最終更新:2024/5/1
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【ナイチンゲールの返報】 (ないちんげーるのへんぽう) 女性2:男性1。 槐(男性)が女性陣より年上だと演じやすいかと思います。 アナザー(男女性別反転バージョン)は
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。 【槐(えんじゅ)】 20歳~50歳男性、使用人。 渡貫家に長く務めている。 長く使用人として働いているが、主人を数度変えている。 本名は「九重 葵」。作中語る出来事が切っ掛けで本名を隠して働いている。 【杠(ゆずりは)】 16歳~40歳女性、侍女。(必ずアミィと同い年に設定して下さい) 渡貫家別館に勤務し始めたばかりの女性。 本名は「円城 梓」。三年前母親の浮気が切っ掛けで没落し、親戚に預けられた。 【アミィ】 16歳~40歳女性。(必ず杠と同い年に設定して下さい) 渡貫家別館に囲われている女性。 【配役表】 槐 : 杠 : アミィ: ======================================= 001杠 :あの、エンジュ様。 002槐 :はい。 如何(いかが)なさいましたか。 003杠 :先程から聞こえているこの歌は、一体。 004槐 :ああ。 少々事情がありまして、後程ご説明差し上げます。 他にご質問があればそちらから。 005杠 :ええと。 奥様は、こちらの屋敷にいらっしゃるのですか。 006槐 :まさか。 この屋敷は旦那様がいらっしゃる以外には、私と、もう一人と。 今日からは、あなたがいらっしゃるだけですよ。 007杠 :なのに、こんな立派なお屋敷を。 008槐 :<苦笑しながら> あー。 このワタヌキの家の噂については。 009杠 :……ええと。 010槐 :遠慮なさらず。 今日から私は、あなたの同僚、兼。 同居人なのですから。 そうして遠慮されていると、疲れてしまいますよ。 011杠 :そういうものでしょうか。 すみません、外で働くのは初めてで。 012槐 :色々ご苦労があったと仲立ち人からお聞きしていますよ。 ここでは気を楽にして働いて頂いて大丈夫だと。 そういう話です。 ゴシップ誌なんかは、普段は嗜まれないのですか。 013杠 :えっ。 014槐 :不躾を。 何分この方が話が早いもので。 <懐からゴシップ誌を手渡す> こちら、文字は読めますね。 015杠 :はい、……あの、このサカキという方は。 016槐 :ワタヌキの次男様です。 017杠 :……品行の点では青少年の尊敬を裏切る父親。 018槐 :紙面で語られている事、全て事実です。 まあ、人の父親になるには少々、やんちゃな方である事は間違いありませんから。 019杠 :あの? 020槐 :はい。 021杠 :この、体の相性が良かったらしいと、いうのは。 022槐 :<苦笑する> そうか、女性にこれは中々に不躾でしたね。 若輩者故、ご容赦を。 023杠 :いえ、あの……? 024槐 :私の口からは控えますね。 025杠 :あ。 026槐 :察して頂ければ。 027杠 :あ、あっと、あの、はい。 失礼致しました。 028槐 :いいえ。 そう恐縮なさる事はありませんよ。 ただ、このように。 まだまだあなたが知らない事は沢山あるでしょう。 恥はかき捨て、とはよくいったものですね。 わからない事は先程のように、すぐ私に聞くように。 029杠 :よろしいのですか。 030槐 :勿論。 私とあなたでこの屋敷を管理する、それが今日からの私達の仕事です。 わからない事は、わからないままにしないよう。 さ、他に聞きたい事はございますか。 031杠 :あの、私てっきり、この屋敷には奥様がいらっしゃるものだと思って。 032槐 :<苦笑する> ええ。 033杠 :その、ワタヌキ様と奥様と、相老(あいおい)でいらっしゃると仲介の方に聞きまして。 034槐 :ああ。 035杠 :私、どうしたら。 036槐 :どうする事もありませんよ。 ほら、紅茶を飲んで、落ち着いて。 037杠 :あ、はい。 038槐 :表向きはこの屋敷、お忙しい旦那様が、休暇を奥様と過ごす為の屋敷です。 しかし実際は。 旦那様が購入した、愛妾(あいしょう)の為の屋敷です。 039杠 :──。 040槐 :……お身内は。 041杠 :……父も、母も、頼れる方も、もういません。 042槐 :はい。 ここでしっかり奉公して、生きる術を見出し。 そうしてあなたは、別の場所で生きた方がいい。 この屋敷は少々、世間様より後ろ暗い。 しかし給金はこのように立派ですよ。 他所よりは。 043杠 :あなたは。 044槐 :はい? 045杠 :……あなたは、後ろ暗い、ですか。 046槐 :と、いうのは? 047杠 :その、この、お仕事が。 048槐 :まさか。 私はもう、慣れましたよ。 049杠 :私はどうにも、そうはお見受けできなかったので、……。 050槐 :……。 051杠 :お聞き、しました。 すみません、生意気を言いました。 052槐 :いえ。 なに、私個人の事を気に掛けて頂いたのは、些か久しかったもので。 053杠 :でも同居人なら、ここを管理するのが私達の仕事だと、先程仰っていたので。 一緒に生きるのなら、そうしてお互いに気を掛け合うものだと、私は思います。 054槐 :そうですね。 新しい同僚があなたのような気立ての良い方で、安堵していますよ。 055杠 :あ、いえ……。 056槐 :お喋りが長くなってしまいましたね。 続きは案内を終えてからにしましょう。 こちらへ。 もう一人の同居人を、ご紹介しますよ。 <ノック音。> 057槐 :アミィ。 058アミィ:ハイ。 059槐 :ご機嫌らしい、入りましょう。 アミィ、コレが彼女の名前です。 060杠 :はい。 061槐 :あ、一つ。 彼女の容姿を見て、驚いてはいけませんよ。 062杠 :え、っと、あ、はい。 <槐と杠、入室する。痣だらけの女がベットに腰掛けている。> 063杠 :<驚愕し、咄嗟に押し殺す。> 064槐 :あー……ディス、パーソン、イズ、ユア、フレンド。 065アミィ:フレンド? 066槐 :イエス。 067杠 :が、外国の方なのですか……。 068槐 :はい。 あなたの友達になる方です、そう、紹介しました。 ほら、あなたも。 069杠 :……えっと。 070アミィ:フレンド? 071杠 :あ、は、はい。 072アミィ:ホワッツユアネーム? 073杠 :えっと……。 074アミィ:ネーム? 075槐 :あなたの名前が知りたいそうです。 ユズリハ。 先程ご説明したように、それが今日からこの屋敷に勤めるあなたの名前です。 076杠 :ユズリハ……。 077アミィ:ユズリハ? 078杠 :う、えっと、はい。 079アミィ:ウェルカムユズリハ! アイワズウェイティン、フォーユー! ディスイズボーリンプレイス! トゥーザポインオブダイン! <終始嬉しそうにはしゃぐ> (訳 ようこそ、あなたを待ってた! ここは退屈な場所よ、死にそうなくらいね!) 080杠 :あ、あはは……。 081槐 :歓迎されているようですね、よかった。 アウィル、……ええっと……。 082杠 :何とお伝えしますか。 083槐 :えっ、外国語が? 084杠 :少しなら。 085槐 :では、後で食事を持ってくる、と。 086杠 :アミィ、コールミーユズリハ。 ディハネリーヘルプユー。 アウィルデリバリー、ザミアルレイター。 (訳 アミィ、ユズリハと呼んでね。 必ずあなたを助ける。 後で食事を持ってくるわ。) 087アミィ:サンキュー、ユズリハ。 <槐と杠、部屋を出る。> 088槐 :<笑いながら> 驚きましたよ。 随分と流暢なのですね。 089杠 :私も驚きました。 その、まさか、外国の方だとは。 090槐 :この屋敷にいるのは奥様だと、思われていたんですものね。 見目はあの通り、栗毛で、我々日本人とそう変わりはないでしょう。 091杠 :私も同じ栗毛なので、少しだけ親近感がありますね。 092槐 :そうですね。 日本語が通じない以外は少々気性が荒いくらい、でしょうか。 我々の仕事はこの屋敷の管理と、彼女の世話です。 093杠 :はい。 これなら、私でもお手伝いできる事は多そうです。 094槐 :お手伝いだなんて、とんでもない。 彼女の為に英語を覚えたつもりでしたが、恥ずかしながら聞き取れなかった。 何と話していたのですか? 095杠 :あなたの侍女のユズリハです、後で食事を持ってくる、と。 096槐 :成程。 僕もあなたから学ぶ事は多そうだ。 英語はどちらで? 097杠 :父が存命の頃は、幾分か裕福な暮らしだったので、そこで。 家庭教師をつけてもらっていました。 098槐 :そうでしたか。 いや、立派だ。 099杠 :いいえ。 本国の方に伝わるのか、内心緊張しておりました。 それで、その……。 100槐 :彼女の事、ですか。 101杠 :はい。 どうして、あんな痣だらけで。 それも体ばかり。 102槐 :先程の流れで、私の口からは控えます、とだけ。 103杠 :……そうですか。 104槐 :こういった事に口を噤(つぐ)んで、我々の仕事が成り立つのです。 どうですか、続けられそうですか。 105杠 :大丈夫です。 それに、行く当てもありませんし。 106槐 :そうでしたね、意地悪な質問でした、すみません。 107杠 :いえ、でも、ひとつだけ。 108槐 :はい。 109杠 :どう思われますか。 110槐 :同じ男子として。 よしとは、致しかねますね。 111杠 :そうですか。 112槐 :安心しました? 113杠 :それは、もう。 114槐 :<笑う> 私とてそこまで鬼畜にはなれませんよ。 115杠 :先程の歌は、彼女の歌声だったのですね。 116槐 :そういう事です。 旦那様は彼女の歌声を気に入って、こうして囲っていて。 あれは旦那様のお好きな讃美歌だとか。 117杠 :そうでしたか。 118槐 :じゃあ、そうだな……、まずは屋敷を一通り、案内しましょうか。 <翌日。> 119槐 :<あくびをしながらリビングへ向かう> ……あれ。 120杠 :あ、おはようございます。 121槐 :おはようございます、早いですね。 122杠 :昨日、エンジュさんが六時半には業務開始だと仰っていたので。 その前に朝食をご用意した方がいいのかなと思いまして。 123槐 :明日からはもう少々、ゆっくりで大丈夫ですよ。 私の言葉が足りなかった、申し訳ない。 手伝いましょう。 124杠 :もう出来上がっていますから、運んで下さいますか。 125槐 :おお、手際が良いのですね。 それとも、慣れない場所で寝付けませんでしたか。 126杠 :いいえ、ぐっすり。 寝坊をしてしまったかと、飛び起きました。 127槐 :それは大変だ。 人様の手料理は久しぶりです、ありがたく。 128杠 :あまり立派な物ではありませんが、あっ。 129槐 :<目玉焼きを裏返し、盛大に焦げているのを見て、笑いを堪えながら> 火力に注意してほしいと、そう、うん。 僕が伝えていませんでしたね。 130杠 :ごめんなさい……見ての通り、焦がしてしまって……。 131槐 :昼食は、一緒に作りましょうか。 僕は目玉焼きは火がよく通っている物が好きなので、美味しく頂きますよ。 132杠 :あの、無理をなさらないで下さい。 133槐 :いえいえ。 ……お、どの卵も相の子だったのですね。 成程、こう、目がいいのですね。 134杠 :無理矢理慰めて頂かなくて、大丈夫です……。 135槐 :<笑う> <翌日。> 136杠 :……えーっと……。 137槐 :見ての通り、花を活けますよ。 138杠 :はい。 あの、屋敷中に、花が活けてありましたね。 139槐 :そうです。 旦那様のご意向で、毎日、全て、花を変えます。 140杠 :その、すごいですね。 141槐 :我々にも植物の名前がつけられているでしょう。 旦那様がお好きなんですよ。 142杠 :はあ……。 143槐 :今日はそのバケツを持って、私について来て下さい。 明日からはあなたの仕事です。 144杠 :<バケツが重くてよろける> わ、かりました! 145槐 :重いですか? 146杠 :大丈夫です! 147槐 :重そうですよ? 148杠 :だ、いじょうぶです……! 149槐 :あなた用の小さなバケツを買いましょうね。 150杠 :お願いします! 151槐 :<笑う> 素直でよろしい。 はい。 <バケツを一緒に持つ> 152杠 :えっ。 153槐 :こうして一緒に持てば。 軽いでしょう? 154杠 :あ、ありがとうございます! ……あれ。 今日も、歌っていらっしゃいますね。 155槐 :ええ。 機嫌が良い時は、毎日ああして歌っていらっしゃいますよ。 僕も、彼女の歌。 好きなんですよね。 <数日後。> 156槐 :ユズリハ、いらっしゃい。 今日は書類整理を教えますよ。 157杠 :はい! よかった、やっとお役に立てそうなお仕事です! 158槐 :力仕事は僕が担当した方がよさそうだからね。 あなたは僕の代わりにこちら。 屋敷の維持費を纏めた書類です。 159杠 :はい、……これ、今までエンジュ様がお一人で? 160槐 :そうですよ。 161杠 :ここ。 162槐 :ん? 163杠 :こうして逐一足さなくても、ここの税率で掛けると、同じ数字になります。 164槐 :え、どれ。 ……おお、本当だ。 165杠 :損益(そんえき)計算書、教えてもらった事があります。 一通りやってみますね。 166槐 :……こうして計算してみると、ここの数字が間違ってるな。 いや、折角先輩面していたのに。 恥ずかしいな。 167杠 :この量を一人で管理していたら、間違いの一つや二つはありますよ。 この山、一通りやってみます。 エンジュ様は休んでいて下さい。 168槐 :いいんですか。 169杠 :勿論。 お仕事に私の面倒に、大変なんですから。 終わったら確認の為に声を掛けるので、それまでは。 170槐 :ありがとう、ああ、本当に助かります。 171杠 :<小さく笑う> 172槐 :……僕は、学がないから。 本当は数字の計算も英語も、自信がなくて。 173杠 :じゃあ、今日からは私の仕事にしちゃいますね。 174槐 :ありがとう、本当に。 <数日後。> 175槐 :ユズリハ。 旦那様、お帰りになりましたよ。 176杠 :……ごめんなさい、本当に。 177槐 :僕の配慮が足りなかった。 あなたが謝る事じゃない。 あなたは英語がわかる、僕より、旦那様と彼女の喧嘩の内容が理解できてしまう。 178杠 :……。 179槐 :それを考慮できなかった、僕の落ち度です。 本当にごめんなさい。 180杠 :いえ。 主人様のお見送りすらできなくて、ごめんなさい。 181槐 :別の仕事を任せたと旦那様には伝えています。 気にしないで。 本当に大丈夫ですか、顔色がよくない。 182杠 :大丈夫です。 でも、これが毎週。 183槐 :はい。 大体毎週。 184杠 :彼女と、エンジュ様は。 大丈夫なのですか。 185槐 :僕? 186杠 :あなたと、彼女は。 187槐 :僕は見ての通り、慣れています。 彼女は、……どうでしょうね。 いつもああして言い合った後は、布団に潜ってしまうので。 188杠 :私、様子を見てきます。 189槐 :はい。 僕よりあなたが様子を見にいった方が、彼女も喜ぶでしょう。 190杠 :そうなんですか? 191槐 :彼女、あなたが世話を始めてからは随分明るくなりましたよ。 同性で言葉が通じる上、あなたは気立てが良いから。 あなたと過ごす時間を楽しみにしているように、見えますよ。 192杠 :……ありがとうございます。 では、行ってきます。 193槐 :はい。 <数日後> 194槐 :……ユズリハ? 195杠 :あ。 196槐 :<溜息> 庭にいたのですね、探しましたよ。 一声掛けてくれたら── 197杠 :<槐に摘んだ花を差し出す> あの、これ! 198槐 :……活けるのですか? 199杠 :いえ、その。 エンジュ様に。 200槐 :僕に? 201杠 :ええと、いつもお仕事を教えて頂いたり、その。 お気遣い、頂いているので。 お礼にと思って。 202槐 :バラですか。 そうか、もうそんな時期か。 綺麗に咲きましたね。 203杠 :あ、あは。 ちょっと、その、大袈裟ですよね。 エンジュ様も一緒に育てていた花ですし、その……。 204槐 :様、ではなく。 さん、で構いませんよ。 205杠 :え。 206槐 :同僚兼、同居人ですから。 そこまで気を使う事はありません、……ああ。 気を使う事はないよ。 そうか、僕から砕けて接したらよかったな。 207杠 :あの、時々。 そうして接して下さいますね。 208槐 :気を抜くとね、つい。 ユズリハも慣れてきたら、気楽に接してくれて構わないからね。 209杠 :はい。 210槐 :バラ、ありがとう。 部屋に飾るよ。 211杠 :はい! よかった、突き返されてしまったらどうしようかと。 212槐 :そんな事はしないよ。 そんな冷たい男に見えていたかな。 213杠 :仕事に厳しいようには、見えたかもしれませんね。 214槐 :そうか、これからは気を付けるよ。 215杠 :……あ。 216槐 :今日も歌っているね。 意味はわからないけど、綺麗な歌だと、いつも。 217杠 :「主よ、御許(みもと)に近づかん」って。 218槐 :そう歌ってるのかい。 219杠 :はい。 「喜びの翼に乗り空を突き抜け、太陽、月、星々に目もくれず、私は高く駆け上る」。 ……確か、そんな歌だったと。 220槐 :鳥のような歌だね。 そうか、そんな風に歌っていたのか。 221杠 :彼女の事。 どう、お思いですか。 222槐 :……一使用人の僕には助ける手立てはないからこそ。 彼女が望む物は、揃えてあげたいと思ってるよ。 223杠 :そうですか。 ……そう、ですか。 <数日後。> 224杠 :──…… <恐る恐る> 旦那様は? 225槐 :帰られたよ。 明日は奥様が観劇に向かうそうで、明日また同じ時間だそうだ。 ユズリハ、今日も彼女の痣の手当てを頼んでいいかい。 226杠 :それは勿論ですが、その。 227槐 :ん? 228杠 :痣の軟膏を、もう少しその、肌に良い物にして差し上げる事はできますか。 229槐 :あの軟膏が一番治りが良いと聞いたよ? 230杠 :それは……そうなんでしょうけど、その、刺激が強いみたいで。 お顔に塗ったら、かぶれてしまって。 231槐 :何だって、顔? 顔に痣を? 232杠 :その、はい。 233槐 :そんな……、軟膏の件はわかった。 教えてくれてありがとう。 僕から少し、旦那様と話をしてみるよ。 234杠 :話して下さるんですか。 235槐 :当然だ。 いくら愛妾とはいえ、顔に痣を作るような事をするのはやり過ぎだ。 236杠 :……。 237槐 :勿論、女性の体に痣を作る事だって以ての外だよ。 238杠 :あ、えっと、そうじゃなくて、咎めたいんじゃなくて。 239槐 :何? 他に、気になる事があるかい? 240杠 :……ごめんなさい。 ちゃんと、言葉になりそうにない。 241槐 :うん。 だから、僕から旦那様に話してみるよ。 奔放だが、気の良い方だ。 きっとわかってくれる。 あなたが女性だからと、彼女の世話を任せきりにしてしまって申し訳ない。 教えてくれてありがとう、心配しなくていい。 242杠 :気の良い方だからと、その。 使用人がそういう事に口を挟んでしまったら。 旦那様がお叱りになるのではないかなって。 243槐 :旦那様はそんな方ではないよ、安心をし。 雇用関係云々ではなく、人と人として話をしてくるだけだ。 僕もね、品行方正な人間とは言い難いから。 その辺りは任せてくれていい。 244杠 :品行方正とは言い難い? 245槐 :勿論。 ユズリハのように正しく生きている人が心を痛めないよう、世間には僕のような人間も必要なんだ。 246杠 :……。 247槐 :納得してくれたかい。 248杠 :はい、でも。 249槐 :うん。 250杠 :こんなお屋敷を立ててまで、アミィさんを大事にしていて。 251槐 :うん。 252杠 :でも、体にあんな痣を作って。 253槐 :うん。 <苦笑する> そっか、そもそもそこから引っかかっていたんだね。 254杠 :はい。 アミィさん、私にもよくして下さっているのに。 255槐 :よくお喋りしているね。 256杠 :彼女、どうしてここにいるんですか? 257槐 :……僕は、旦那様に使えて長いけれど。 ある日突然、本当に突然。 旦那様が「買って」きたんだ。 258杠 :買って? 259槐 :オオクション、わかるかな。 流通しない物が出品されて、参加者が値を付けて、競り落とす。 260杠 :<息を呑む> 261槐 :身寄りがなくて、そうだ、歌が上手いから、と。 262杠 :そんな……、愛玩動物ではあるまいし。 263槐 :うん。 当然奥様が嫌がってね。 そして、この屋敷ができた。 264杠 :……そう、そうだったんですね。 265槐 :<溜息> 少し、休んでおいで。 僕は仕事を片付けてくる。 無理はしなくていいからね。 話の続きは、また後にしよう。 <槐、退室する。> 266杠 :──……じゃあ、愛妾の、愛って、何なんですか。 <槐の部屋。杠(のフリをしたアミィ)が訪ねる。> 267アミィ:<ノック> 夜分にごめんなさい。 ユズリハです。 268槐 :……どうしたんだい、こんな夜遅くに。 感心しないよ。 269アミィ:あの、ごめんなさい。 ……今日の話を聞いてから、落ち着かなくて。 270槐 :そっか。 ほら、入って。 何か温かい物はどうだろう。 271アミィ:いいえ、何もいらないです。 272槐 :そう。 そこに座って。 273アミィ:あの。 274槐 :ん? 275アミィ:隣、は。 駄目ですか。 276槐 :……え。 277アミィ:ダメですよね、その、急にごめんなさい。 278槐 :いいよ。 <苦笑する> あんな話をして、かえって申し訳なかったな。 279アミィ:いいえ。 私も知っておくべき話しだったと思います。 旦那様にはいつ彼女の事、お話されるんですか? 280槐 :明日いらっしゃった時にでも。 早い方がいいだろう。 やっぱり紅茶を淹れるよ。 明かりが少なくて申し訳ないけど、気をつけて飲んで。 281アミィ:本当に気になさらないで下さい。 282槐 :いいや。 声が少し、いつもと違うよ。 283アミィ:……そう、ですかね。 ごめんなさい、その、ちょっと思う事はあって、泣いたから。 284槐 :うん。 なら僕の所為だから。 285アミィ:僕? 286槐 :今は仕事中ではないからね。 気にしないで。 287アミィ:ああ、……はい。 288槐 :飲んで。 落ち着くよ。 289アミィ:ありがとうございます。 290槐 :美味しい? 291アミィ:はい。 292槐 :ならよかった。 いつもの朝食のお礼だと思って。 293アミィ:朝食。 294槐 :うん。 <笑いながら> 本当に料理が上手になったね。 最初目玉焼きを焦がしてた時は、どうしようかと思ったけど。 295アミィ:忘れて下さいな。 それもこれも、エンジュさんのおかげです。 296槐 :僕は何もしてないよ。 297アミィ:いいえ。 ここで私が頑張れているのは、エンジュさんのおかげなんです。 298槐 :そう言ってもらえるとありがたいかな。 僕の方こそ、ユズリハには助けてもらってばかりだと思ってたから。 ほら、書類の諸々だとか、花の選び方とか。 299アミィ:そう仰って下さるのなら、一つ。 300槐 :ん? 301アミィ:品行方正な人間じゃないって、今日話していましたよね? 302槐 :ああ……うん。 303アミィ:それって? 304槐 :……こうして、使用人を続けて。 何度か失敗してしまった事があってね。 305アミィ:失敗。 エンジュさんみたいな方が? 306槐 :うん。 沢山あるうちの一つ、なんだけれども。 307アミィ:聞かせて頂けますか? 308槐 :今まで誰にも話した事ない。 309アミィ:だからですよ。 一緒に生きるなら、お互いに気を掛け合うものだと。 お話しましたでしょう? 310槐 :……随分と、若い頃に。 お仕えしていた屋敷の、お隣の奥様に。 えらく気に入られてしまった事があって。 311アミィ:──。 312槐 :駆け落ちを申し込まれた事が、ある。 313アミィ:……そう、ですか。 314槐 :勿論、僕は断ったよ。 断ってすぐ屋敷を出た。 まだ若くて、若すぎて、学もなくて。 どうしたらいいかわからなくて。 ご子息かご子女がいた筈なのに、どうして、と。 そればかりで。 僕達、植物の名前で呼び合うだろう。 旦那様が提案して下さったんだ。 過去を探れないように、と。 315アミィ:……。 316槐 :それから、女性の多くない職場を選ぶようにしていて。 長続きしなくて困っていた所で、旦那様に拾って頂いて。 <苦笑する> 彼女と相住(あいず)みするのも、戸惑って。 僕から旦那様に、侍女を雇う事を提案したんだ。 317アミィ:提案は、正解でしたか? 318槐 :勿論。 何度も言うけど、本当に助かってる。 319アミィ:私と働いていて、嫌な気はされていませんか。 320槐 :ああ、また心配をさせたね……その。 本当に助かってる。 仕事ができる以上に、気立てが良くて、本当に。 321アミィ:それは。 同僚としてですか。 女性としてですか。 322槐 :へっ。 323アミィ:ごめんなさい、変な事を言いましたね。 324槐 :え、あ、いや。 あー……、僕ばかり、そんな事を考えてると思っていたから。 325アミィ:そんな事? 326槐 :……。 327アミィ:……。 328槐 :だってキミ、その。 仕事に一生懸命な人だと。 329アミィ:それは私の台詞です。 英語のお勉強まで熱心に頑張っていらっしゃる方が、どうして私に振り向いてくれると思いますか。 <槐、杠(に成り代わっているアミィ)ややあって笑い合う。> 330槐 :そっか。 331アミィ:はい。 332槐 :早く言ってくれたらよかったのに。 333アミィ:こんな話をしようと思わなければ。 夜半には、訪ねませんよ。 334槐 :そうか。 ……あー、その。 335アミィ:今すぐ何か、と願うのは、ワガママですか。 336槐 :……名前で呼ぶくらいなら。 337アミィ:然様ですか。 なら、お名前は? 338槐 :アオイ。 モミジアオイ、タチアオイのあのアオイ。 339アミィ:……。 340槐 :ユズリハ? 341アミィ:あ、ほら、少し驚いて。 私の名前。 342槐 :アズサ、だっけ。 同じ木の名前だね。 343アミィ:はい。 そうですよ、アオイ。 344槐 :……懐かしいな。 自分の名前なんて、随分久しぶりに呼ばれたよ。 喜びの翼、だっけ? 345アミィ:あの人の歌う讃美歌ですか? 346槐 :うん。 347アミィ:「喜びの翼を広げて、何にも目をくれず、私は高く駆け上る」ですね。 348槐 :こういう時の事を、言うんだろうな、って。 349アミィ:そうですか。 二人でいる時は名前、呼んでくれますか。 350槐 :わかった。 アズサ、キミもだよ。 <翌日。> 351杠 :……バラ。 飾ったら、気付いてくれるかな。 意味をご存じないのかしら。 <槐、血相を変えて杠を探す。> 352槐 :ユズリハ、ユズリハ! どこにいるんだい!? 353杠 :どうなさいましたか、 <悲鳴> <槐、杠の肩を思い切り掴む。> 354杠 :あの、どうなさったんですか、エンジュさん! 355槐 :どうなさった!? それを聞きたいのは僕の方だ! 356杠 :何、なんですか、 357槐 :キミ、昨夜僕の部屋に来たよな!? 358杠 :えっ。 359槐 :いや確かにキミだった、そうだ、アズサって! 僕の名前を教えた、そう、そうだよね!? 360杠 :な、名前……? 361槐 :頼む、キミから証言してくれないか。 僕の名前を呼んでくれないか。 旦那様が誤解を、思い違いをなさって、僕が、 362杠 :エンジュさん、落ち着いて話して下さい。 どうなさったんですか! 363アミィ:──思い違いなんかじゃないわよぉ。 あの耄碌ジジイ、最中に自分の形を覚えてる程度には、脳味噌があったのねえ。 364槐 :……アミィ? 365杠 :っ、アオイ! あなた何をしたの!? 366槐 :え、 367杠 :私が上手くやるから! 待ってて欲しいと言ったじゃない! 368アミィ:何って、あのジジイ蹴っ倒してきたのよ。 ソレが、エンジュが、私の事寝取ったってうるさくてさあ。 369槐 :それは誤解で、僕は昨日、アズサと 370アミィ:<遮る> 誤解なんかじゃないわよ。 だって、アンタが私を寝取ったってソレ、事実だもの。 371槐 :え── <アミィ、槐の左肩を拳銃で撃ち抜く。> 372槐 :<悲鳴、倒れ込む> 373杠 :エンジュさん!? 374アミィ:あなたみたいな女を見分けられない男は一回で十分だわ、私。 これだけ毎日顔を見ていて何も思わなかったの? 顔が似ているとは本当に一度も思わなかったの? 375槐 :な、何が、 376アミィ:あーそうか! 気付いてなかったものねえ、昨夜! それで、アズサ、アズサって! あはは! 377杠 :アオイ、ねえ、本当に何を言っているの!? 378アミィ:そうよ、アオイよ! アミィじゃなくて、アオイ! 私の名前! あああああああああ、そうよ、そうよねアズサ! あははは、やっと名前を取り戻した! 379槐 :アオイって 380アミィ:私達姉妹よ、双子の姉妹! 三年前に、家の没落がきっかけで生き別れた双子の姉妹! 生憎瓜二つとは言えないけど、目元なんてそっくりでしょ! 二人とも色素が薄くて栗毛だから。 そう、おかげで外人のフリなんて無茶ができてさあ! 381槐 :は……? 382アミィ:あいつら! オオクションのあいつら! みーんな馬鹿だから! 色素薄くて! 英語で喋ってたら! あはは、外人だって! 高値が付いたのよ! これねえ、アンタが誑かした私達のママ譲りなのよねえ! 383杠 :だからって撃つ事なかったでしょう!? どうして拳銃なんて持ち出したの!? 384アミィ:相変わらずのんびりしてるのねえ。 そこが可愛い子だから、いいんだけれど。 ぶっ殺したくもなるのよ、こっちは必死で耄碌ジジイの相手してんのに、 涼しい顔でお世話されてるとさあ! 385槐 :は、あ? ママ……? 386アミィ:まだわかんない? 私とアズサは双子、アンタが昔誑かしたのは私達の母親。 昨日アンタが抱いたのは私、アズサじゃなくて、アオイ。 387杠 :だッ!? 388槐 :あ……? 389アミィ:あんな拙い英語で外人のフリして、耄碌ジジイは兎も角、アンタまで騙せるとは思ってなかったけどね。 それなりに楽しかったわ、アンタのヘタクソな英語を聞くのは! 390槐 :……じゃあ、なんだ、最初から……! 391アミィ:いや? 私とアンタが会ったのは偶然。 アズサがここを職場に選んだのはアンタ目当てだったけど。 ね? 392槐 :そんな筈は、 393アミィ:なーに? 真面目に働いてたユズリハちゃんが自分を騙す筈がないって思ってる? ──ねえ。 じゃあどうして、私のこの顔に痣がないんだと思う? 394槐 :<目を見開く> 395アミィ:妹がアンタを騙してくれたおかげで、昨夜の茶番があったって訳。 こんなに早くここを抜け出せると思ってなかったわ。 色々とどーも。 足がつく前に行くよ、アズサ。 396杠 :……。 397アミィ:…… <苦笑する> そ。 お姉ちゃんそこまで野暮じゃないから。 ハバナイスタイム? なんちゃって。 <アミィ、外へ出ていく。> 398槐 :……う、そ、嘘だよな……? 399杠 :……。 400槐 :僕を、貶める為に、ここで……? 401杠 :しゃ、借金をして。 興信所で、母の良い人の事、あなたの事、調べて。 ……ちゃんと確認してから、事実をあなたの口から聞いてから、私達の事を打ち明けよう、って。 姉と。 アオイと、話していたんです。 世話がてら、英語で。 402槐 :じゃあ、本当に、騙す、つもりで……。 403杠 :話せばきっと、エンジュさんはわかってくれるから、二人で逃げよう、って。 そう、そう、アオイが、外国人のフリをしてたから。 まさか、双子だなんて、思わないですよね……。 404槐 :……。 405杠 :痣、顔の痣の嘘だって。 アオイを、私、早く助けたくて……でも、 406槐 :キミが、あ、あの人の、娘? 407杠 :──……母は、あなたの写真を肌身離さず持って、気が狂って、死にましたよ。 408槐 :そ、ん、でも、僕は、 409杠 :意気消沈した父は仕事を投げ出して、後を追って、没落して。 姉はあの通りの見目なので、好色家(こうしょくか)に買われて、私は買い値がつかなくて親戚の家で……、 そう、そうなんですよ。 姉を人身御供(ひとみごくう)にして暮らして、それで、……。 410槐 :昨夜、部屋に、来たのは。 411杠 :……私は、行ってません。 412槐 :──……。 413杠 :でも、……そっかぁ、わからなかったんですね……。 414槐 :アズサ、部屋、部屋が暗くて、 415杠 :確かに、ここは後ろ暗かったですね。 少なくとも私には。 416槐 :なあ、 417杠 :あなたが最初に仰って下さった通り。 生きる術を見出して、恥をかき捨てて、生きていこうと思います。 418槐 :アズサ、僕は、 419杠 :さようなら。 また、私が恨みを忘れた頃に出会う事があれば。 その時は、姉のようには歌えないけど。 420槐 :……ああ、なんだ、なんだ……。 421杠 :讃美歌、お聞かせしますね。 422槐 :名前を呼ばれて浮かれていたのは、僕だけだったのか。 2022.1.12 初版 羽白深夜子 2022.3.12 更新 羽白深夜子 2022.4.20 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 引用 「主よ 御許に近づかん」サラ・フラー・アダムス
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