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【幾星霜のテセウス】 (いくせいそうのてせうす) 男性2:女性2。 もう一つの「スクリーンに一輪」。 【志儀 伊吹(しぎいぶき)】 24歳(54歳)、俳優。 ※五十代役の伊吹が極端に台詞数が少ない事をご承諾頂けましたら  二十代、五十代と役者を分けて頂いて構いません。 【瀬戸 静流(せとしずる)】 20歳、ポルノ女優。 【八木沢 唄(やぎさわうた)】 24歳(54歳)、女優。 ※五十代役の唄が極端に台詞数が少ない事をご承諾頂けましたら  二十代、五十代と役者を分けて頂いて構いません。 【雪上 藤野(ゆきがみふじの)】 26歳、写真家。 【配役表】 志儀伊吹: 瀬戸静流: 八木沢唄: 雪上藤野: ======================================= <令和初頭、映画館控室。五十代の伊吹と唄。> 0001唄 :監督。 0002伊吹:よしてよ。 慣れないよ、それ。 0003唄 :慣れなくても何でも。 始まるよ挨拶、大舞台なんでしょう。 0004伊吹:うん。 0005唄 :<溜息> ……それ。 0006伊吹:ん? 0007唄 :そのコーヒーの缶、空いてる? 0008伊吹:ああ、 <コーヒーを飲み干す> 今空いた。 0009唄 :頂戴。 0010伊吹:煙草吸うの。 ここ禁煙だよ。 0011唄 :じゃあ、吸える場所まで付き合ってよ。 0012伊吹:……勝手だなあ。 <立ち上がる> 0013唄 :私が勝手しないとあなた、動かないんだもの。 0014伊吹:そうだね。 ウタ、煙草は止めないの。 0015唄 :止めないよ。 三十年、マスコミにも隠し通した趣味なんだから。 0016伊吹:いいね、それ。 0017唄 :でしょ。      ──私さ、フジノと結婚する事にした。 0018伊吹:え。 0019唄 :フジノと。 0020伊吹:……そうか。 ついに観念したんだ。 0021唄 :バングラデシュにね、行くんだって。 0022伊吹:えっ。 0023唄 :やっぱりね、海外の写真も撮りたいんだって。      だから付いて来て欲しいって。 酷いプロポーズよ。 0024伊吹:仕事は、ウタの仕事はどうするんだ。 0025唄 :休業する。 0026伊吹:事務所は。 0027唄 :許可取った。 なんとかね。 0028伊吹:……いや、いや。 ウタには僕の我儘を聞いてもらったんだ。      僕が何か言うのは、おかしいよな。 おめでとう。 0029唄 :<笑う> あなたの我儘が、きっと日本での最後の仕事。      楽しかったわ、ありがとう。 <伊吹に手を差し出す> 0030伊吹:……こっちに戻る気は。 0031唄 :そのうち。 まだ決めてない。 0032伊吹:じゃあ、握手はナシだ。 僕の映画にはキミが必要だ。 0033唄 :……、酷い口説き文句ね。 0034伊吹:まあ。 0035唄 :なら、フジノにもそう言っておいて。      ……なんだったかしら。 あの頃、あなたがあの子によく言ってた。 0036伊吹:あの子? ああ、シズル。 0037唄 :うん。 0038伊吹:随分懐かしい話をするなあ。 ああ、キミと、フジノと、シズルと……。 0039唄 :本当の事を言うとね。 シズル以外の女の子を、主演にするなんて思ってなかった。      驚いていたのよ、私。 0040伊吹:……。 0041唄 :やっと封切りよ。 そろそろ種明かし、してよ。 0042伊吹:……スクリーンに一輪。 0043唄 :ああ、思い出した。 そんな言葉だったわ。 0044伊吹:<笑う> 僕が撮りたかったのはそれ。 スクリーンに一輪、花だけが搖れてる。 0045唄 :でもあなた、映画は人間がいてこそだって。 0046伊吹:そうだよ。 生きた人間がいてこそだ、そう思ってるのは今だって変わらない。 0047唄 :そう。 0048伊吹:スクリーンに一輪、いつか、それだけが咲く映画を。      僕はさ、その為にずっと待ってたんだよ、シズルの事を。      でも、彼女は── <平成初頭、撮影所。二十代の藤野と静流。> 0049藤野:ほらシズルちゃん! こっちこっち、おいで。 足元気を付けろよ。 0050静流:ねえフジノさん、私本当に、ここに入っていいの? 0051藤野:何か言われたら俺が連れて来た子だってちゃんと言うから、大丈夫。      ほら、許可証も持ってる。 興味あるんだろ? イブキとウタの仕事。 0052静流:……まあ。 0053藤野:じゃあ見よう、社会勉強! 大事、大事。      ほら丁度やってる! あそこ、──アイツ。 イブキ。      <笑う> あんな見栄切ってるけどさあ。 本当は映画を撮りたい、って言ってて。 0054静流:映画。 0055藤野:そ。 それで、スタッフの後ろちょろちょろしてたらさ。      事務所に捕まっちゃって。 あの顔だろ? 後は知っての通り。 0056静流:どうして、あなたがそれを知ってるの。 0057藤野:大学の同期なんだ。 俺と、イブキと、ウタ。 歳は俺、アイツらより二つ上なんだけど。 0058静流:あなたが、二つ年上。 0059藤野:親父が福井で漁師やってるんだけど、体壊しちゃって。 休学してそっち手伝ってたんだ。      休学してたおかげで、あいつらに出会えた。      アイツ、イブキ。 背が高いから目立つだろ? 被写体にしたくて俺から声掛けた。 0060静流:被写体。 0061藤野:そ。 イブキが芝居で、ウタが芝居と絵、俺が写真。 その頃からやってて。      そうだシズルちゃん。 今日この後ウタのアトリエにさ、遊びに来てみない? 0062静流:アトリエ。 0063藤野:そう。 俺の暗室もあるんだ。 0064静流:暗室……。 0065藤野:あ、ごめん。 そういう変な誘いじゃなくて。      ウタのアトリエ、絵と、イブキの脚本と、俺の写真が、生まれる場所。 0066静流:……。 0067藤野:興味、ない? 一度遊びに来てみなよ。 ね? 俺達さぁ、仲間が増えるの大歓迎だよ! 0068静流:……フジノさんが、私に優しいのは。 0069藤野:ん? 0070静流:私が自殺を、しようとしたからですか。 <令和初頭、喫煙所。五十代の伊吹と唄。> 0071伊吹:彼女は、僕の所に戻って来なかった。 0072唄 :……。 0073伊吹:だからさ。 花一輪じゃなくて、花束にしようと思ったんだ。      今の僕にはそれができる。 見て欲しいって、そんな気持ちもあるのかもしれないね。      ほら、大々的に打てば、目に付くだろうし。 0074唄 :生きていれば、届くね。 0075伊吹:……平成初頭、かあ。 <笑う> そうか、あれからもう、三十年も経つのか。 0076唄 :なんかさー。 時代変わっても、やってる事変わんなくて。 ね。 0077伊吹:変わらないでいられるのは役者冥利じゃないかなあって、僕は思うけど。 0078唄 :<笑う> 私は変わるよ。 0079伊吹:うん、僕も変わったかな。 0080唄 :映画、できたからね。 0081伊吹:撮ったら撮ったで、俳優業も増えたけどねえ。 どういう訳だか。 0082唄 :人気者ね。 ……イブキもさ、ケリ、つけなよ。 いい加減。 0083伊吹:なんのケリ? 色々ケリをつけて、後は墓に入るだけだと── 0084唄 :この映画、主演の女の子。 シズルがモデルでしょう。 0085伊吹:……どうしてわかった? 0086唄 :質問ばっかりで、自分の事は何も話したがらない所。 0087伊吹:<笑う> 0088唄 :もしかして、ずうっと根に持ってたの。 0089伊吹:うん。 0090唄 :<笑う> 脚本、書き直したのね。 0091伊吹:……三十年ずっと、手を加えてた。 0092唄 :シズルの為に? 0093伊吹:どうだろうね。 いやあ、なんか照れ臭いな。 0094唄 :いいんじゃない。 もう私とフジノしか知らない。 0095伊吹:シズルも知ってる。      ……彼女に届けば、とか。 そんな事は言わない。      それでも俺は。 映画は命の在処(ありか)だと思ってる。      あの頃から変わりようがないんだ、だから、ケリがつけられないでいるんだろうさ。      だから、シズルにいて欲しかった。 0096唄 :<苦笑する> ずっと聞きたかったんだけど。 あの子とイブキって、結局なんだったの? 0097伊吹:なんだった、……うーん。      あの頃は、僕がシズルを助けたつもりだった。 でも逆だったのしれないな、とは、最近。 0098唄 :逆? どういう事? <平成初頭、撮影所。二十代の伊吹と唄。> 0099静流:……どういう事、って。 0100藤野:え……俺、全然そんな話、聞いてねえんだけど。 0101静流:……。 0102藤野:なんでそんな、自殺なんて、……いや、これは違うか。      えーっと……。 そこでイブキに会った、みたいな? 0103静流:うん。 0104藤野:それってもしかしてさ、あのー、この間喫茶店で会った時? 0105静流:なんでわかったの? 0106藤野:<笑う> そうかあ。      いやな、その頃から急にイブキが、映画撮るんだって言い出してさ。      勿論前々から、アイツがその気で頑張ってきたのは知ってるんだけど。      芝居の専門書読み始めたのも最近。 アイツ単純なんだよ。      シズルちゃんと会ったからなんだな。 0107静流:……。 0108藤野:ねえ。 今も、死にたい? <令和初頭、喫煙所。五十代の伊吹。> 0109伊吹:言葉のままだよ。 シズルがいなかったら、この映画は出来上がらなかった。      あの時、屋上の手すりの前で死ぬのを待ってる、シズルがいなかったら。 <平成初頭。建物の屋上から階下を見下ろす静流。> 0110静流:<深呼吸の後、手すりに登ろうと足を乗せる> 0111伊吹:ちょっとちょっとお姉さん! 0112静流:っ!? 0113伊吹:それちょっと待ってくんない。      流石にさ、俺一服しに来ただけなんだけど。      飛び降り現場見るのは気ィ悪いわ。 0114静流:……何。 0115伊吹:俺が一服終わってこのビル離れるまで、ちょっと待って。 0116静流:なんで。 0117伊吹:いや気ィ悪いじゃん。      気ィ悪いっつか、うん、普通に見たくねえんだわ。 ちょっと我儘聞いてよ。 0118静流:あ、俳優の。 0119伊吹:知ってんの? どうもありがと。      サインでもなんでもあげるから、ちょっと待って。 0120静流:私アンタの芝居嫌い。 0121伊吹:気が合うね、俺も嫌い。 0122静流:は、 0123伊吹:お姉さんも俳優? どこ? 煙草吸っていい? 0124静流:<溜息> ……何吸ってんの。 0125伊吹:マイルドセブン。 0126静流:頂戴。 0127伊吹:じゃあ煙草分生きてて。 はいどうぞ、アンタの寿命です。 0128静流:……。 <煙草に火をつける> 0129伊吹:あ! 思い出した! お姉さん映画出てなかった!? 0130静流:あ? 0131伊吹:どっかで顔見たなって思ってたんだよ。 なんだっけ名前。      ごめん、プロポーション綺麗だなとは思ってて。 0132静流:ミズキモエコ。 0133伊吹:そーだそんな名前、え、本物!? 0134静流:そうだけど。 綺麗だって思ったなら名前ぐらい覚えたら。      男ってそんなモン? ますます死にたい。 0135伊吹:へえ、モエコちゃん俺の芝居見てくれてんだ。      てかいくつ? モエコちゃんって確か、二十三って打ってたよね?      もっと若く見えるんだけど。 0136静流:二十。 0137伊吹:へえー! 駄目だよ、そんな若いうちに飛び降りちゃあさあ。 0138静流:アンタの芝居、喧(やかま)しい癖にスかしてて嫌い。 0139伊吹:ん? 0140静流:耳遠いの? アンタの芝居、喧しい癖にスかしてて嫌いって言ってんだよ。 0141伊吹:だってこうしねえと、 <逡巡する>      ……モエコちゃん、俺と話してくれないと思ったんだよ。 0142静流:……。 0143伊吹:……あーと、うん。 うるさくてごめん。      でも、死ぬ所が見たくないのは、本当で。 0144静流:……。 0145伊吹:いや、ノリが良い感じなら話してくれるかなって。      俺喋るの得意じゃないから、あの、役に入らないとイマイチ喋れないっていうか、      その、……なんかごめん。      でも、からかおうと思って声掛けた訳じゃ、ないんだ。 それは信じて。 0146静流:……。 0147伊吹:ほんとは、あのミズキモエコちゃんだって、わかったから声掛けたんだ。 0148静流:シズル。 0149伊吹:本名? 0150静流:そう。 0151伊吹:どういう字を書くの。 0152静流:静かに流れる。 0153伊吹:綺麗な名前だね。 0154静流:……。 0155伊吹:……。 0156静流:……、シギイブキ、って。 0157伊吹:ん? 0158静流:それ、本名なの。 0159伊吹:うん。 ちょっと変わってるよね。 0160静流:別に。 0161伊吹:<笑う> そっか。 ねえ、俺の芝居そんなに変? 0162静流:自分でわかってないの。 0163伊吹:わかってない。 言われる通りにやってて、みんな褒めてくれるから。 0164静流:上っ面だけで芝居してるの見え見え。      それでよく、自殺しようとしてる人間止められる、なんて思えたなって。 0165伊吹:それは、その、 0166静流:背が高くて顔が良い、それだけでもてはやされてるから、嫌い。 0167伊吹:あー……。 向いてないよなあって思ってるんだ、自分でも。 0168静流:じゃあなんで芝居やってんの。 0169伊吹:誘われたから。 その、金、無くてさあ……。      俺本当は、映画が撮りたいんだ。 機材とか色々揃えてるから、万年金欠。 0170静流:……ふうん。 0171伊吹:え、あれ? 怒らないの? 0172静流:なんで怒られると思ったの。 0173伊吹:金の為に芝居してんじゃねえ、とか、言われると思った。 0174静流:この業界稼いだモン勝ちでしょ。 稼げばそれが正義だと思うよ。      私も金欲しくてポルノ映画、出てるし。 0175伊吹:飛び降りようとしたのも? 0176静流:……。 0177伊吹:えっと……こんな事、軽率に言っちゃいけないのかもしれないけどさ。 0178静流:何喋っても、さっきの三文芝居よりマシ。 0179伊吹:生きてたらきっといい事あるよ、ね? それまで生きてみない? 0180静流:それまでっていつまで? 0181伊吹:わ……かん、ない、けど!      俺、俺の芝居ちゃんと知っててくれてるシズルちゃんが死ぬの、やっぱり嫌だ。      本当に俺の勝手なんだけどさ。 考え直してくれないかな? 0182静流:……じゃあ。 0183伊吹:な、何? 0184静流:アンタが生かしてくれんの? 0185伊吹:へ? 0186静流:俺の勝手だって、そう言ったよね。      アンタの勝手で私を生かすなら、私の事生かし続けてくれるの? 0187伊吹:……。 0188静流:生活費出してくれんの? 家買ってくれんの?      それとも何、私が死なないように恋人ごっこしようって?      生きてたらいい事あるって、それを保証してくれんの? 0189伊吹:……。 0190静流:……煙草、ご馳走様。 別のトコにするから── 0191伊吹:<静流の腕を掴む> 俺の映画に出て!      ……俺の映画に、出て。 0192静流:脚本は、監督は、役者は、金は、売れるアテあんの? 0193伊吹:脚本と監督は俺、役者はキミ、金とアテは、……ない、けど。 でも。 0194静流:でも? 0195伊吹:……今、話してるの見て、屋上に来た時も、本当に姿勢が良いと思った。      綺麗だと思ったんだ。 撮りたいと思ったんだ。 だから、どうにか話したかったんだ。      最後のシーンだけ決めてる。 背景に何も置かずにキミだけがいて。      客席を振り返って笑うんだ、そうして終わるんだ。 俺そういう、人間が生きてる映画を撮りたいんだ。      ……死ぬなら、俺の映画に出た後にして。 ※続きは有償版をご購入の上お楽しみ下さい。 2021.9.3 初版 羽白深夜子 2021.9.14 更新 羽白深夜子 2021.9.29 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 サイトへ戻る