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【カエルムの港町】 (かえるむのみなとまち) 男性4、女性3。 「銀河鉄道システム」とか「青い鳥システム」とか勝手に呼んでます。 メグルとフォンがほぼ出ずっぱり、他の役は兼役しようと思えばできます。 長くて申し訳ないです。でもキャロルより短いから。(免罪符) 有償版販売ページはこちら。 【メグル・ヒダチ(月出巡)】 16歳男性、高校生。 冥界に迷い込んでしまった高校生。 【フォン・スペクルム・ティーディルディー】 見た目は30代男性。 冥界に喫茶店を構え、たまたま出会った巡を案内する。 【マリィ・コーリン】 見た目は10代女性。見た目より少し幼い喋り方を想定しています。 冥界に一人で暮らす幼い少女。 【ラトル・スネイク】 見た目は20代男性。両足が義足の青年。 流刑地から逃げ出し、カエルムで厄介払いをしている。 【トート・ハイブリッジ】 見た目は20代男性。 セルとバディを組み、案内人の仕事をしている男性。 【セル・チェリー】 見た目は20代女性。 トートとバディを組み、案内人の仕事をしている女性。 【ミス・スィームストゥレス】 見た目は30代女性。 目元を隠し、両瞼と口元を縫われている女性。 ※台詞数が極端に少ない為、マリィかセルとの兼役を推奨します。 【配役表】 メグル・ヒダチ      : フォン・ティーディルディー: マリィ・コーリン     : ラトル・スネイク     : トート・ハイブリッジ   : セル・チェリー      : ミス・スィームストゥレス : ======================================= 001メグル:──勉強、勉強、勉強。 俺の毎日は、人生は、ずっとずっとそれだけだった。       つまらなくてダルくて、周りの連中はくだらなくて。 思い返せばいつも退屈だった。       それでも、塾や学校をサボって入る喫茶店は好きだと思えた。       大人に混ざってコーヒーを飲むのが、たった一つの楽しみだった。       両親にそれがバレた日すら、俺は喫茶店にいた。 その筈だったんだ。 <うたた寝から覚めるメグル。フォンが対面で、メグルの参考書を捲っている。> 002フォン:──お目覚めですか? おはようございます。 003メグル:……おはよう、ございます……? 004フォン:起き抜けの所申し訳ありません。 随分立派な本が詰み上がっていたので、気になってしまって。       あなたは勤勉な良い学生だ。 疲れは取れました? 005メグル:あの。 006フォン:はい。 007メグル:ここ、どこですか。 008フォン:喫茶店です。 そうでしょ?       あなたは喫茶店に入って、コーヒーとお冷を嗜(たしな)んでいた。 009メグル:でも店が違う、 010フォン:<遮る> 随分難しいお勉強をされていたご様子ですが。       もう少し、息抜きの時間にしませんか? 011メグル:え、えっ。 012フォン:<メグルの手を取る>       ね。 お冷のお代わりをお出しします、そこのカウンターに掛けて。 013メグル:店の人だったの。 014フォン:一般的にはバリスタ、と言いますよ。 もっと言えば、私の名前はフォン。       フォン・スペクルム・ティーディルディー。 少々長いのでフォンで結構。 お見知り置きを。 015メグル:日本人? 016フォン:さあどうでしょう。 あなたは? 017メグル:……ヒダチ。 ヒダチ、メグル。 018フォン:ヒダチと読むんですね。 本の後ろに書かれていた名前を見ましたよ、良い名前だ。 日本人で? 019メグル:どっからどう見てもそうだ、そうじゃないですか。 020フォン:気軽にお話して頂いて構いませんよ。 021メグル:あの、……日本人っぽいのに、思いっきり海外の名前だったから。 どっちかなって。 022フォン:<笑う> 確かに。       随分ゆっくりされていましたね。 私の退勤時間が伸びてしまった。 023メグル:えっ、 <腕時計を見る> 024フォン:おや。 素敵な腕時計ですね。 025メグル:あーうん。 十時って、やば、あの、すいません。 026フォン:からかうつもりで言ったんで、お気になさらず。 027メグル:帰らないと。 支払い、 028フォン:<遮る> お支払いならあなたのお心で。 なんて、どうです? 029メグル:はい? 030フォン:お代は頂きません。 だから、あなたと私、息抜きをしましょう。 031メグル:……息抜き? ええ? 変なの。 <戸惑いながら> 032フォン:変。 私のような変な人間に会うのは初めてですか。       いい事を聞いた、お祝いにしましょう。 その立派なお財布はしまって。 033メグル:えっ。 034フォン:お代は心、と先程言いましたね。 あながち冗談ではないのですよ。       お客様にお話を聞かせ頂いて、そのお礼でお茶の時間をご提供しているんです。 035メグル:<ポケットを探りながら> へー……ボランティア、みたいな? 036フォン:そんなものだと。 何かお探しですか? 037メグル:スマホ、親に連絡……は別にいいか。 えっと。       こういうアンティークっぽい店が好きだから、撮っておきたかったんだけどスマホが……。 038フォン:今はそうして写真を撮って、お友達に見せてあげるんですよね。       よく存じ上げていますよ。 そちらからこう、こんな感じで撮って頂ければ。 039メグル:そんな面倒な事しないよ。 040フォン:しないんですか? <笑う> またまた。       坊ちゃんくらいのお年頃は、そういうのが一番楽しい時期でしょうに。 041メグル:友達にわざわざ見せるとか、ガキじゃあるまいし。 俺もう高校通ってる歳だよ。       フォン? だっけ。 あんたくらいの歳になっても、友達がーとか言うモンなんだ? 042フォン:ええ言いますよ。 そうでしたか、高校生。 大変失礼致しました。       やはり日本人は見た目の所為で、ちょっと若く見積もってしまいますねぇ。 043メグル:高校生はガキだって言いたいのね……まあ、その、俺の事もメグルでいいです。 044フォン:メグル。 ありがとうございます。       お子様でも、高校生でも。 私からしてみれば将来有望な若人である事に変わりはありませんよ。       <メグルにお冷を出す> お冷、どうぞ。 045メグル:あ、どうも。 046フォン:申し訳ないのですがそちらのお冷、できるだけ急いで飲んでもらえます? 047メグル:なんで? 048フォン:飲んで頂いたら説明しますよ。 049メグル:……出てくるまで時間かかったし、なんか怖いんだけど。 050フォン:どれ、私が飲ませて差し上げましょうか。 哺乳瓶はあったかな。 051メグル:頂きます! <お冷を飲み干す> ……ごちそうさまです! 052フォン:いーえ、お粗末様です。 ところでメグル、伽話(とぎばなし)はお好きですか? 053メグル:はあ? これ飲んだら説明するんじゃないのかよ。 054フォン:説明の導入ですよ。 そうですね、最近は異世界転生? ですっけ? 055メグル:何それ。 056フォン:トラックに轢かれて気が付いたら、というファンタジーのアレです。 057メグル:知らないけど。 はいはい、伽話ってファンタジーね。       あんま見た事はないけどまあ、ニュアンスはわかるよ。 058フォン:んー。 では簡潔に、単刀直入にいきましょうか。 059メグル:そんな大袈裟な。 060フォン:今あなたがいるここは、所謂冥界、なんですね。 061メグル:へぇーめいか、冥界!? <立ち上がる> 062フォン:はい。 063メグル:冥界!? 死後!? 064フォン:その通りです、死後の世界。 レモネードならすぐにお出しできますが、どうです? 065メグル:え、俺死んだの!? 066フォン:まあ、控えめに申し上げてその直前、ですね。 067メグル:…… <座り直す> 068フォン:やんわりとお伝えした所で、あなたの言う死後の世界ではありますので、 069メグル:<小声で呟く> 死ねたんだ。 070フォン:えっ? 071メグル:あ。 いや、そのー……あはは。 そんな事もあるんだって思って。 072フォン:死ねたんだ、ですか。 んん。 073メグル:深い意味はないから、ほんとに。 074フォン:ご両親と連絡を取りたくなかったのは? 何か関係がありますか? 075メグル:それは別に、反抗期! そう、反抗期だから親がうるさくってさ。 連絡取りたくなかっただけ! 076フォン:……このお話も、先にしましょうか。 窓の外、ご覧になって下さい。 077メグル:何、──すご、すげえ! 町? ジオラマみてえ! 078フォン:見晴らしが良いでしょう、この店は少々小高い丘の上にありまして。 時期が良かったですね。 079メグル:時期? 祭りかなんかあるの? 080フォン:似たようなモノです。 今くらいの時期になると、ああして皆家の外に火を灯します。       子供達にお菓子をあげる事ができる家の目印、それと。       気の毒なジャックが、今度は帰り道に迷わないように。 081メグル:ジャック、って誰? 082フォン:悪知恵を働かせて悪魔を騙し、その所為で天国にも地獄にも行けなかったジャックのお話ですね。       ハロウィンのエピソードですよ。 馴染みはありませんか? 083メグル:ハロウィン……トリックオアトリート? 084フォン:はい、ハッピーハロウィン。 メグル、あなたは日本人でしたね。       あなたのように進んだ暮らしをしていた方からは、ちゃちな光景に見えるかもしれません。 085メグル:ええ? そんな事ないよ、すごいよこの景色。 海外の写真みたい。 086フォン:興味を持って頂けてよかった。 冥界はあちら側、現世とは違い大陸が別れていません。       区分はされていますが。       現世と同じように、あの灯り一つ一つに生活があります。 でも。       自分で死んだ人間は、原則この灯りの中にはいない。 087メグル:ここにいないなら、どこにいるの? 088フォン:専用の流刑地があります。 そちらにいるとも、どこにもいないとも。       自分で命を絶つ事は、ここでは罪とされている。 089メグル:罪。 090フォン:何もできず、誰にも会えず、音も聞けず、ただ、生前の縁を辿って記憶に残るだけ。       それだけの流刑地が、ここにはあるんですよ。 091メグル:……。 092フォン:流刑地とこちらの生活。 メグル、どちらがいいですか。 将来どうなりたいですか。 093メグル:どっ…… 094フォン:<メグルを覗き込む> 私は先程の言葉、聞かなかった事にしても、よろしいですか? 095メグル:……うん。 096フォン:少し息抜きをしたら帰りましょう、あなたの世界に。       この夜を、ちょっとしたファンタジーで済ませる為に。 097メグル:……。 098フォン:ご不満です? <しばらく、メグルの顔色を伺う>       ──……それでは、ウェルカムドリンクという事で。 <レモネードを差し出す> 099メグル:……死後の世界のウェルカムドリンクが、レモネードって。 100フォン:<笑う> そんなファンタジーは、お気に召しません? 101メグル:気に入らない訳じゃないけど……じゃあフォンも、死んでる。 102フォン:そうですね。 まあ、私は随分長くこちらにいるんですが。 103メグル:えーっと……。 まだ整理ができてないんだ、ちょっと色々聞いてもいい? 104フォン:勿論。 私にお答えできる事であれば。 105メグル:生きてた頃の事って覚えてたり、するの? 106フォン:人によりますね。 107メグル:で、コレってあんまり聞かない方がいいんだ? 108フォン:察しが良いですね、その通りです。 109メグル:ふぅん。 まあ、人の顔色見るのは得意だから。 110フォン:こちらにいらした要因は、人それぞれ。 これも想像はできるでしょう。       全くの別人として今、こちらで生活している訳で。 111メグル:別人。 112フォン:ええ。 金銭のやり取りもなく、税金や法律もなく。 中々悪くない暮らしをしています。 113メグル:金銭のやり取りがないって、金が必要ないって事? 114フォン:そうですよ。 生活するだけならね。 115メグル:へえ。 中々どころか、すげーいいトコみたいに聞こえるけど。       そんなん言っちゃっていいの? 116フォン:あなたにはちゃんと真実をお話しますよ。 117メグル:ふーん……。 ……あー、てか、あの。 118フォン:はい? 119メグル:さっき、馬鹿にしてごめん。 120フォン:うん? ……あぁ、友達のお話ですか? 121メグル:そう。 死んでて、生きてた頃とは別人なんでしょ。       なら友達とか、そういう関係性もないんじゃないの、今は。 122フォン:そんな事はありません。 しかし友達の数というものは、ステータスでもない。       だからあなたのアレも、私とのただの軽口で、私とあなたのジョーク、ですよ。 123メグル:それでも、俺は馬鹿にしたくてああ言ったんだから。 124フォン:なら謝罪は受け取っておきましょう。 私は幸い、良い友人はいくらかおります。 125メグル:俺は、……まあ、さっきの言い方でわかると思うけど。 この話止めとこ。 126フォン:無理に作るモノでもありません、できた友達を大事になさればいいんですよ。 127メグル:あぁ、まあねー。 128フォン:友達、というのは良いモノです。 こうして死後も懐かしむ事ができます。 129メグル:懐かしむだけなの? 会いに行けばいいじゃん。 130フォン:そう思って探しましたが、沢山こちらにいらした時代でしたから。 中々。 131メグル:時代、あー……そっか。 ……帰るのはちょっと保留で、って、できる? 132フォン:数時間以内ならあなた次第です。 それ以上は、また考えましょう。       折角だ、観光でもしてみます? 案内しますよ。 133メグル:ノリ軽いな。 まあ、他にする事もないし……あの町中は、ちょっと歩いてみたいかも。       中世ヨーロッパ? 俺好きなんだよね、こういう町並み。 だってコレマジのレンガでしょ?       すげー。 ガチのレンガで建ってる家とか初めてだもん、エモ。 134フォン:カエルム、という名前の港町です。 135メグル:港町、へー! やっぱ日本の漁師町とは違うな。 や、そっちも行って見た事とかないけど。 136フォン:あちらのように魚が獲れる訳ではありませんがね。       ほら。 こちらの窓から海が見えますよ。 137メグル:あれは、帆船(はんせん)? 138フォン:よくご存知で。 望遠鏡使います? <望遠鏡を手渡す> 139メグル:……スクーナー? にしてはデカい? 140フォン:本当によくご存知ですね。 確か今、あなたの国では保存されていなかったかと。 141メグル:だよね!? すごい、ツートップスルスクーナーだ! 142フォン:レモネードを飲んだら、見に行ってみましょうか。 143メグル:いいの!? 144フォン:<笑う> 良い息抜きになるんじゃないですか?       ついでに。 あなたの新しい友達を探しましょう。 145メグル:へ、友達? <マリィの家。フォンがノックすると、マリィがドアを開ける。> 146マリィ:──まあフォンさん、こんばんは! トリックオアトリート! 147フォン:こんばんは。 お化けのお家を訪ねてしまいましたか。       逆になってしまいましたが、勿論持っていますよ。 ハッピーハロウィン。 148マリィ:わーい! フォンさんの焼くクッキーが一番……あら? 149メグル:ど、どうも……。 150マリィ:こんばんは、知らない方! あなたはどちらに引っ越していらしたの? 151メグル:あ、えっと。 152フォン:メグルさんと言います。 町の見学中なんですよ、仲良くしてあげて下さいね。 153マリィ:そうでしたか! ごきげんようメグルさん、私はマリィ・コーリンです! 154メグル:あ、ご、ご丁寧に……すみません一瞬、一瞬だけこの人とお話いいですか! 155マリィ:はい! あ、でも、お話をするならお家に入られたら? 入って入って!       お茶のご用意があるの、こちらに座って待っていらして! 156フォン:私はちょっと用事があって外しますので。 メグルの分のお茶だけ、いいですか。 157マリィ:はい! メグルさん、ダージリンティーはお好き? 158メグル:え!? あ、はい、多分好きです……。 159マリィ:まあよかった! ではお待ちになって! <マリィ、キッチンへ向かう。> 160メグル:<小声> いや友達って! 年下の女の子と何を話せって!?       ダージリンティーとか飲んだ事ないし! 161フォン:おや。 彼女は姿こそああですが、ココにいらしてもう長いんです。       生前の歳から数えたら、確かメグルと同じくらい……ちょっとだけ少し年下かな?       そのくらいになる方ですよ。 162メグル:えっ、あっ、そうなんだ……いや年下じゃん! それに用事ってなんだよ!?       <小声> あの子と二人きりで話せって!? 無理だよ、何の話したらいいんだよ!? 163フォン:無理な訳ないでしょう。 私はあなたと引き合わせたい方に、アポ取りをしませんと。       お仕事をなさっていて、多分今の時間はお忙しいんですよね。 164マリィ:自分で飲もうと思って丁度、お湯を沸かしていたんですよ。 お話は終わりました? 165メグル:……終わりました……。 166フォン:では。 バタバタとすみません、彼に色々お話を聞かせてあげて下さいね。 167マリィ:はい! ああどうしましょう、この辺りの方はみんな、お兄さんお姉さんばかりだったから!       同じくらいの男の子とお話するなんて、なんだかドキドキしちゃいますね! 168メグル:<小声> 同じくらいなんだ……! 169フォン:ねー。 ではまた、彼をお迎えにあがりますので。 よろしくお願いします。 170マリィ:はい! お気を付けて! <フォン、家を出て行く。> 171マリィ:もしかして、あちらから迷子になっちゃった方ですか? 172メグル:えっ? ああ、はい。 なんか、……そうみたいで。 173マリィ:うわぁ、そうでしたか! 時々そういう方がいらっしゃると聞いていました!       マリィは初めてお会いしました! 大丈夫です、しっかり内緒にしますから!       色々あちらのお話が聞きたいです! 174メグル:あはは……でも俺、話せる事なんてなんもない……と、思う、んすけど……。 175マリィ:メグルさんの方が少しだけお兄さんなんですよ。       マリィとは、あんまり畏(かしこ)まらないでお話して下さいね。       あ! ちょっとだけクッキー、もらっちゃってもいいですか! 176メグル:へ? あぁうん、いいです、けど。 177マリィ:<クッキーを数枚、ぬいぐるみ達の前に供える>       お父さんお母さん、新しいお友達が来てくれたのよ、一緒にクッキーを食べるの。       フォンさんのクッキー。 美味しいのは知ってるよね、一緒に食べようね。 178メグル:……そのぬいぐるみって? お父さんとお母さん? 179マリィ:そうです! あのね、マリィが寂しくないように、一緒に来てくれた子達なんです。       だから、お父さんとお母さんの代わりになってもらってます!       美味しい物を頂く時は、いつもこうしているんです! 180メグル:あ、そう……俺にも敬語、使わなくていいよ。 181マリィ:けいご? 182メグル:えっと、畏まらないで話してくれたらいいかな、って。 183マリィ:ほんと? いいの? どうもありがとう! 184メグル:うん。 185マリィ:クッキー食べてね、ミルクもお砂糖もあるから、好きなだけ入れて飲んでね。       あのね、もうちょっと蒸らしたらお紅茶淹れられるからね! 186メグル:あぁ、うん、ありがとう……ええーっと。       マリィ、ちゃん? の、お父さんとお母さんは、まだ向こうにいるの? 187マリィ:そうよ、マリィだけ先に来ちゃったの。       ここはね、色んな人がいて、みんなマリィに優しくしてくれるから。 あんまり寂しくないの。       寂しくなったらフォンさんの喫茶店に行くか、スィームさんの所に行くの。 188メグル:スィームさん。 189マリィ:前の大通りの突き当りを左に折れた所に、スィームストゥレスさんって綺麗な方がいるのよ。       お口を縫って、目はレースで隠しているけど、アレはきっとお綺麗だから隠してるんだと思うの。 190メグル:へー……。 この部屋の物は? なんかすごく、その、可愛いね。 191マリィ:そうでしょ! あのね、これ全部、お父さんとお母さんからのプレゼントなの! 192メグル:あの、ウサギとクマの風船も? 193マリィ:そう! あのクマのぬいぐるみは、お父さんがくれたの。       で、そっちにあるぬいぐるみとオモチャは、お母さんがくれたの! 194メグル:そっか。 すごいな、沢山買ってもらったんだね。       この家だけ、ハロウィンじゃなくてクリスマスみたいだ。 195マリィ:いいでしょう! 全部宝物なの! 196メグル:宝物、そうなんだ。 197マリィ:そうなの! あ、そろそろお紅茶淹れるね? 198メグル:ん、どうもありがとう。 ……えー、っと……       あっちにいた頃から、紅茶、詳しかった? 199マリィ:<苦笑する> マリィ、現世にいた頃の事は覚えてないの。 200メグル:あっごめん! 聞かない方がよかったよね! 201マリィ:ううん!  覚えてるのは、お父さんとお母さんの事ばっかりなの。       お紅茶はね、こっちの世界に来てから淹れ方を覚えたのよ。       フォンさんに教えてもらったの! 202メグル:そっか。 ここのオモチャで、いつも遊んでるの? 203マリィ:今はオモチャじゃなくて、編み物をしたり、お菓子を作ったりしてる事が多いかも。 204メグル:え、自分で作るの? 205マリィ:そうよ。 お食事もお菓子も編み物も、作るのみんな楽しいの!       あっちにいたら、お食事はお母さんに作ってもらうんでしょ? 206メグル:まあ、うん。 そう。 207マリィ:いいなあ。 マリィもそうしてたんだと思うの。       お父さんとお母さんがこっちに来たらね。 今度はマリィが作ってあげるのよ。 208メグル:へーえらいね。 自分で親に作るとか、考えた事もなかったわ。 209マリィ:ねえねえ、マリィも聞いていい? メグルさんは、お母さんが作ったお料理の何が好き? 210メグル:……。 211マリィ:好きなの、ないの? 212メグル:……買って食べる事が多いかな。 213マリィ:えーそうなんだ! お金? いっぱい持ってるのね! 214メグル:親の金だけどね。 家でメシ食ってると、塾の時間に間に合わないから。 215マリィ:塾のお時間? お勉強してるの? 216メグル:てか、毎日勉強しかしてない。 217マリィ:毎日お勉強なんて大変ね、何のお勉強をしてるの? 218メグル:特に目的がある訳じゃないよ。 ……親がうるさいから、勉強してるだけだよ。 219マリィ:……そうなんだ? <不思議そうに> 220メグル:あ、変な話してごめん。 えーっと、マリィちゃんのお父さんとお母さんの話、してよ。       俺の両親は忙しくて、そう、だからあんまり作ってもらったりしないんだ。 221マリィ:そうなの? 222メグル:うん、そう。 マリィちゃんのお母さんは、何を作ってくれたの? 223マリィ:あのね、マリィのお母さんも忙しい人だったのよ。       だからお母さんが作ってくれたのは時々だったの、ご飯はいつもお父さんが作ってくれてたの。 224メグル:お父さんが? 225マリィ:そう! お父さんはね、パスタを作るのが上手だったの。       お母さんは煮物か、お魚の料理が多かったな。 226メグル:へえ、どっちが好きだった? 227マリィ:どっちも好き! だからね、あ、そうだ! <立ち上がり、メグルの手を取る>       メグルさんあのね、こっちに来て! 228メグル:え、何、どうしたの? <マリィ、背伸びをして頭上の戸を開ける。> 229マリィ:これ! マリィが作ったお菓子なの。 230メグル:これ全部? 231マリィ:全部! メグルさんが好きなお菓子はある? 232メグル:ねえ、こんな高い所にお菓子が入った瓶なんて置いてたら危なくない? 233マリィ:ええ? でも、ここならお客様が来た時にすぐに出せるから。 234メグル:場所移そうよ。 俺手伝うし。 235マリィ:えぇー。 236メグル:確かにそこならすぐ出せるよ。       でも、マリィちゃんが手を滑らせたり転んだり、怪我するかもしれない。       全部こういう瓶に入れてるでしょ? 237マリィ:今までは大丈夫だったもの! それに、お母さんもお客様が来たらすぐお菓子出してたもの! 238メグル:えーっと……そうだ。 マリィちゃんが怪我したら、来てくれたお客さんが心配しない?       マリィちゃんも目の前で人が怪我したら、心配するでしょ。 239マリィ:……そうかも。 240メグル:な? ココじゃなくても、すぐにお菓子が用意できる場所ってあるでしょ、多分。       俺なら手が届いて危なくないから、移動させよう。       人の手がある時にやった方がいいよ、こういうの。 241マリィ:でも、手伝って頂いていいの? 242メグル:紅茶淹れてもらってるし、これくらいなら。 243マリィ:ありがとう! すごい、メグルさんって頭がいいのね! 244メグル:そんな事ないけど……で? このお菓子、キッチンのどこに置こうか? 245マリィ:どうしましょう、どこがいいと思う? 246メグル:そこの棚は? 鍋は重ねて……うん。 これなら全部置けるんじゃない。 247マリィ:そうね、そこなら危なくないかも。 248メグル:うん。 じゃあ瓶渡してくから、好きなように並べてよ。 249マリィ:はーい! マリィがご馳走しようと思ってたのに、お手伝いしてもらっちゃった。 250メグル:いいんだって。 俺の方がお兄さんなんでしょ。 251マリィ:<笑う> メグルさんが、本当のお兄ちゃんだったらよかったのに! 252メグル:……。 253マリィ:ダメ? マリィのお父さんもお母さんも、メグルさんの事、きっと大好きになると思うの! 254メグル:……俺は、良いお兄ちゃんにはなれないよ。 255マリィ:そうなの? 256メグル:そうだよ。 俺みたいなのが家族にいても、良い事ないよ。 257マリィ:どうして? マリィはきっと嬉しいと思うの!       優しくて格好良いお兄ちゃんだと思うの! 258メグル:ほーら、お喋りばっかりしないの。 早く移動させないと紅茶冷めちゃうよ。 259マリィ:わぁ、そうだった! 260メグル:<苦笑する> 本当にすごい数だな。 これを、お父さんとお母さんに? 261マリィ:そうよ。 お紅茶を淹れてあげて、沢山お話をしながら食べるの! 262メグル:へえ、いいじゃん。 何の話? 263マリィ:今日はこんなお菓子作ったの、今日はお友達とこんなお話をしたの、       今日はコレが新しくできるようになったの、って、沢山教えてあげるの。       あとねあとね、お母さんは、コスモスが好きなのよ!       いつかマリィがコスモスをあげるの! 264メグル:コスモス? 秋じゃないと咲いてないんじゃない。 265マリィ:四季のないお花屋さんがあるから大丈夫よ。 お菓子といつでも交換してもらえるの。 266メグル:<苦笑する> なんでもアリだな。 はい、これで最後。 267マリィ:どうもありがとう! メグルさん、好きなお菓子はあった? 268メグル:えー……? オススメは? 269マリィ:甘いのとしょっぱいの、どっちがお好き? 270メグル:どっちも好き、……だけど、甘いのがいいかな。 271マリィ:マリィとおんなじね。 このおかき、お砂糖がまぶしてあるから。       食べてみて、食べてみて。 272メグル:え。 273マリィ:はい、あーん! 274メグル:あ、あーん……あ、美味い。 275マリィ:でしょう! 待っててね、お皿に出すからね! 276メグル:いいよ、もうもらったし。 277マリィ:ダメなの! お菓子のお引越しを手伝ってもらったんだから、ほら座って、沢山食べて! 278メグル:あぁ、うん、わかったから。 ……じゃあ、もらうね。 279マリィ:うん! あのね、いっぱいもらって、それを知って、初めて返せるようになるって。       スィームストゥレスさんが言ってたのよ。       メグルさんはマリィにもう返してくれたけど、お友達だもの。 280メグル:返した? え、何を? 281マリィ:お菓子の移動を手伝ってくれたし、マリィの怪我を心配してくれたの!       だからね、誰かに何かあげたくなるまで、マリィがメグルさんに沢山あげるね! 282メグル:沢山。 283マリィ:そうよ、お友達になるのはダメじゃないでしょ? 284メグル:わかった、ありがとう。 もらっとくよ。       ……あ、あー、……そうだ。 今、たった今、思い出したかも。 285マリィ:何を? 286メグル:母さんの作る、クリームシチュー。 好きだったな、って……。 287マリィ:シチュー? マリィも大好き! 白いシチュー? 288メグル:そう。 小さい頃、毎日作って欲しいって言ってた……気がする、そう、今思い出した。 289マリィ:<笑う> いいなー! ジャガイモとニンジンがほっくほくのシチュー! 290メグル:うちはそれにさ、ブロッコリーとコーンとマッシュルームが入ってたんだ。 肉は牛肉で。       コンビニとかファミレスで食べてみてもなんか違うんだよな。 隠し味とか、色々あるのかも。 291マリィ:美味しそう! 思い出の味なのね! 292メグル:あ、まぁ、今思い出した訳だから?       思い出の味っていうか、まあそうかもしれないし、違うかもしれないし……。 293マリィ:でも、急に沢山思い出せたのね? 294メグル:ぐ……。 295マリィ:<笑う> マリィはね。 親がうるさいって、どういうのかはわかんないけど。       でもメグルさんみたいに、子供から大人になる途中にはきっと色々あるのね。 296メグル:まあ……そう、かもね。 297マリィ:それでも、お母さんのシチューみたいに、あったかい思い出があるのは素敵な事だと思うの。       マリィはお父さんとお母さんの思い出、ずーっと大事だから。       メグルさんも。 沢山もらったり、返したりしながら、       シチューの思い出がずっとずっと大事になるといいね。       マリィのおかきを食べたのも、思い出にしてね! 298メグル:<苦笑する> そうだな。 これマジで美味いよ、こんなお菓子作れるなんて、すごいな。 <ノックの音。> 299マリィ:あ、きっとフォンさんだわ! はーい! 300フォン:先程ぶりですね。 随分、楽しそうなお声が聞こえましたが。 301メグル:……なんか、戻って来るの早くね? 302フォン:そうですか? メグルが心配で、急いで来ましたからね。 303マリィ:心配する事なかったのよ。 マリィ、お返ししてもらっちゃったもの! 304フォン:そうでしたか、それはよかった。       メグル、お目当ての方がですね、もう少ししたら休憩時間だそうで。       お時間が頂けるそうですよ。 305メグル:あ、じゃあ。 306マリィ:あ! メグルさん、忘れ物! 307メグル:忘れ物? なんか持って来たっけ。 308マリィ:メグルさんもまだ子供、だもの! 309メグル:……あ。 トリックオア、トリート? 310マリィ:はい、ハッピーハロウィン! おかき、今包むから。 持って行ってね。 311メグル:え、いいの? 312フォン:よかったじゃないですか。 マリィさんのお菓子、美味しいですもんね。 313マリィ:そうでしょ? はいメグルさん、どうぞ! 314フォン:ではこの観光は、お菓子集めの旅、という事にしましょうか。 315メグル:まあ、じゃあ、それで。 ……ありがとうマリィちゃん。 元気で。 316マリィ:はい! また会う日まで! <道中。> 317フォン:良いお友達になれたようで、何よりです。 318メグル:めっっっちゃ焦ったんだけど……。 てか卑怯だろ、親より先にこっちに来た子、なんてさあ。 319フォン:卑怯? どうして。 320メグル:だって、……だって! 親の話とか振られても、どうにか誤魔化して話すしかねえじゃん! 321フォン:<笑う> 折角のお友達なんです、正直にお話すればよかったじゃないですか。 322メグル:俺がそんな話したくないって、なんとなくでもわかるだろ!       嘘話すのも違うなって思ったし、それにその、       あの子はやっぱ自分の親の事って好きみたいだしさあ……! 323フォン:ええ、そんな子もいます。 そして両親との関係に悩む、あなたのような方もいます。       彼女もあのお部屋の通り、恵まれていて。 そしてきっと、あなたも同じように恵まれています。 324メグル:恵まれてる? 俺がぁ? 325フォン:マリィさんに、嘘を言わずにいたのなら。 それはあなたの優しさからでしょう。       環境はどうあれ、メグル。 あなたは内面が豊かで恵まれている人ですよ。       彼女が楽しそうだったのが、何よりの証拠ではないですか? 326メグル:……まあ、ちょっとは嘘吐いたんだけど……。 でも。 327フォン:はい。 328メグル:別に俺だって、軽い感じで死にたかった訳じゃないから。 329フォン:それは勿論。 私はそれ自体を咎めてはいないでしょう。       私とて、ある程度目星はついていますよ。       あなたが広げていた立派な本、あれらは医大生に向けた参考書でした。       それに必死に齧りつかなければならない事情があったんでしょう。 330メグル:……。 331フォン:どうでしたか、マリィさんとのお話は。 332メグル:……頭が良い、っていうか。 よく気が付く子なんだろうなって思った。       まあ、親元離れて暮らしてたら、自(おの)ずとあんな風にしっかりするのかもしれないけど。 333フォン:確かに。 あの年頃の方は、誰かの宝物だったうちにこちらに来てしまって。       私くらいの歳になるとね、それが羨ましく思う事もあるんですよ。 334メグル:えぇ? 大人なのに。 335フォン:大人だから、ですよ。 ずっと誰かの宝物だったからこそ。       それからずっと、誰かの思い出の中にしかいられないから真っ直ぐで。       目の前で一緒に遊んでいるお友達が全てで、全身全霊を向けられるから、残酷で。 336メグル:もしかして、俺達の話聞いてた? 337フォン:いいえ? 338メグル:あっそ……。 でもさー、そうだ。 あの家にあったぬいぐるみ。 339フォン:ぬいぐるみ? 340メグル:うん。 あれ、知らない? お父さんとお母さんの代わり、って言ってたぬいぐるみがあって。 341フォン:ふむ、それは知りませんでした。 342メグル:まあぶっちゃけ言うとすごいボロくて、ちょっとビビったんだけど。       でもその、一緒に来てくれたって言ってたから何も言えなくて。       何か言ってやれたらよかったのかもしれないんだけどさ。 343フォン:メグルさん。 ちょっとした急用ができました、ご一緒して頂いても? 344メグル:ん? そっちの時間が大丈夫ならいいけど。 345フォン:ありがとうございます。 すみませんね、如何せん世話を焼いてしまうもので。 346メグル:ぬいぐるみ、何とかしてくれるって事? 347フォン:勿論。 あ、これは伝えておきましょう。       今から向かう先の方には、名前がありません。 そこだけご留意を。 348メグル:名前が? なんで? 349フォン:人を、殺したから。 ……生前のお話ですがね。 <ミス・スィームストゥレスの家。> 350フォン:──こんばんは、ミス・スィーム。 今はお時間よろしいですか?       ああ、こちらはメグル。 ちょっとこの辺りをご案内しております。       メグル、こちらはミス・スィームストゥレス。 裁縫師をされている方です。 351メグル:あ、ど、どうも……。 352フォン:お忙しい所申し訳ございません。 折り入ってご相談がございまして。 353メグル:──ミス・スィームストゥレス。       小さな彼女の話題にもあがり、裁縫師、と呼ばれる彼女は。       俺達に恭しく礼をしてから、熱心にフォンの話を聞いているようだった。 354フォン:あなたは確か親しかったかと。 マリィ・コーリンさんなんですがね。       お父様とお母様が持たせて下さったぬいぐるみが、古くなってしまっているそうで。 355メグル:──口元に置かれた手。       その下の唇は金糸(きんし)で縫われていて、目元は豪奢(ごうしゃ)なレースで覆われている。       生前人を殺していると、事前に聞いた所為か、容姿の所為か。 思わず後ずさった。       小さな彼女は綺麗だから隠していると言った。 俺はそうは思えなかった。       あれは、間違いなく刑罰だ。 356フォン:彼女、きっと自分では言い出さないと思うんです。       どうにか直して頂けませんか? 勿論、必要な物があれば私が。 357メグル:──彼女はフォンの言葉を一通り聞いた後、胸元に手を置いて、ゆっくりと膝を折り。       恐らくフォンに微笑んで見せた。       その一挙手一投足は緩やかで、フォンの安堵の声も相俟(あいま)って。       口元で主張するその刑罰とはどうにも、ちぐはぐな気がした。 358フォン:よかった。 どうあれ、私からのお礼は受け取って下さいよ。       また何かお困り事がありましたら、是非。 良いハロウィンをお過ごし下さいね。 359メグル:──一礼の後、踵(きびす)を返したフォンを追いながら、振り返れば。       彼女は確かに、振り返った俺に手を振って微笑んだ。 <メグルとフォンが去ったすぐ後。> 360ラトル:ただいまースィーム! 誰か来てたのか?       なんだやっぱりフォンか。 ……でも知らない匂いがする。       客!? 俺を呼べって言っただろ、話ができないと変なヤツだって思われるぞ。       まあ? お前ってただでさえ口下手で、……えぇ? いい子だったぁ?       へー、ほー……ふーん……。 <道中。> 361メグル:なぁ、フォン。 362フォン:どうしました? 363メグル:あの人、本当に人を殺したの? 364フォン:ええ。 詳細はお話しませんよ。 365メグル:わかってるよ。 口のアレを見てびっくりして……でもなんか、そんな人に見えなかった、から。 366フォン:<苦笑する> 目元も覆っていらしたでしょう。 目も、そうしていらっしゃいますよ。 367メグル:目? 368フォン:瞼を、あの口と同じように。 369メグル:<驚いて息を呑む> 370フォン:……それでもあのように、穏やかな方なので。 お付き合いがあります。 371メグル:そう……でも、人付き合いがあるのはなんかいいな。 372フォン:なんかいい、とは? 373メグル:人を殺したっつっても、現世の話で、過去の事なんでしょ。       今は名前も違う別人で、ああして罰も受けてる。       あの人もフォンも町の人達も。 あの罰以上になんかしようって気がなさそうでいい。 374フォン:随分と今風の感覚ですね。 ええと今は……そう、令和ボーイ。       寛大でいらっしゃって大変よろしい。 375メグル:なんだ令和ボーイって。 まあ、暮らしてみれば色々あるのかもしれないけど。       あっちより随分静かで牧歌的じゃん。 現世じゃ犯罪者の家の周りなんて、酷いんじゃない?       SNSとかネットとか学歴とか、色々無ければこうだったのかな。 376フォン:さあどうでしょう。       便利であれば、更に道徳が必要になります。 それまでになかった道徳も必要になるでしょう。       それこそあなたの住む日本は── 377ラトル:へえ、日本人か! どうりで兄弟が歩いてるみてえだと思った! 378メグル:ん。 379フォン:……ラトル。 いらしたのですか。 380ラトル:よぉフォン! 俺がいないうちにスィームを訪ねたんだってな!       でも残念、丁度帰った所だったんだ。       そこの新入りの匂いを辿ったらすぐ追いつけた、甘かったな! 381フォン:あなたがいらっしゃればそれはそれで、と思っていましたよ。 382ラトル:あっそ。 ベイビー、ココの暮らしはどう? 楽しくやってる? 383フォン:まだ見学中なんです。 住居がなくて。 384ラトル:ほぉー。 見学ね、へーふぅーん。 385フォン:どうしました。 386ラトル:いや? 上手く紛れ込ませたモンだと思って。 やるねえ、俺でなきゃ見逃しちゃうねえ。 387フォン:はて、一体何のお話で? 388ラトル:<笑う> はいはい。 俺って物分かりはいいんだよ。       ベイビー、ん? 自分の二本足でしっかり歩けてる、ベイビーなんて呼ぶのは失礼か!       俺はラトル、ラトル・スネイク。 そっちの名前は? 389メグル:め、メグル。 ヒダチメグル。 390ラトル:ああそっか、日本人はファーストネームが後だったな。 俺の事はラトルで構わない。       よろしくなメグル。 手先は器用か? 391メグル:器用な方だと思うけど……なんで? 392ラトル:俺普段は機械弄りをやってんだけど、趣味で拳銃の改造とかしてんだよね。 393メグル:拳銃。 394ラトル:そ。 ジャパニーズはみんな質が良いんだ。       最近はナンブをちょーっと弄ってみたんだけど、見てみるかい? <フォン、拳銃をメグルに差し出すラトルの手を制する。> 395フォン:私の、客人です。 396ラトル:……お前のぉ? 397フォン:ええ、私の。 398ラトル:<銃を引っ込める> そっかそーだったな! そんじゃ拳銃はマズいわ、うんうん。 399メグル:え。 見ちゃダメ? 400ラトル:だぁめ。 お子様が持つようなモンじゃないのさ! 401メグル:ええー、本物の拳銃なんでしょ? ちょっと見てみたかったんだけどな。 402ラトル:ダメだめ! しっかし随分若いな、マリィちゃんにはもう会ったかい? 403メグル:あ、うん。 あの子も知り合い? 404ラトル:この辺一帯は俺のシマだからな。 あの子も小さいうちから一人で、可哀想になあ。       よかったら良い友達になってくれよ? 俺も遊んでやりたいんだけど、最近は忙しくて。 405メグル:機械弄りなんでしょ? そんなに弄るモンが色々あるの? 406ラトル:ああ、そっちじゃない、そっちじゃない! この辺一帯は俺のシマだっつったろ?       いちゃいけないあっちゃいけない、よくないモンが入り込んだ時に、駆除をするのが俺の役目なの。 407メグル:よくない? 408フォン:確かに静かで牧歌的、ではあるのかもしれませんがね。 場所柄そうもいかない事もあるんですよ。 409メグル:でも、現世で人を殺しても、こっちで静かに暮らせてるじゃん。 410ラトル:<笑う> そ、現世で人を殺した事があれば、ある程度の罰、ハンデがある。       こういうのとか。 <脚を指さす> 411メグル:……義足? 412ラトル:スチームパンクっつーんだ。 いいだろ、自分で作り変えた。       流行りの靴だってバッチリ履ける。 413メグル:いい、けど……ラトルも? 414ラトル:そういう事らしい。 まあ俺はなーんも覚えちゃいないんだけどな。       でも、他の連中と対等に楽しく暮らせてるのはその通り。       しかしそんな良いな暮らしの中に、まー現世で言うトコの悪意?       みたいなモンが入り込んだ時は俺の出番な訳。       こうして冥界で、のどかな暮らしをしてる中で。 他のヤツを害したらどーなると思う? 415メグル:あぁ、そういえばどうなるの? 416ラトル:そーいう時の為の、俺!       冥界で他を害したら、俺みたいな厄介払いに殺される。 問答無用で。       冥界からの追放、そして二度と輪廻転生へ戻れない。 追放の先に何があるのかは、俺も知らない。       ま、汚れ仕事ってヤツなのよ。 <メグルに顔を寄せる> ──お前は、追放しなくていいよな? 417メグル:い、……いい。 悪意はその、ない……うん、ない。 418ラトル:そーぉ? ならよかった。 まあそうだったらフォンが連れ歩いてる訳ねーんだけど!       匂いが似てたからさ、ついつい追っ掛けて来ちまった。 驚かせてごめんな? 419フォン:その牧歌的な暮らしに辟易して、悪意を作ろうとした前科がいくつおありか。       その辺りも自己紹介に含めたらどうなんです。 420メグル:ええ……。 ヤンキーが暇つぶしで喧嘩吹っ掛けてる、みたいな? 421ラトル:<笑う> そーそー! メグルの方がよくわかってんじゃん。       フォンったらつれねえの、俺がふっかけても口喧嘩でおしまい。       頭固くてヤんなっちゃう。 422メグル:そりゃ喧嘩吹っ掛けてたら、そういう人もいるでしょ。       てか、口喧嘩だけでもそういう反応が欲しくてやってるんでしょ? 423ラトル:そー! お前俺の事、良くわかってんじゃん!       俺達良い親友になれるぜ、メグル、俺達親友になろうぜ! いいだろ? 424メグル:会ったばっかりなのに? 425ラトル:そんなの構いやしねえよ! この辺の面白れぇ場所、ぜーんぶ案内してやる!       まずはそうだな……そんなガリガリじゃあ、女の子にモテねえからな。 426メグル:ぐ、俺はいいんだよそういうのは! 427ラトル:そんなお前にまず紹介するのは、とびっきりうまぁい中華料理が出てくる名店! 428メグル:中華料理ぃ!? 429ラトル:どんなに現世で名を馳せた料理人だって、いつかは必ずこちらにやって来る。 と、いう事は? 430メグル:美味いメシが食える? はぁ、俺、メシはあんまり感心ないんだけど。 431ラトル:はぁ!? 女の子もいいメシもいいって、じゃー何なら感心あるんだよ! 432メグル:えぇ? 433ラトル:お前には自分で楽しんでやろうって意欲がない!       ここに最高の手本がいる、そう俺の事! 俺さえいたらなんだって楽しくなるぞ、見習え! 434メグル:だからって他人に喧嘩吹っ掛けるのはどうなの。 435ラトル:いいからとりあえず話は聞いとけって!       まあ俺が紹介すんのは、名を馳せた料理人がいるとか、そんな高貴な店じゃねえんだけどな。       いつ行っても夫婦で喧嘩しながら店やってんの。 436メグル:喧嘩してんのかよ、マトモなメシ出てくんの? 437ラトル:って思って俺も冷やかしに行ったらコレがまあ美味い事美味い事! 438メグル:えー、でも、お高いんでしょー。 439ラトル:それがなんと、今冥界価格でタダ! 美味い、早い、量も多い!       この三、あ、四だ。 この四つさえ揃ってたら、他には何もいらないのさ! 440メグル:ふぅん。 俺、そういうー……町中華? みたいな店? 行った事ないかも。 441ラトル:ええ!? 町中華に!? 442フォン:人生七割損してますよ! メグル! 443メグル:あ、混ざってきた。 444フォン:かく言う私も町中華には一過言、いや、百過言はありましてね……。       喧騒の中で啜るラーメン、そのスープと一緒に食べる炒飯! 445ラトル:濃い味の酢豚と掻っ込む白米を! 更にこう、ビールでガーっと! 446フォン:メグル、お酒はハタチになってからですよ! 447メグル:いやわかってるよ。 448ラトル:あの店さぁ、ラーメン以外のメニュー頼むとわかめスープ出してくれるのがいいんだよなー! 449フォン:わっっっかります、この間奥様に頼んで卵入れてもらいましたもんね! 私! 450ラトル:マジか!? 俺も頼んでみよ!       俺もこの間、たまたま客がいないタイミングで旦那が奥から顔出してくれてよ。 451フォン:はいはいはいはい。 452ラトル:雑談ついでに、チャーシュー丼のチャーシュー、ちーっと厚めに切ってもらった! 453フォン:ええ!? 許されていいんですかそんな贅沢!? 454ラトル:この、いつもこのくらいだろ? こーのくらいの厚さで切ってもらったんだ! 455フォン:それもうチャーシュー丼っていうか肉の塊丼じゃないですかやだー! 456ラトル:でもさ。 あの店行くとなんだかんだ、ラーメン頼んじゃわない? だろ? 457フォン:味噌豚骨。 458ラトル:麺は? 459フォン:太麺! 460ラトル:最高! <ハイタッチする二人を眺めるメグル。> 461メグル:……俺、中華料理ってさ。 畏まってフカヒレとか食うモンだと思ってたけど、違うんだ。 462ラトル:お! 良いモン食ってんじゃん! 463メグル:いや親戚の集まりで外食する程度だから。       っていうか、ラーメンもあんまり食った事ないかも。 464フォン:ええッ!? 465ラトル:へえそうなのか? 日本人ってラーメン滅茶苦茶好きじゃん。 466メグル:家で出ねえし、外食もしないから。 カップラーメンもあんまり 467フォン:<遮る> あなた人生で何を楽しみに生きてきたんですか!? 468メグル:なんて言い方をするんだお前は!? 469フォン:あっごめんなさい、とても信じられなくて……ええ……? 470ラトル:<笑う> とんだお坊ちゃんだ。 ま、これからいくらでも連れ回してやるからな!       腹いっぱい食った後はー、そうだなーどこ行こっかなー。 471メグル:……俺。 そういうの、全然ないな。 472ラトル:うん? 473メグル:さっきラトルが言ってた通りだ。 楽しもうとか、そういう気持ちってなかった。       俺の思う面白い場所って、いつも行く喫茶店しか思い付かないや。       ……つまんない生活、してたんだな。 474フォン:まあ、あなたはまだ学生です。 親御さんの庇護下で暮らし、行動範囲もそう広くない。 475ラトル:そうそ。 それに今までなんてどーでもいいよ。 これからの方が大事じゃん? 476メグル:そう? 477ラトル:そう! 俺といたら、毎日超刺激的! シケた顔してる暇なんて一秒もないない!       メグル、お前ってさ。 すかした顔しててもちょっと笑った時、いー感じの顔してる。       俺お前みたいに慎ましいヤツが笑ってくれんの、すげー好き。 お前笑ってた方が良いよ。       な? これからの方が大事なんだよ! 楽しく遊んでいこーぜ! 478メグル:……ラーメン以外も、店ある? 479フォン:ラーメンお嫌いなんですか!? 480メグル:そうは言ってないだろ! 流石に毎日ラーメンはキツイなって思っただけで! 481ラトル:色々あるぞ、全部連れて行ってやるよ!       隣のカタブツにゃとても聞かせらんない、いー場所にも連れてってやるからな! 482フォン:おや、そのカタブツさんの代わりに一応聞いておきましょうか? 483ラトル:まぁたチクられたしょうもないからな! お前がいない時に話す! 484メグル:ちく? 485フォン:こちらの話ですのでお気になさらず。 些細な事ですよ、ねえ? 486ラトル:些細な事だぁ? はー、俺お前みたいなお高くとまった男、やっぱ好きじゃねえわ! 487フォン:えぇそうですか? 私はあなたみたいなガキ大将っぽい方、好きなんですけどね。 488ラトル:<舌打ち> パラディーススの出の癖に。 489フォン:ああヤキモチでしたか。 そうですね、私はあなたと違って名前もありますから。       あなたからすればさぞ羨ましい事でしょう。 490ラトル:あぁ!? 491メグル:ま、まあまあ……! さっき意気投合してたのはなんだったんだよ! 492フォン:ラーメンは万国共通の幸福ですから! 493ラトル:そう! コイツの舌だけは俺も信用してる! 494メグル:ああそうかよ! てか、そういえば時間! いいの、待たせてない! 495フォン:あぁー…… <懐中時計を確認する> そろそろ頃合いですかね、向かってみましょうか。 496ラトル:どっか行くの? 俺も一緒に行っちゃおーかなっ! その足で新しくできた店 497フォン:死神。 498ラトル:え。 499フォン:死神、に会いに行くんですけど? 500ラトル:そっか! ははは、俺急用思い出したわ! っとメグル、これ持ってけ。 501メグル:ん? 502ラトル:<紙袋を握らせる> ハッピーハロウィン。 お前みたいなお子様は、拳銃よりこっち。       もうちょい大人になったら一緒に遊ぼうな。 この菓子はその前約束。       スィームが持たせてくれた菓子なんだ、お前にもやるよ。 503メグル:……ありがと。 ラトルとは違う方向で、俺も楽しみ探してみるよ。 約束な! 504ラトル:おー、忘れんなよー! <ラトル、走り去る。> 505メグル:……死神? 506フォン:と、呼ばれてる方の所へ行くんです、今から。 507メグル:大丈夫なの? 508フォン:勿論大丈夫です。 まあ、ラトルが怯えてるのはそのバディ……、というか、メグル! 509メグル:何? 510フォン:先程あなた、ラトルの差し出した拳銃を受け取ろうとしていましたね!?       知らない人から無暗に物を受け取ってはいけません! 511メグル:え? あぁ。 だって、見せてくれようとしてたから。 512フォン:ああもう……! いえ、私が説明していないのも悪かった。       拳銃は、現世では何をする物ですか。 513メグル:犯罪? 514フォン:にも使われますね。 他には。 515メグル:人殺し? 516フォン:拳銃を持ってる方を見て、あなたはどう思われますか? 517メグル:えーと……悪意がある、って? 518フォン:はいその通り。 それをあなたに持たせようとしてたんですよ。 519メグル:え、俺悪意ないよ!? 520フォン:拳銃を持ってる状態で、私達以外の人にそれをどう証明します。 521メグル:証明……俺騙されかけてたって事!? すげえ気さくな兄ちゃんだと思ったのに! 522フォン:<溜息> 気さくですよ、とても。 だから気さくに悪意をばら撒くのも得意なんです。 523メグル:冥界怖すぎ! 524フォン:おや。 現世にもそういう方は沢山いらっしゃるでしょう。 あなたは出会っていないだけで。 525メグル:それは、……家と学校と塾の往復で、会ってないだけ、なのか……? 526フォン:良い勉強になりましたね。 しかしまあ、本当に嗅ぎ付けるのが早い。       何事もなくてよかった。 527メグル:他にも何かあったの? 528フォン:……まあ、その。 彼の役割について補足しますとね。       あなたのように、迷い込んでしまった方を強制的に、適切な管轄に送るのも彼なんです。 529メグル:ほぉ。 530フォン:彼に見つかって、メグル、あなたが迷い込んだ方だと認識させてしまってはいけなかったんです。       適切な管轄に送られてしまうから。 ……まあ、気付いてはいたようですが。 531メグル:俺がこっちに迷い込んだ、って? 532フォン:ええ。 死んだ人間に、もう少し大人になったら、なんて言いますか? 533メグル:あー……。 534フォン:<苦笑する> ラトルの言っていた匂い、ですね。       こちらの食べ物を飲み食いしていないと、どうもその、匂いが違うらしくて。       私はその辺りよくわからないのですが。 535メグル:ん、あれ? 逆じゃね? なんだっけあのー……ヨモツヘグイ、だっけか。 食べ物って。 536フォン:そうそれです。 冥界の物を食べると現世に帰れないというアレ。       勿論あなたは帰ろうと思えば帰れますし、体に害はありませんからご安心を。       でも。 死ねたんだ、と、仰っていたあなたが行く適切な場所。 どこだと思いますか? 537メグル:……成程ね。 ラトルが来た時、ちょっと焦ってるのかなって思ってた。 そういう事か。 538フォン:ええ。 私が町中華に目がないのは本当なんですが、話題を逸らすのに必死で……。 539メグル:そこはほんとなんだ。 540フォン:店でお出しした物で誤魔化せると思っていたんです。 というか、誤魔化せるんです。       それでも勘付いてしまうのだから。 目敏(めざと)いんです、あの人は本当に。 541メグル:なんかあんまり仲良くなかった感じ? 俺ああいう気軽な人、好きなんだ。       母さんのお姉さんの旦那さん、あんな雰囲気んだよね。       俺の事もいつも庇ってくれるし、すげー尊敬してるんだ。 542フォン:ラトルには、騙されかけましたがね。 543メグル:ぐ……。 544フォン:これで最後の小言にしますよ。       確かにこちらが節度さえ守れたら最高の悪友でしょう、ラトルは。       気さくで破天荒で曲者。 本来の管轄から自らの脚で抜け出していて、頭もキレます。 545メグル:滅茶苦茶じゃん。 546フォン:その滅茶苦茶な所が、彼の良い所ですよ。       しかし伯父様、ですか。 メグル、あなたの口から初めて、大人へ好意的なお話が聞けました。 547メグル:でしょ。 俺が現世で好きな大人ってあの人だけだから。 船を見せてくれた事もあるんだ。 548フォン:あなたが船をお好きなのも、そこから。 549メグル:あとこの腕時計も、その人から。 550フォン:成程、どちらも良い物を頂きましたね。 551メグル:でしょ。 デカい病院の院長継いでさ、大変みたいで中々会えてないんだけどね。 552フォン:そうでしたか。 さあ、そろそろ見えてきますよ。 553メグル:何が……おお! 554フォン:お目当ての方はこちらにいらっしゃるので、 <メグル、駆け出す>       あ、ちょっと! 555メグル:すげー! あはは、間近で見ると滅茶苦茶デカいな! 初めてこんなに間近で見れた! 556フォン:……ああしていると、少々幼く見えますね。 しかしまあ、 <フォン、一人で振り返る。> 557フォン:──これから、いくらでも。 ですか。 <港。> 558トート:お! きたきたきた! 559メグル:あの人? 560フォン:そうですよ。 お待たせしました、お連れしましたよ。 トート。 561トート:こんばんは! お前日本に住んでて、こっちに迷い込んじゃったんだって?       メグルって言うんだよな! 俺トート! よろしくなー! <メグルの頭を撫で回す> 562メグル:うわっ!? な、何!? 563トート:こうして見ると人間の子供って小さいんだな! 俺てっきりもっとデッカいつもりで、 564フォン:トート。 そんなに頭を撫でたら失礼ですよ。 565トート:えっそうなの!? だってみんな俺達とか子供にこうするじゃん! 可愛いねーって! 566フォン:もっと小さい子供を可愛がる時にする事、なんですよ。 567トート:そっかぁ。 ごめんな、怒ったか? 568メグル:い、いい、けど。 ……死神? 569トート:そう! ドイツ語で死神っていうのが、俺の名前! 仲良くしような! 570メグル:おぉ……。 571フォン:<笑う> ではトート、彼を任せても? 572トート:勿論! お前に帰り道の案内、してやれたらよかったんだけどな。       俺この後ちょっと忙しいんだ。 だから地図で教えてやろうと思って! 573トート:帰り道? 574フォン:現世への帰り道です。 トートは、それを知ってるので。 575メグル:へ。 576トート:こっちにいる奴はみんな、現世の行き方は知らないんだ。       俺は一回だけ行った事があって、だから知ってる!       また行けるように仕事を頑張らないとだから、遅刻はできないけど。       でもメグル、お前船が好きなんだってな! フォンに聞いたぞ! 577メグル:好きだけど……まさか! 578フォン:彼は案内人をしておりまして、持ち場はあの船になります。 579トート:観光ついでにちょっと見てけよ! でっかいからな、びっくりするなよ! <メグルの手を取る> 580メグル:お、おお……見る見る! 581フォン:トート! 約束の時間になったら、またこちらに! 582トート:わかってる! また後でなー! <港構内。船内を周った二人が出てくる。> 583メグル:ああ、すっげー……! スマホがあれば写真撮れたのに! 584トート:そんな慌てなくても、もっとうーんと時間が経ったら、お前の事も迎えに行くよ。 585メグル:<苦笑する> そうだった。 死後の迎えの船、かー……。 586トート:そ。 こっちこっち、座ってみ。 587メグル:……おー。 すごいな、いい眺め。 588トート:だろ? でも、迎えの船だからな。       ココでこんなにはしゃいでる人間、多分お前が最初で最後だと思うぞ? 589メグル:……この船に乗る人達って、どんな感じなの。 590トート:どんな感じって? 591メグル:悲しんでるとか、喜んでるとか。 592トート:あー、それは内緒。 ぎょーむじょー、ん? じゅーぎょーいん……?       なんだったかな? 593メグル:秘密保持とか、守秘義務とかそんな感じ? 594トート:それだ! メグルお前賢いなー! 595メグル:トートってさ。 元々人間じゃなかったりする? 596トート:え、ええっ!? なんでわかった!? 俺そんなに変だったか!? 597メグル:俺と会った時に、人間の子供って言ってたじゃん。 そんな事人間だったら言わないと思って。 598トート:<肩を落とす> んんん、人間の事わかってきたと思ったんだけどな……。       でもそっちは守秘義務じゃないから言えるぞ。 てか、この船って俺みたいなヤツ多いんだ。 599メグル:元動物? 600トート:そ! あっち見てみ?       掃き掃除をしてるオッサン、日本じゃないトコの動物園ですげえ人気だったゾウなんだって。 601メグル:ゾウ!? 602トート:あっちの書類を運んでるお姉さんは南の国のでっけー鳥。       そっちで掃除用具運んでる子は、北の方に住んでた熊。 そんでー……あ!       今つまみ食いしてたのも、日本に住んでたらしいぞ。 カラスだったって言ってたかな? 603メグル:トートは? 何だったの? 604トート:……俺は何だったでしょーか! 605メグル:何だよ、教えてくんねーの? 606トート:<小声> あんま言っちゃいけないって今思い出した! <二人、笑い合う。> 607トート:まぁ、ココはみんな仲良いからフツーに言ってるんだけどな! 608メグル:へー。 ちゃんとアットホームな職場、ってヤツだ。 609トート:まあね! お前は? なんでこっち来ちゃったの? 610メグル:まあ、色々あって。 611トート:これもほんとは聞いたりしない方がいいんだけどな。       でもメグル、まだ子供だろ? 子供が向こうから迷い込んじまうって珍しいんだよ。 612メグル:……。 613トート:あ、それ言いたくない時の顔だ。 んじゃ別に言わなくてもいいよ。 614メグル:フォンに、黙っててくれる? 615トート:何だよ話すのかよ。 俺が聞いたし、話してくれるのは嬉しいけどさ。 616メグル:あっちに帰るか、こっちで暮らすか。 まだ、悩んでるんだ。 617トート:はあ!? お前絶対帰った方がいいぞ! まだ子供じゃん!       それに俺、メグルに帰り方を教えてやって欲しいって、フォンに言われてるんだけど! 618メグル:帰って、今までみたいに生きなきゃダメかな。 619トート:……。 620メグル:それすげぇ、面倒なんだけど。 621トート:面倒、だけじゃ何にもわかんないぞ。 622メグル:ん? 623トート:俺、人間の暮らしの事はちょっと知ってる。 でもメグルの世界の事はわかんない。       何が面倒なんだ? それをちゃんと言えよ。 じゃなきゃ俺、ここにいろとも帰れとも言えない。 624メグル:んー……。 625トート:あ、俺にもわかりやすく話せよ? メグルは頭良いからできるよな? 626メグル:まあ、わからない所があったら聞いてよ。       ……俺の家、ってさ。 代々デカい病院の経営してるっつーか、関わってんの。       あ、病院とか医者とか、わかるか? 627トート:それは流石にわかる! 人間の病院と医者は、人間の事治すヤツ!       俺は病院嫌いだったけど、ちゃんと行かなきゃ治らないぞ? 628メグル:病院が面倒なんじゃなくてさ。 俺の将来は、医者しか認めないんだって。 629トート:メグルが人間治すのか? 630メグル:まあ、そうなりなさいって。 631トート:すげー! 頭が良い訳だ、神様みたい、……       ん? でもだったら猶更帰らないとダメじゃん! お前の事、待ってる人間いるぞ!? 632メグル:俺がなりたい訳じゃないし、俺は医者にはなれないよ。 633トート:……あれ? じゃあ、誰が医者になりたいんだ? 634メグル:俺の親が、俺の事を医者にしたいんだ。 医者しか認めないんだとさ。 635トート:でも、メグルはなりたくない? 636メグル:なりたくないけど……。 637トート:けど? なんだ? 638メグル:……。 十年以上、その為に金掛けてもらってたり、色々……。 639トート:うん? 640メグル:まあ、そういう色々を考えるのが面倒臭くなって死のうと思ったの! 641トート:急だな!? なんで医者になりたくないから死ぬになるんだ!? 642メグル:それは、……。 643トート:医者にならなくても生きていけるだろ? 俺が会いに行った人間、医者じゃなかったぞ? 644メグル:俺は、医者じゃなきゃダメなの! 645トート:急に難しい事言うなよ、それがなんでなんだって俺聞いてるんだよ! 646メグル:親がずっとそう言ってるから、 647トート:お前親に言われた事守らないと死ぬのか!?       金掛けてもらってても、お前が死んだら買い直せないんだぞ! 648メグル:なれないなら、ならないなら死んで金返せって! 649トート:……。 650メグル:……俺は、……思ってた、から。 651トート:うん? 思ってる、じゃないのか? 652メグル:よくわかんなくなったんだよ。       ここなら、冥界なら犯罪してたり、人を殺していても暮らしていけるんだろ? 653トート:そうだな。 この辺だとミス・スィームとかラトルとか、知ってる? 654メグル:両方会ったよ。 俺は、二人共良い人に見えた。 655トート:どっちもいい人だぞ。       まあラトルは悪戯が好きだから、ここの備品盗んでよく怒られてるんだけどな。 656メグル:ええ……。 657トート:二人に会ったから、わかんなくなったのか? 658メグル:<首を振る> フォンも、マリィちゃんも俺に優しいし。 トートも。 659トート:えー俺も優しいか? ありがと! 660メグル:うん。 ……なんで、俺は医者にならなきゃダメなんだろうな。 661トート:なー。 なんでダメなのか、俺はよくわかんないけど。       でもメグルの話聞いてて、ちょっとお前の事わかった。       お前、自分がほんとに思ってる事言うのが下手だな。 662メグル:へ、俺? 663トート:うん。 さっきの話、お前の思ってる事じゃないよな。 664メグル:……。 665トート:お前の話は、ずっと全部誰かに言われた事だ。 違ったか?       なりたくないだけ、お前の思ってる事だ。 666メグル:……受験、 667トート:ん? 受験、知ってるぞ。 人間の子供が頑張るヤツだ。 668メグル:失敗したんだ。 親が決めた高校に入れなかったんだ。 669トート:そっか。 でもお前今、学校行ってるんだろ? 670メグル:行ってるよ、滑り止めだった学校にな。 671トート:えらいじゃん。 でもお前みたいに頭良くて学校行ってても、知らない事ってあるんだな! 672メグル:知らない事? 673トート:頭の中の、誰かに言われた事追い出したら教えてやるよ。 な、な? 知りたいだろ? 674メグル:えー……っと、とりあえず聞くけど。 675トート:いいか? お前の叶えたい事って、お前しか叶えられないんだぞ。 676メグル:……な、何の話? 677トート:んーっとな。 さっきここで働いてる連中の話、したろ? 678メグル:うん、聞いた。 679トート:それって生まれ変わりたいから働いてるんじゃないんだ。       神様と、約束事があるから働いてるんだ。 680メグル:約束事……? 681トート:そ。 俺が叶えたい事があるから、神様と約束してここで働いてる。       ここは現世みたいに、生活するのに金がいらないのは知ってるか? 682メグル:それはフォンに聞いた、けど。 683トート:だから、こっちに来たら働かなくてもいいんだ。       でも神様と約束がしたいなら、働かないとダメ。 それは元人間でもおんなじ。       <小声> 俺が現世に行ったのは、前一緒に暮らしてた人間に会いに行きたいって思ったからなんだ。 684メグル:会いに行く? できんの、そんな事? 685トート:できる! 現世とこっちってすげー近いんだ。 いつでもあっちの事が見えるんだ。       そんで俺は頑張って働いてるから、願い事一個叶えてもらった!       メグルもそうなりゃいーじゃん! 686メグル:俺も? どうやって? 687トート:どーにかして! それはメグルの世界の事だから、メグルが決めて、メグルが約束する! 688メグル:俺が。 689トート:そ! 誰が言ったとか、周りの人間はあんまり関係ない。       ……だから。 お前がこっちにいるのも、あっちに帰るのも。       俺もフォンも、自分で決めて欲しいんだと思う。       でもさあ、現世じゃないと叶わない事って、滅茶苦茶いっぱいあってさ。 690メグル:そうかな。 691トート:そうだよ。 例えば俺が、現世で一緒に暮らしてた人間とずーっと一緒に暮らしたい!       って思っても、それはダメなんだもん。 世界の仕組みに反するから。 692メグル:……まあ、そりゃあそうか。 693トート:うん、なんとなくわかるだろ? だから俺は、あっちに帰るのがオススメ! 694メグル:……オススメされた、って。 それは覚えておくよ。       ありがと、トート。 つまんない話してごめんな。 695トート:つまんなくないぞ。 メグルは優しいヤツなんだってわかった! 696メグル:全然そんな事ないけど。 697トート:そんな事あるぞ。 誰かの為に何かしてきたんだ、そんなの、優しいヤツにしかできない! 698メグル:……。 699トート:そういえばメグル、ラトルもマリィちゃんも、ミス・スィームの事も知ってたんだな!       マリィちゃんにお菓子もらったか? 美味しいの知ってるか? 700メグル:もらったよ。 ほら、一つ一緒に食う? 701トート:いいのか!? 702メグル:はい。 ……てか、ラトルは何やってんだよ、マジで。 703トート:<おかきを頬張りながら> なー! でもアイツもめっちゃ良いヤツ! 704メグル:な。 そうだ俺、ラトルに親友になろうって言われてさ。 705トート:親友。 706メグル:うん。 ちゃんと返事できなかったから、今度会ったらちゃんと返事しないとな。 707トート:それ、今度って、 <セル、トートの背後から近付いて、背を小突く。> 708セル :こら! トート・ハイブリッジ! 709トート:ひえ! 710セル :持ち場を離れる時は、ちゃんと引継ぎしなさいっていつも言ってるでしょ! 711トート:えぇ、俺ちゃんとしたって! 712メグル:えーっと……。 713セル :僕、こんばんは。 キミがメグルくんだね? 714メグル:えっ、あ、はい! 715セル :フォンに聞いてるよ。 突然ごめんね、でも自己紹介はちょっとだけ待ってもらえる?       トートが船内を若い子連れて周ってるって聞いて、ここにいるんだろうなって思って。 716トート:なぁセル、俺ちゃんと休憩もらいますって言ったよ! 717セル :誰に言ったの、ちゃんと私に言った? 718トート:ご、……ごめんなさい。 719メグル:あの、トートはずっと俺の事案内してくれてたんだ。 720セル :わかってるよ。 でもトート、今は仕事中。 ホウレンソウは? 721トート:美味い! <セルに睨まれる> ……ヤツじゃない方だ!       しっかりやりまーす、ごめんなさーい……。 722セル :はいよろしい。 全く、死神名乗るんだったらもっとしっかりしなくちゃ。 723トート:なあ丁度よかった! セル今時間ある? 724セル :時間? ちょっとならあるよ、どうしたの? 725トート:メグルにさ、ラトルの事、説明して欲しいんだ! 726セル :ええ!? 何であの蛇の事を? 727トート:メグル、ラトルと親友になるって言うんだ。       それいいなって思うけど、俺、なんて言えばいいかわかんない。       セルは話すの上手いから、できるだろ? 728セル :……親友? 729メグル:う、うん。 そうなんだけど。 730セル :……そっか。 ラトルの話の前に、私の話もいい?       私はセル、セル・チェリーって言うの。 こっちのトートと同じ案内人。       キミとおんなじ元日本人で、今はトートのバディをやってる。 731トート:メグル、俺のバディのセル。 すげー仕事出来るし優しい! 732メグル:へー……よろしくお願いします。 733セル :うん! 見た感じ高校生、ってトコかな? 礼儀正しくてえらいね、しっかりしてる! 734トート:<小声> セルは優しくて沢山褒めてくれるけど、怒るとすげー怖いぞ。 735セル :トート! 736トート:ほらな! 737メグル:あはは……。 738セル :トートは頑張り屋さんだけどお調子者よね!       全くもー……でも、いい友達ができたんだね。 私もここに掛けていい? 739メグル:あ、どうぞ。 740トート:ありがとうセル、座って。 741セル :どうも。 ラトルの話、だよねー……。 どこから話そうかな。 742メグル:なあ、説明って? ラトルって義足で、機械弄りをしてるラトルの事だろ? 743セル :そうだよ。 私が何回アイツにゲンコツした事か!       来る度ゲンコツしてんのに、何度もここに備品を盗みに来るんだもの! 744メグル:あぁ……成程、セルさんの事をおっかながってたんだ。 745セル :<笑う> じゃあ、そんなラトルの話ね。 驚かないで聞いてくれる? 746メグル:うん。 747セル :ラトルはね、世界中に名を残す連続殺人犯だったんだ。 748メグル:……ええ!? 749セル :驚かないで、って言ったでしょ。 750メグル:無理でしょそんなの! なんでそんな奴が地獄に行かないの!? てか地獄ってある!? 751セル :あるにはあるよ。 でも自死と同じ、管轄が違う。       ラトルはほんとの管轄から抜け出して、今はー……冥界縛りプレイ中って感じ。       キミにわかりやすく言えばね。 752メグル:ていうか、……ん? 冥界で悪意があれば、ラトルみたいな人に追放される。       自分で死ぬのは罪で、地獄もある?       で、ラトルって、スィームさんも。 あっちで人を殺してるんだよね? 753セル :そう。 そっか、ミス・スィームの事も知ってるのね。 754メグル:あっち、現世で悪意があっても、地獄には行かない、って事? じゃあ地獄って? 755セル :悪い事をしたら地獄で閻魔様に裁かれる。 それは仏教での考えなんだよね。       地獄っていうのは、キリスト教では神の教えに背いた者が永遠に救われない世界。       イスラム教では、世界が終わったその後、復活の審判で不正を行った者が永劫の罰を受ける場所。       ヒンドゥー教は地下世界、北欧神話では名誉の戦死が叶わなかった人が行く場所、       マヤ神話は恐怖の場所、って感じかな。 756メグル:え、全然違わない? 言い方が違うだけ? 757セル :全然違うよ。 思想によって、考え方によって、地獄って変わっちゃうんだよね。       そもそもエジプト神話には冥界しかないし……、       ま、簡単に掻い摘んで話してるから、気が向いたら自分で調べて。       ……彼、ラトルもね。 地獄の真っ只中にいるんだよ、本当は。 758メグル:そうなの? なんか、すげー満喫してるように見えたけど。 759セル :<溜息> ──……ラトルは。       ミス・スィームストゥレスの世話と、本来いるべきではないモノの排除や、       適切な管轄に強制的に送るのが彼の役目。 760トート:神様との約束の事だぞ! 761セル :そうだね。 ただし、期間限定で。       その期間を終えたら、ミス・スィームの、私の、みんなの記憶から消えて。       一人っきりで。 冥界でも、現世でも、流刑地でもない場所に放り出されるの。       二度悪魔を騙し、ハロウィンのランタンの名前になったジャック、彼と同じように。       帰るあてのない不名誉を負いながら。 762メグル:え……。 763セル :常に誰かの身代わりで、彼だけが必要とされる事はない。       ミス・スィームの待ち人が来た時。 それが、ラトルと私達のお別れの時。       彼が、彼だけが他者に求められる事も、輪廻転生のその輪に戻る事も、今後一切有り得ない。       そういう未来が待ってる、ラトル本人だけがそれを知らない。       そんな地獄の真っ最中なの。 764メグル:え、えっ? それって、ラトルが死ぬって事? 765セル :死ぬ……のかなあ。 なんて言えばいいんだろう、上手い言い方が見つからなくてごめんね。       ……メグルくんの事情は、さっきフォンに聞いたよ。       キミがこれからをここで暮らしても、ラトルを忘れる日がいつか必ずくる。       現世に戻るなら、キミがもう一度ここに来て生活を始める頃には、彼はいないんじゃないかな。 766メグル:いや、俺の事親友だって、色々連れてってやるって! 767セル :そっか。 まあ、本人は自分がそうなるって未来を知らないから、勘弁してやってね。       将来そうならないといけないくらい、生前の彼の悪行は、広まっちゃったんだ。 768メグル:……。 769トート:俺はラトルを忘れるの、嫌なんだ。 ずっとずっとラトルと友達でいたい。       だから、死神の名前を付けてもらったんだ。       人間に生まれ変わりたいけど、でも、ラトルを探して迎えに行くのも大事なんだ。 770メグル:死神になれば、ラトルを覚えていられるの? 771トート:それはわかんない。 でも、死神は魂を管理できて、生と死を司っててー……だろ? 772セル :そうだね。 私も死神になったら何ができるのかは、詳しく知らないんだけど。 773メグル:……忘れたら、また出会って思い出すのは無理? 774セル :それもわからない。 し、どこでもない場所に行っちゃうから、 775メグル:神様との約束って、何か制限がある? 776セル :それは、……聞いた事がないかな。 でも全く制限がない、とも聞いた事はないよ。 777メグル:じゃあ。 将来ラトルを探そうと思えば、探せる? 778セル :うーん……断言はできないけど、やろうと思えば?       でも、そもそもラトルって人がいた事を忘れちゃうんだよ? 779トート:俺が忘れないよ、俺は絶対覚えてる! 780メグル:らしいよ。 781セル :らしいね。 782メグル:トート、あのさ。 えーっと……俺の事は俺が決めて、俺が約束すればいい、そうだよな? 783トート:そうだぞ。 メグルの世界の事なんだから。 784メグル:じゃあ。 俺さ、今から変な事言うよ。 785トート:え、何なに? 786メグル:……ラトルを、探す時。 必要なら、俺が船出すよ。 作るし。 787トート:船作れるのか!? 788メグル:今は作れないよ。 でも、船、作れるようになる。 789トート:おお。 790メグル:それで、ラトルを探しに行く時の船は俺が出す。       ……あーその……死ぬ気だった俺が、急に何言ってんだって感じだと思うんだけど。       でも俺生きてて初めて、俺の事を友達とか、親友って言ってくれる人達に会えたんだ。 791トート:うん。 792メグル:勉強には、医者になるには、友達は必要ないって。 これも親に言われてた。       俺、その通りだと思ってて。 ずっと友達って作ってこなかったんだ。       なのにできた、できちゃったから。 その……なんか、したい。 俺も。       滅茶苦茶突拍子も無い事言ってる自覚はあるんだけど……どうかな。 793トート:多分船必要だぞ、どこでもない場所に行くんだから! いいな、そうしよう! 794セル :えっと、お医者さん? 造船の勉強はした事あるの? 795メグル:してない、何もしてない。 ぶっちゃけ、どうしたらいいかもわかんない。 796セル :ええ? 797メグル:今まで親に言われるまま、とりあえず医大目指してたんだ。       高校受験失敗して、親も今まで以上にうるさくて、色々面倒になって……。 798セル :それで自棄(やけ)になって、こっちに来ちゃったんだ。 799メグル:そう。 でも、自分でやりたいって思った事って、初めてで……変? 俺。 800セル :全然、変じゃないよ。 801トート:そっか、セルは知らないんだ。 メグルはすげー船が好きなんだ!       船の中を案内して周ったら、俺ずーっと引っ張られっぱなし! 802セル :<笑う> そうだったんだ。 船を作るかあ、若いっていいねぇ。 あ、船が好きだからかな。       フォンが、きっと夢中になってるだろうから、キミを呼んで来てくれって私に。 803トート:あぁあそうだ、約束の時間……! 先に帰り道教えないとな! えーとー……。 804セル :トートは持ち場に戻って。 805トート:え。 806セル :急にいなくなったから、あっちてんやわんやだよ。 早く戻ってあげて。 807トート:えー! だって俺、メグルに帰り道教えるって! 808セル :うん、私が教えてあげるよ。 809メグル:え。 810セル :私も知ってるよ、現世への道。 811トート:……ええ!? そうだったのか!? だってセル、何も言わないから! 812セル :トートみたいにお喋りじゃないからね、私は。 813トート:お、俺だってちゃんと内緒にする時は内緒にできるぞ! 814セル :はいはい。 って事で、キミの帰り道を教えるのは、私でもいいかな? 815メグル:あ、勿論……トート。 816トート:どした? やっぱ俺がいい? 817メグル:…… <笑う> お前は元、飼い犬か飼い猫。 違う? 818トート:……え、えっ、お前頭良すぎ! なんでわかった!? 819メグル:お前が聞き上手だなって思ったから。       なんか飼い犬とか飼い猫って、人間の話聞いてるってよく聞くなーって思ってさ。 820トート:あ、そう? まあ俺、人間の話好きだからな! ずーっと! 821メグル:そっか。 ……トート、俺とお前は絶対また会う。       また会って、一緒にラトルを探しに行く。 約束しよ。 822トート:俺と約束? 823メグル:お前死神になりたいんだろ? 神様になるんじゃん。 824トート:……そだな! じゃあ、約束の握手な! <手を差し出す> 825メグル:ああ。 <手を握り返す> ……ん、飴? 826トート:ハッピーハロウィン! 約束の証! 絶対、俺の事覚えてろよ! 絶対だからな! <トート、手を振りながら走り去る。> 827メグル:ちょ、俺まだトリックオアトリートって言ってないんだけど……。 828セル :せっかちなんだから。 ちなみに、私も持ってるんだけどな? 829メグル:<苦笑する> はいはい、トリックオアトリート。 830セル :素直でよろしい、飴ちゃん贈呈!       ──歩きながら、帰り道教えてあげる。 しっかり聞いててね。 <港、入口付近。> 831フォン:随分堪能されていましたね。 どうでしたか、あの船は。 832メグル:古いけどすげー良い船だったよ。 見れてよかった。 833フォン:いや、まさか私がラーメンを食べて来てもまだ戻ってないとは思いませんでした。 834メグル:ごめんごめん。 結構時間経ってたんだな。 835セル :フォンが言った通りだったよ、トートと話し込んでた。 836フォン:<笑う> 随分、スッキリしたお顔をされていますね。 837メグル:まあね。 ……帰り道、セルさんに教えてもらったから。       そろそろあっちに、帰ろうかなって思ってる。 838フォン:重畳(ちょうじょう)です、連れて来た甲斐がありましたね。       セル、あなたもお忙しいでしょうに。 ありがとうございました。 839セル :私は何もしてないよ。 呼びに行って来ただけじゃない。       もう行かないとなんだけど……その前にちょっとだけ! <セル、メグルの頬を両手で包む。> 840メグル:イッ!? 841セル :ふふふふ。 あー、こんなに大きくなっても、子供のほっぺたってふにふになんだなあ。 842メグル:え、えっと……なんですか……。 843セル :メグルくん。 私はね、子供を産んだ事があるよ。 844メグル:ええっ!? 845セル :お。 驚いてもらっちゃった、あはは! そんなに若く見えたかなあ。 846メグル:ちょ、ちょっと俺より年上くらいかなって。 847セル :<歓声を上げる> 超嬉しい! どうもありがと!       ……私は子供を産んだ事がある。 でも、私は抱けなかったんだ。       キミの家庭の事情は、私にはわからない。 だけどこれだけは覚えていて。       たった三キロ、んー。 三キロギリギリだったかな? もっと大きかった? 848メグル:わ、わかんない。 ……聞いた事、ない。 849セル :うん、大体三キロ。 そのくらいで産まれたキミは、ここまで大きくなった。       それはね、今のキミがどう言おうと。 キミの考えはどうであろうと。       キミのご家族がキミに、食事と雨風を凌ぐ家を与えた、生かし続けた事だけは、間違いないんだ。 850メグル:……。 851セル :それでね。 これから先、キミが手に入れたり、感じる愛の大きさは、       キミ自身が計れない事もきっと多いと思う。       でもキミが計るの。 キミ自身の為に自分で計っていくの。 計れるようにならなきゃいけないの。       どうしても手放したくなった時は、手放す前に。 何度でも振り返って。       キミが生きてさえいれば、きっと何かしら、キミの糧にはなってる。 それを忘れないで。 852メグル:……、自分の子供に、言いたかった事? 853セル :あはは、そうかもね! 大人もただの人間だから、間違えたり余計なお節介焼いたりするんだ。 854メグル:……それは知ってる。 855セル :知ってるの? そっか。 だからキミも色々間違えよう!       どれだけ間違えても、これからは自分で決めるんだよ。       間違えた時は自分で正していくんだよ。 もうこんなに大きいんだから、できるよね。       でも、──大人が、色々ごめんね。 私達も、元々はキミと同じ子供だったのにね。       おかしいよねえ。 大人になった途端、愛する事を履き違えたり、振りかざしたり、       大事なものを、置き去りにしたりするんだもん。       そんな事されたらさ、悲しいよね。 苦しいよね。 856メグル:……。 857セル :それでも、間違えながらでも、キミへの愛の贈り方を探してる大人も、沢山いるよ。 858メグル:それも、知ってる。 859セル :うん。 キミはきっと、賢くて聡い子だからね。 きっと大丈夫。       船を作る夢、私応援してる。 遠くにいたって、いつでも応援してる。 860メグル:トートが、ここと現世は近いって言ってたよ。 861セル :<笑う> ほんとにお喋りだなあ……。 内緒なんだけど、そう、いつでも見守ってるからね。       今は周りの大人が色々言うかもしんないけど、あとちょっとすればぜーんぶ自己責任になるから!       <メグルの額に自分の額をつける> ──それまで、一人立ちするまで。 その後も。       元気でいてね。 <セル、メグルから離れる。> 862セル :あと、これからも年上のお姉さんとお話する時は、ちょっと若く見積もってよ!       じゃあね! また会う日まで! <二人、セルの背中を見送る。> 863メグル:……子供を。 864フォン:ん? 865メグル:子供を、持ったお母さんって。 みんなああなの。 866フォン:<苦笑する> 申し訳ない。 その答えは、持ち合わせていません。       ……私自身も、とんだ親不孝者だったので。 <カエルムの外れ、果樹園。> 867メグル:えーっと……あー桃の木ってこれ? で、合ってる? 868フォン:はい、桃の果樹園ですね。 この辺なんですか? 869メグル:そうだよ。 この先── 870フォン:では。 私のお供は、この辺りまでにしましょうか。 871メグル:えっ? 872フォン:申し訳ない。 私は、現世への道を知ってはいけないんです。 873メグル:知ってはいけない、そっか、知ってたらわざわざトートに話を聞きに行ったりしないか。       でも俺、お陰で将来は船作ろうとか、とんでもない事考え始めちゃったよ。       マジでありがと。 フォンが案内してくれたお陰だよ。 874フォン:……そうですねぇ。 最後に、私の話をしましょうか。 875メグル:フォンの話? 876フォン:ええ。 私はね、現世に、忘れ物をしました。 877メグル:え、生きてた頃の事覚えてるの?       最初にはぐらかされたから、てっきり覚えてないんだと思ってた。 878フォン:覚えていますよ。 メグル、あなたを案内していたのは、私の罪滅ぼしだったのかもしれません。       忘れ物、私の生涯唯一の愛弟子。 あなたくらいの歳でした。 出会ったのも、別れたのも。       私の自死を知って酷く泣いていた。 あの子の事だけは、今も心残りだ。 879メグル:……待って、なあ、自死って。 880フォン:そう、私は自分で生前の生涯を終えた。 流刑地の出身ですよ。       だから本来、あなたに高説を宣(のたま)う立場ではなかったんです。       自死の後悔を、語る事ならできます。 でも、もうあなたにはそれも必要ないみたいですね。 881メグル:……。 882フォン:ならばこれを、こっそりお教えします。       生前命以外の何かを、ゼロからイチを作り出して、世界に残してきた人間はね。       流刑地での刑期を終えた時に申し出れば、冥界での生活が待っているんです。 883メグル:じゃあ、フォンも何か作ってた人? 884フォン:はい。 本来冥界の住人は、事情がない限り働かずに暮らせるのですが。       私のような流刑地の出身は、仕事を持たねばならないだとか、現世への道を知ってはいけないとか。       色々あるんですよね。 ──あなたには、それを教えていなかったのに。       自分で船を、ゼロからイチを作る夢を得た。 もう、ここに来た頃とは違いますね? 885メグル:……って確信してるから、俺に教えたんでしょ。 改めて聞く必要ある? 886フォン:では自分語りという事で。 お付き合い頂いてありがとうございました。       <ペンダントを掌に乗せる> こちらを。 887メグル:ん? 888フォン:この鏡を、真上から覗き込んで。 889メグル:何、……これ、現世? 890フォン:現世のあなたと、ああ、これは弟さん? ですかね? 制服を着ている。 891メグル:え……どうして。 892フォン:どうして? 893メグル:なんで見舞いなんか。 だってアイツ、今模試が近い筈じゃ。 894フォン:弟さんがあなたを見舞うのに、理由が必要ですか。 895メグル:俺の模試の結果が悪かったから、父さんも母さんも機嫌が悪いんだ。       アイツも模試が近いのにこんな所にいたら、二人共また、 896フォン:あなたの両親は、息子の命や兄弟を慮(おもんぱか)る心すら軽んじる大馬鹿者ですか。 897メグル:……だって俺は、良い兄ちゃんじゃ、ないし。 898フォン:それはあなたの考えで、弟さんの所見ではない。       花が真新しい。 病室も、あなたのお召し物も綺麗だ。       私の所見になりますが。 ご家族が、絶え間なくお見舞いにいらっしゃっているのでは。 899メグル:……。 900フォン:こちらの沢山のお薬は、あなたにお返ししましょう。       今は薬もよくできていますね。 市販薬では、あなたの願いは叶わない。 901メグル:そうらしいね。 実感したから、それはもういらないよ。 902フォン:然様で。 祭司が踊るその夜に、あなたは良い経験をしました。 ハロウィンの事です。       今は皆でお祭り騒ぎをするのが通例なんですよね? 903メグル:うん。 渋谷とか、すごいよ。 904フォン:渋谷が、そうですか。 上野、新宿、秋葉原、お台場。 山手線、知ってますよ。 905メグル:え、知ってるんだ。 都内の生まれなの? 906フォン:そうですよ……っと、話が脱線しました。       あの特徴的なランタンは、ジャックのお話は、覚えていますか。 907メグル:帰れなくなったジャック、だっけ。 908フォン:はい。 あなたも迷った時は、灯りを頼って下さい。       あなたにとっての灯りです。 それは思い出かもしれないし、友人かもしれない。 909メグル:優しい大人、かもしれないね。 910フォン:そういう事もあるでしょう。       私のあの喫茶店は、いつでも開いていますから。 是非また遊びに来て下さい。 911メグル:結構先の話になる予定なんだけど。 912フォン:それは喜ばしい。 次はあなたが作った船のお話を、お代にしましょうか。 913メグル:レモネード代になればいいんだけどな。 ……フォン、本当に色々とありがとう。 914フォン:いえいえ、私も楽しい夜でしたよ。 <メグルが差し出した手に気付く> ん。 915メグル:トリックオアトリート! ……お菓子を集める旅、だったからさ? 916フォン:<笑う> はいはい、用意していますから。 <お菓子を渡し、手を握る>       その調子で、元気で! またお会いする日まで! <果樹園の奥、暗い石畳の遊歩道。> 917メグル:……どのくらい歩いたかな。 大丈夫かこれ、着けるのかな。 918スィー:ねえ、あなた。 919メグル:うわびっくりした、……ん、スィームさん!? 920スィー:こんばんは。 あちらへ帰るのね。 921メグル:あ、はい、こんばんは……喋れる、んですか。 922スィー:自分で糸を切れば喋れるのよ。 また縫い直さないといけないのだけど……。       手を、貸して頂けるかしら。 目を縫い直すのはどうしても、痛くて怖いの。 923メグル:この道の事、なんで知ってるんですか? 924スィー:私が出迎えないといけない、人がいるのよ。 925メグル:あ、それって、 926スィー:ねえ。 あなたは、死ぬ事が救いだと思った? <スィーム、メグルの手を握り返し、肩口を撫でる。> 927メグル:え、えっ。 928スィー:もう痛くはないの? 誰かに、あなたの傷を見られた事はある? 929メグル:──……なんでわかったの。 見えないんじゃないの? 930スィー:死後も生活がある事に、がっかりした? 931メグル:がっかりなんてしてない。 優しい人は沢山いるって俺、こっちに来て知ったよ。       でもどうしてわかったの、みんな、……誰も、何も気が付かなかったのに。 932スィー:同じだから。 あなたと私。 933メグル:同じ? ……もしかして、だから人を殺したの? 934スィー:それは、私が弱かっただけ。 あなたと違う方を、選んだだけ。       私、あなたにお菓子を渡していなかったから。 代わりに火を、渡しに来たの。 935メグル:火……いいんですか。 936スィー:私の火を分けてあげる。 私が生前、得られなかった火をあげる。       あなたは振り返らずに進むの。 この火を持って。 <ランタンを渡す> 937メグル:これ、頂いていいんですか? でもどうして。 938スィー:私はできなかったから。 生きているあなたが持つべきだから。       自由になるのよ。 それは今以上に幸せだから。 然るべき時は、自分で作るの。       痛いと、声をあげなさい。 ここで生きていると、声をあげなさい。 939メグル:……ありがとう。 940スィー:助けて、と。 あなたは誰かに、言えますように。 941メグル:うん、わかった。 ありがとう、俺ちゃんと生きてくから! <メグル、一人で歩きだす。> 942スィー:ハッピーハロウィン。 あなたがもう、暗がりで迷う事がありませんように。 943フォン:──続きが、気になりますか? 気になったのならさあ、まずは起き上がらないと。       ベッドの上は休息を得る場所。 いつまでも寝ているのはあまり、望ましくない。 944メグル:──薬剤の過剰摂取。 痣に内出血、軽度の栄養失調。 教育虐待。       酷く聞き取りづらかったけど、うっすらと目を開けながら、そんな怒声が聞こえた。 945フォン:ハロウィンとは。 発祥は古代ケルト宗教のお祭です。       アイルランドから多くの国に伝わり、それぞれで独自の形を成している。       十月三十一日の夜、死後の世界と現世を隔てる扉が開き、霊が家族に会いにやってくる。       しかし悪霊や精霊なども現世に紛れ込み、子供や人の魂を攫って行くとも言われています。 946メグル:伯父が経営する病院、入院病棟の個室だ。       小学生の頃、真冬に家を閉め出されて、肺炎で同じ病室を使った事がある。       中学生の頃、受験時に過労で倒れて同じ病室を使った事がある。       でも今日は、あの頃と様子が違っていた。 947フォン:悪霊に紛れる為に仮装をし、祭の為に農作物を集めて家々を周る。       翌日の朝に、祭で使った火種を祭司が皆に配り、その火によって悪霊から家を守る、と。       ……勿論、諸説ありますがね。 そんな儀式が発端とされています。 948メグル:伯父に胸倉を掴まれている父と、俺の手に泣き縋る母が見えた。       彼らが俺に気付くのは少し後だろう、もう少し眠ろうか、と。       ふと、両耳が温かい事に気が付いた。 ごわごわと音がする。 949フォン:朝が来たら起き上がって、あなたも火を受け取るのです。       悪いものを跳ね除ける事ができるように、悪いものに負けないように。       とりあえずは。 起き上がってお菓子を用意しないと、悪戯されてしまいますよ。 950メグル:左側から伸びた腕を目で辿れば。 弟が泣きながら、必死に俺の耳元を抑えていた。       母の癇癪の痕が痛い。 父の折檻の痕が痛い。       何より、声を押し殺して泣く弟の嗚咽が痛い。 951フォン:きっと。 何でもないし、何でもいいのですよ。       クリスマスが続く子供部屋。 チョコレートが香る煉獄。       靴で霧を踏み荒らす警鐘。 薫風(くんぷう)と甘味のキッチン。       夢の中でだけ会える道標。 突風吹きすさぶ文字の嵐。       そして、ああ、忘れてはいけませんね。       熱風舞うエチュードと、烈火の踊る思慕、花々を浮かべた小夜曲(さよきょく)。       一人きりで読む銀河鉄道。 病床で謳う泡影(ほうえい)。       書き加えておきましょう。 月が出で、巡ると……良いお名前じゃないですか。 952メグル:そうか。 あれらは虐待だったのか。       思い出があるから、この先があるから、叶えたいから、愛してるから。       声をあげて、よかったんだ。 953フォン:私達はそれを、後悔とは呼びませんよ。 なんせ、そう。 あなたがまだ生きている。       一番最初の贈り物がこれだけ素敵なんだから。 火を得たあなたならもう、心配はなさそうですね。 954メグル:口を開けたら、自分の唇が酷くひび割れているのがわかった。       ──喉が渇いたと。 ああ、生きているんだと、一度大きく息を吸った。 955フォン:──ここは、カエルムの港町。       カエルムとは、ラテン語で「天国」。       命を終えた全てが、大きな船に連れられて。 最初に訪れる港町の名前。 2023.8.21 初版 羽白深夜子 2023.9.12 更新 羽白深夜子 2023.9.23 更新 羽白深夜子 2023.10.2 更新 羽白深夜子 2023.10.15 更新 羽白深夜子 2023.11.4 更新 羽白深夜子 2023.12.27 更新 羽白深夜子 2024.1.9 更新 羽白深夜子 2024.2.13 更新 羽白深夜子 2024.5.16 更新 羽白深夜子 2024.7.23 更新 羽白深夜子 2024.9.2 更新 羽白深夜子 2024.10.4 更新 羽白深夜子 2024.10.16 更新 羽白深夜子 2024.10.29 更新 羽白深夜子 サイトへ戻る