最終更新:2024/5/1
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【惰性プリズンアート】 (だせいぷりずんあーと) 男性1、女性1。 反社会的描写を含みます。 有償版販売ページは
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。 【日原 拓海(ひはらたくみ)】 19歳、美大生。 淡々としている青年。一人暮らし。 旧姓伊田(いだ)。父親が瑠璃の母親を刺殺しており、現在も服役中。 【絹川 瑠璃(きぬかわるり)】 19歳、美大生。 表情豊かな少女。 本名下島(しもじま)。母親が拓海の父に刺殺されており、父親と二人暮らし。 【配役表】 日原拓海: 絹川瑠璃: ======================================= 001拓海:──時々。 数年に、一度。 個展のDMが届く。 印刷された宛名と、開催日時と住所が書かれていて。 精細な油彩画が印刷された、それだけのDMが届く。 返礼に毎回、同じサイズの日本画を送った。 唯一、僕が人並みに誇れる物を。 個展に出向いた事はなかった。 きっと、彼女もそれを望んではいないだろう。 律儀で小さなキャンバスは現状、互いの生存報告以上の意味はなかった。 <大学構内。> 002瑠璃:ひーはらくん。 003拓海:…… <周りを見回す> 004瑠璃:ヒハラくん! ちょっとちょっと! 005拓海:え、あ、えと、……俺? なに? どうしたの? 006瑠璃:大丈夫だった? 007拓海:大丈夫って、何が? 008瑠璃:さっき先輩達に絡まれてたの。 009拓海:あぁー、うん。 気にしてないかな。 昔からああいう事、よくあったし。 010瑠璃:大変だね。 嫌な時はちゃんと断った方がいいよ。 011拓海:うん。 今日の飲み会、断った。 012瑠璃:えっ断ったの!? 013拓海:家で用事があるって言ったら、解放してもらえたよ。 014瑠璃:マジ? ええそうなんだ! 私も行きたくないなあ、どうしよう。 015拓海:急用作っちゃえば? 016瑠璃:うーん……あ、ねえ。 ヒハラくん、夜空いてる? 017拓海:え。 018瑠璃:うち父親が厳しくって! 絶対参加、出ないとサークルの人間関係に関わる新歓だーって言って やっと外食する許可出たの! 019拓海:だからいつも飲み会にいないんだ。 020瑠璃:そうそうそうなの! この間できたダーツバー、行きたいんだけど! ね、よかったら付き合って! お願い! たまの外食なの! 021拓海:……。 022瑠璃:だ、……だめかなあ、ごめんね、急に。 023拓海:いいよ。 024瑠璃:え、マジ!? 025拓海:うん。 放っておくと一人でその、ダーツバー行きそう。 俺もダーツやってみたいし。 026瑠璃:うわ、ほんと!? ありがとう! 027拓海:でも俺、まだ十九だから。 酒は飲まないよ。 028瑠璃:私も私も。 だからご飯代ちょっと出すよ! 029拓海:いいよ。 それは俺恰好悪いよ。 030瑠璃:遠慮しないで! あ、ごめん名前教えてなかった。 油絵のキヌカワね。 日本画の、ヒハラくん。 031拓海:うん。 032瑠璃:ねえそうだ。 下の名前なんていうの? 033拓海:え。 タクミだけど。 034瑠璃:タクミって呼んでいい!? 035拓海:……構わないけど、何で? 036瑠璃:恩、返したいからさぁ。 今度先輩達に絡まれてたら、助けてあげる! 名前呼びの方がさ、仲良い感ない? 流石にあの人達も女絡んだら引っ込むでしょ! 037拓海:どうだろう……。 でも、うん。 名前はいいよ。 なんか、俺の方が助けてもらいそうだね。 ありがとう、正直すごい助かる。 038瑠璃:──昔、私が小学生になる直前。 埼玉県内の住宅街、そこから程近い河川敷で、女性の遺体が見つかった。 胸元を一突き、その後長時間放置された末の失血死。 現場には凶器になったメスのような刃物が残されていた事で、 遺体発見から数時間後には、女性の知人男性が逮捕された。 そんな事件が、あった。 039拓海:──……びっくりした。 違う人だと思った。 その髪、どうしたの。 040瑠璃:染めなきゃ銀からこの色になんないよ。 美容師さんに超怒られた! 髪痛めつけすぎだよーって。 041拓海:でも似合ってるよ。 キヌカワさん顔立ち優しいから、そういう栗色、似合うね。 042瑠璃:マロンブラウンって言って! 043拓海:マロンブラウン、ね。 044瑠璃:タクミは? 染めないの? てか前髪切らないの? 邪魔そう。 045拓海:短いと落ち着かなくて。 もうずっとこの長さなんだよ。 046瑠璃:めっちゃ目に入ってるじゃん! ちょっとー、目ぇ悪くなるよ! 047拓海:……ええっと。 048瑠璃:ん、これでいい! この方が見易くない? てかポンパ似合うね? 049拓海:見易いけど。 050瑠璃:めっちゃ肌綺麗じゃない? え? なんでニキビとか無いの? 051拓海:あの、これ、この、ピン? 使っちゃっていいの? 052瑠璃:一本くらいいいよ。 えっと、メンズ、メンズ……。 あ、髪型さぁ、こんなのどう! 絶対似合う! 053拓海:俺? 054瑠璃:うん! 折角綺麗な顔してるんだからさ、出してこ! 055拓海:……うーん。 056瑠璃:あのさあ、こないだ自分で言ってた事、忘れた? 057拓海:何? 058瑠璃:タクミ、茶色い柔らかい色の髪、好きって言ったじゃん。 059拓海:……言ったね。 060瑠璃:だから私! この色になってんの! タクミも! 061拓海:……えっと? 062瑠璃:わかんないかなあ! あ、わかってるけど惚けてるでしょう! 063拓海:えーっと、それで、これは何ブラウン? 064瑠璃:アッシュブラウン! まぁた、そうやってはぐらかすー! ね、ね、美容院ついて行くから。 この色にしてみない!? 065拓海:──不倫関係の解消を申し出た男と、それを拒絶した女。 言い合いの末、カッとなっての刺殺。 事件から女性の死亡までは猶予があった。 男が女の命を助けるまでの猶予。 彼は、その猶予を自宅に帰って家族と過ごした。 まだ六歳だった、一人息子と。 情状酌量の余地はないものと見做され、長い懲役が科せられる事になる。 どこにでもいる男女、彼らの生きたそれまでを、彼らが遺した家族を。 メディアがこぞって取り上げた事で、日本中が彼らに注目した。 066瑠璃:んー……ごめんやっぱわからないな、日本画知り合いいなくて。 067拓海:誰かわからないなら、いいや、ごめん。 068瑠璃:で、サカモトって誰? 069拓海:いや、いい、いい。 察した。 070瑠璃:何なにぃ、気になる。 071拓海:多分紹介して、のトーンなんだけど。 髪染めたって話し掛けられて。 で、いつも一緒にいる油絵の女の子、ってー……。 072瑠璃:あぁそれは、紹介してのトーンだわ。 073拓海:しないって言ったから。 074瑠璃:お。 075拓海:……い、ったから。 076瑠璃:そのサカモトくんは、普段から仲良いの? 077拓海:ほぼ初めて話した。 髪染めたじゃーん、って。 すげえ陽キャの人。 078瑠璃:ふーん、じゃあ止めた。 油絵で超胸デカい子いるじゃん。 079拓海:知らないけど。 080瑠璃:知らない? 結構有名だって。 081拓海:……興味ないし。 082瑠璃:その子仲良いんだよね。 紹介しよっかって言おうと思ったけど、止めた。 083拓海:……すまんサカモト。 でも、うん、それがいいよ。 084瑠璃:──女の一人娘は、一人アパートで、帰らない母の帰りを待っていた。 ありふれた事件、痴情の縺れ。 メディアが取り上げた、よくある加工された近所の声は皆、一様に驚きを口にした。 不倫の末に殺された女。 逮捕までの一時(いっとき)を、家族と過ごした男。 六歳の一人娘を家に一人放置して、夫との口論が絶えなかった奔放な被害者。 六歳の一人息子と妻、殺人後も尚家族を選んだ愛情深い加害者。 事件から数日もすれば、作り上げられた美談は殺人事件と同等に膨れ上がった。 <焼き肉屋店内。> 085拓海:俺と付き合って欲しいんだけど、駄目かな。 086瑠璃:……ええっと、あの。 とりあえずカルビ、焼けたんでどうぞ。 087拓海:ああ、どうも、ご丁寧に。 088瑠璃:……違くない!? え、嘘、このタイミング!? 絶対これは違くない!? 089拓海:そうかな。 キヌカワさんが焼肉、美味しそうに食べてるから。 やっぱり一緒にいたいなって思って言ったんだけど。 090瑠璃:何それ! 全然ムードない! 091拓海:駄目かな。 092瑠璃:……。 093拓海:ホルモン、焼けてるよ。 どうぞ。 094瑠璃:……駄目じゃない。 095拓海:そっか。 ああ、よかった。 俺みたいな陰キャから告られたら嫌かなって、それは気にしたよ。 096瑠璃:威張る事じゃない! もう、マイペース! 097拓海:うん。 098瑠璃:トロい! 099拓海:うん。 100瑠璃:ほんと、空気読まないよね! 101拓海:そのマイペースで、トロくて、空気読まないのが、キヌカワさんの彼氏になるって。 102瑠璃:……。 103拓海:はい、豚トロ。 104瑠璃:なんっで、今! 豚トロ! てか言うの遅い! 105拓海:えーっと、ごめん? キヌカワさんが言ってくれてもよかったんだよ。 106瑠璃:そうじゃない! もう! 馬鹿! 私だって好きだよ! 107拓海:あ、本当? ならよかった。 俺サンチュ食べたいんだけど、何か追加する? 108瑠璃:何か違う、絶対何か違う! ねえ、せめてサンチュと同列にしないで!? 109拓海:──悪い気は、しなかったな。 明るくて気が強くて、いつも俺の事、誉めてくれて。 あれからずっと、何となく前髪を伸ばして過ごしてたけど。 前髪、切ってみて。 キヌカワさんに勧められて、アッシュブラウン、だっけ。 あの色にしてみて。 大学でも、町中でも、もう誰も。 殺人犯の息子だと俺を指差す人はいなかった。 考えてみれば当たり前だ。 もう十年以上前の事件なんだ、あれは。 毎日色んな事が起きて、埋もれて、変わっていく。 埋もれた他者の過去を世間は掘り返さない。 父さんの服役は後数年で終わる。 その時を静かに待つ生活が少しだけ、変わった。 母さんに髪型を変えたと写真送ったら、喜んでくれた。 電話で泣いてた。 馬鹿だよなあ。 あなたはそうして、学生生活を楽しんでいいのよって。 ……馬鹿だよなあ。 <繁華街。> 110瑠璃:女の子の友達の所に泊まるって言ってあるよ。 口裏合わせもちゃんとしてある。 111拓海:あ、そお……。 112瑠璃:泊まりイヤ? あ、イヤじゃなさそう? 113拓海:まあ、はい……。 114瑠璃:よかった。 115拓海:どうする、満喫探す? 116瑠璃:嘘でしょ本気で言ってる? 117拓海:……コンビニか薬局、寄っていいすか。 118瑠璃:うん、いいよー。 何買うの? 119拓海:……。 120瑠璃:ねーねー。 何買うのー? 121拓海:洗顔とか、 122瑠璃:そーいうの、普通に置いてあるんじゃないかなあ。 123拓海:その、靴下とか下着とか、泊まる準備何もしてないし……。 124瑠璃:そうだね、うん、わかったわかった。 薬局って下着置いてる? 125拓海:あのさぁ。 126瑠璃:<笑う> ごめん、ごめんって! 照れてる? 127拓海:照れてないです。 128瑠璃:どうかなー。 129拓海:元々こういうテンションです。 130瑠璃:わかった、そういう事にしといてあげよう。 131拓海:キヌカワさんは、その、準備とか。 132瑠璃:ああ、大丈夫、大丈夫。 コンビニ寄ってもらえたらそれで。 133拓海:女性って色々入用なんじゃないの。 134瑠璃:大丈夫、置いてある物で事足りるから。 行こ。 135拓海:んー……わかった。 136瑠璃:──別に、さあ。 可哀想な子になりたかったんじゃ、ないんだよ。 家族が殺されて可哀想だなんて、誰が決めたの。 どうして私は可哀想じゃなきゃいけなかったの。 殺されたのは因果応報でしょ、私はそう思う。 でも、私とお父さんの時間は取り戻したい。 事件の後のお父さんを見ていたら、絶対にみんな、世界中が同じ事を言うよ。 でさ、人を殺した足でわざわざ家族に会いに行くって、それは普通に意味わかんなくない? それがわからないから、うちの家族はそうじゃなかったから、私は可哀想なの? 誰かの不幸の上で成り立つのが恋愛で、その続きが家族だから。 電車のレールみたいに同じ物が続いていくんだよ。 踏み外す事だけが簡単なんだよ。 じゃあ。 私と同じように可哀想になったら、わかってもらえるのかな。 <ホテル内。> 137拓海:シャワー出たけどー……何、見てるの。 138瑠璃:んー? ニュース。 139拓海:電気点けなよ、びっくりした。 140瑠璃:いい、いい。 このままにしといて。 暗い方が落ち着く。 141拓海:……なら、いいけど。 142瑠璃:明るい方がいい? 143拓海:どっちでもいいよ。 何か飲む? 144瑠璃:いらなーい。 145拓海:お腹空かない? 146瑠璃:空いてないよ。 <笑う> ねえ、そんな色々してくれなくていいから。 こっち座ってよ。 147拓海:……ごめん、ちょっと、落ち着かなくて。 148瑠璃:変なの。 お母さんにはちゃんと連絡した? 149拓海:ん? ああ、してなかった。 150瑠璃:え、駄目じゃん。 どうすんの、ご飯作って待ってくれてたら。 151拓海:……。 152瑠璃:何? ぼーっとしてないで、早く連絡しなよ。 153拓海:あ、うん……。 154瑠璃:男の子ってみんなそういう感じなのかな。 駄目だよ、次から早めに連絡してあげなよ。 ご飯作るのも大変なん 155拓海:<遮る> キヌカワさん。 俺が煙草吸ってる写真、撮れてた? 156瑠璃:……、何の話? 157拓海:<煙草を取り出す> 撮れてないなら、今撮っていいよ。 158瑠璃:え、てか、煙草とか吸うんだ、今まで吸ってないよね? 159拓海:キヌカワさんに悪いと思って。 元々吸ってるから、いつでも撮っていいよ。 あんな隠し撮りじゃなくてさ。 160瑠璃:……。 161拓海:キヌカワさんがシャワー入ってる時、スマホ変な所に落ちてたよ。 動画撮ってる訳じゃなさそうだったし……遠隔でシャッターが切れるんじゃない? 162瑠璃:ああ、ごめん。 さっきスマホ落としちゃったみたいで。 163拓海:そっか。 164瑠璃:遠隔でシャッター切れるんだぁ。 そういうのがあるの? 165拓海:うん、あるらしいよ。 さっき調べたんだ。 166瑠璃:そうなんだ。 167拓海:キヌカワさんも煙草、吸ってるんじゃなかったっけ。 168瑠璃:え、私吸わないよ、吸ってないよ。 まだ十九なんだって、 169拓海:<スマホを見せる> じゃあなんで、俺と会う前には煙草買ってるの。 吸ってるの、確かに見た事ないけど。 170瑠璃:……。 171拓海:……これも盗撮、なんだけどさ。 俺の鞄に煙草入れたの。 キヌカワさんだよね。 172瑠璃:……なんで、煙草買ってる所、写真、撮ったの? 173拓海:何かあった時証拠にしたくて。 ごめんね。 俺、退学になる訳にはいかないから。 174瑠璃:ねえ、さっきから何の話? 175拓海:知ってたよ。 176瑠璃:ん? 177拓海:シモジマさんのお子さんだって。 知ってた。 俺が、イダの、……キミのお母さんを殺した男の息子だって、知ってるんだよね? 178瑠璃:──……知ってて、付き合って、ホテル入って? 179拓海:うん。 知ってて付き合って欲しいって、言ったよ。 180瑠璃:ふぅーん、そうだったんだ。 なーんだ。 181拓海:……。 182瑠璃:退学になりたくないんでしょ。 183拓海:うん。 184瑠璃:もう無理じゃない。 185拓海:どうして? 186瑠璃:私がレイプされましたって被害届出したら、どうなると思う? 187拓海:……あぁー、成程。 188瑠璃:検査すれば証拠出るよ、未成年の喫煙よりもっと重い罪になるんじゃない。 私がホテルに連れ込まれましたって言えば、 189拓海:俺は、キミが嘘を吐いてる証拠を出すだけだよ。 190瑠璃:証拠? 191拓海:録音してるよ、ホテルに入る前から。 ていうか、キミと会う時はいつも。 多分合意での性行為だって証拠になると思うんだ。 ごめんね。 192瑠璃:<舌打ち> 193拓海:……えっと。 どこから、嘘だったんだろう。 194瑠璃:全部に決まってんじゃん。 こんな男に都合がいい女、いる訳ねーだろ。 195拓海:煙草の写真、撮る為に? 196瑠璃:お前を退学にする為に。 197拓海:そっか。 俺、母さんが一人手で大学に入れてくれたから。 退学になるのは困るんだよね。 別の所に編入で手、打ってもらえないかな。 198瑠璃:……。 199拓海:ああ勿論、そっちも状況は似通ってるとは思うんだけど。 実家から通ってるんだよね? 俺が引っ越すよ、俺一人暮らしだから 200瑠璃:<遮る> お前さぁ。 201拓海:ん? 202瑠璃:もっとなんか、あるでしょ。 203拓海:なんかって? 俺はキヌカワさんの言葉、全部が嘘じゃないと思ってるから。 204瑠璃:は? 205拓海:お父さんが厳しいの、本当でしょ。 あんな事件があったんだから当然だよ、 <瑠璃、拓海の頬を叩く。> 206拓海:……殴って、気が、済んだ? 207瑠璃:……ママの事、返してよ。 208拓海:……。 209瑠璃:私とお父さんの時間も生活も全部! 返してよ! 210拓海:……。 211瑠璃:何とか言えよ! 212拓海:お母さん、返せたらいいんだけどね。 そうしたいよ、心底。 でも、死者への冒涜にならないかな。 <瑠璃、咄嗟にペインティングナイフを取り出す。> 213拓海:あ、 214瑠璃:死ね、お前が! お前が死ねよ! 死ね! 215拓海:キヌカワさ、ちょっと! 216瑠璃:死ねよ! 217拓海:危ないから! <瑠璃の手を掴む> ──ブレード握り込んでる、ほら。 <ナイフを握り直させる> 危ないから、そこ握ったら。 血、出ちゃってるけど……どうする? 先に、殺す? 218瑠璃:……、や、……。 219拓海:使い込んでるみたいだし。 いけるかな、とは思うけど、でも。 それ、絵を描く道具だよ。 220瑠璃:<ややあって泣き出す> 221拓海:うん、ごめん、ごめんね。 何も思い通りにさせてあげられなくて。 ……帰ろうか、一旦。 タクシー代出すから。 222瑠璃:<首を振る> 223拓海:帰らないの? 224瑠璃:<首を振る> 225拓海:あの、どっち、 226瑠璃:馬鹿! 227拓海:え、うん。 228瑠璃:馬鹿! 馬鹿! 229拓海:うん。 230瑠璃:もお、やだ! 嫌なの! 231拓海:……えっと、俺? 232瑠璃:アンタも! 全部! 233拓海:うん。 帰る? 234瑠璃:帰んない! 帰んないの! 235拓海:う、うん、わかった……。 とりあえず、手、出して。 手当するから。 236拓海:──それからの彼女は、泣き止んだと思えば子供のように泣き出す、それを数回繰り返して。 明け方が近くなって漸く眠った。 それを見届けた俺も、昼頃まで寝ていた。 起きれば彼女は既に、シャワーと化粧を済ませていて。 俺が起きた事に気付くと、黙々とルームサービスの焼きおにぎりを注文した。 どちらが口を開く訳でもなく、おにぎりを食べて、ホテルを出て、駅までの道をずっと手を繋いで帰った。 ……初めて、ホテルの延滞料金というものを払った。 その清算がしたいと、数日経ってから、連絡がきていた。 <喫茶店内。> 237瑠璃:……どうも。 238拓海:あれ、髪。 短くなってる。 239瑠璃:元々長いの好きじゃないし。 240拓海:色、また銀色にしたんだ。 241瑠璃:この色が一番好きだから。 242拓海:そうなんだ。 キヌカワさん、顔小さいからどっちでも似合うね。 243瑠璃:……。 244拓海:……手は病院行った? 245瑠璃:……。 246拓海:<瑠璃の手を覗き込む> ああ、行ったみたいだね。 絆創膏で済んだんだ、よかった。 247瑠璃:何もよくないけど。 248拓海:そっか。 249瑠璃:……引っ越す。 250拓海:ん? 251瑠璃:イダの息子がいるって言ったら、おじいちゃんが、こっちにおいでって。 252拓海:……そっか。 それがいいと思う。 253瑠璃:ねえ。 アンタ、なんでそんな調子なの? 254拓海:なんでって言われても。 難しいな。 255瑠璃:あんなんでも、……私一応、本気で殺すつもりだったけど。 256拓海:うん。 そうなんだろうね。 257瑠璃:そうなんだろうねって。 258拓海:実名報道されたから、あの時。 人殺しの息子って、みんなすぐ気付いて。 色々あったから。 録音とか、防犯対策だけはちゃんとしてて。 あんまり色々考えない様にしてる。 259瑠璃:……そっか。 260拓海:うん。 261瑠璃:……イダ、タクミ。 262拓海:うん。 263瑠璃:離婚して、ヒハラ。 264拓海:そう。 ええと、キヌカワさんは。 265瑠璃:おじいちゃんの苗字、通名で。 266拓海:じゃあ戸籍だけ、シモジマルリ? 267瑠璃:そう。 268拓海:そっか。 269瑠璃:会いに行ったり、するの。 270拓海:誰に? 271瑠璃:一人しかいないでしょ。 272拓海:ああ、……俺は、一度も面会行ってないよ。 ずっと手紙だな。 手紙っていうか、絵、描いて送ってる。 273瑠璃:返事は。 274拓海:まあ、他愛のない感じで。 275瑠璃:恨んでないの。 276拓海:恨まれる、側だと思ってるから。 277瑠璃:お母さんは。 278拓海:普通。 引っ越し、うちあれから四回引っ越してるんだけど。 色々受け入れてくれてるパート先が見つかって、そこから元気になったかな。 で、一人暮らしさせてもらって……みたいな。 279瑠璃:帰ってるの。 280拓海:正月と盆だけ。 281瑠璃:もっと帰ってあげなよ。 282拓海:……そうする。 <間。> 283瑠璃:……あの頃。 284拓海:事件の頃? 285瑠璃:不倫、知ってた? 286拓海:──……全然。 突然、父さんが殺人犯になった。 287瑠璃:そうなんだ。 288拓海:散々報道されたから、知ってるかもしれないけど。 289瑠璃:うん。 290拓海:夕方急に帰って来て、俺と遊んでくれて、そこに警察の人が令状持って来て、 ……そのまま。 291瑠璃:……。 292拓海:キヌカワ、さんは。 293瑠璃:家で、一人でいる事が多かったから。 今日も夜に帰って来るんだろうな、って。 思ってたら、帰って来なかった。 294拓海:……そうだよね。 295瑠璃:うん。 <間。> 296瑠璃:絵が。 297拓海:ん? 298瑠璃:お母さんが、最後に褒めてくれた事だった。 299拓海:うちもだよ。 父さん、絵画修復士やってたから。 300瑠璃:ああ、だから、メスの様な物って。 301拓海:うん、仕事道具で。 302瑠璃:……そうだったんだ。 303拓海:<微笑む> イタリアで資格も取ったんだ。 母さんと二人でイタリアに住んで。 それで、その頃に見た絵画の写真を見せてもらって、それで、……。 304瑠璃:それで。 305拓海:聞きたくないよね。 306瑠璃:……。 307拓海:その、聞いていいのかな、そちらのお父さんの 308瑠璃:<遮る> 私、聞きたくないって言ってない。 ──続き、話して。 309拓海:頬杖をついたその手で、隠した口元が笑っていて。 310瑠璃:子供の様に父親の話をする男は、私の前で初めてきちんと笑った。 311拓海:銀色の前髪が撫ぜる目が、瞬きの数だけ濡れて、零れる事はなかった。 312瑠璃:ああ、この人の瞳はこんな色をしていたんだ。 313拓海:多分、お互いが。 あの事件が起きる前の自分に戻れる、唯一の相手だった。 314瑠璃:母を殺した男は。 この目を見る為に、忘れない為に、一度家に帰ったんだ。 315拓海:父が人生を狂わせた女の子は、あの日からやっと歩き出したんだ。 316瑠璃:もう、あれから、ずっと、十年以上が経っていたんだ。 317拓海:じゃあ、ここで。 お別れしよう。 318瑠璃:うん。 319拓海:キミが振って。 <間。> 320瑠璃:<スマホを渡す> 住所。 入れて。 321拓海:住所? 322瑠璃:連絡先、消すから。 もうこんな風に会わない様に。 住所。 323拓海:……わかった。 ──はい。 324瑠璃:ん。 じゃあ 325拓海:キヌカワさん。 326瑠璃:何。 327拓海:綺麗な名前になったなって、思ってた。 328瑠璃:……ほんっとうに、キモい男。 329拓海:ありがとう、許してくれて。 330瑠璃:ばーか。 アンタなんか、大っ嫌い。 331拓海:うん。 俺は、大好きだったよ。 332瑠璃:──数年に、一度。 個展を開くにあたって。 必ず見る名前があった。 私とは縁のない住所、十年以上憎んだその人の名前。 できるだけ写実的な。 人間性とか、普遍的な美とか。 そんな物を詰め込んで、あの国の絵画の多くと、できるだけ似た絵を印刷して、贈った。 返礼は必ず、同じサイズの日本画だった。 黒一色の朴訥(ぼくとつ)な絵は、いつからか少しずつ淡い色が乗った。 この親交もきっといつか途絶えるんだろう。 私達の母親と父親の過ちが、いつの間にか世間から溶けて消えたように。 333拓海:時間が経った、大人になった、それでいいと思った。 時々、あのホテルの一室と、掴んだ彼女の手首に一筋、垂れた血を夢に見た。 一般的に色が無い筈の夢は、その一筋だけが緩やかに曲線を描いて、鮮やかだった。 334瑠璃:神様、どうか、どうか。 335拓海:もう二度と、交差しないで下さいって。 願ってる。 2015.4.10 初版 羽白深夜子 2019.10.13 更新 羽白深夜子 2021.7.26 更新 羽白深夜子 2022.6.19 更新 羽白深夜子 2022.12.20 更新 羽白深夜子 2022.12.30 更新 羽白深夜子 2023.1.15 更新 羽白深夜子 2023.1.25 更新 羽白深夜子 2023.2.3 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子
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