよ。 私もアオトって呼ぶ。      何となく流し読みしてるんだ。 目当ての本が貸し出し中だった。 何かオススメ、無い? 041蒼人:オススメ……これとか。 042紅子:ふぅん。 面白い? 043蒼人:まあ、そこそこ。 044紅子:面白いの教えてよ。 045蒼人:俺、恋愛モノの良さはいまいち。 046紅子:これ恋愛モノ? じゃあ読もうかな。 047蒼人:好きなんだ。 048紅子:んー、たまに読むかなって感じ。 049蒼人:まあ、女子は好きなんだと思う。 そういう本。 050紅子:曖昧だなあ。 じゃあ、はい。 051蒼人:何? 052紅子:私のオススメ。 男の子は好きなんだと思う。 ミステリーだよ。 053蒼人:ミステリーも読むんだ。 054紅子:何でもいいんだ、結局は。 雑誌でも新聞でも、何でも。 アオトくんは? 055蒼人:俺も、何でも読む。 056紅子:同じだね。 借りていかないの? 057蒼人:ここで読もうかな。 コウコも、ここで? 058紅子:私はいつもそうしてるよ。 059蒼人:──そうして日が落ちるまで、紙を捲る音だけが響いた。      時折互いのオススメを押しつけて、時折読みたい本を持ち寄って。      少し肌寒い本棚の奥、窓際に背を向けて、二人きりで、日が落ちるまで、数時間。 毎日。 060紅子:ああ、読み終わった。 061蒼人:当たった? 062紅子:うん、これは当たりかな。 一昨日のよりはずっといい。 063蒼人:そんなに不服かなあ。 064紅子:不服だよ。 焦らして焦らして、結局くっつかないって。 正直時間返して欲しい。 065蒼人:恋愛もハッピーエンドだけじゃないって事だよ。 066紅子:言うようになったねえ。 067蒼人:結構好きなんだ。 恋愛モノも。 068紅子:<笑う> アオトはアンハッピーエンドも、面白かった、って言うんだもの。      もうアオトの面白かったは信じない。 恋愛モノに関しては。 069蒼人:他のは信じてくれるんだ。 070紅子:実際、面白いもの。 アオトは書かないの? 071蒼人:小説? 072紅子:うん。 アオト、面白いの書きそう。 視野広いし。      本の感想とか話す時も、語彙すごいなって思うし。 073蒼人:どう、かな……読むのと書くのじゃ、大違いだと思うけど。 074紅子:書いてみてよ。 075蒼人:……まあ、気が向いたら。 コウコは? ハッピーエンド、自分で書けばいいじゃん。 076紅子:私はねえ。 書くより広める人になりたいかな。 077蒼人:広める人? 078紅子:うん。 ハッピーエンドじゃないと嫌だから、きっと書くのは向いてない。      それよりも、こんなに面白い世界がありますよって。 広める人になりたい。 079蒼人:……出版社で働きたいの? 080紅子:そう。 081蒼人:狭き門だな。 082紅子:そうだねえ。 でも、ふふ。 作家よりはいいかなって。 083蒼人:作家、ねえ……。 084紅子:目指してたり、しないの? ぶっちゃけ。 085蒼人:……実は、ちょっと。 086紅子:ほら、ほらほら! ふふ、絶対そうだと思ってた。 087蒼人:狭き門、だよなあ。 088紅子:一緒に頑張ってみようよ。 ね? ササハラ大先生の本、売れるように私頑張っちゃうよ? 089蒼人:でもコウコは、ハッピーエンドじゃないと売り出してくれないんだろ? 090紅子:そこは、ほら。 仕事になれば頑張るよ。 私楽しみにしてるから。 ​ 091蒼人:──その日は急いで家に帰って、勉強机の引き出しの奥を探った。      成長の証? そんなご大層なモノじゃない。 人生の汚点、黒歴史。 その十二冊目。      ちょっとだけ目指してた? 大嘘だ。      小学生の頃から書き貯めた数多(あまた)の物語。      高校に入って文芸部を見つけ、現実を垣間見るその時まで。      俺はこの物語達を世界に発信してメシを食っていくのだと、そう信じていた。      偶然読者予定を見つけたその日の俺は、大層に興奮していて。      数時間、夜が明けるまで、まっさらなノートに夢の続きを描く。      在り来たりな冒険譚、その続きを。 ​ 092紅子:……。 <読み入る> 093蒼人:ど、どう? コウコ? 094紅子:ちょっと黙ってて。 読んでるから。 095蒼人:あ、はい。 096紅子:面白い、面白いよこれ。 ちゃんと読みたいからもう少し待ってて。 097蒼人:まじか! よっしゃあ! 098紅子:うるさい! 099蒼人:あ! はい! 100蒼人:──時々垂れる黒髪を掻き上げて、真っ黒な瞳は走り書きの文字を追いかける。      瞬き、呼吸音、時折小さく口角を上げる唇。 全部全部、全部を見逃す事なく、余す事なく。      そうだ。 次の物語は女の子の主人公にしよう。 101紅子:……っはあ、読み終わった! ほんと、アオトうるさい。 102蒼人:だって初めて人に見せたんだよ。 なあ、どうだった? 103紅子:何回も言ったでしょ、面白いって。 ほんと面白かった! 104蒼人:どこが? どのあたり? なあ、オチはコレでよかったかな? 105紅子:待ってまって、順番。 あのね、まず誤字がすっごい多い。 文法も時々違ってる。 106蒼人:そんな事より、展開、展開だよ! 107紅子:展開は面白かったよ。 特にこの、ヒロインとくっつく過程。 私すごく好き。 108蒼人:マジで? 恋愛は初めて書いたから、自信なかったんだけど。 109紅子:あ、ボロ出した。 恋愛は、初めて書いたんだね? 110蒼人:……そうだよ。 こういう、ファンタジーはガキの頃から書いてた。      ここ最近、恋愛小説もいくつか読んだからな。 書いてみたんだ。 111紅子:すごいなぁ。 私恋愛ってよくわかんないけど、でも。      こんな恋愛ならしてみたいなって、私思ったよ。 112蒼人:マジ!? 113紅子:なので、次の原稿も楽しみにしてますよ。 先生? 114蒼人:ああ! ストックは大量にあるんだ、またすぐに書いてくる! 115紅子:はははは! ねえ、今のアオト、子供みたい。 おかしい。 116蒼人:初めてちゃんと人に見せたんだよ。 俺、文芸部なんだけどさ。      みんな他人の話にケチ付けるばっかりで見せたくなくて、行くの止めたんだよね。 117紅子:そうだったんだ。 まあ、切磋琢磨するのは大事だけど、やっぱり褒められたいよね。 118蒼人:うん、やっぱ褒めてもらえると嬉しいな。 次は誤字も文法も、もっと気を付けるよ。 119紅子:そうして。 直ってなかったら次はケチつけるから。 120蒼人:わかった! じゃあ、今日は早速帰って新作書いてくる! 121紅子:うん、じゃあねえ。 122蒼人:次は恋愛モノにするよ。 楽しみにしてろよ! 123紅子:<蒼人を見送りながら>      あーあ。 はしゃいじゃって。 子供みたい。 124蒼人:──いつも図書館にいる女の子。 黒髪を背中まで伸ばした、セーラー服の似合う女の子。 125紅子:やっぱり、アオトの書く小説は面白いなあ。 126蒼人:──恋愛小説を楽しそうに読む、女の子。 127紅子:……あれ? 私、やっぱり、って言った? 128蒼人:──現実から目を背けて見たそれは、何度噛み締めても、甘い。 129紅子:……。 <鼻を啜る音> 130蒼人:こ、コウコ? コウコさーん? 131紅子:……ちょっとー、こんなのずるいよー! 132蒼人:え、ちょ、まじ? 泣く程? 133紅子:泣く程だよ、だって、だってー! 幸せになってよかったなって思うもん! 134蒼人:うわぁ、顔ぐしゃぐしゃ。 ほら、ハンカチ使えよ。 135紅子:……ありがと。 136蒼人:そっか……。 俺、恋愛モノ、得意なのかもしれない。 137紅子:うん、そうだね。 ちょっと本腰入れて書いてみたら?      入賞して作家デビュー、夢じゃないかもしれないよ? 138蒼人:──毎日毎日、何時間机に向かっても飽きなかった。      彼女が自分の書いた文章で、泣いたり、笑ったりしてくれるのが嬉しかった。 139紅子:あ、新しいノートだ。 140蒼人:ああ。 ちょっと本腰入れて書きたいから、推敲(すいこう)手伝ってくれよ。 141紅子:おっけー。 ……ほうほう、この黒髪の子がヒロイン? 高校の入学式で仲良くなるんだね。      うん、突飛な導入で最初だけ盛り上がるより、こういう現実感のある導入の方がいいと思う。 142蒼人:だろ? リアリティがあった方がいいよなって思ったんだ。      進級でクラスは分かれるんだけど、その後もお互いのクラスを行き来したり、親交は続くんだ。 143紅子:うえ、わ、素っ気ないー。 本の一冊くらい、受け取ってあげればいいのに。 144蒼人:伏線だからいいんだよ。 この子は恋愛沙汰に興味がないんだ。      恋愛小説じゃなければ、受け取ったと思うよ。 145紅子:あ、自転車二人乗りしてる! 私ちょっと憧れなんだよね。      一回はさ、在学中にやってみたくない? 146蒼人:俺も俺も。 学生のうちじゃないとできないっていうか、許されない気がするっていうか。 147紅子:これもいい! 家庭科の調理実習で作った物、あげるの! 148蒼人:これは俺の夢。 クッキーとかマフィンとかもらってみたいよ、やっぱり。      後俺すげえ気に入ってるんだけどさ、このウォークマンのイヤホンシェアすんの。 どう? 149紅子:いい、すごくいい! 絶対気があるでしょこれ、気がないとおかしいでしょこれ! 伏線の回収大丈夫? 150蒼人:ここで盛り上げて、後で一波乱起こすんだよ。      こういう楽しい事をちょっとずつ盛り込んだ方がさ、後で一波乱あった時に盛り上がるだろ。 151紅子:いい性格してる。 ……あ、ふふ。 私達と同じ事してる。 登場人物達は、階段の踊り場なんだ。 152蒼人:小説の感想言い合う所? やっぱさ、ああいうのも楽しいじゃん。      図書室だとまんまになるからな。 後はどこがいいかなーって考えたんだけどさ。      うちの学校の階段の踊り場、夕陽が差し込んでちょっと雰囲気あるじゃん。      あんな感じがいいなあって。 153紅子:うんうん、いいと思う! そしたら、踊り場が綺麗な場所だって描写がもっと欲しいね。      あ、アオト。 ここの文法、ちょっと間違えてるよ。 んー、こういう言い回しになるんじゃない? 154蒼人:──ついに授業中にも、小説を書いたノートを広げるようになった。      浮かれていた。 現実の事など、何も見えていなかった。 155紅子:来た来た。 大先生。 156蒼人:よっす、やっとスランプ抜けたぜ。 今日も推敲頼んでいい? 157紅子:勿論! えーっと、主人公の夢が叶うかもしれない、って辺りからだよね。 158蒼人:そうそう。 夢が叶ったら、ヒロインに告白するんだ。 159紅子:……え? 一緒に叶えようって話してたのに? ヒロインの夢は? 叶うの? 160蒼人:ヒロインの夢は、もう少し先に叶うよ。 161紅子:……。 162蒼人:どうした? なんか、変な所、あった? 163紅子:……読んだ事がある気がする。 164蒼人:え? まじ? 読んだ本から引用しちまったのかな。 165紅子:私の気の所為かも。 あんまり、気にしないで。 166蒼人:──また僕は、気付かなかったのだ。      毎日人がいない図書室。 上達しないクラリネット。 167紅子:そっか、やっぱりヒロインは、置いていかれるんだね。 168蒼人:──徐々に彼女が、笑わなくなった事すらも。 169紅子:……これで、おしまい? 170蒼人:ああ。 プロポーズのシーンなんだけどさ、これで女って喜んでくれるの(かな)。 171紅子:あの、アオト! 172蒼人:な、……んだよ。 急にデカい声出して。 173紅子:やっぱり私、このお話、知ってる。 これってハッピーエンドなんかじゃない。      ヒロインの夢は、素敵なプロポーズをされる事じゃないんだよ。 174蒼人:え。 175紅子:ヒロインは、主人公の夢が叶った時に、……アオトから逃げたよ。 176蒼人:──は? 177紅子:アオトの書く小説、面白いよ。 でも私が見たいのは恋愛小説じゃない、そうじゃないの。      だって私、恋愛ってわからないもの。 どんなに立派な賞を受賞したって、私にはわからない。      わからないから、アオトが勧めてくれた恋愛小説、読んでみたんだもの。      アオトが書いたから、アオトが一緒だったから、楽しかったんだもの。 178蒼人:……。 179紅子:ヒロインが、……私が読みたいのは、      読んだ人も、書いた人まで子供みたいに笑える、アオトが書いた物だもの。 180蒼人:──夢が覚める音がする。 こんなにも静寂(せいじゃく)な本の森で、震える音だけが響く。 181紅子:私が小説を書くのを勧めてから、どんどん色んな小説を書いて、      クラスが変わっても小説、見せてもらってさ。 コンテストで入賞までして。 182蒼人:……。 183紅子:本になって、二人で書店に並んでるの見に行ったじゃん。 自転車、二人乗りして。      家庭科の調理実習でクッキーあげた時だって、喜んでくれたじゃん。      イヤホンをシェアして、一緒にムーンリバー、聞いたじゃん。      クラスが分かれても、踊り場で小説の感想の話し、してたじゃん。 184蒼人:……やめろよ。 185紅子:アオトの書いてた小説、あれは架空の出来事じゃないんだよ。      私とアオトが一緒にやってきた事だよ。 思い出してよ。 186蒼人:……俺は、そんなの、知らない。 187紅子:……ごめんね。 多分、私の所為なんだ。      でも、私だって怖かったんだよ。 置いていかれるのかなって。      アオトの夢だけが先に叶って、どんどん先に行っちゃうのが怖かった。      アオトに置いていかれるのが怖かった。 だから 188蒼人:やめろって言ってるだろ! 189紅子:だから何でここにいるのか、わからないの。      ──私、自分で車道に飛び出した筈なのに。 ​ 190蒼人:──黒髪で、セーラー服の似合う女の子。 191紅子:私を好きだって言ってくれた、アオトの目の前で。 192蒼人:──恋愛小説に関心のない女の子。 193紅子:これは、誰の夢? 194蒼人:コウコ! <辺りを見回す> ……コウコ!? 195紅子:──握りしめていたノートが床に落ちていた。      焦らして焦らして、最高のハッピーエンドを迎える筈の恋愛小説。      足音に振り向けば、司書の先生が眉を寄せてこちらを睨んでいた。      もう下校時刻よ。 あなたしかいないのだから、もう帰りなさい。 196蒼人:……ああ、ああ。 そうだ。 俺だけに優しい、俺の夢だ。 197紅子:──彼女は一度たりとて、僕から恋愛小説を受け取った事はない。      恋愛がわからないそうだから。 きっと的確な感想は言えないから、と。      だから僕は、僕なりの答えを見せた。      書いた小説も、入賞した作品も、書店に並んだ本も、あの日歩道での告白も。      全部が君への答えで、未来への提案だった。      ただひたすらに、僕だけが。 夢を見ていただけだった。 ​ 198蒼人:世界中に広まらなくていい、コウコに伝えたかったんだよ。 でも。 ​ 199紅子:──夢へ背を押してくれたその人は、今は病室のベットの上にいるのだから。      ミシマコウコは、一年だけのクラスメイトは、嬉しそうに僕の書いた文章を読んでいたあの子は。      二週間前の交通事故から未だ、目を覚まさない。 ​ 200蒼人:そうしてキミは、また自分の物語に逃げるんだ。 <蒼人のアパート。> 201蒼人:<目を覚ます> ……あー……ぁあ、カレー……? 202紅子:あー起きました? どうせまた食事してないだろうなぁと思ったんで、キッチン借りてますよ。 203蒼人:……あぁ。 どうも、すいません。 204紅子:いえいえ。 明後日までに原稿上がらないと、私も怒られちゃうんで。      私これ作ったらもう帰りますけど。 進捗どうですか? 205蒼人:……すみません、明日には、あがるんで。 206紅子:じゃあ、明日の夕方にまた取りに来ますね。      先生は三食カレーでも大丈夫な人ですか? 五食は食べれるように作っちゃったんですけど。      昼、夜、朝、昼、夜、カレー。 キツイなら、うどんも買ってありますよ。 207蒼人:大丈夫です。 書いてる最中は、食べ物の味もよくわかってないんで。 208紅子:もー。 いくらまだ若いっていってもね、先生、こんな作家生活十年近く続けてるんですよ?      そんな食生活じゃヤバいですよ。 209蒼人:こんな、って……。 210紅子:はい、召し上がれ。      寝食忘れて夜通し書くのも駄目とは言いませんよ。 仕事だもの。      でも体調管理も仕事のうちです。 211蒼人:……うっす。 212紅子:お話の中のコウコちゃんも、ちゃんと起こしてあげて下さいね。 213蒼人:はい。 今日中にラストのシーンを書いて推敲……え、ミシマさん、これ読んだんすか!? 214紅子:お休み中みたいだったんで、拝読しました。 このまま進めてもらって構いません。      コウコちゃんお目覚めの第一声は、……そうだなぁ。      「人の顔をまじまじ見るのはよくないよ。 私、そんなに美人かな。」      こんな感じでお願いします。 ……私もアレ、渾身(こんしん)の一言だったんで。 215蒼人:あ、っちょ、……コウコ! 216紅子:お疲れ様です、また明日。 217蒼人:こう……っ、 218紅子:この原稿書き終わったら、ちゃんと話そう。 臆病は、もう止めるね。      ……びっくりしたよ。 デビュー以来の恋愛モノが、まさか私との思い出話とはね。      ちなみに、悪い気はしてません。 ご期待下さい。 219蒼人:ま、待てってコウコ! 220紅子:って言いながら逃がしてくれるから、アオトの事好きだよ。      でも。 仕事中はミシマさんで、お願いします。 じゃあね。 <紅子、立ち去る。> 221蒼人:──……あー、あーくそ! また逃げられた! 明日? ちゃんと!?      ちげぇんだってラスト書いたら気付かれねぇように言葉変えて推敲しながら      現実とは違いますフィクションですって、……あぁあクソ!      何話せってんだよこんなん見られた後……メモ? ​ 222紅子:「誤字、多々あり。 校正求む。      ──私も、あなたと同じ夢を見ていました。」 223蒼人:──あの出来事が、僕の見た幻覚だったのか、白昼夢だったのか。 未だ定かではない。      だけど何度も何度も思い返したあの夢は、近いうち全国の書店に並んで、大勢の目に触れるだろう。      白昼夢の翌日、あっけらかんと目を覚ました彼女によって。      その時にはまた、自転車の後ろに彼女をのせて。 並ぶ本を見に行こう。      もうセーラー服を着ていない彼女は、また笑いながら逃げるだろうか。      黒髪を伸ばしたままの彼女は、あの頃のように笑ってくれるだろうか。      どちらにせよ。 僕は、幸せに恋をする。 これまでも今も、きっとこれからも。 2016.10.21 完成 羽白深夜子 2016.10.22 修正 羽白深夜子 2020.1.6 修正 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 サイトへ戻る