最終更新:2024/5/1
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【クレームブリュレと長い長い夢─ another ─】 (くれーむぶりゅれとながいながいゆめ あなざー) 女性2。 此方は女性2バージョンになります。正規版は
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。 【高橋穂澄(たかはしほずみ)】 二十五歳以上女性。文章校正。 出来る限り人と関わらないよう、一人暮らしをしつつ在宅で校正の仕事を行っている。 【トト/近藤(兼役)】 トト 年齢不定。近藤と姿や声が似ている。 穂澄が実家で飼っていた猫。穂澄が中学生の頃、突然失踪している。 近藤 三十歳以上女性。出版社勤務。 現在穂澄が仕事を請け負っている文芸誌を担当している。 【配役表】 高橋穂澄 : トト/近藤: ======================================= 001穂澄:──眠れない日はいつも、夜半にクレームブリュレを作って食べる。 小さい頃、連れて行ってもらったレストランで食べたそれを、 いつか、大人になったら。 一人でいっぱい食べるのが夢だった。 002トト:──勿論、そんな夢物語が叶う筈もなく。 些細な事なのかもしれない。 だから、時間が経てば少しずつ忘れていく。 見ていた景色も、将来の展望も、明日の為に見た夢も、生活に溺れていく。 生活はいつも眼前に迫って、そうして、沢山の夢を追い抜いていく。 003穂澄:卵を黄身だけ、砂糖と混ぜて。 バニラビーンズを入れて温めた牛乳をココットに分けて、オーブン皿を納めた所で。 004穂澄:……あー。 バーナーのガス、無いなあ。 005トト:この日は、運が良かったやら悪かったやら。 <アパートの外。雪が降っている。> 006穂澄:──……ああ、雪降ってる。 え、あれ? や……え、やば、ねえ、大丈夫? 冷たっ! ええ、動物病院、どっかあったかな、先に温めないとまずい……!? ねえあの、嫌だったらごめんね。 ってか、嫌だったら暴れるなりなんなり、してよね! 007トト:月が、雪に埋もれていた。 008穂澄:アパートの前で。 雪に埋もれた猫を、拾った。 <穂澄が一人で暮らすアパート。> 009トト:そうして。 さして新しくも広くもない、アパートの八畳間。 010穂澄:<電話口> ──もしもし。 えっと、あの、猫を拾ってその、どなたかにご指示願えないかと……。 ええ、雪の中に埋もれちゃってて。 今とりあえず、タオルと毛布で包んで温めてるんですけど。 大人です、成猫(せいびょう)。 多分五歳くらいの、……あ、昔実家で飼ってて。 011トト:薄っすらと目を開けてみれば。 温かいストーブの上、シュンシュンと薬缶(やかん)が湯気を上げていた。 012穂澄:<電話口> 呼吸はしてるんですけど、反応が……あ! 目、目開いてます! あはは、……はい、ほんと、安心しました。 ええ。 013トト:アタシの首元を撫でながら、彼女は唇だけで「よかったね」とこちらに笑い掛ける。 そう、よかった、助かった。 アタシが力尽きてしまえば元も子も無いのだ。 そして、彼女──ホズミに助けられた事も幸いした。 014穂澄:<電話口> はい。 すみません、遅い時間に。 ありがとうございました。 015トト:探す手間が省けた事に安堵しながら、目を閉じる。 足先から体が温まっていく。 本当に、運が良かったやら、悪かったやら。 016穂澄:お前、大丈夫そうだね。 ああ焦った……。 明日病院改めて行った方がいいのかな。 ふぁー…… <あくび> 017トト:その日。 月はすこぶる機嫌が良かったようだ。 018トト:おい。 ……おーい。 ホズミ。 019穂澄:んんー……。 020トト:ホズミ。 起きてよ、ホズミ。 あの黒いの、ごはんできたって言ってる。 021穂澄:ごはん? ……ひゃあああああああああああ!? 022トト:うるさ!? 023穂澄:だ、誰誰誰誰!? どなたですか!? 024トト:誰って、アタシだよ。 わからないのか? 025穂澄:わかりませんけど!? 026トト:でも、アタシの言葉はわかるのか? 027穂澄:な、なに、どこから入ったんですか!? 028トト:お前が連れて来たんだよ? 029穂澄:連れ込んでませんけど!? 030トト:ほら、お前が包んでくれた毛布も……あれ? 031穂澄:も、毛布……あの猫は? 032トト:わあー! 人間の手だ! 033穂澄:へっ!? 034トト:ホズミ、見て、見て! アタシも人間の手になった! 035穂澄:へあ……? 036トト:よし。 これでホズミが寝坊したらアタシが起こせるねぇ。 お前、学校行くの嫌だってずっとウサギのアイツ、抱っこして布団に潜ってさあ! 037穂澄:──……ぬいぐるみの、ミミ? 038トト:そう! ソイツ! 学校ちゃんと行ってる? 学校嫌だって言って、お母さんに怒られてない? お前が嫌がるとお母さんが布団バサーッて、アレ結構怖いんだぞ…… って、あれ? お母さんとお父さん、どこ行ったんだ? 039穂澄:……トト。 ほんとに、あなた、トトなの? 040トト:さっきからそう言ってる。 お前の、お姉ちゃんだよ。 041穂澄:……私の部屋、窓際に置いてたクマのぬいぐるみの名前、覚えてる? 042トト:ララ。 机のペン立ての隣に置いてたゾウは、リリ。 043穂澄:どうしてそんな事知ってるの? 家族にも話してない。 044トト:アタシには話してた。 正解だろ? 045穂澄:……トト? 046トト:うん。 047穂澄:ほんとに、トトなの? 048トト:そうだって、さっきから言ってる。 <穂澄に顔を覗き込まれる> ……ええっと。 何? 049穂澄:──ほんとだ、目が金色だ、トトと同じだ。 なんで人間になってるの? 050トト:それはアタシもわかんない。 051穂澄:……あ! どっか痛い所ない? 大丈夫? 052トト:え? あーんと、さっきまでお腹が痛くってさあ。 053穂澄:服捲らなくていい! しまって! ありがと! お腹痛いんだね!? 054トト:見てくれるんじゃないのか? 055穂澄:女の子同士だからってそれはダメなの! 056トト:なんで? 見てくれないの? 057穂澄:見ません! 058トト:変な奴ー、まあいいや。 明日は学校の日? 学校行く前に、アタシお腹減ったからごはん食べたいなぁ。 059穂澄:……もう、私学校行ってないよ。 今は家で働いてる。 060トト:そうなの? そういえば、家が随分狭くなった。 061穂澄:一人で暮らしてるから。 お父さんとお母さんは、福井……ああ、遠くで元気にしてるよ。 062トト:へええ。 家で働いてるって事は、お母さんと同じ? ずっと家にいるのか? 063穂澄:んん、まあ、そんな感じ。 064トト:そうかあ。 じゃあずっと一緒に遊べる! 065穂澄:んんん……まあ、いいか。 まだ暗いし、寝て起きたら教えてあげる。 お腹空いてるんだっけ、なにか作ってあげるね。 066トト:人間が食べるモンがいい。 067穂澄:え? ……食べて大丈夫なのかな。 068トト:さっきアイツ、ごはんできたって言ってた。 牛乳の匂いがする。 069穂澄:ああ、プリン作ったから。 ……ガス無いんだった。 まあ、いいかもう。 四時になっちゃうし。 070トト:あ! 071穂澄:な、何? 072トト:これ、お前がよく絵に描いてたヤツ! 食いモン? アタシこれがいい! 073穂澄:……描いてたっけ。 074トト:描いて部屋に飾ってた。 なあ、これアタシも食っていい? 075穂澄:<笑う> 一個は私のだからね。 お腹痛くなったら、すぐ言ってよ。 076トト:見ないのに? 077穂澄:見ないけど! 078トト:<笑う> この食いモン、アタシの目と同じ色だ。 079穂澄:え? ……ああ、プリン? 080トト:ホズミが絵に描いてくれた、アタシの目の色と同じ。 081穂澄:<ややあって苦笑する> ……そうだね。 トトの目の色だ。 <翌朝。> 082トト:──え。 遊んでくれないの? 家にいるのに? 083穂澄:家にはいるけど、仕事してるから、その。 適当にテレビとか、見ててくれていいよ。 084トト:仕事。 085穂澄:お父さんが家の事務所で働いてたの、覚えてるかな。 086トト:事務所ー……ああ、入ったら怒られる所。 087穂澄:そう、そう。 そんな感じ。 088トト:ちぇー……。 089穂澄:……仕事終わったら、遊んであげるから。 090トト:ホズミも、事務所に行くの? 091穂澄:行かないよ。 私はほら、ここで働けるから。 遊べないけど、話はできるからね。 092トト:おお、パソコンだ! 欲しいって言ってたもんね、買ってもらったんだな! 093穂澄:自分で買ったの。 094トト:自分で? 095穂澄:<笑う> そうだよ。 096トト:お父さん、高い? 金掛かる? から駄目だーって、言ってなかったっけ。 097穂澄:私、もう働いてるから。 自分で買ったの。 098トト:へえー……! 099穂澄:校正、って言ってね。 本を作る手伝いをしてるの。 100トト:げ、本。 101穂澄:あ。 だから、紙で遊んだら怒るんだからね。 仕事で使う紙。 これ、本になるから。 トトが遊んじゃ駄目。 102トト:お、……お前、本で遊んだらすごい怒るもん。 遊ばないよ……。 <翌日。> 103穂澄:<笑う> ……ねえ。 昨日からそうやって、ずーっとテレビ見てるけど。 テレビ、面白い? 104トト:面白い! 105穂澄:そっか。 ……そういえば、猫の頃もずうっとテレビ、見てたよね。 106トト:うん。 人間いっぱい動くから面白いの。 これみたいな、動かないのはあんまり好きじゃないけど。 107穂澄:じゃあチャンネル変えたらいいよ。 ほら。 108トト:お! そうそう、こういうの! そうだコイツ、お父さんが勝手に動かして、お母さんに怒られてたヤツ! 109穂澄:そだね。 ふうん、サッカーねえ。 お転婆、あー。 すごい元気だったもんね。 110トト:だろ? 後さあ、なんだっけー……ほら、お母さんが見てたヤツ。 111穂澄:何だろ……あ、ドラマ? 112トト:ドラマ! それ! 113穂澄:<笑う> もう少し夜になったら、ドラマも流れるよ。 そっか、ドラマ好きだったんだ。 114トト:アレ、人間の生活がわかって面白いんだよぉ。 115穂澄:成程。 この時間なにか、再放送とか……あ、やってるね。 サッカーとどっちがいい? 116トト:こっち! 117穂澄:……あ、だからこうして、ある程度ちゃんと話せるんだね。 118トト:ん? 119穂澄:猫の頃から、テレビとか、私達の話。 聞いてたんだ。 120トト:そう。 だってアタシ、……ん、私? ドラマもホズミもみんな、私って言ってるけど。 121穂澄:どっちでも。 トトくらい大人だったら、私、の方がいいのかもね。 122トト:そっか。 私、ホズミが産まれる前から、あの家にいたんだよ。 私の方がお姉ちゃんだ。 123穂澄:<苦笑する> ああ、だからお姉ちゃん……。 でも私より先に、家、出て行っちゃったじゃない。 ねえ、その。 ……あの後、どうしてたの? で、どうして急に、来てくれたの? 124トト:あの後は空の上にいたんだよ。 125穂澄:……空の上。 126トト:そ。 127穂澄:……そうなんだ。 128トト:帰る時間だって呼ばれるんだ。 人間はそうじゃないんだ? 129穂澄:えっと、……。 130トト:命が終わる時。 131穂澄:……、猫は。 終わった後も、続きがあるの? 132トト:続きがなかったら、私今ここにいない。 どこにでも行けるようになるんだよ。 私が行きたい所だったり、んー。 誰かのいて欲しい場所だったり。 133穂澄:誰かのいて欲しい場所って? 134トト:人間って何にも知らないんだね? あー、そういえば。 ドラマとかでも見た事ないな。 私はね、ホズミの事見ていられる場所がいいですって言ったんだぁ。 135穂澄:うん。 136トト:ホズミがその仕組みを知ってて、私の命が終わっても、ずっと一緒にいて欲しいなって思ったら。 私はホズミの近くにいられる。 でも、命は終わってるから会えない。 そんだけ。 137穂澄:命が終わってるから、会うのは駄目なの? 138トト:それは仕組み、倫理とか道徳に反するから駄目。 じゃないとこの世界中が、命でぎゅうぎゅう詰めになっちゃう。 139穂澄:あー……。 トトが今、ココにいるのは、いいの? 140トト:それは、気まぐれ。 たまにあるんだよ。 141穂澄:気まぐれ。 142トト:うん。 決まり事だけど、約束したけど。 こうしたいなーとか、これ、やりたかったなーって時、ない? じゃあやっちゃえって。 143穂澄:それを決めるのは? 144トト:神様。 145穂澄:<苦笑する> ……結構、勝手なんだね。 146トト:そんなモンだよ。 147穂澄:ううん、そっかあ。 へええ。 148トト:なぁに。 149穂澄:……あの時、トト、いなくなっちゃった時。 すごい探したんだよ。 猫の習性だって、……死期悟っていなくなるって、そういうモンだって。 納得するしかなかったんだよ。 150トト:だって私、行ってきまーすとか言えなかったし。 猫の時は。 151穂澄:言えるなら、言ってた? 152トト:勿論。 あれって、人間が家族に「出掛けるよ、また帰るよ」って時に使う言葉だもん。 違った? 153穂澄:違わない。 154トト:でしょ? 155穂澄:……次は、行ってきますって、言ってくれる? 156トト:いいよ、わかった。 <数日後。> 157穂澄:<電話口> ──あ、タカハシです。 ササハラ先生の原稿についてお話したいんで、ミシマさんはいらっしゃいますか? ああ、じゃあ、カサイ編集長は……育休ですか? あぁ、違うんですね。 <苦笑する> わかりました。 なら、十七時頃もう一度、はい。 大丈夫ですよ、失礼しますー。 158トト:……いい加減、覚えたぞ。 ササハラ、ミシマ、カサイ。 あと、そうだ、コンドウ。 159穂澄:何? 160トト:<不服そうに> ホズミに仕事させてる人間。 161穂澄:<溜息> 私に仕事をくれてる人達、ね。 162トト:一昨日からずっと聞いたから覚えた! その機械が鳴ると仕事なんだ! なんでずっと仕事なんてしてるんだよぉ。 私とテレビ見てればいいじゃん。 163穂澄:働かないとお金もらえないの。 お金もらえないって事は、トトのごはんも買えないし、テレビも見れないんだよ。 164トト:それは困る! 165穂澄:でしょ? 166トト:……人間めんどくさーい。 167穂澄:そんなの人間が一番思ってるよ。 168トト:あ、でもさあ。 人間もごはん食べないと動けなくなるんでしょ? 169穂澄:ん? うん。 170トト:じゃあなんで、ホズミはごはん食べないの? 171穂澄:……食べない訳じゃないよ。 仕事しながらだけど、ほら。 172トト:それお菓子だよ。 いつもお父さんが言ってたじゃんか。 お菓子ばっかり食ってたら大きくならないぞって。 173穂澄:うっ。 174トト:なー。 ごはん食べなきゃ駄目なんだろー? 175穂澄:し、仕事が忙しいの! 176トト:あ! それ知ってる。 「あなた、いっつもそればっかりで! 食事くらいちゃんと取って下さい!」 177穂澄:うっ……。 178トト:お母さんの真似。 似てたろ? ふんふん。 ホズミはこの家のお父さんになったんだな! 179穂澄:ま、まあ……家主って点では……。 180トト:よおし。 <立ち上がる> 181穂澄:なに? どうしたの? 182トト:ホズミがお父さんなら、私がお母さんだな! <キッチン。> 183穂澄:……で、なんで私より料理できるの……。 184トト:テレビでココミチって人が料理やってるの見てた。 あと、猫の頃にお母さんがやってるのも見てたし。 人間の手、いいな、色々できるね。 185穂澄:あ、ああ、そう……。 186トト:何でホズミが料理できないの? お母さんに教わってたじゃん。 包丁持つ時は猫の手にしてねーって。 187穂澄:……そんな小さい頃の事、覚えてないよ。 188トト:そっか。 まあ、人間って大変そうだもんな、毎日仕事してさ。 今度仕事ない時にね、私の目の色のアレ、作り方教えて。 189穂澄:プリン? 190トト:そーそー! ホズミ、あれ好きなんでしょ? 作ってあげる。 191穂澄:で、でも、私が好きなのって、バーナーとか、火を使うんだよ、大丈夫? 192トト:はい。 <皿を置く> 193穂澄:……生姜焼き。 194トト:食べてよ。 195穂澄:……レシピ見せただけなのに、なんでちゃんと作れるの……。 196トト:おっ、ちゃんとできてる? 197穂澄:ちゃんと、っていうか、美味しい。 198トト:ならよかった。 199穂澄:……んん。 200トト:何? 201穂澄:……なんか。 人間になったトト、どこかで見覚えがあるんだよね。 今みたいに笑った感じ……。 202トト:そう? ま、色々覚えたし、また作るよ。 人間になると体デカいからな。 火の方が小さいでやんの。 あんま怖くないよ。 <翌日。> 203トト:ぜ、ぜ、前言撤回! 昨日言ったの、前言撤回! 204穂澄:難しい言葉知ってるね。 ほら、隠れてたら料理する所、見れないよ。 205トト:ボッて! ボッて火が! 206穂澄:<苦笑する> ね? 手に取って火を扱うって、結構怖いんだよ。 207トト:駄目だ、私コレ駄目! コレはホズミの仕事! 208穂澄:はいはい。 ……んで、こうしてね、上に乗せた砂糖を焦がすの。 209トト:……おお、焦げた。 これで食える? 210穂澄:ちょっと冷ましたらね。 ほら。 211トト:おお……! ……私が最初に食べたプリンと、何が違う? 212穂澄:まあまあ。 食べてみればわかりますよ。 ほら、こっちで食べようよ。 今日はね、映画見よう。 213トト:映画? 214穂澄:長いドラマ。 私が一番好きなの見よう。 「ティファニーで朝食を」。 215トト:今日、仕事は? 216穂澄:今日はもうないよ。 明日はあるけど。 217トト:よし! 218穂澄:<笑う> ほら、隣座って。 219トト:……おおー、おー。 220穂澄:ドラマと違うでしょ。 221トト:下に文字が出てる。 222穂澄:あ。 吹き替えにしようか。 223トト:吹き替え。 224穂澄:これ、外国の映画なの。 今からずっと古い映画。 225トト:海の向こうの、古い映画。 226穂澄:そう。 227トト:ふーん……。 228穂澄:……はい、終わり。 どうだった? 映画。 229トト:面白かった! でも雨の中に猫を放り出すのはなあー……。 230穂澄:<笑う> 231トト:でも、アイツが切っ掛けでホリーとポールがまた会えたのはいい! ニューヨーク? あそこもすごいんだな。 歩き回ったらすぐ足が冷たくなりそうだけど。 ……なんで笑ってんの? 232穂澄:いや、だって。 視点がずっと猫なんだもの。 233トト:そりゃね? 途中ホズミが説明してくれなきゃ、わかんない所沢山あった。 234穂澄:なら、頑張って説明してよかった。 ……クレームブリュレ、食べなよ。 235トト:ねえねえ、その前に。 236穂澄:んー? 237トト:ホズミに、ポールはいないの? 238穂澄:……恋人、って事? 239トト:そ、番(つがい)。 だからええっと、人間で言う、彼氏とか彼女。 240穂澄:いないよ。 毎日毎日、家で仕事してて。 いるように見える? 241トト:そういえばずっと家にいる。 私は嬉しいけど。 242穂澄:ん。 ……なら、いいかなって。 243トト:えー、何でだよぉ。 私はほら、飼い猫だったからその辺疎いんだけど。 野良の連中はさ、群れがあった方が生きやすいって言ってた。 人間は違う? 244穂澄:群れには群れの大変さがあるよ、多分。 私その、……人と話すの、あんまり上手くないから。 245トト:そう? 246穂澄:うん。 いつも上手くいかなくて、一人でいる方が楽。 247トト:私とは喋るじゃん。 248穂澄:それは、トトだからだよ。 249トト:ん。 だからずっと家にいるの? 250穂澄:……まあ、それもあるかな……。 251トト:ええっ、もっと外出たり、体動かしたりした方がいいよ! 家猫だった私が言うのもアレだけどさあ! 252穂澄:……んんん、まあねえ。 253トト:お父さんともお母さんとも、ぬいぐるみ連中とも上手くやってたじゃん。 254穂澄:<苦笑する> ぬいぐるみは喋らないからね……。 255トト:んーまあ、そうか。 ホズミが私にとっての常識、世界の仕組み、知らないのと一緒で 人間も人間で色々あるって事か。 私、学校とか仕事とか、よくわかんないし。 256穂澄:うん、まあ、そんな感じかな。 ……そうだなあ。 それこそ群れなんだよ。 私、そこからはぐれないようにするだけで、一生懸命なの。 学校ってね。 部屋に同い年の子を集めて、勉強するの。 257トト:おお、うん。 群れだね。 258穂澄:でしょ? ……で。 群れの中でも。 力が強い子とか、弱い子とか、いるじゃない。 私は弱い子だったんだ。 ずうっと、隅(すみ)で本を読んでた。 259トト:それがどうして、弱い子なんだ? ホズミは家でもいつも本読んでたじゃん。 それと同じだろ? 260穂澄:んんん……なんて言うのかな。 猫で言う狩りが上手な子は、自分の力で狩りをして、自分の為に力をつけるじゃない。 261トト:うん。 262穂澄:大人になった時、その……狩りが上手じゃなかったら。 子供も育てられないし、自分も生きていけないでしょう。 263トト:うん。 264穂澄:人間でいう力の一つにさ、コミュニケーションってある訳で。 私は、……私は、狩りも、コミュニケーションも上手じゃないから。 265トト:でもいつも、電話がきて他の人間とちゃんと、仕事の話をしてる。 266穂澄:外で働こうと思ったら、もっとコミュニケーション必要なんだよ。 ドラマで見た事ない? 267トト:あ。 ある。 268穂澄:でしょ? 私はああいう風にできない。 ずっとそうなんだ、群れの中で生きてるのが苦手。 だから、校正の仕事に就いたし、でも……。 269トト:うん。 270穂澄:……憧れは、するよ。 ドラマとか映画みたいに、誰かと一緒に暮らせたらなあ、とか。 271トト:んん……私、その辺はわかんないけどさ。 でもホズミは本、沢山読んでるじゃん。 272穂澄:うん。 273トト:私アレ嫌いだけど。 アレって、色んな事が書いてあるんでしょ? 仕事も本を作る手伝いだって言ってた。 274穂澄:本の中の、いっぱいある文字が間違えてないか、確認する仕事。 275トト:それって本の事知らないとできないんじゃないのか? 違う? 276穂澄:違わないよ。 その為に、沢山勉強した。 人とできるだけ関わらないように、自分が生きるのに丁度いいように。 277トト:じゃあ。 それがホズミの武器なんだよ。 それがホズミの狩りの、生きてく武器なんだよ。 いーじゃんそれで。 278穂澄:……。 279トト:群れの人間とか、ドラマと同じじゃなくっても別にいいじゃん。 それとも、人間はああいうのと同じじゃないと、家族が作れないのか? 280穂澄:いや、……まあ、ああいう感じの方が、その。 恋人は作りやすいのかもしれないね。 281トト:んじゃあ、ポールは別にいいや。 ホズミが寂しくならないならそれで。 282穂澄:…… <苦笑する> 283トト:お前、ポールがいるか? って聞いてから。 お母さんに叱られた時と同じ顔してる。 284穂澄:そうかな。 285トト:そうだよ。 うん、お前が群れの中で、きっとずっとその顔してるって、何となくわかった。 286穂澄:……そうかも。 287トト:でしょ? 私さあ、さっきの映画のホリーみたいなホズミも、見てみたいなって思ったんだ。 だから聞いてみただけ。 さっきの映画でも言ってたじゃん。 「既に自分で作った檻に入っている、そしてその檻はどこへ行っても付きまとう」って。 それ、ホズミにそっくり。 288穂澄:……。 289トト:でもホリーは自分で雨の中に飛び出した。 なんか、丁度いい感じのタイミングで。 ホズミにもできるよ。 290穂澄:……できるかな。 291トト:できるよ。 今、話しててなんとなく思ったんだけどさ。 人間は忙しいけど、料理とか、本とか、映画とか、こういうものが作れるから。 自分で世界が作れるから。 だからあんまり世界の仕組みとか、知らないんだな。 292穂澄:自分で、世界が作れるから。 293トト:うん。 294穂澄:でも、……でもさ。 私はその、校正は、文字を正す事しかできない。 295トト:でもちゃんと生活できてる。 ごはんは食べないと、デカくなれないけど。 私が作ればちゃんと食べるじゃん。 焼きそばも、ピラフも、チャーハンも。 296穂澄:それは、その。 トトがいるからだよ。 297トト:私がいればできるんなら、元々できるんだ。 298穂澄:それは詭弁だよ。 299トト:キベン? 何それ。 パソコン持ってるし、掃除も洗濯もぜーんぶ、ちゃんとできるじゃん。 ホズミ、大人になったんだからさ。 いくらでも、ホズミの世界が作れるんじゃないの。 300穂澄:……今は、その、わからないかな。 301トト:私さあ、家の中のホズミしか、知らないから。 302穂澄:ん? 303トト:映画の中のパーティーみたいに。 ホズミが大勢の人の中で笑ってるのもいいな、って思うよ。 304穂澄:<苦笑する> ええ? 305トト:そんでポールを見つけて、車の中で「愛してる」って言われるの。 ああいうのがいい。 306穂澄:どうだろな。 私はホリーみたいになれないから。 307トト:ホリーじゃなくてホズミでいいんだよ。 ホリーは雨の中に猫を放り出すけど、ホズミは雪の中にいた私を助けてくれた。 私はそういうホズミがいいと思う。 だから。 ホズミと、同じ時間が流れる中で、一緒に生きててくれる人がいたらいいなあって、思う。 308穂澄:……それは、トトじゃないの? 309トト:私は猫だから。 生きてる時間が違う。 310穂澄:──……うん。 311トト:ね? 多分私、ホズミにそれが言いたくて、ここに来たんだ。 312穂澄:うん、ありがとう。 ……そんな風に言ってくれる人がいるのは、奇跡だなって、思うよ。 313トト:奇跡? って何? 314穂澄:常識じゃ起こらないだろうなって、不思議な出来事。 ……神様が示す、思いがけない事。 315トト:ふーん。 そんなの、そこら中にあるよ。 世界中どこにでも転がってるよ。 316穂澄:そっか。 317トト:私みたいに、人と話せるようになった猫もいる訳だし。 318穂澄:<笑う> そっか。 319トト:ね? よし、話終わり、終わり。 コレ食おうかなっと! 320穂澄:ねえ、トト。 321トト:んー? うわ、これ固い! 322穂澄:……何でもない。 スプーンで叩いてから、プリンと一緒にすくって、食べな。 323トト:おっ、成程。 難しい、……こう? 324穂澄:そう。 325トト:……苦い。 326穂澄:<笑う> 苦かったか。 ど? 327トト:味はプリンの方が好き。 甘いから。 328トト:でも、こっちの方が気に入った。 焦げてる所があるから、こっちの方が私の目に似てる。 <薬缶の音。> 329穂澄:……あ、あれ。 トト? 330穂澄:──……トト? ……夢……? 331穂澄:……いや、そう、だよね。 出てった飼い猫が人間になって戻ってくるって、どんなファンタジーなの。 ああ、ブリュレ作ってる途中で寝ちゃったんだ。 卵、たま── 332トト:──会えるかどうか、わかんなかったけど。 会いに行ってよかったなあって思ってる。 いや。 ホズミが助けてくれた時から、ずっと思ってた。 333穂澄:……プリン。 や、ブリュレだ。 ……ちゃんと砂糖、焦がしてある。 334トト:──人間の生活が難しいって、よくわかったよ。 仕事してる時のホズミに会えたのも、映画見てるホズミに会えたのも、 こうして手紙を書けるのも、ああして、一緒に沢山話せたのも。 ホズミが言ってた、奇跡ってヤツなんだろね。 大人になったホズミに会えて、奇跡があって、私はすごく嬉しかったよ。 335穂澄:……こんなに作ったってさあ、一人じゃ食べきれないよ。 336トト:──ぬいぐるみじゃなくって、パソコンがあって。 学校じゃなくって、仕事で。 寝坊もしないし、映画の中の事も沢山知ってるし。 何でも一人でできるようになったんだね。 群れの中で武器見つけて。 あの家のお父さんはホズミなんだもんね。 337穂澄:え、すご……元猫でも字って書けるんだ……。 手紙は冷蔵庫に入れるモンじゃないって、教えておけばよかったかな。 338トト:──また勝手にいなくなってごめんね。 でもさ。 空の上と人間の住む世界って、ものすんごく近いんだよ。 こっちから月が見えるでしょ? それとおんなじ。 あっちからも、こっちの事って、すげーよく見えるんだ。 次にお菓子ばっかり食べてたら、お父さんじゃなくて私が怒るぞ。 339穂澄:<苦笑する> そっか、近いのか。 近かったんだね。 340トト:──ホズミが元気にしててよかった。 寝坊してなくてよかった。 341穂澄:……うん、食べるよ。 食べちゃうからね。 ブリュレ。 342トト:──今ならホズミが猫の私を探してくれた気持ち、わかるよ。 あの時、なんであんな顔してんだろ? って、思ってたけど。 帰らなきゃいけない。 生きてる時間が違うから。 またホズミと話せなくなる。 それがすごく、寂しい。 だから手紙って初めて書いてみたけど、変じゃないといいな。 343穂澄:……あー、なんで私のより、美味しいんだろなあ。 344トト:──私の事、覚えててくれて嬉しかった。 345穂澄:<黙ってブリュレを食べながら泣き出す> 346トト:──他の人間と、沢山話せるようになるといいね。 多分そうしたら、ホズミの世界、もっといっぱいになるよ。 そんで。 ホズミのポール、早く見つかるといいね。 347穂澄:……こんなに食べきれないよ。 348トト:──ブリュレ、いっぱい作ったからね。 全部ホズミが食べていいよ。 349穂澄:<声を上げて泣き出す> 350トト:猫の時は言えなかったから。 今度はちゃんと言っておくね。 ホズミが、幸せに生きていけますように。 ──行ってきます。 351穂澄:──眠れない日はいつも、夜半にクレームブリュレを作って食べる。 小さい頃、連れて行ってもらったレストランで食べたそれを、 いつか、大人になったら。 一人でいっぱい食べるのが夢だった。 352トト:──勿論、そんな夢物語が叶う筈もなく。 些細な事なのかもしれない。 だから、時間が経てば少しずつ忘れていく。 見ていた景色も、将来の展望も、明日の為に見た夢も、生活に溺れていく。 生活はいつも眼前に迫って、そうして、沢山の夢を追い抜いていく。 353穂澄:──だから。 次の奇跡は、自分で起こしてみようと思った。 <都内、オフィス街。> 354穂澄:<盛大に溜息を吐いた後、独り言> ……しゅ、出産祝いって、アレで大丈夫だったのかな……。 こう、珠のような子が産まれますように、的な、わらび餅…… ビジュアル可愛かったからってお、思ったけど……。 ……いや、いや。 あんまり考えないようにしよ。 うん、笑ってもらえたからそれでいいや、うん……。 355近藤:あ! 待って待って待っていたいたいたタカハシさん! <穂澄に駆け寄る> 356穂澄:え、 357近藤:どうもー、お疲れ様です! すみませんバタバタしちゃって、今ボスからタカハシさんが来てたって話聞いて、 358穂澄:──トト? 359近藤:へ? 360穂澄:いや、えっと、ごめんなさい! 361近藤:あーっと、文芸シリウスのコンドウ、なんです、けども……? 362穂澄:はい、はい! すみませんびっくりしちゃって! 363近藤:アーッよかった! いつも電話だから、顔忘れちゃったかなーって! 364穂澄:その、あの、飼い猫に似てて……! 365近藤:飼い猫? 366穂澄:あっ……ああ、あの、えっと……ほんと! すみません! 367近藤:<盛大に笑う> 謝らないで下さいよ! へええ、猫に似てるなんて、初めて言われたかも。 編集長に出産祝い持って来て下さったって聞いて、追っ掛けて来たんですよ。 わらび餅! あそこのねぇ、今部署で流行ってるんです! 368穂澄:あ、ああ、よかった……わざわざありがとうございます。 369近藤:こちらこそ! いやぁ、折角ご足労頂いたのにそのまま帰すのはちょっと、ねえ? すみませんね。 カサイカッコ旦那の方、うちのボス。 ちょーっと気が回らなくて。 受け取って帰したーって聞いて、もう、慌てて。 370穂澄:いやそんな……。 カサイ編集長、初めてお会いしたんですけど、明るい方ですね。 371近藤:あれっ、初めてでした!? いやあ、ますます申し訳ない。 372穂澄:あああ、私があまりこう、顔出さないだけなので……。 373近藤:確かに! って事で、親睦も兼ねてどっかお茶に行きません? 374穂澄:へっ。 375近藤:ああ、この後ご用があるとかだったら無理しないで下さいね!? 今までカサイカッコ嫁の方、あ、シロウチって言ったらわかります? アレとミシマと出掛けてたんですけど、育休入っちゃったし、ミシマも忙しくて構ってくれなくて! 376穂澄:はあ……。 377近藤:なので! もしタカハシさんが嫌じゃなかったらコレ! <スマホを見せる> 378穂澄:……クレームブリュレ。 379近藤:先週オープンしたカフェなんですよ! 行きませんか! お忙しかったでしょう、詫びも兼ねて! いやね、タカハシさんと一回是非ゆっくりお話したくて私、……ん? 380穂澄:……。 381近藤:……どう、しました? 甘い物、あまり好きじゃないですか? 382穂澄:……好きです。 383近藤:うん、……えーっと。 ほんと、無理しないで下さいね。 この後、用事とか? 384穂澄:ないです、ないんです。 385近藤:んんん……あのぉ、どうなさいました? いやね。 ボスがそのぉー、タカハシさん目が腫れてたって騒ぐから。 ……やっぱ締め切りキツかったかなって、私こう見えてハラハラしてて。 386穂澄:……か、飼ってた猫が、…… 387近藤:猫? 何だっけ、トトちゃん、でしたっけ。 388穂澄:……。 389近藤:もしかして。 いなくなっちゃった、とか、ですか? 390穂澄:──……飼ってた、猫が。 ……急に夢に出てきて。 391近藤:ああ。 で、私に似てたと。 392穂澄:ええと、はい。 393近藤:っあー、わかります、わかります。 私も昔実家で飼ってた犬、可愛がってて。 もうとっくに死んじゃったんですけど。 たまに、夢に出て来てくれるんですよね。 394穂澄:えっ。 395近藤:ここんトコ、仕事押し付けちゃったから。 心配して来てくれたんじゃないですか? 396穂澄:……かも、しれないですね。 397近藤:うん。 じゃ、心配ねえぞーって教えてやる感じで! いっちょこのブリュレ、行きましょ! 398穂澄:あ、ああ、はい。 すみません、誘って頂いた上に心配までして頂いて……。 399近藤:いーえ。 私結構犬っぽいって思ってたんだけどなあ、猫かあ。 トトちゃん、写真とか無いんですか? 400穂澄:あーっと……これ。 写真を写メ撮ってるから、ちょっと見づらいんですけど……。 401近藤:おお、お転婆そうだ、成程。 ……お、すごい。 目が金色なんですね。 402穂澄:そうなんです。 私が中学生の頃に、死んじゃったんですけど。 ──目の色が、クレームブリュレみたいな、子だったんです。 2021.2.21 初版 羽白深夜子 2021.2.24 更新 羽白深夜子 2021.12.3 更新 羽白深夜子 2022.2.16 性転換版作成 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 引用 「ティファニーで朝食を」トルーマン・カポーティ
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