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【bride slumber party】 (ぶらいどすらんばーぱーてぃー) 男性1、女性1(又は2)。「新婦のパジャマパーティー」。 「dragging death party」「路地裏のジョーカー」と同世界観になります。 1930年代アメリカであった「花嫁のエレナ」という実話を元に制作し、遺体損壊の描写が含まれています。 (遺体の写真等が含まれる事を、検索の際はご留意ください) 有償版販売ページはこちら。 【フローラ・アリス】 34歳、新聞記者。 アクトラル新聞社の記者。 職場では女性だからと蔑まれており、ゴシップを探してセドリックの元を訪ねる。 (当時のイギリスは、女性は家庭を守る物が当然とされていました) 【セドリック・レイ】 35歳、医者。 自宅に七年前に死去した「カレン・アーヴィン」の遺体を保管している。 【カレン・アーヴィン】 享年25歳。女性。 結核で七年前に死去しているセドリックの恋人。 ※極端に台詞量が少ないため、フローラとの兼役を推奨します。  ご留意頂けるなら演者を分けても構いません。 【配役表】 フローラ・アリス : セドリック・レイ : カレン・アーヴィン: ======================================= <ロンドン郊外の一軒家。向かい合って座るフローラとセドリック。> 001フロー:──改めて。 アクトラル新聞社です、本日は取材という事で……。 002セド :……。 003フロー:まず、お名前は。 004セド :……セドリック・レイ。 005フロー:ご職業は? 006セド :医者を。 007フロー:専門は? 008セド :どうしたんだい、取材ごっこかな。 009フロー:<嘲笑する> 取材ごっこ。 まあ、そんな感じ。 010セド :そう。 011フロー:専門は? 012セド :<笑う> キミの治療。 013フロー:<笑う> 014セド :<笑いながら> 何か、おかしかった?       こうして僕と笑い合い、ごっこ遊びをするまで快復した、それは素晴らし──!? <フローラ、セドリックが座る椅子の足を蹴る。椅子ごと倒れるセドリック。> 015フロー:<小声> 反吐が出る。 016セド :い、たた、驚いた……あぁ、驚かせてごめんよ、カレン。 017フロー:……カレン? 018セド :あれ? 椅子は大丈夫そうだ。 カレン、キミの足が当たったのかな?       急に起き上がって、ふらついているんじゃないかい? 019フロー:……私の足が当たったみたい、ごめんなさい。 怪我は? 020セド :大丈夫。 久しぶりにベッドから起きているんだ、こんな事もあるさ。       代わりの椅子を持って来るよ、少し待っていて。 <セドリック、退室する。フローラ、手で顔を覆う。> 021フロー:狂人の戯言。 でも私って本当にツイてる。       いいわ、付き合ってあげる。 そのごっこ遊び。       オーケイ。 私は今から、死んだ筈の、お前の恋人。       面白いゴシップを頂戴ね。 楽しみにしてるわ。 022セド :お待たせ。 <椅子に座る> 改めて話を聞こうか、どうしたのカレン。 023フロー:ああ、ごめんなさい。 眩暈(めまい)がしていたのよ、でも少し目をつむっていたら良くなった。 024セド :何よりだ。 眩暈、ふらつき…… <手元に書き起こす> 025フロー:それは何を書いているの? 026セド :キミのカルテ。 027フロー:カルテ、ね。 028セド :食事は取れそう? 029フロー:今日は私が作ってあげる。 030セド :え、……。 本当に? 031フロー:ええ。 あなたにばかり作ってもらうのは申し訳ない。 032セド :そんな事は気にしなくていいんだよ。 033フロー:──セドリック・レイ。 医者のつもりらしい。 まだ、医者だと名乗るつもりらしい。 034セド :無理はしてない? 035フロー:大丈夫。 折角起きているんだもの、少し動きたいの。 036セド :あー……。 キミの申し出はとても、嬉しいよ。 ならば明日の昼食を頼んでもいいかい。       キミの体調にもよるけれど、もし今日みたいに調子が良ければ、外で昼食を取ろう。       きっと良い気分転換になるよ。 037フロー:──病で死んだ恋人の遺体を掘り返し、その死体と暮らし続けている男。 038セド :ね。 どうだろうか。 039フロー:──傑作だ。 良いゴシップになる。 このまま、懐(ふところ)で、このまま。 040セド :……カレン? どうしたんだい? 041フロー:──取材を、させてもらおうじゃないか。 042セド :カレン? やっぱりどこか具合が悪いのかい? 043フロー:……いいえ。 どうもありがとう、あなたはいつも親切ね、セドリック。 044セド :とんでもない。 いつものようにセドと呼んでおくれ。 ほら、今日はもう休もう。 045フロー:──気の優しい医者、快い医者。 時折鼻につくこの腐敗臭さえなければ。       カレン・アーヴィン。 奴の恋人の名前、死亡時期は七年程前と推測。       遺体はどこにある? 現物を見たい、絶対的な証拠が欲しい。       ロンドン、いや。 イギリス中の人間がこの男の凶行に沸き立つ筈。       必ずこの家の中にある。 絶対に揺るがない証拠を、見つけないと。 046セド :今日はもうおやすみ、カレン。 愛しているよ、良い夢を見てね。 047フロー:──……気狂いが。 人間をこうもおかしくさせるのだから。 048フロー:<溜息> 愛なんて、病原体と同じでしょ。 <早朝、庭先。> 049フロー:あ。 050セド :あれっ、おはよう。 今日は早いね。 外に出て大丈夫かい? 051フロー:あ、ええ……。 その、ちょっと散歩に。 052セド :散歩!? キミなあ……まあ、体調が良いようで何よりだ。 053フロー:──朝七時。 奴が寝ている間に家へ忍び込み、寝た切りの恋人のフリをしようとして、失敗する。 054セド :<苦笑する> 外に出よう、体を動かそうって、その意欲は素晴らしいね。       しかし、主治医である僕の許可を取ってくれ。 055フロー:わかったわ。 ごめんなさい。       あー、セド。 あなたそうして、毎日庭いじりをしているの? 056セド :そうだよ。 キミ随分早くに家を出たね、僕は全く気付かなかったよ。 057フロー:何時頃からそうしているの。 058セド :六時半くらいかな。 いつも僕は、六時頃に起きているよ。       先に庭を手入れして、そしたら僕とキミの朝食の準備をしている。 朝食が八時。 059フロー:ふうん。 060セド :どうした? 061フロー:今日から毎日、少しずつ、散歩をしようと思うの。 062セド :いいね。 063フロー:<笑う> 森の方まで時間を掛けて歩いてみて、心地好かったから。       日課にしたいわ。 主治医の許可は頂けるかしら。 064セド :歓迎しよう。 では、僕との合流は八時、朝食の時間でどうだろう。 065フロー:いいわね。 早く戻ったら庭の手入れも手伝いましょうか。 066セド :欲張らない。 キミは花の手入れより、自身の治療が先だ。       散歩に慣れてきたら頼もうかな。 キミとこうして庭いじりをするのは、楽しそうだ。 067フロー:──なんとか、早朝に外へ出ている理由を作る。 <昼前。> 068セド :……ええと、朝食に何か不満でも? 069フロー:いいえ、美味しかったわ。 あなたの仕事を見ていては駄目? 070セド :構わないけど。 どうしたんだい、目覚ましい回復だね。 071フロー:あなたの腕が良かったのよ、多分。 072セド :それは嬉しいお言葉だ。 073フロー:──十時。 膨大な数のカルテの海から一つを取り出しては目を通す。       時々何かを書き入れては、満足げに頷いている。       それを終えたら、医療器具を丁寧に、一つずつ、手入れをする。 074フロー:お医者さんごっこみたいね。 075セド :だろ? キミの記者ごっこは順調かい。 076フロー:名医の仕事の何から何まで見せて頂いて、大変順調だわ。 077セド :そりゃ何よりだ。       調子が良いのなら、僕の目の届く範囲で過ごす事はないよ。       キミが好きな事をやればいい。 078フロー:……いいの、本当に? 079セド :勿論。 朝食も完食していた、本当に調子が良いみたいだからね。       ここはキミと僕の家なんだから。 好きに過ごして。 080フロー:そうね、……そしたら。 少し家の中を掃除してもいいかしら。 081セド :知っての通り、僕は掃除が苦手だ。 歓迎しよう。       くれぐれも無理をしないようにね。 082フロー:──家探しの口実を得る。 083セド :お、昼食はサンドウィッチかい。 084フロー:見ての通り。 こんな簡単な物でよかった? 085セド :嬉しいよ、好物を覚えていてくれたんだね。 086フロー:毎日出しましょうか。 087セド :<笑う> いいね。 うん、オリーブが入ってる。 そこがいい。 088フロー:──これで、遺体が探せる。 <昼時。> 089セド :思い出話、かい? ……気恥ずかしいな。       でも、そうだな。 キミの取材の為にも、一つでも資料は多い方がいいか。 090フロー:そうね、そうしてもらえると。       ずうっと寝たきりだったから。 こうして生活してみて、まるで百年後の世界にいる心地よ。 091セド :<笑う> 092フロー:寝た切りの私、そんな古いドレスは早く脱ぎ捨てるべき。       そう思わない? 流行に乗り遅れちゃう。 093セド :そう焦った所で、ここには魔法をプレゼントする魔女も、糸車を持って来る魔女もいないよ。       ずっと手帳に何か書き留めている、随分立派な取材なんだな。 どんな記事にして頂けるんだろう。 094フロー:もしかしたら、長編小説ができるかもね。 出来上がる頃には私も有名作家の仲間入り。 095セド :そりゃいいな。 いつか僕の伝記でも作って頂けたら。 執筆の時間は十分? 096フロー:あなたみたいな優秀な医者は知らないのかもしれないけど、ベッドの中って暇なのよ。 097セド :本当に? 刺激的な事件が起こる場所だと思ってたよ。 098フロー:<笑う> そういう訳で、私にも良い趣味ができそう。 それで? 099セド :はは。 ……そうだな、何から話そうか。       なんて綺麗な人だろう、と。 そう思ったよ。 キミに初めて会った時だ。 100フロー:──十三時。 いや、午後の殆どの時間を使って。       コーヒーを片手に、この気狂い医者、セドリック・レイの半生を知る。 101セド :キミに話した事はあったかな。 僕の家は父が採炭(さいたん)業をしていてね。 102フロー:初耳だわ。 詳しく聞かせて。 103セド :オーケイ。 カレン、キミみたいなお嬢さんからしてみれば、それこそ別世界だろうさ。       ランタンの灯りが照らす坑道、何もかもが煤(すす)けた景色、そして小さな家。 それが全ての世界。       父はね、長男の僕にも手に職を望んだ。 そして彼は医療の重要性にも目を向けていた。 104フロー:採炭を生業(なりわい)にしていたなら納得できるわ。 105セド :そう。 勉強する事そのものが僕に向いていたと思うし、両親はその援助を惜しまなかった。       我ながら理想的な家庭に育ったと思う。 まず、あの家に生まれた事は僕の誇りだ。 106フロー:……、そうね。 107セド :うん。 無事周囲の期待通り医療に携(たずさ)わるようになって、キミと出会った。 108フロー:援助、というのは具体的に? 109セド :金銭面だとか、僕の生活だとか、色々。 110フロー:あなたには兄弟がいらっしゃった……ような。 111セド :そうだよ。 弟が一人と、妹が二人。 112フロー:妹さんは? 今は? 113セド :良家に嫁いだよ。 時々手紙が届いているだろ? 114フロー:ああ、そう、そうね。 115セド :どうした? 116フロー:いいえ、……ああ。 そのうちご挨拶をしないと、と思って。 117セド :嬉しい申し出だ。       それでまあ、きっと恐らく順風満帆に、キミに出会う訳だ。       白百合か撫子か、どちらで例えようか悩んでいるんだけど、どちらがいい? 118フロー:あなたが好きな方で。 119セド :じゃあ例えはナシだ。       ──「白いペスト」。 キミの病は、最近そんな風に呼ばれている。 120フロー:ええ。 121セド :この病は、近々我が国で猛威を振るうだろう。 122フロー:何故そう思うの? 123セド :僕個人の見解だと思って欲しい。       昨今、ロンドンを始め、グラスゴウ周辺の大都市圏への人口集中が著しい。       単純な話だ、人が増えれば病も当然増える。 124フロー:人口の話に限定するなら、千八百年頃から増え続けている筈。       ランカシャが 六十万人超え、ヨークシャが五十万人、       デヴォンシャが三十万、ノーフォーク、サマセット、ケントが二十万人を超えて……。 125セド :……。 126フロー:何? 127セド :驚いたな、よく知っているね。 128フロー:そう? この程度一般常識だわ。 129セド :そうか。 茶々を入れてすまない、続ける。       結論は先程話した、人が増えれば病もと、そこに帰結するのだけどね。       残念ながら、我が国はまだ人が人として生きる為の準備が整っていない。 130フロー:人が人として生きる為の準備。 131セド :先程僕の父は採炭を生業にしていると話したね。 132フロー:そうね。 採炭、子供達が熱心に働いている事と何か関係があるのかしら。 133セド :ご明察。 そう、あんなに未熟な子供達すら、家族の為に働かなければならない。       単純な話、困窮しているからだ。 様々な物が足りない。       彼らも、国も、それ程に。 僕らがこうしてコーヒーを片手に語り合う今も。       僕らは我ながら、理想的な家庭に育った。 それを忘れてはならないだろう。 134フロー:人が人として生きる為の準備、それが足りていないから病が蔓延する。 道理ね。       そうね、患者から改めて、お聞きしていいかしら。 135セド :どうぞ。 136フロー:不治の病だと聞いてる。 137セド :……。 138フロー:あなたの見込みは? 139セド :……正直に話すよ。 140フロー:どうぞ。 141セド :千八百三十年頃には、五人に一人の死亡率だと。       それから十二年と経った今も。 残念ながらそう変わりはないだろう。 142フロー:そう。 143セド :気を落とさないで欲しい。 僕にとってキミの治療は急務であり。       一人の医者として先程述べた通り、この病は近々我が国で猛威を振るうだろうという見解だ。       この病の治療は最早、僕の人生だ。 一人の医者としても、一人の男としても。       だから、こうしてキミと一緒に暮らしている。 144フロー:……意地悪を言ってごめんなさい。       そうよね、あなたが懸命に治療してくれているのは私が一番知ってる。       本当にありがとう。 145セド :いやいや。 ……驚いたな、キミは病の話をしたら、怯えてばかりだと思っていたから。       なのに、人口の推移について僕とこうして語らっている。 謝るのは僕の方なのかもしれないね。       キミは僕の患者だと、そう甘えていたのは僕の方なのかもしれない。 146フロー:甘えているだなんて、そんな事はないわ。 147セド :そう? そうか。       体調が良いなら、もう少し話しているかい。 コーヒーのお代わりを入れて来るよ。 148フロー:ええ。 149フロー:──訂正。 気狂い医者、セドリック・レイの半生と思想を知る。 150フロー:……。 甘えるも何も、そもそも別人なんだっつの。 <夕食時。> 151セド :あー、カレン。 152フロー:何? 153セド :少し、くすぐったい話をしても? 154フロー:勿論。 ディナーに添えば何でもいいわ。 155セド :その……。 僕、キミが元気を取り戻したこの数日が、本当に幸せなんだ。 156フロー:そう。 あなたの治療の賜物だわ。 157セド :それを実感したのもあるし。 キミの病なんてない、普通の恋人同士みたいだ。 158フロー:どうしたの? 私達は普通の恋人同士ではなかった? 159セド :そうじゃないよ。 医者と患者、まるでそれ以上の関係性のようだと。 160フロー:おかしな人ね。 あなたずうっと、私達は医者と患者でしかないと、そう思っていたの? 161セド :……んんん。 明日も健やかに過ごせるといいと、そう言いたかった。 162フロー:私もそう思うわ。 特に、かの戦争に関してのあなたの見解はもう少し聞きたい。 163セド :僕もキミの政治についての見分をもっと聞きたい。       <笑う> 僕達はこんなに沢山、語り合うべき事があったなんて。 驚きだよ。 164フロー:……。 私を、どんな風に見ていたのかしら。 165セド :どう、……改めて見識の広さに驚いたよ。 でも思い返せば、当然だね。       キミは読書家だ。 僕はそれを、架空の物語にばかり向けているんだと思ってた。       そうじゃなかったんだね。 もっと早く教えてくれたらよかったのに。 166フロー:──確信した。 私は、成り代わった。 この男の恋人に。 167セド :キミと同じ家で暮らしてそろそろ十年、かな。       キミが元気に過ごしていて、こんなに幸せな事は他に無いと思った。 168フロー:──多くの幸運が必要だった。 私はそれらを全て勝ち取った。 169セド :本当はね、毎日言いたいんだ。 明日もその先もずっと元気でいて欲しい、と。 170フロー:──一番の幸運は、この男が正気ではなかった事。 私はそれを当然の報酬だと享受した。 171セド :そうしてキミが、もう少し元気になったら。 ちゃんと式を挙げよう。       僕とカレンの、結婚式を挙げようね。 172フロー:──この男が正気に戻って、カレン・アーヴィンが既に死んでいる事さえ思い出さなければ。       良いゴシップ、いや、特大のスキャンダルになる。       ロンドンが、いやイギリスが、この男の凶行に踊るだろう。 173セド :カレン。 どんなドレスがいいか、きちんと考えておいてね。 174フロー:勿論。 もう決めてるわ。 175セド :どんなドレス? 176フロー:まだ内緒よ。 177セド :<笑う> わかった。 178フロー:──取材を終えたら静かにこの男の元から去ればいい。       私の手でこの男の凶行が記事になれば、恐らく警察も黙ってはいない。       狂人に一時の夢を見せた所で。 一体私に何の罪が残るのか。 179セド :その時を、楽しみにしているね。 180フロー:──そして、これは。 あまりにも上手く出来過ぎていた。 <地下室。> 181セド :カレン。 治療の時間だよ。       ……防腐剤が足りていないのか。 ああ、目の宝石も変えた方がいいね。       腕の絹もそろそろ張り替えが必要か。 同じグレードの物が手に入ればいいけれど。       今日は左脚の綿を詰め替えるだけにしようか。 少し待っていてね。 182カレン:……セド。 183セド :んー? 184カレン:あの女、いつまでココに置くのよ。 185セド :あの女って? 186カレン:あの記者よ。 あなた、本当はちゃんとわかっているんでしょう? 187セド :何を? キミ、昼間はあれだけ博識だったのに。       夜になった途端今まで通り、お嬢さんに逆戻りだね。 188カレン:あの女は早朝にこの家にやって来るのよ。       そして朝食の時間になれば、散歩をして来ましたって顔であなたとお話をする。       そうして一日過ごしてあなたとおやすみのご挨拶をした今、あの部屋の窓から出て行くの。       見て来なさい、確認して来なさいよ、私の部屋を。       私の部屋、あの部屋の大きな窓よ。 アレから出て行くのよ。       あの売女(ばいた)はベッドで寝てなんかいないわ。 別の男の所へ行ってるの。 189セド :キミがあの部屋に鍵を掛けて欲しいと言ったんだろう?       もう何年前だったか。 僕は患者を尊重して鍵を掛けた。       それを今更、覆(くつがえ)したりしないよ。 190カレン:私に戦争の話なんてできないわ。       この国に興味なんてないから、あなたと政治について語り合うなんてとてもできない。       気を紛らわせてくれるお伽噺があればそれで十分なの。 私は自分の病気で精一杯なのよ。       この世界で一番、あなたが知ってる事でしょう? 違ったの? 191セド :夜になった途端弱気だね。 治療が終わったらもう休もう。       朝の散歩に支障が出たらいけないからね。 192カレン:だから、散歩に出ているのは私じゃなくて、 193セド :よし、終わった。 今日もよく耐えたね。       明日になったらまた、沢山を語り合おう。 愛しているよ。 194カレン:……よく言うわ。 私に明日なんてないの、医者であるあなたが一番わかってる癖に。 195セド :あまり僕を困らせないでおくれ。 196カレン:事実でしょう、人間は死んだらそこでおしまいなの、何も無いの、何もできないの。 197セド :キミには沢山の未来があるよ。 病気が治ったら、一緒に庭の花を眺 198カレン:<遮る> もう沢山よ、あなたの甘言はもう沢山!       病には勝てない、患者も、医者も、勝つ事ができないのよ、病には!       散歩もサンドウィッチもコーヒーも庭の花も! 私にはいらないの、私にはもう未来なんてないのよ! 199セド :……そんな事は、ないよ。 200カレン:……そんな事ない……? 201セド :物事には結果があるよね。 その結果は── 202カレン:人が選ぶ事ができる、そう続けるつもりでしょう?       あなた、私があなたの元へ通院していた頃から、それを言っていたわね。       そんな妄言を並べた所で私は治った? いい、私には今も死ぬ事しか見えていないのよ!       ねえ、結果は私が選ぶ事ができるんでしょう。       私は結局病気を見つめているって結果を、あなたはどうして認めてくれないの? 203セド :……食事も食べれるだけ食べておくれ。 それが治療にも繋がるのだから。 204カレン:セド! 205セド :今度こそおやすみ、カレン。 また明日も元気で過ごしておくれ。       ──さようならが言えない、卑怯で惨めな僕は。       もう、キミの元にしかいられないんだから。 <十日程後。> 206フロー:──住まいは郊外の一軒家、敷地だけはデカい。       従順な恋人を装いながらカレン・アーヴィンの遺体を探すも、彼女は中々姿を現さなかった。       ならば。 取材は綿密であればある程良い。 それだけは間違いない。       私のやるべき事は一つ。 <ノック。> 207セド :カレン、カレン? もう八時を過ぎているよ。 208フロー:ん、んん……? 209セド :調子が悪いのかい? 少し顔を見せてくれないか、起き上がれそうかな? 210フロー:……ごめんなさい、寝坊をしたわ。 体調は大丈夫、すぐそちらに行く。 211セド :<笑う> そうか。 朝食ができているよ、一緒に食べよう。 212フロー:……こんなに寝たの、いつぶりかしら。 213セド :<朝食を並べながら>       ここ最近は散歩に出かける程元気だったのに。 疲れが出たのかな。       ……しまった、もう少しさっぱりした物の方がよかったか。 214カレン:──ほら、ごらんなさい。 この家に悪魔が入り込んだわ。 215セド :買い物……は、キミは嫌がるかな。 まあ、一度だけ誘ってみるか。 216フロー:──私は。 セドリック・レイの元で暮らし始めた。 217セド :おはよう。 珍しいね、寝坊なんて。 218フロー:ごめんなさい、起こしてくれてありがとう。 219セド :いいや、丁度良かったかもしれないよ。 今日はあまり天気がよくないみたいだ。 220フロー:本当。 一雨来るかしら、庭の鉢植えを家の中に入れておいた方がいいんじゃない? 221セド :そんなに降るかな。 222フロー:向こうの空が暗くて、風が強くて冷たい。 嵐になるかもしれない。 223セド :確かに。 備えておくに越した事はないね、そうしようか。       天気が崩れる前にさ、買い物に行こうと思うんだけど。 その、一緒にどう? 224フロー:買い物? 225セド :うん。 今日は散歩もできなかったし……町に出るのは、気が向かないかな。 226フロー:……そうね、ごめんなさい。 227セド :いいよ。 何か買って来て欲しい物はある? 228フロー:サンドウィッチに入れるオリーブを切らしちゃったの。 229セド :わかった、買って来るね。 230フロー:──その日。 セドリックは朝食を片付けると、町へ買い物に向かった。       奴が診療室と呼んでいるその部屋を、在宅中に探すのは流石に難しい。       数日前に、本棚の後ろ、壁紙の日焼けがズレている事に気付いていた私はすぐさま、       本棚を退かす為に格闘する。 231セド :──その地下室はカレンの為に設(しつら)えた部屋だ。       診療室の本棚の後ろ、長い石畳の階段を下りた先にあるのは、絹、綿、宝石、それらの為の銀糸。       そして後にエンバーミングと呼ばれる技術に必要な防腐剤。 消毒液、修復の為の諸々。 232フロー:……見つけた……見つけたッ! カレン・アーヴィン! 233セド :──彼女が欲しがった書籍に、化粧品に、洋服に、快適な夜を過ごす為の全て。 234フロー:やった、あはは、見つけた! 写真、写真家を── 235セド :──僕は医者だ。 人の体を治す、全ての術(すべ)を持っていた筈だ。 236フロー:──眼球のある場所には宝石。 紅をさした頬と唇。       上等なドレスから除く素肌は、恐らく腐敗した部分を絹と貼り変えているのだろう。 237セド :──なのに、彼女を治す事は叶わなかった。 238フロー:──死後七年が経過している筈のその遺体は。 息を呑む程に、美しく設えられていた。 239セド :──カレン・アーヴィンが患っていた「白いペスト」とは、後世で「結核」と呼ばれる病だ。       無気力、過敏、食欲不振、発熱、頭痛、嘔吐、痙攣、昏睡、行動の変化を認める事もある。       両親にすら見放されていた彼女と出会い、治療を申し出てそろそろ十年になるだろうか。       イギリスでは、生活水準の上昇、食生活の改善などにより患者数が減少するまで。       彼女が生きたこの時代から、実に百三十年の時を要する。       つまり。 千八百四十二年のこのイギリスでは、不治の病とされていた── <夕方。> 240セド :キミの言う通りだったよカレン、帰るのが遅くなってごめん!       この大雨の所為で──カレン? 241フロー:……え? 242セド :どうしたんだい、顔が真っ青じゃないか! 243フロー:っ! <セドリックの手を跳ね除ける> 244セド :カレン? 245フロー:……ごめんなさい、大丈夫。 セドもそんなに濡れて、 246セド :僕はいいんだ、先にキミの熱を測ろう、歩けるかい。 247フロー:私は何ともないの。 少し立ち眩みがしただけなの。 248セド :本当に? 顔色がすごく悪いよ、 249フロー:本当に大丈夫なんだってば! 250セド :……。 251フロー:……大きな声を出してごめんなさい、先に休むわ。       あなたも着替えて、休んで。 風邪を引かないでね。 252セド :あ、ああ……? <フローラ、カレンの部屋に篭る。> 253セド :……サンドウィッチ、作って待ってくれていたのか。 <夜半。> 254フロー:……セド? その、さっきはごめんなさい。 休んだらすっかり良くなったわ。 255セド :……。 256フロー:サンドウィッチ、食べてなかったのね。       こんな嵐だから、早く食べて休んだ方がいいわよ。 257セド :……。 258フロー:……セド? どうしたの。 さっきの事怒ってる? 259セド :……ごめん、その……。 260フロー:何? 261セド :嵐が、恐ろしくて。 足がすくんでいて。 262フロー:嵐が? 263セド :ああ。 何か、何かを、失う気がして、その……。 264フロー:ずっとココでそうしていたの。 265セド :そうなんだ。 とても、部屋に戻る気分にはなれなくて。 266フロー:……キッチン、使うわね。 267セド :あ、ああ。 268フロー:サンドウィッチは食べられそう? 269セド :ごめん、今は。 270フロー:町で何か食べた? 271セド :いや、早く帰ろうと思って……。 272フロー:じゃあ朝食を食べたきりなの? 無理矢理にでも食べた方がいいわよ。 273セド :……ごめん。 <落雷。> 274フロー:驚いた。 ああ、随分近くに落ちたわね。 275セド :……。 276フロー:……もしかして、雷が怖いの? 277セド :……笑ってくれていい。 278フロー:笑わない。 誰にでもそういうモノはあるでしょ。 279セド :キミにも? 280フロー:あるわよ。 281セド :何だろう。 282フロー:犬と人の目……と、病気ね。 283セド :そうか。 284フロー:でも私のそれらは、避(さ)けようと思えば避けられる。       あなたのはどうしようもないわね。 急に空から落ちてくるのだから。 285セド :キミの病気もだ。 無力だな、人は。 286フロー:これ。 温かいから、飲んで。 287セド :……何? 288フロー:ホットチョコレート。 飲んだ事ない? 289セド :いや……。 チョコレート・ハウスの、キミ、あんな高級店へ? 290フロー:我々は理想的な家庭に育ったのよ。 <笑う> 嫌いだった? 291セド :<苦笑する> 見栄を張ったが、その、……あまり口にしないものだから。 292フロー:そう。 甘いから、落ち着くわよ。       サンドウィッチも、無理をしない程度でいいから。 食べて。 293セド :いつもと逆になったね。 294フロー:そうね。 295セド :……。 296フロー:何よ。 297セド :あ、いや……何でもない。 ホットチョコレート、美味しいよ。 ありがとう。 298フロー:よかったわ。 299セド :情けないな。 あ、いや、キミに慰めて欲しい訳じゃなくて、その……。 300フロー:<笑う> わかってるわ。       いつもは私の治療をしてくれているのだから。 今日はあなたの番ね。 301セド :僕? 302フロー:そう。 医者の不養生なんて、笑えないわよ。 303セド :……じゃあ、一つ、頼まれてくれないかな。 304フロー:私にできる事なら。 何かしら。 305セド :今晩、一緒にいてくれないか。 306フロー:え、……えっ? 307セド :いや、その、えっと。 リビングでこうして話していてくれたらいいんだ。       勿論、そっちのソファーで。 何も変な事はしないし、 308フロー:嫌よ。 309セド :……だよね。 310フロー:患者にパジャマパーティーを提案する医者なんて、初めて聞いたわ。 311セド :本当にごめん。 その、気が参っていて。 312フロー:治療中なのよ、ちゃんと睡眠は取らせてよ。 313セド :わかっ、……そっち、僕の部屋。 314フロー:あなたのベッドの方が大きいのね。 ならこっちがいいわ、支度してくる。 315セド :え。 316フロー:あなたの頼みを聞くんだから。 そのサンドウィッチ、ちゃんと食べてね。 317セド :あ、ああ……うん。 318フロー:──ちょっとした気の迷いだった。       美しく設えた遺体。 もし、もしも、あんな風に愛される事があれば。 <セドリックの寝室。> 319フロー:──……セド。 セド、寝た?       寝てるのよね、別に、聞いてくれなくていいの。 320フロー:これはね、取材ごっこの続きよ。       記者だって人間だから弱音を吐く事もあるのよ。 紙面に乗らないように、大雨の夜にだけね。       ……あなたのお父さん、医者になる事を勧めてくれたのよね。 少し羨ましい。       私は逆、勘当された。 当り前よ、父が見繕った婚約者から逃げて記者になったの。       お前の為だって、お前を愛しているからだって、今も私のどこかで父が叫んでる。       昔から酷く過保護で、癇癪(かんしゃく)を起こすと病的な程に酷かった。       こっちが病気になりそうなくらい。 お陰様で母はずっと気を病んでたけど。       記者になってからも、女ってだけで散々。 記者とすら呼べないかも。       ゴーストライター、そう、そう呼んだ方がまだ正しいわ。 生きてないの。       女だから記事を横取りされて。 女だから、蔑まれて。 私はどこにもいない。       強いて言えば、父や、あの人達の妄想の中にはいたのかもしれないけど、それは私ではないから。       ……手柄が欲しいのよ。 あの能無し共を黙らせる手柄が。       もう何年もそうして働いてきたのよ、私。 だからきっとやり遂げるの。       でも、綺麗な姿で愛されていたら。 彼女のように。 <セドリックを振り返る>       ……ふふ、ふふふ。 眠ってるのと、死んでいるのと。 そう変わりないわよね。       あなたの思い出の中でだけ、だとしても。 私より、彼女の方がずっと人間らしい。 321フロー:ねえ。 どうしてあんなに、美しい愛し方を知ってるの? 322フロー:おやすみなさい。 もう、嵐に怯える必要はないのよ。 323セド :……。 <地下室。> 324セド :カレン。 ──キミは、ここに、いるんだよね?       キミは世間知らずのお嬢さんで、両親に生涯愛された末に見放されて、       いつも咳き込みながら泣き暮らしていて……。 325カレン:そうよ、そう、可哀想な私はココにいる。       どうしてって? あなたが私を掘り返してココに連れて来たから!       ついに追い出す気になったのかしら、あの女じゃなくて、私を! 326セド :はは。 愛されたからこそ、我儘で、泣き虫なのがキミだ。       一人で立ち上がる事すらできないキミだから。 そんな所が愛しいんだよ。 327カレン:何を宣(のたま)っているの? 人間は愛を二つと持つなんてできないの。       あなたは誰、私は誰? あなたが愛していると謳っているのは、一体誰なの? 328セド :よし、防腐剤はこのくらいかな。 329カレン:ねえセド、あんな女の、悪魔の、猿芝居に乗ってやる事ないのよ。 目を覚まして。       あなたが愛してるのは私よね? 私の事が好きなのよね?       ねえ、好きだから、私をココに連れ出しているのよね? 330セド :そうさ、僕はキミの元にしかいられなかったんだ。 だからこそ。       今度こそ、正しく、さようなら、だ。 331カレン:……さよなら……? どうして、どうしてよ!?       あの女の所へ行くの!? なんで!? 私の事はどうするのよ!?       ねえっ、私を捨てるの!? 見捨てる気!? そうなんでしょ!? 私の事を捨てるのね!? 332セド :ははは。 煩(うるさ)いな。 333カレン:……。 334セド :あ。 ……ごめん、ごめんよ。 キミを邪険にするつもりはなかったんだ。 335カレン:……はは、あはは、あははははは! 煩い!? そんな事ないわよぉ!?       あなたが愛した私の声よ! あなたが生涯通して愛した私よ!?       あなたが救えなかった可哀想な私よ!? あなたがこれ程に執着した私よ!?       見なさいよ! 私の死体を、あなたの執着を! 二度と忘れないように! 二度と馬鹿な口叩けないように!       よく見なさい! 思い出しなさい! カレン・アーヴィンのこの死に様を! ごらんなさいよ! 336セド :……ああ。 337カレン:ああ? そんなお返事で済むと思ってるの?       あなた、自分が何をしたのか? 何をしてきたのか? 本当にわかっているの? 338セド :ああ、わかっているよ。 339カレン:本当に? 340セド :わかっているのだから。 間違いを、正すだけだよ。 <数日後。> 341フロー:セド、おはよう。 342セド :おはよう。 見てよ、綺麗に育った。 今日辺り咲くんじゃないかな。 343フロー:名前は? 344セド :アネモネ。 聞いた事ない? 345フロー:あるわ。 可愛い花ね。 346セド :夕方には閉じてしまうから、これはテーブルに飾れないけど。 347フロー:飾れないの? 夕方なら少しはもつじゃない。 348セド :香りが強いかもしれない。 気にならない? キミが決めていいよ。       好きな花を選んでよ。 349フロー:あなたも選んで。 あなたと私と、二人で食事をするの。       私が好みでも、あなたの好みじゃなかったら大問題だわ。 350セド :え、 351フロー:セド、あなたはどの花がいいと思う? 二人で決めましょう。 352セド :僕は、その、……。 353フロー:うん。 354セド :……ええっと。 355フロー:そんなに悩む事? 356セド :アネモネがいいと思う、けど。 ああ、ええと、特別な意味はないからね。       ただその、僕は赤いアネモネが好きなんだ。 357フロー:あらそう。 良いセンスしてる。       私、カモミールって好きなのよね。 これも飾っていい? 358セド :あ、うん、勿論……。 359フロー:アネモネとカモミール、両方飾りましょう。       <笑う> 香り云々より、赤くて、可愛くて。 いいわね。 360セド :……うん、その手があったか。 じゃあいくつか摘んでおこう。 361フロー:──私とセドが、夜を共にしたのは一度きりだった。       セドの作る穏やかな朝食と、私の作る昼食のサンドウィッチ。       語り合って、別々の部屋で寝て。 嵐の夜だけは、ソファーで身を寄せて過ごした。 362セド :カレン。 カトラリーを先にテーブルに持って行ってくれるかい。 363フロー:──手帳を開く回数が減った。 代わりに、彼の庭いじりを手伝った。       庭に咲く花々の名前を知った。 そうして仮初(かりそめ)の日常が── <ドアの打音。> 364フロー:──続く訳もなく。       けたたましい音を立てる玄関のドアの先、警察を名乗る男は。       セドリック・レイ。 彼の婦女暴行の嫌疑の旨を、怒鳴り続けた。 365セド :……ああ、やっと来たか。 366フロー:何を言ってるの? 婦女暴行ですって? 367セド :僕だ。 368フロー:え? 369セド :僕が手配したんだ。 随分遅くなったな。       今日まで優しくしてくれてありがとう。 ──フローラ・アリス。 370フロー:え、……は? 371セド :キミの作ったサンドウィッチ、本当に美味しかったよ。 372フロー:まさか。 気付いていて、 373セド :どうして驚いているんだい。 キミが初めてここに来た日、名刺を渡してくれただろう。       あの日、椅子を蹴倒されたのがちょっと悔しかったんだ。       驚いた? ははは、あの時の仕返しは成功したらしい。       ……カレンは、オリーブが苦手なんだ。 サンドウィッチに絶対に入れないんだ。       キミの作るサンドウィッチには必ず入ってた。 374フロー:──。 375セド :キミが僕を愛してくれて嬉しかった。 一緒に花を選べたのが今日でよかった。       最初こそ、早く僕に飽きてくれないかなと思って、キミの望む狂人を演じていたけれど。       ここ最近は、キミに何を返せるか。 ずっとそれを考えていた。 376フロー:……愛す? 返す……? 377セド :毎日サンドウィッチをごちそうしてくれたのはキミだ。       雷の晩、僕と一緒にいてくれたのはキミだ。       あの地下室に篭らずに過ごすようになったのは、       このアネモネと、カモミールと、庭の花々が咲いたのは、キミのお陰なんだ。       ホットチョコレートをごちそうしてくれたのも、一緒に庭いじりをしたのも、一緒に過ごしていたのも。       そうだろう? 378フロー:<息を呑む> 379セド :キミは優秀な記者だ。 キミが僕について書いてくれた記事を読めないのが、残念だ。       何にも負ける謂(いわ)れはない。 堂々と仕事を愛しているキミは何より、美しいよ。       キミは生きていけるんだ。 離れたって、いつも応援しているから。       カレンではないキミへ。 フローラ、僕は次に何を贈れるか、考えるのを楽しみにしようと思う。 380フロー:セド、セドリック、 381セド :<笑う> 僕ら、やっと名前を呼び合ったね。       僕の愛は、面白おかしい記事にできそうかい。       恋人を病から救えなかった僕は、最後にキミを救えたかな。 382セド :──そう、何もかも。 狂人の戯言なんだけどね。 383フロー:──セドリック・レイ。 その医者の蛮行は。       我がアクトラル新聞社からロンドン、いや、イギリス中へ広まり、人々を大いに沸かせた。       狂人だと蔑んでいた男の家に寝泊まりしてまで望んだ名声は、呆気なく手に入る。       これまで、私が女だからと、その一点で私を蔑ろにし続けた上司も同僚も後輩も皆、       掌を返して私に近付き、取り入ろうとした。 すぐに出世の話が舞い込んだ。 384セド :──僕が彼女、フローラ・アリスに唯一残す事ができたのは。       無理矢理事件として立証させた、婦女暴行、強姦の示談金だけだった。       可能な限り反省を、彼女へ沢山を、と挑んだ僕の思惑と、       減刑を望み続けた彼女の優しさもあって、裁判はスムーズに進んだ。       もう一つの罪状、死体損壊・遺棄罪の裁判が始まる頃に。       フローラ・アリス、──数週間もの間僕の恋人に成り代わっていた彼女から。       記者を辞め、ロンドンを離れようと思っていると、最後の手紙が届いた。 385フロー:──私は一体、何を間違えたのか。 どこで道を違(たが)えたのか。       多分、あの遺体を見た時だ。 カレン・アーヴィンの美しい遺体を見た、あの時。       死後七年と経って、腐敗した個所を隠し、繕い、そうして生き永らえる遺体。       アレになれたら。 もし、あのように愛されたら。 今でもそんな事を考える。       あまつさえ、関係を持って。 それでも私は。       あの穏やかな一軒家での暮らし、その続きを、今も望み続けている。 386セド :──あの嵐の夜、その翌日に。 僕は、僕自身を匿名で通報し、彼女達を解放した。 <乳児の泣き声。> 387フロー:<嘲笑する> ……ほら見ろ、愛なんて、病と同じだ。 治りはしない。       病んで、蝕んで、奪うばかりだ。 何も残りはしない。       証拠、お前だけになっちゃったな。       なあ。 お前は、私から産まれたお前は、ちゃんと育てよ。       ちゃんと、良い学校に入って、恋をして、適当に働いて、       ……好きな人と結婚して、子供と孫に看取られて死ぬんだ。       申し分なく、正しく、上手く、上手に、十分に、……そんな風に、育てよ。       ウェル、ウェル……。 ──ウィレミナ。 ウィレミナ・アリス。       それがお前の名前だ。 私達の間違いから産まれた、お前の。 388セド :僕の罪悪感を象徴し続けたあの美しい警鐘は、もう聞こえない。 2021.7.10 初版 羽白深夜子 2021.8.2 更新 羽白深夜子 2021.9.7 更新 羽白深夜子 2023.3.13 更新 羽白深夜子 2023.4.21 更新 羽白深夜子 2023.4.23 更新 羽白深夜子 2023.4.29 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 サイトへ戻る