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【十戒の檻】 (じっかいのおり) 一人芝居×十。 十役ありますが、とりあえず男性と女性が一人ずついれば読めはします。 有償版販売ページはこちら。 ※この脚本のみ「サンプルボイス原稿使用」を許可しております。 ・「羽白深夜子」のクレジット明記をお願いします。  (クレジット明記が不可能な場合、記載を省略頂いて問題ありません。) ・抜粋や改編、各種アプリなどでの使用も自由です。 ・サンプルボイス原稿として使用する場合、使用許諾を申請する必要はありません。 ・「直接的に、この作品を読まれた方へ金銭が発生する」場合のみ、サイトメールフォームからご連絡下さい。  (投げ銭、アイテム等が換金できる場での使用の際連絡は必要ありません。) ・声劇脚本として使用する場合は、従来通り使用申請をお願いします。 ★星永(ほしなが)……豪邸の私室内、密室で殺された年配の男性。 【一ノ瀬】(いちのせ) 20代男性。 語り手。 【新宮】(にいみや) 60歳以上男性。 自称、未来を見る事ができる屋敷を取り仕切っていた年配の執事。 【美沙都】(みさと) 30代女性。 星永の娘。長女(第一子)。睦実と駆け落ちを考えていた。 【夜弥】(よるや) 20代男性。 気弱な研究者。星永が研究を支援していた。 【後藤】(ごとう) 40代女性。 屋敷を取り仕切り、星永の身の周りの世話をしていた侍女長。 【睦実】(むつみ) 40代男性。 新入りだが有能な執事。美沙都と駆け落ちを考えていた。 【夏花】(なつか) 10代女性。 星永の娘。次女(末子)、八重斗の双子の妹。 【八重斗】(やえと) 10代男性。 星永の息子。次男(第三子)、夏花の双子の兄。 ※女性可。 【黒羽】(くろう) 20代男性。 星永の息子。長男(第二子)。 【遠咲/とーさき】(とおさき) 20代女性。 星永殺害の第一発見者になった侍女。 【配役表】 一ノ瀬: 新宮 : 美沙都: 夜弥 : 後藤 : 睦実 : 夏花 : 八重斗: 黒羽 : 遠咲 : ======================================= 01一ノ瀬:──ノックスの十戒。 ご存知かな?      一、犯人は物語の当初に登場していなければならない。      二、探偵方法に超自然能力を用(もち)いてはならない。      三、犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない。      ちなみに、「一つ以上」とするのは誤訳なんだそうだ。      四、未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。      五、中国人を登場させてはならない。 ……あー、つまり。      万能な人間を登場させてはならないと、そういう事。 差別的な意図はないよ。      六、探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。      七、変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。      八、探偵は読者に提示していない手掛かりによって解決してはならない。      九、“ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない。      十、双子・一人二役は、予め読者に知らされなければならない。      ……ちょっと長かったかな。      しかしこうして漸く、キミはこの謎解きゲームに着席する権利を得た。 ようこそ、着席したまえ。      推理小説を書く上でのルール、なんて言われちゃいるが、実際はこの十戒を意図的に破った作品、      この記述を逆手に取った作品も多く存在する。      そもそもこの十戒を発表したロナルド・ノックス自身も後になってから、      「どうして自分でこんな事を考えたか分からない」なんて述べてるんだ。      まあ、そんな事はいい。 前置きが長くなったな。 02遠咲 :だ、旦那様が……! どなたか、どなたかいらっしゃいませんか! 旦那様が! 03一ノ瀬:そら、始まったね。 彼女がこの密室殺人の第一発見者だ。      富豪の男が殺された、男の名前はホシナガ。 豪邸の三階にある自室、密室内にて殺された。      動機? 手口? まあそんなのはどうでもいいんだ。      推理だなんてとんでもない。 こんなものはただの茶番、ただの謎解きゲームなんだからさ。      犯人候補は全部で九名、いや、十名だったかな。 それだけいる。      犯人候補の皆が皆、そのノックスの十戒を踏み躙っている、面白おかしい事件なんだ。      とてもじゃないが、推理小説とは程遠い。      しかし。 「真犯人だけが、律儀にもノックスの十戒を守っている。」これもまたおかしな話だろう?      ヒントは渡した、キミにも暴いて頂こう。 さあ、物語が始まるよ。 <古株の執事、新宮。> 04新宮 :私は常々、旦那様に申し上げていたのです。      聡明であられる旦那様はしかし、凡人にとってはあまりにも尊大。      いつか、いつか人様の恨みを買いますぞ、と。      申し遅れました。 私はこの屋敷を取り仕切っております、執事のニイミヤと申します。      事件当時屋敷にいたのは十名。 この数字は、旦那様と私を含めて、十名。      それ以上でもそれ以下でもございません。 門の施錠は私めが致しました。      他……事件の発覚が午後十時。 その三時間前、夜の七時には屋敷中を施錠しており、      この三時間は人の出入りが無かったと。 来客の対応も私がしておりますので、間違いありません。      ……本当に、本当に。 この名家ホシナガで、お恥ずかしい話ではございますが。      ホシナガ様の末娘、ナツカ様がその、最近は度々夜遊びで家を抜け出すのですよ。      なので、門の施錠、窓の施錠諸々は夜の七時を目途に、私が屋敷を見回るついでに行っております。      事件当時屋敷にいたのは、旦那様の子息子女(しそくしじょ)が四名、      ミサト様、クロウ様、ヤエト様、ナツカ様。      そして、旦那様が研究を支援しておられたヨルヤ様。      彼はいつも決まった時間に帰宅なさいますが、今日は私が呼び止めましてね、事件当時も屋敷に。      後は、侍女のゴトウにトオサキ、執事のムツミ、そして私と旦那様、この十名でございます。      ……誰が怪しいか、でございますか。 そういったお話は大層難しい。      旦那様の体調……は、確かによくはありませんでしたねえ。 七十に差し掛かる老大人(ろうたいじん)。      発作を起こす病は勿論、持病こそ無いものの、この所血圧からきているだろう体調不良が……。      侍女長のゴトウが献身的に世話をしておりまして、その辺りは彼女に任せております。      今日は旦那様の体調が芳(かんば)しくなかったので彼女に薬を……あ、そうそう。      旦那様が研究を支援しておられたヨルヤ様。 彼がねえ、なんとも健気でして。      主治医と相談して、旦那様の薬に関しても、調合までなさっておりまして。 今日もそういう訳で、      ……彼を疑うなどとんでもない! そもそもが刺殺、でございます。      本当に健気な青年で、彼がそんな事をできる筈が……しかしじゃあ誰が、うむ……。      私は未来を視通す事はできますが、既に起きてしまった過去を、というのは……。      はい? ええ、視えますよ未来が。      しかしね、困った事に。 私の視通す未来には常に旦那様がいらっしゃった。      旦那様の事業の成功、ご成婚からお子様の性別まで。 私には何もかもが視えていた。      そしてこの先も、旦那様の成功の数々が、確かに視えていたのに……!      ……もしや。 疑っていらっしゃいますな? はは、まあ、それはそうでしょう。      あなたは正直な方だ。 無礼だなんて、とんでもない。 みすみす信じられるお話ではありませんからねえ。      そう、あなたの仰る通り。 未来が視えるなら、旦那様の死も阻止できた筈。      しかし私めはこの屋敷に勤めて早五十年。 視通すとなると、様々な私情が入ってしまうのですよ。      ……そうだな。 ここだけの話、最近勤め始めたムツミ。 アレが大層に怪しい。      彼はつい三カ月前に勤務を始めた執事でして。 勤務態度は至って真面目、そして何より要領が良い。      しかしね。 ホシナガ様の長女、ミサト様と恋仲になっているのではないかと。      使用人達の間で専(もっぱ)らの噂で。      雑談の折、私もそれとなく聞いてみたりはしたのですが、はぐらかされてしまって。      そう思えばあのはぐらかした態度も、どことなく違和感があったような。      ああ、こんな事になるなんて……。 私は彼の履歴書を眺める旦那様に、確かに忠告申し上げたのですよ。      この男はいけない。 未来を視通す私のこの目が、この男を屋敷に招いてはいけないと。      そう告げていると伝えたのに。 旦那様は彼を雇ってしまわれた。      旦那様の莫大な遺産を目当てに、というのは想像に容易いでしょう。      やはり私の目は間違っていなかった! ああ、あの男がいたから、こんな事に……! <星永の長女、美沙都。> 05美沙都:先程警察の方に全てお話致しました。 私から話す事は何もありません。      使用人も兄弟達も、皆疲れています。 マスコミの方はお引き取りを……あら、そうでしたか。      失礼致しました。 私がホシナガの長女のミサトです。 父の件、私でよければお話致しましょう。      しかし先程の繰り返しになってしまうのですが、弟達も妹も、皆疲れておりまして。      あの子達から話を聞くのは、後回しにして頂けませんか?      ……兄弟想いですか。 その言葉は、末の弟妹(ていまい)によくしているクロウに掛けてやって下さい。      私は母が亡くなった後、父の言いなりにしかなれませんで。      大学も、就職も、全て父の手筈でした。 結婚の話でさえ……。      ……事件の事を、調べていらっしゃるんですよね。      あの、他言しないとお約束頂ければ、その……もしかしたら事件に関係があるかもしれない事が……。      ……はい、ありがとうございます。      私、事件の直前に、ムツミさんとの結婚を父に反対されているんです。      もう何度も頼み込んではみましたが、結局駄目で。 今日も体調が悪いからと、話を聞いてくれなくて。      すぐ下の弟、クロウが優秀なものですから。      父の言いなりにしかなれなかった私は、ここにはもう不要だろうと、      ……駆け落ちをしようと。 ムツミさんとお話していたんです。      この家は古い建物ですが、増築を繰り返していた屋敷だからこそ、いくつか秘密の通路があるんです。      そこを使って、兄弟や使用人達の目を掻い潜って、どうにか、……と。      私がそんな馬鹿な事を考えていたから、罰が当たったのかもしれませんね。      父とのあの言い合いが、最期の会話になってしまうなんて。      ……誰が……長くこの家に仕えている彼らには申し訳ないのですが、……ニイミヤとゴトウ、でしょうか。      あの父を相手に、長年よくやってくれていると思います。      度々面白おかしく報道されていますので、父についてはご存じでしょう? お恥ずかしい限りです。      だからこそ、ニイミヤのような少し不思議な方とも親しくしていたんでしょうけども。      未来が視えると言っては、事業方針や私達兄弟の進路、毎日の食事、      私やナツカの髪型にまで、ずっと口を挟んできていたので。 やはり思う事はありまして。      ゴトウの方は、何をしてもそつなくこなしていて、その、……ちょっと、不気味というか。      でもこれも、姉の贔屓目、かもしれませんね。 私の兄弟達は、皆それぞれに優秀で、とても良い子です。      昔は、四人で屋敷中を駆け回って、かくれんぼをしていました。 クロウ、すぐ下の弟が。      南と北、一番遠い隠し通路は離れすぎている、鬼になる子が可哀想だから使うのを止めよう、      そう言い出せば下の二人も、あの通路は壁がボロボロだとか、あっちの通路は階段が急で危ない、      兄弟の誰かが怪我をすれば悲しくてしょうがない、だとか……。      私にとってはあの秘密の通路、兄弟達との思い出の場所ですが。 この屋敷を継ぐのはクロウです。      この屋敷の維持はどうするのか、それすら怖くて聞いた事がありません。 情けない姉でしょう。      ……クロウも、必要以上に責任感というか、使命感が強い子ですから。      姉としてちょっと、心配はしているんですがね。 ナツカもヤエトもです、勿論。      心配だと言いながら、そんな子達を置いて駆け落ちなんて。 酷い姉でしょう。      理由ですか? ……私はこの家には不要だろうと、そう思って。      ムツミさんは私が必要だと、自分の人生には私が必要だと、私に言ってくれました。      愛していると、それだけではなく、そんな風に仰って下さるなら、と。      ……あの子達は皆、優秀ですから。 私なんていなくても大丈夫でしょう。 少し、寂しいけれど。      兎に角。 兄弟達が父を、なんて。 私にはとても考えられません。 <気弱な研究者、夜弥。> 06夜弥 :……誰だよ、アンタ。 ぼ、僕は、ホシナガ様が亡くなった事件とは無関係で……。      ……え、えっと……そのう……確かに毎日薬は調合してたけど、僕はその、いつも通り……。      今日はその、たまたま、ニイミヤ様が今後の治療の話をしたいから、や、屋敷にいてくれって。      警察に話もす、済んだし、だ、だ、大体、僕みたいなのが人を殺すなんて、アンタできると思うか!?      は、……はあ? は、話、聞いてるだけ。 ……なんだあ、そっかあ。 名前? あ、ヨルヤっていう。      僕がまだ駆け出しの研究者だからって、け、警察もこの家の連中もこぞって、僕の事を疑って掛かるんだ。      そ、そりゃあそうだよな。 こんな富豪の屋敷に僕みたいなみすぼらしい、に、人間、そぐわないし。      でも本当に僕は無関係……、そ、そう? まあ、アンタだけでもそう言ってくれるならよかった……。      ……思い返してみれば。 別に、僕の居場所なんてこの屋敷に限らず、ど、どこにも無くてさ。      不器用で要領が悪い、その上愛想もなくて、僕。 友達だってまともにいないし、……。      僕の事を認めてくれたのはホシナガ様だけで……あああ、これからの研究どうしよう……。      ……え、っと、ホシナガ様は、その。 僕の研究を、支援してくれてたんだ。      まあ、その。 そう、キミの言う通り、パトロンってヤツ。      何年か前の僕の研究発表を見てくれたみたいで、その、……これはホシナガ様が僕に言ってくれた事で、      決して、僕が自分の事をそう評しているって訳ではないからね。 ……うん。      不器用で粗忽(そこつ)で、でも武骨に未来を見据えてるのがいいって、ずっと言って下さってたんだ。      僕にとっては、大袈裟でも何でもなく、もう一人の父みたいな人だったんだ。      ……あ、聞いてくれる!? 僕の研究、この薬はね、人間の細胞──あ、うん、興味ないよね……。      兎に角、その。 僕のこの研究が上手くいけばね、人の病気の大多数を治せるようになるんだ。      後もう少し、本当に後もう少しの所なんだ。 なのに、出資元が……。      ……誰が怪しいか? その、それってこの屋敷の人、……だよなあ……。      ……だ、誰にも言わないでくれよ。 僕は、クロウ様かムツミさんだと、思ってる。      うん、そう。 ホシナガ様の長男と、最近働き始めた執事。      あの二人、まあ、美丈夫だし、僕なんかよりずっと色んな事がそつなくこなせるけど……こなせるけど。      ホシナガ様みたいな人間味が無い、っていうか。      僕みたいな気が弱くて卑屈な人間ってさ。 わかるんだよ、人を見下してる奴って。 わかっちゃうんだ。      僕とホシナガ様が部屋で話してる時にさあ、 い、いるんだよ、部屋に来るんだよ、二人とも。      クロウ様はまあ、その、ホシナガ様の跡継ぎだし。      僕の研究に興味があるって、だ、代替わりしてからも僕の研究を支援するって……言ってたけど。      ムツミさんも僕の話をにこにこ聞いてくれてたけどさ。 あ、あの二人。      ホシナガ様の前じゃないと、僕に話し掛けたりしないんだよ。      前は僕から話し掛けてみたり、したんだ、無視されたけど……き、きっと、そういう事だろ?      それにクロウは、ホシナガ様がいる前で代替わり、ホシナガ様が死んだ後の話をするんだ。      僕の方がハラハラして、……えっと、な、何?      こ、この薬はまだ認可前、だから、……毒薬なんかじゃない!      ……、でも、まだ、わからない、何せ人で試した事なんて勿論ないから。      悔しいけど。 僕の薬を今の状態で、人に飲ませるだなんてできないし、しないよ……。      もっと早く薬ができたとしても、……ホシナガ様は、今日、こうして殺されちゃったし……。      傾倒? 僕が、ホシナガ様に、……ははは。 うん。 キミの言う通り、かもしれない。      まだ完成していないとはいえ、僕がこんなにも出来の良い薬を作れたのは。      認めてくれるホシナガ様に長く生きて欲しくて。 ……それで、研究を頑張れていたのかも、しれない。 <古株の侍女、後藤。> 07後藤 :──そうですわね、つまらないお話になりますが。 話してみるのも面白いのかもしれませんね。      ゴトウ、と申します。 かれこれ長い事、このホシナガ家にお仕えしております。      ええ、侍女長として、ニイミヤ様と同等の権限を賜っておりますよ。      ……きっかけ、でございますか。 ふふ、面白くなって参りましたね。      こういった殺人事件が起きましたら、まず近辺の過去を洗い出すのは定石でございますものね。      構いません、お供致しましょう。 ワタクシはどの切っ掛けからお話すればよろしいかしら?      このお屋敷で働く切っ掛け。 あい、わかりました。 そうですね……。      ワタクシは、幼い頃から何をやっても、一番に立派な成績を残すような人間でした。      勉強、学校で習う学業から独学のモノ、運動、音楽、絵画などの芸術方面。      ワタクシが試した事、なぁんでも。 ちょっと触ってみただけでやれ優勝だの、受賞だの。      立派な成績だけが手に入ってしまうもので、何もかもすぐ飽きてしまいますの。      だから人間のお世話をする仕事を選んでみたのです。 これがワタクシの性にも合っていたようで、ええ。      三十年以上。 何かワタクシが夢中になれるような、面白い事はないかしら? と探し続けたけれど。      人様のお世話以上に楽しい事がね、見つかりませんでしたのよ。      よく考えて下さいまし。 当然のお話だと思いません?      人間程、長く生き続けて変わるモノ、そして他者の手が入って変わるモノって、そうありませんもの。      植物の世話をした事もあります。 でもアレももって数年。 動物も長くて数十年でしょう?      旦那様に仕え、事業もトントン拍子。 奥様がお子を授かり、お子様方も大きくなった。      そんな折に、こんな殺人事件でございましょう? ワタクシ、ちょっとウキウキしておりますの。      ……最も怪しい人間。 ワタクシ、ではありませんかね。 ええ、アリバイならございます。      ニイミヤ様とお食事の後片付けをしていた所で、トオサキの悲鳴が聞こえました。      警察の方はコレと、周囲の方のお話を聞いて、ワタクシを調査対象から外したご様子でして。      本当に残念に思っていましたの。 だって、アリバイがあろうが、人を殺すなんて簡単だと思いません?      そう、至極優秀なワタクシが試してない事。 人の死を体験したり、試すには。      この国はあまりに窮屈で、規則正しく、幼稚でした。      死ぬなら、そういった効力がある薬を飲めばいい。 ワタクシ、そう思いつきましたの。      ……質問に質問で返すようですが、死に興味がない人間なんて、いると思います?      死ぬ時。 それってきっと、苦しいのでしょう? 苦しいのも痛いのも、ワタクシは嫌いです。      ならば、別の人で薬の効力を試してみようと思って。 他にも試したい事があったのです。      手始めに、人を言葉でワタクシの意のままに、これも初めて試してみました。      やっぱり成功して思い通りになってしまったけれども。      ふふ、面白い事を仰るのね。 先程意のままに、と言ったでしょう?      万が一何があっても、印象に残らない程度に。 証拠も何も、ワタクシにはございません事よ。      いつも通りお喋りしただけなんですもの。 試すには丁度良かったと思いません?      旦那様が、今日はとんと体の調子が悪いみたいなので、いつものようにお薬の調合をお願いします。      ニイミヤ様から言伝(ことづて)です、旦那様のお部屋へ、薬を運んで差し上げて、と。      彼が作った薬と、旦那様の薬と。 似た物があるのは知っていましたから、すり替えて。      ……望む結果は、得られませんでしたね。 旦那様、殺されてしまいましたので。      それにあの薬が関わっているのか、そうではないのか。 ワタクシももう知る術はありません。      もう興味は薄れたからそれでいいんです。 確実ではないもので、死を試す程愚かではありませんの。      あのボンクラが作った薬を飲んで、死ねずに苦しむなんて。      これ以上苦しむなんて、嫌ですもの、ワタクシは。 <新入りの執事、睦実。> 08睦実 :はいはい、どーもどーも。 執事のムツミだ。 お? 嫌だな、元々こういう人間なんだよ俺は。      まあね、流石に勤め先で、執事って職でこんな態度取っていちゃあ、      ニイミヤさんに追い出されてたろうけど。 そこは上手くやってたさ。      上手くやってたんだけど、こんな事件起きちゃあ、もうここじゃ働けねえなあ……。      ……ふーん? あんた何なんだ? 探偵って訳でも、この屋敷と縁がある人間って訳でもなさそうだな。      じゃあまあ、本当の事教えてやってもいいか。 この屋敷の人間には言うなよ。      俺は本当は詐欺師でね。 この家のお嬢さん使って遺産をタンマリ、って算段だったんだがな。      予定が狂っちまったよ。 なにも遺言残す前に殺す事ないと思わねえ?      いやいやいや、人を殺す為に頭を使うのと、人を騙すのと、      頭の使い方ってヤツは違うモンさ、ちっと考えてみろよ。      ……怪しい人間。 ほー、アンタそれを聞きまわってんのか? いいねえいいねえ!      そうさなあ……ま、俺は推理なんてできる頭、持ち合わせてねえけどよ。      あの仲良しこよしの兄弟がこぞって、大好きなオネーサマの為に。      父ちゃんに一泡吹かせようとして失敗した、ってトコか?      これが違うなら第三者だな。 理由も何もねえよ。 勘よ勘。 詐欺師の勘。      まあ曲がりなりにも三カ月この家の人間を見てた訳で、結構良い線いってると思うんだがな。      ああ、それか。 侍女のトオサキちゃん。      今日出勤になってる侍女ちゃんなんだがよ、胸のでっけえメイドちゃん。      あの子なんじゃねえかなって思うんだよ。      なんかこう……虫も殺せねえような顔してる癖に、時々妙なんだよな。      ま、これも勘なんだけどよ。 適当言ってるだけだから、あんまりアテにしないでくれよ?      つってもこんだけ挙げときゃ勘もなんもねえか、はは! 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってな。      全部違うってんなら、……まあ、ミサトなんじゃねえの。      アイツ、この屋敷の秘密の通路っての? 全部記憶してんだぜ。      それもこれも、可愛い兄弟達と遊んだ記憶の賜物だってんだ。 俺にはトンとわからんね、その辺り。      ……そーね、特に下の双子は可愛がってたかな。 坊ちゃん、ヤエトの方とは気が合ってたみたいだし。      ん? ああ、そうそう。 ナツカ嬢ちゃんとヤエト坊ちゃんは双子だ。      一卵性って訳じゃないそうで、あんまり似てねえけどな。 むしろミサトとナツカ嬢ちゃんの方が似てる。      話がそれた。 ホシナガの部屋の鍵、出てないらしいじゃん。      ミサトなら秘密の通路使ってオトーサマの部屋に入り込んで、グサッ! ……と、できなくはないだろ。      そこまで度胸がある女だとは思ってねえけどな。 アレこそ虫も殺せねえ女よ。      ……本命、本命ねー。 一番最初に言ったヤツかな。 仲良しこよしの兄弟がこぞって、ってヤツ。      一番上のミサトと、一番下の双子と。 歳が十以上離れてる訳よ。 上二人はそんなに歳離れてねえけど。      オネーサマとオニーサマは弟妹(ていまい)の双子を可愛がり、双子は上の兄姉(けいし)を敬い。      母親が早くに亡くなってるらしいな、だからなんじゃん? 気味が悪いくらい仲の良い兄弟だ。      んで、長男坊のクロウ。 ありゃ体裁良く振舞っちゃあいるが曲者だ。 何企んでるかトンとわかんねえ。      クロウが下の兄弟を唆(そそのか)してどうにか……ってのが俺の本命だな。      ひひ、突貫にしちゃ上出来じゃね? ……ああ、そうかいそうかい。      動機。 あの兄弟が犯人だったとして、何故父親を殺す必要があった? そこで出てくんのが、俺。      ミサトがさぁ、ちょっと優しくしてやったらコロっと絆(ほだ)されてくれちゃってよ。      俺と結婚の約束なんて、してた訳。 子供の約束みたいで可愛いだろ?      アイツ、ホシナガに直談判までしたんだぜ? もう父ちゃん大激怒。 そりゃそうなるわ。      兄弟が犯人なら、ミサトの結婚を許さなかったのが動機、      ミサトが犯人なら、俺との結婚を許さなかったのが動機。      ま、そういう訳で。 俺はもうここじゃ働けない。 結婚なんて微塵もする気がないモンでね。      ミサト? 置いてくよ。 あのお嬢さんは、この鳥籠でピーピー鳴いてるのがお似合いだ。 <星永の次女、夏花。> 09夏花 :あーし? うん、末っ子のナツカだけど。      そーそー、ヤエトの双子の妹で、あーしが末っ子。 あんた何? もしかして探偵さん? ……ふうん。      てか、事件の事聞いて回ってんの? 趣味悪いよ、勘弁してくんない。      はあ? 考えてみなよ、自分の家で人が死んでんだよ? 殺しても死なねえよーな親父が死んでんの。      ウケるっしょ、笑っときなよ。 ……まあ、アンタ割と話せっし?      事件の話は知らねーけど、愚痴なら話せんよ、聞いてもらっていい?      いやいやいや、あーしホシナガの、被害者の娘だし? あーしの話もヒントになんじゃね?      お、マジ!? やっぱノリ良んじゃん! ありがと!      警察とか、ニイミヤのジジイにもゴトウのババアにも言えねーからさ、誰かに聞いて欲しかったんだよねえ!      あーしさぁ、ミサ姉ちゃんに超そっくりじゃん? あーしとミサ姉ちゃん、めっちゃママ似なんだけど。      でしょ? 超そっくりなの! 後ろから見ると実の親父も間違えるくらいに、そっくりな訳!      あの糞親父さあ、ミサ姉ちゃんが好きな人と結婚するの、絶対許さねえとかふざけた事抜かしやがって。      親父が全然結婚許さない、それ以前にいっつも怒鳴って追い返されるって。      あーし、ミサ姉ちゃんにこっそり相談されてたんだよね。      ミサ姉ちゃん優しいから、あーしの前でこっそり泣くだけだったみたいなんだけど。      女泣かす男とかマジ許せんからぁ。 クロ兄ちゃんにチクったんよ。      そしたらクロ兄ちゃんが、あの糞親父に一泡吹かせてやろうっつって。      あーしとヤエトとクロ兄ちゃんと三人で、ちょっとしたイタズラやった訳。 それが大成功だったの!      とかやってたら、親父が部屋で殺されてんじゃん? もー、訳わかんなくって!      あーしとヤエト、警察の前でめっちゃキョドっちゃって。      ミサ姉ちゃんとクロ兄ちゃんが庇ってくんなかったら、今頃捕まってたかも、的な?      そーそー、そのイタズラの内容ね。 簡単だよ。      あーしがミサ姉ちゃんのフリして、親父があーしをミサ姉ちゃんだと思って近寄って来た所を、      あーしもミサ姉ちゃんも、手前のお人形じゃねえんだよ! いい加減目ェ覚ましやがれ!      ってぶん殴る! って感じ! ウケるっしょ、めっちゃ手ェ込んでんの!      実の子供にそんなんされたら、親父の石頭もちょっとは考え変わるんじゃね? って思って!      つかあーし、今こうしてドヤってっけどさ、実は思いついたのはクロ兄ちゃんで、      あーしとヤエトはクロ兄ちゃんの言う事聞いてただけなんだけど。      クロ兄ちゃんマジですげーの! 警察に色々聞かれても、あーしとヤエトの事ずっと庇ってくれてさあ!      使用人共も皆キョドってんのに、クロ兄ちゃんだけめっちゃ堂々としてんの、あれマジ格好良かったぁ!      親父が殺された事? あんな親父殺されて当然だし!      クロ兄ちゃんがいるから、この家的にも跡継ぎとか、別に困ってねーもん。      親父がいなきゃ、ミサ姉ちゃんも好きな男と結婚できて、将来はあーしもそうなれるって訳。      今は彼氏とかいねえけど、二十歳になったら結婚してこの家出たいんだよねー。      だってデカくて金あるだけで、他にいい事なんて何もねえし。      だからミサ姉ちゃんには、あーしより先に幸せに結婚して欲しいんだよね!      ん? ……はあ……? どういう事だよ、あーしも、犯人だって言いたい訳……? なんで?      ……だ、だって親父、ウチらがイタズラした後も、生きてたし!      クロ兄ちゃんが殴ったトコ、ヤエトが応急処置して、部屋で休ませてるって……      ヤエトがあーしに嘘言う訳ねえだろ! それに、親父の死因って刺殺なんだろ!?      あーしら関係ない……ちょ、待てよ! 最後まで聞いてけよ!      あーしら、犯人な訳ねえだろ! ……ッ、手前! 警察にチクったら承知しねえかんな! <星永の次男、八重斗。> 10八重斗:はい……? 仰る通り、僕はヤエトです。 ええ、ナツカとは同い年、双子ですが、僕が兄です。      えと、あなた様は……。 事件の事を? でしたらあの、僕の話を聞いていただけませんか!      この屋敷内で所在がわかっていた全員は、父の殺人事件の犯人ではありません。      僕にはこの事件の犯人がわかっています。 犯人はこの家にいる人間じゃない。      皆それぞれにアリバイがあります、皆誰かどうか、一緒にいた人間がいます。      言い換えれば僕らは、互いが互いを監視する事ができました。 だから、この事件の犯人は第三者です。      ……僕のような子供の話では、警察の方は信じてくれませんでした。      クロウ兄さんもきっと僕とナツカを庇って、本当の事をお話になりませんでしたし。      あなたに、本当の事をお話します。 だからどうかこの事件を暴いて下さい。      その為ならどんな事でもご協力します……え? ナツカに、お話を聞かれたのですか?      ……成程。 ナツカ、妹の非礼、僕がお詫び致します。 お客様にとんだご無礼を。      彼女は正義感が強いのですが、少々感情的になりやすくて。 僕からも叱っておきます。      僕のような未熟者からしてみれば、あんなに真っ直ぐな彼女が羨ましくもありますがね。      それでは、改めてナツカの話を補足致しましょう。      僕は事件前、ナツカと、クロウ兄さんと一緒にいました。      イタズラ、……妹を姉に似せて、兄が父の不意をついて後頭部を、というソレですね。      イタズラと呼ぶには度が過ぎていた自覚はあります。 僕達の標的は父ではなく、ムツミさんでした。      この屋敷の一番新しい執事なのですが、ご存じですか? ……そうです、ミサト姉さんの恋人です。      夜遊びをしていたナツカは、気付いていない様子でしたが。      僕とクロウ兄さんは、夜中にミサト姉さんの部屋に入るムツミさんを、何度か見ています。      ムツミさんに罪を擦(なす)り付ける為に、ナツカにミサト姉さんのフリをさせて、父を。      僕がしたのは、ムツミさんの手袋を拝借する事。 そして、父さんの応急処置です。      ……父を、対話で解決できるだろう事を、暴力を持ち出して。 愚かしい話だと、自覚はしています。      しかしミサト姉さんは、既に駆け落ちを考える程困窮していたのです。 ええ、姉の日記を盗み見ました。      姉さんは優しい人だから、父さんが大怪我をすれば、駆け落ちだなんて馬鹿な事を諦めると思って。      僕とナツカが産まれてすぐ、僕らの母は他界しています。      父や、当時から家に勤めていた使用人の皆さんも勿論なのですが。      まだ十歳を過ぎたばかりのミサト姉さん、クロウ兄さんが主に僕らの面倒を見てくれていたんです。      紳士で悠然とされているクロウ兄さんと違い、ミサト姉さんは物静かで、本当に優しい方なんです。      ……そんな姉さんに、僕らは。 幸せになって欲しかっただけなんです。      兎に角。 そういう訳で、父が殺された件、刺殺された件は、僕達兄弟は犯人ではありません。      そして、この屋敷にいた皆が犯人ではない証拠があります。      ムツミさんの手袋をこっそり元の場所に戻す時。 それこそ、父が刺殺された時間の辺りですね。      ニイミヤさんとゴトウさんは、キッチンにて夕食の後片付けを。      ミサト姉さんとナツカは談話室で談笑しており。 同じ部屋でトオサキさんは書籍の整理をしていました。      クロウ兄さんとムツミさんは、遊戯室でチェスをしており。 僕はそれを観賞していた。      これらの部屋は全て一階にあり、そして全てが隣接しております。      僕ら九名は、相互監視下だったんです。 ……唯一、偽りの証言をしたのが僕です。      ムツミさんの手袋を返す為に、僕だけが一度席を外しています。      本当に少しの時間席を外して遊戯室に戻りました。 その後チェスを観賞していたのは本当です。      クロウ兄さんが庇ってくれました。 僕が席を外していた事を、警察の方には話していません。      クロウ兄さんに話を聞いて、あたかもずっと観賞していたかのように、      チェスの様子について嘘の証言をしました。      でも他の話は本当です! それだけはどうか信じて下さい!      だって僕は、クロウ兄さんが、ムツミに罪を擦り付ける為だって言うから、協力しただけで……! <星永の長男、黒羽。> 11黒羽 :ああ、いたいた。 屋敷の中を嗅ぎまわっている青年というのはキミの事かな。      ホシナガの第二子長男、クロウだ。 なに、追い出したりはしないよ。      こうして事件を嗅ぎまわっているという事は、推理物が好きなんだろう?      俺もなんだ。 そして、事件が起きたのは俺の生家、殺されたのは俺の父親。      俺は姉に代わってこの家の全てを引き継ぐ予定だ。 こんな馬鹿馬鹿しい事件は早々に幕を引きたい。      「ワトスン役」にはもってこいだと思わないかい? ああ、よろしく。      さて……。 兄弟や使用人達から、どんな話を聞けたんだろう? まずは聞かせてもらえないか。      ……ははは、成程! 中々手厳しいがキミの言う通りだ。 確かに俺はこの家の一員であり、      犯行時間にこの屋敷にいた。 そうだな、キミにとっては、物語の一登場人物にすぎない。      キミの仰る通り、先に俺の話をしよう。 そうだな、こういう推理物はフェアでなければいけない。      何から話そうか……俺のアリバイから、でどうだろうか。 うん、そうしよう。      まず。 この屋敷に優秀な研究者が出入りしている事は知ってるかな? そう、ヨルヤくん。      彼は本当に優秀でね、父の身に何かあれば俺が支援を申し出ようと、よく話をしていたんだ。      父の事件の直前、の時間になるのかな……。 彼が父の薬を調合している所だったからね、      それはどんな薬なんだい、と尋ねていた。 ん、……俺が、ヨルヤ君を無視していた?      そんな事はないよ。 彼は人として少々不器用だし、俺と話していても緊張していたようだから。      うっかりしていたんじゃないのかな。 ……イタズラ。 ああ、兄弟達の事だね。      そう、その話はヨルヤくんとの会話の後だったかな。      姉のミサトは父に結婚を許されずに塞ぎ込んでいて。 ナツカとヤエトは、それに心を痛めていてね。      姉は箱入り娘でね、父はそれを心配していたんだと、今は思う。      ならば彼らの兄であり、ミサトの弟である俺が一肌脱ごうと作を練ったんだ。      姉は気が弱くて、従順な人で。 父の癇癪(かんしゃく)も俺達下の兄弟の我儘も、全てを抱え込む人だ。      妹のナツカは真っ直ぐで素直な子だから。 自分で父を絶対に説得すると聞かなくてね。      彼女が説得して駄目であれば、俺が出て父を説得しようと話していたんだ。      ……話していたんだが。 弟のヤエト。 アレも気が優しい子でね。      父を殴ってしまったんだ。 あそこまで直情的な子だとは思っていなかったから、俺も驚いた。      それも、最近入ったばかりの執事の手袋を拝借して来て。 背後から、父の頭を。      実の親子とはいえ、心を痛めていたとはいえ、暴力は許し難い。 慌てて止めたさ。      幸い父も命に関わるような怪我はなくて。 ヤエトは非力だが、賢い子で本当に助かった。      すぐ我に返って、俺と二人で父を部屋まで運び、応急処置までしてくれた。      幸い使用人達は、この騒ぎに気付いていなかった様子でね。      しかし家族間の問題だ、ベラベラ話す事でもないだろう。 そんな折に父が……。      あの父が刺殺されるなんて、俺には何が起きたのか本当にわからないんだ。      しかし事件の直前にそんな騒動があったと、警察に素直に言う訳にはいかないだろう?      ヤエトはまだ未来の明るい若者、何より血を分けた弟だ。      だから俺は、……嘘? はは、俺の証言の何が嘘、……全部? キミは何を言っているんだい。      本当の事……? ナツカと、ヤエトが、二人共。 父を殴ったのは俺だと、言ってたのか?      ……はは、はははははははははははははは!      ああ、本当に困った兄弟だ。 やってくれたな、無能共が。 泳がせていたのは失策だったか。      長子(ちょうし)があんな男と良い仲だなんて、ホシナガの恥だとあれ程言い聞かせたのに。      それさえ黙っていれば、俺が手にする遺産を幾許(いくばく)か、分けてやろうと思っていたのに。      ……あ? なに、嘘に真実を混ぜるのは、定石だろ?      ははは! なあ、なあ、キミは一体どこまでが、俺の本心だと思った? <二重人格の侍女、遠咲(とーさき)。> 12遠咲 :今日の事は全て、警察の方にお話しておりますが……。      あ、ああ、警察の方ではないのですね。 はい、本日勤務をしておりました、トオサキと申します。      ……えっと、私はその……、第一発見者、というだけで、何がなんだか……。      何が起きていたのか、本当にわからないんです。      えっと、えっと……。 そうです、事件当時、私は談話室で書籍の整理をしておりました。      ミサト様とナツカ様がお話をされていて、内容ですか? 最近のお洋服の流行りについてお話を……。      ナツカ様が、ミサト様と私をお買い物に誘って下さって。 近日中に、三人でお出かけしましょうと。      ……そう、ですね。 私は使用人の中でもナツカ様と歳が近いので、そういったお誘いは何度か。      ミサト様も、よくお買い物に同伴させて頂いておりました。      その。 侍女長のゴトウ様にお叱りを頂いてしまうので、こっそり、です。 内緒にして下さいね。      それで、談話室の整理が終わったので、旦那様のご様子を見にお部屋を訪ねて。 二十二時頃でしょうか。      いつもは就寝なさる二十三時頃までは自室の鍵を開けていらっしゃいましたので、      施錠されているのはおかしいな、と……。      体調が悪いと伺っていたので、一度マスターキーを取りに戻って、お部屋に入って、……という感じです。      ……ええっと。 確か、ニイミヤ様と、ゴトウ様が、キッチンで夕食の後片付けをされていて。      クロウ様と、ムツミさんは遊戯室でチェスをしておいででした。      ヤエト様は、自室に戻りクロウ様に借りていたご本を返すと仰って一度席を外しておられましたが、      すぐに遊戯室に戻られていたと、記憶しています。      た、確かに、席を外されていたヤエト様が、とはちょっとだけ思いましたが、ヤエト様はお優しい方です。      あんな酷い事、できる訳がありません。      ……ヨルヤ様はいつも、二十時頃でしょうか。 旦那様のお薬の調合を終えてから、家に帰られるんです。      夕食をご一緒しては、とはお声を掛けていたのですが、お忙しいようで、いつもすぐ帰ってしまいます。      今日は確か、ニイミヤ様がお薬について相談したいと、たまたま屋敷にいらっしゃって……。      ……誰が旦那様を。 私も全く見当がつかないです。      ヨルヤ様の薬は、いつも私が運んでいます。 今日も私が運びました。 それもいつも通りだったと……。      はい、特に変わった事はありませんでした。      本当に皆さんいつも通りで、そもそも門扉も、屋敷そのものも施錠されているし。      旦那様を恨んでいる方……は、私は思いつきません。      豪胆で、お優しい旦那様で、私が薬を運んだ時もいつもお礼を、その……。      こっそり。 お菓子を分けて頂いたり、珍しい物を頂いたり、しておりました。      これは私だけではなく、私のように身寄りのない使用人皆、同じだったと聞いています。      ……私は特に、両親を小さい頃に亡くしておりまして。 旦那様、いつも仰って下さいました。      本当の両親を忘れろとは言わないが、キミを雇用する事で、私もキミの人生と関わりができた。      だから、キミさえよければ、私をもう一人の父親だと思ってくれていいと──は、くしゅん!  とーさき:アンタ何モンなんだよ、良い線いってんだよなあ。 いやあ、惜しい惜しい!       お館様殺したのはゴトウだよ。 アイツが首謀者だ。       お館様を殺す薬を作ったのはヨルヤ。 この屋敷に出入りしてる陰キャ、アイツアイツ。       で、共犯がアタシ。 アッチも言ってた通り、アタシ達が薬、運んじゃったんだもん。       は? 何お前、わかっててアッチに薬を運んだのがどーたら聞いたんじゃねえの?       それとも? アッチの染みったれた美談聞いていたかった?       あんなしょーもねえモンよりアタシの話聞けよ。       ま、アッチの美談通り、アタシもお館様には世話ンなったからさあ。       ちょっと出て来て部外者にペロっと事件の全貌話しちゃう程度には、お館様の事好きだった訳。       あ、可愛がってもらってたけど寝てたとかそういうんじゃねえから。 情が深いっつーかなんつーか。       自分の子供にゃ横柄(おうへい)だったが年寄りってそんなモンだろ。       んで、アタシも事件の話していい? さっきから言ってる通り、首謀者はゴトウ。       典型的な、頭良すぎて何考えてるかわかんねータイプなんだよね。       薬作ったヨルヤはー……アイツも気の毒なんだよなあ。 大方ゴトウに唆(そそのか)かされたんだろ。       でも刺殺されてたんだろ? 薬で参ってる所をやったのか? その辺はアタシもわからねえ。       ん、兄弟? 何、あの四兄弟も何かやったの? うん、知らねえ。 教えてよ。       ……っかー! わざわざ出て来て事件の全貌話してやったっつーのに。       まあ、アタシみたいなのの証言が無効だって、アンタわかって言ってんな?       ははは! ほんっと、アンタ何者? この事件、アンタが暴いてくれちゃう訳? 13一ノ瀬:──さて。 こうして犯人候補達の供述、彼らの物語はおしまいだ。      え、手口も動機もわからない? そんな事にこだわっていたのかい。      手口は単純、対面から胸をナイフで一突き。      そうして部屋に鍵を掛けて、鍵も凶器のナイフも、──ほら。      僕が持っているから、今こうしてキミの目の前にある。      最初に言っただろう? 真犯人だけが、十戒を守っていた。      そしてこれは、ただの茶番、ただの謎解きゲームなんだ。      皆勘違いをしていたようだけど、僕はただの語り手であって探偵ではないのさ。      キミも勘違いをさせていたのであれば、すまないね。      ──ノックスの十戒、第一条。 「犯人は物語の当初に登場していなければならない」。 <本を閉じる音> ======================== 「星永殺害」 ()内の数字は登場する順番と、名前に入っている数字です。 美沙都(3)と睦実(6)の結婚の申し出に憤慨した星永は、高血圧から慢性的な体調不良の為自室で休んでいた。 焦る新宮(2)は後藤(5)を頼り、後藤は言葉巧みに遠咲(10)に夜弥(4)の調合した薬を持たせたが、 別人格のとーさき(10)に持たせてしまった為粗雑な仕事になり、星永は水を求めてふらふらと屋敷を彷徨う。 そこで美沙都に後ろ姿を似せた夏花(7)を追うが、睦実の手袋を付けた黒羽(9)が星永の頭部を強打。 八重斗(8)が自室に星永を運び、応急処置を済ませるも、その後一ノ瀬(1)が星永の自室にて星永を刺殺。 一ノ瀬は部屋に鍵をかけた後何らかの方法で警察の捜査を掻い潜り、警察の撤退を待って話を聞いて回っている。 薬は後藤によって夜弥の作った新薬にすり替えられており、何らかの理由で検査などに引っかかる事はない。 凶器のナイフ、星永の自室の鍵は一ノ瀬が持ち歩いているため警察が見つける事ができない。 「刺殺した、致命傷を与えた真犯人は一ノ瀬」ではあるが、全員が少しずつ事件と関わっている。 お粗末様でした。 ======================== 2020.1.22 初版 羽白深夜子 2021.5.6 更新 羽白深夜子 2021.7.30 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 引用 「探偵小説十戒」ロナルド・ノックス サイトへ戻る