最終更新:2024/11/26
利用規約
をご一読下さい。
★
してはいけない事→脚本のコピー&ペースト/ページURL以外の配布/アーカイブ等の7日以上の公開
告知や配信画面の為に画像や動画を作らず、使わなければ、お金を支払う必要はありません。
アーカイブ等の7日以上の公開は、有償版の購入と別途申請が必要です。
わからない事がありましたら羽白深夜子までご連絡下さい。
サイト掲載版を使う方は
使用申請フォーム
からご申請下さい。
【ロミオとあの子は玉響に】 (ろみおとあのこはたまゆらに) 男性1、女性1。 過去作セルフリメイク。内容はほぼローマで休日な感じです。 タイトルは恩田陸氏著作の「ロミオとロミオは永遠に」を参考にさせて頂いています。 有償版販売ページは
こちら
。 【北見 柚子果(きたみゆずか)】 26歳女性、販売業。 無理矢理お見合いに参加させられていた所を逃げ出し、 塀を登り切り下りれなくなっていた所で彰浩に出会う。 【南波 彰浩(なんばあきひろ)】 28歳男性、ベンチャー企業勤務。 お見合いから逃げ出した柚子果を偶然見かけ、 逃げ出す為に手助けを申し出る。 【配役表】 北見柚子果: 南波彰浩 : ======================================= <塀の上で木につかまり、周りを見渡している柚子果。> 001柚子果:お、お兄さん、お兄さん! 002彰浩 :…… <一瞬足を止め、無視して立ち去ろうとする> 003柚子果:今! 俺の事かなってちょっとでも思ったお兄さん! スーツを着てらっしゃるそこの方! 004彰浩 :…… <塀の上を見上げて唖然としている> 005柚子果:お見苦しい所をすみません、でもあの、ちょっと助けてもらえませんか!? 006彰浩 :……野良猫なら、まだ理解は及びますが。 どうしてそんな所に? 007柚子果:あ、やっぱりそこ気になっちゃいます……? 008彰浩 :振袖を召したまま、そんな所に登るモノではありませんよ。 009柚子果:仰る通りです、無我夢中で登った所まではよかったんですけど……下りれなくなっちゃって。 010彰浩 :そこまで登れたならそちらから下りればいいでしょ、 011柚子果:勝手にお見合いをセッティングされて、相手がちょっと席を外してる隙を見て逃げて来たんです! 私このお見合いが破談になったら、ヤクザの人と結婚しなきゃいけないみたいで! ちょっと助けて、いや、手を貸してもらえませんか!? 012彰浩 :……。 013柚子果:あ、あの。 自分でも滅茶苦茶言ってるな、とは思うんですけど! 014彰浩 :破談になってはまずいのなら、猶更。 お相手側にしっかりお考えを話して、 015柚子果:相手、私の話なんてなにも聞いてないし! しかも四十代で職歴がないって言ってんですよ!? 私そんなのここに来て初めて知らされて! そもそもここに来たのも、お見合いの為にお写真撮るからって騙されて! 016彰浩 :はあ。 どういう間柄のお相手なんですか。 017柚子果:おじいちゃんが見つけてきたんです! さっきも言ったけど私、ヤクザと結婚させられるみたいで! 破落戸(ごろつき)に嫁がせるくらいなら、職がなくても三軒隣のクソニートの方がマシだって! 母親もすごかったし! 四十過ぎの息子をタクちゃんって! ソイツもママぁとか言ってんですよ! 018彰浩 :<溜息> 019柚子果:ここからそちらに下りる手伝いだけでいいんです、お願いします! ご迷惑はお掛けしませんから! 020彰浩 :…… <両手を差し出す> どうぞ。 021柚子果:え、……あっ、片手を貸して頂ければ 022彰浩 :一人で下りられないんだろ、片手を貸した所でまともに着地できると思うか? 受け止めるくらいなら問題ない。 そこまでヤワじゃない。 023柚子果:えっと……。 <柚子果の背後、騒がしくなる。> 024彰浩 :ほら。 タクちゃんとやらが騒ぎ出したんじゃないか。 025柚子果:いやママの方。 026彰浩 :どっちでもいい、急げ。 <柚子果、ややあって飛び降りる。> 027柚子果:おわっ! 028彰浩 :よし。 <柚子果を抱え直しながら> 足元、失礼。 029柚子果:え、え? 030彰浩 :あっちのコンビニに車を停めてる、走るぞ。 031柚子果:このまま!? 032彰浩 :舌噛むなよ。 033柚子果:自分で走れますから、 034彰浩 :振袖で? 035柚子果:あっ。 036彰浩 :七福堂(しちふくどう)の華胥之夢(かしょのゆめ)か。 良い趣味だが、まさかその振袖も持ち主が塀を登るのに付き合わされるとは思わなかっただろうな。 037柚子果:えと、お母さんの振袖みたいで……。 038彰浩 :そうか。 二百五十万、これ以上傷物にしたくなかったら車まで黙ってろ。 039柚子果:にひゃく!? え、ちょ、待ってヤバい、こんな傷だらけにしちゃったら、 040彰浩 :大丈夫、何とかなる。 ほら行くぞ。 041柚子果:ちょっと、待って待って待ってえええ!? <コンビニ駐車場。車の陰に隠れながらスマホを弄る柚子果。> 042柚子果:ほんとだ、かしょの……二百五十万の着物ってネット通販で売ってるんだ……!? 043彰浩 :水買って来た、いるか。 044柚子果:あっ、はい。 ありがとうございます。 045彰浩 :流石に町中でその振袖は目立つな。 工房にアテがあるからまず、 046柚子果:これ以上のご迷惑は流石に。 あの、お水まで、ありがとうございました。 047彰浩 :この後どうするんだ。 考えはあるのか。 048柚子果:……。 049彰浩 :……見合いから逃げて来たんだろ。 050柚子果:えと、はい。 051彰浩 :敬語は止せ。 家の方は? 探してないのか。 052柚子果:おじいちゃん、スマホ使えないから。 053彰浩 :なら好都合だ。 <助手席のドアを開ける> 乗れ。 054柚子果:……はあ。 055彰浩 :職ナシマザコンと破落戸、どちらと結婚するか。 考える時間はいらないのか? 056柚子果:両方お断りする言い分を考える時間が! ……欲しくて。 あの、いいの? 057彰浩 :歳はいくつだ。 058柚子果:二十六です。 059彰浩 :二つ下か。 ならお前が騒がない限り、誘拐だのなんだの面倒な事にはならんだろう。 060柚子果:あー……。 061彰浩 :見ず知らずの男の車に乗らない、と言うのなら賢明だな。 ほら。 <免許証を見せる> 062柚子果:なん、ば……? 063彰浩 :ナンバアキヒロ、このくらい読めるだろ。 お前は、 064柚子果:あー! <笑う> ねえ、私キタミ! キタに見るでキタミ。 南と北! すごくない? 065彰浩 :<溜息> 行くぞキタミ。 俺のストールで悪いが、大判だし振袖も隠れるだろ。 使え。 先に着替えを見繕った方がいいな。 この辺りに店があったかな。 066柚子果:あ、えっと。 この先に──…… <アパレルショップ、店内。> 067彰浩 :……本当にコレでいいのか? 068柚子果:高い? でもお金は後でちゃんと返すし、ワンピースなら一枚で着れるし、 069彰浩 :逆だろ、安すぎないか。 070柚子果:は!? 071彰浩 :一着七千円……縫製も値段相応だな、しかしなんだこのデザインは。 小学生でももう少しマシな服を着てるだろ、ドレープがクシャクシャで安っぽい。 年頃の女性なんだ、もう少し着る物に気を遣ったらどうだ。 072柚子果:好きな所で買えって言ったじゃん!? 073彰浩 :想定していた値段と桁二つ違う。 喜んでいたからブランド物だと思ってた。 074柚子果:か、買い物なんて久しぶりで! 075彰浩 :いつもこんな安物を着てるのか? 076柚子果:いつももっと安物着てんだけど!? ここの服だって、安くなってる時しか買わないし! 077彰浩 :これ以上安くなる事があるのか、そうか。 投げ売りか? 078柚子果:……はー、なるほど。 良い車乗ってたし、二百五十万の振袖一発で見抜いたし。 まさかとは思ってたけど、ボンボン? 079彰浩 :お前口が汚いぞ。 もうちょっと言い方を考えろ。 一応俺はお前の恩人で、二つ年上の目上なんだからな。 080柚子果:へーへーそうですか! こちとら時給千三百円で働いてる平民なモンで! 七千円のワンピースなんて、滅多に買わないの! 081彰浩 :……そうなのか。 俺の言葉が礼を欠いていたな、すまなかった。 082柚子果:へっ? あ、いやぁ……。 083彰浩 :先程から客入りも多い。 バッグにシューズまであんなに品数があるし、店員も活気がある。 大量生産品なんだろうが、随分人気があって手広い店なんだな。 俺の感性にはそぐわないデザインだが、こういう大柄が流行りなのか? 084柚子果:や、単純にこういう感じが好き、なんだけど……。 085彰浩 :華胥之夢、随分派手な柄を着こなしているなと思ったが。 こっちもキタミに似合うんだろうな。 086柚子果:……。 087彰浩 :なんだ。 俺、また礼を欠いたか? 度々身内から世間知らずだと言われてきたが、俺はそこまで世間知らずだったか。 088柚子果:……ど、どういう服、買うと思ってたの。 089彰浩 :どう、と言われても。 090柚子果:桁二つ違ったんでしょ。 私コレと桁一個違う服すら買った事ないもん。 ちょっと見るだけ見たいなぁー。 欲しい、とか言わないからさ。 礼を欠いたって思ってるなら、お詫びに連れてって! 見に行くだけ! ね? 091彰浩 :女性物はわからないんだが。 それに、派手な服が好きなんだろ? 092柚子果:じゃあ私に似合いそうな服でいいから! 093彰浩 :……気に入らなくても、怒るなよ。 <セレクトショップ、柚子果が試着室から出て来る。> 094柚子果:ねー! これ可愛い! すっごい可愛い! 095彰浩 :そうだろ。 助かったな、和装も扱える方がいて。 096柚子果:ね、ブーツも履きやすいし! あぁせいせいした、やっぱり着物ってキツいわ。 値札付いてなかったけど、この服いくらするの? 097彰浩 :さあな。 ほら行くぞ。 098柚子果:いや行くぞって。 待ってよ、着替えてな……? あの振袖は? 099彰浩 :畳んで車に乗せてある。 ああ、その一式の支払いも済んでるからな。 100柚子果:え、ちょっと、待ってってば! <店員に声を掛けられる> ……あ、あはは。 この服の支払い、ほんとに済んでるんですか? ええー……、あ、ありがとうございましたぁ……彼氏じゃ、ないです! <車内。> 101柚子果:<不貞腐れながら> お店の人が、スマートで格好良い彼氏ですね、だって。 よかったね。 102彰浩 :それはお前に言ったんじゃないのか? 103柚子果:ねえマジで! いくらだったの!? ちゃんと返したいから! 104彰浩 :いい。 105柚子果:お店の人、領収書の発行までちゃんと済んでるって言ってたもん! こんな、……上から下まで全部買ってもらっちゃって、流石に悪いよ! 106彰浩 :いいって言ってるんだ、もらっておけよ。 家族に騙されて見合いだなんて、とんでもない事になってたんだぞ。 その反動で良い事があったとでも思っておけばいい。 107柚子果:そんな事言ったって! 108彰浩 :お前の好きな物を貶した詫びも含んでるんだ。 109柚子果:だからってこんな良い物受け取れないってば! 110彰浩 :……そうか。 じゃあ、後でちょっと付き合え。 行ってみたかった場所があるんだ。 111柚子果:行ってみたかった場所ぉ? 112彰浩 :先に振袖を……時間的に飯か。 腹減ってないか。 113柚子果:へ、減ってるけど。 あ、工房って言ってたのそこの着物屋さん? じゃあさ、そこ、そこ! そっちの駐車場入って! 114彰浩 :この駐車場でいいのか? 115柚子果:うんうん! スマホで払うから、お昼はご馳走させて、せめて! 服のお礼! ね!? 116彰浩 :そこまで言うなら、まあ……。 振袖を修復に出すのが先だからな。 <呉服屋店内。ウロウロと店内を見て回る柚子果と、店主と話している彰浩。> 117柚子果:えーすごーい……! かわいー! 118彰浩 :──ええ、見積もりは俺で構いませんので。 彼女に取りに来るよう、伝えておきます。 ……はい? ああ、そうです。 今あっちで品物を見てる、 119柚子果:ですよね!? お姉さんもコレ可愛いなって思いますよね!? いいなー! 120彰浩 :……あちらで奥様と盛り上がってる人の物なので……。 121柚子果:通販してます!? えーっ今月お給料入ったら買っちゃおうかなぁ! 122彰浩 :騒がしくて申し訳ない。 じゃあ、また顔を出します。 ……え? いやいや、もう坊ちゃんなんて歳では……ははは。 彼女じゃ、ないですから! <ファーストフード店内。> 123彰浩 :<不貞腐れながら> ご主人が、天真爛漫で可愛らしい彼女さんですね、だと。 124柚子果:え、それって京都の人のぶぶ漬けビームじゃないよね? 125彰浩 :ぶぶ……ああ、京都人の言い回しを揶揄(やゆ)してるのか。 あの人はそんな言い回しはしないぞ。 126柚子果:奥さんもアキヒロ坊ちゃんって呼んでたし、やっぱりよく行ってるんだ? 127彰浩 :母が着物が好きで、よく買い物に付き合ってたんだ。 128柚子果:はえー。 <小声> ね、あそこの着物、みんな値段なかったけど。 129彰浩 :だから奥様が気を使って、小物を案内してたんだろ。 130柚子果:あ、やっぱり? どれも百万とかする着物なのかな、みんな値段で買う訳じゃないんだもんね? 131彰浩 :まあ、決め手は値段じゃないんだろうな。 しかしお前ときたら、きゃあきゃあ騒ぎやがって、全く……。 132柚子果:だって着物屋さんなんて初めて入ったもん。 133彰浩 :呉服屋。 134柚子果:呉服屋さんなんて初めて入ったの! もっと入りにくい所だと思ってたけど、そうでもないんだね。 奥さんがね、今は若い方も楽しんでもらえるように色々用意してますよーだって! 小物だけ買いに来てもいいって言ってもらっちゃったし、あの着物に合う小物今度買っちゃおうかなぁ。 135彰浩 :そうだな。 あの店の奥様の見立てなら間違いな、……何見てるんだよ。 俺、また変な事を言ったか? 136柚子果:んーん。 ありがとね、いい経験しちゃった。 ナンバが一緒じゃなかったら、絶対入ってなかった! 137彰浩 :……修復が済んだら、お前に連絡が行くから。 ちゃんと自分で受け取りに行けよ。 138柚子果:はーい。 はーお腹空いた、食べよ食べよ。 <ハンバーガーを一口食べてから> ……何? 食べないの? 139彰浩 :ナイフとフォークは。 140柚子果:へっ。 141彰浩 :お前なあ、淑女が人前で大口開けるだなんてはしたないぞ。 142柚子果:嘘でしょ。 143彰浩 :なんだよ。 144柚子果:もしかしてハンバーガー、初めて食べる? 145彰浩 :馬鹿言うな、昔学友に連れられて食べた頃はあるぞ。 このハンバーガーより随分デカかったが、そこはちゃんとナイフとフォークが出て 146柚子果:そんな高いバーガーじゃなくて! 147彰浩 :高いもんか。 千七百円程度だったぞ。 148柚子果:ここ、このセットで九百円くらいだけど。 149彰浩 :馬鹿な!? ポテトまで付いて!? 利益はどうなってる!? 150柚子果:大きい声出さないでよ! 恥ずかしいな。 ナイフとフォークなんて立派なモンは無いから。 ほら。 <彰浩のハンバーガーを手に取る> 151彰浩 :おい、食わないなんて言ってないだろ。 152柚子果:あ。 <小声> ほら後ろ、あそこの席の女子高生。 丁度食べてる。 153彰浩 :<後ろを振り返って> ……正気か……? 親はどういう教育をしてるんだ。 154柚子果:ね? ココではアレが正解なの。 あんな感じで、お尻の方押さえながら食べたらいいんだよ。 <ハンバーガーを彰浩に向けて> あーん。 155彰浩 :……ハンバーガーのお尻の方って何だよ。 156柚子果:うるさいなぁ。 私食べちゃうよ。 157彰浩 :<溜息を吐いてハンバーガーを奪い取る> 郷に入っては郷に従え、か。 158柚子果:そうそ。 おぉー、いーじゃん良い食べっぷりしてんじゃん! 159彰浩 :うるさいな。 160柚子果:美味しい? 161彰浩 :まあ、……確かに、学生が小遣いで入る分には良い店だな。 162柚子果:美味しいー? 163彰浩 :……普通に、美味いが? 164柚子果:でしょ! 千七百円なんて出さなくても、美味しいハンバーガーって食べられるんだから。 165彰浩 :美味いのはわかったから、ほら。 <柚子果の口元を紙ナプキンで拭う> 166柚子果:ん。 え、ソース付いてた? 167彰浩 :……次からは自分で拭け。 子供じゃないんだから。 168柚子果:食べ終わったら自分で拭きますー。 あ。 そういえば後で付き合えって言ってたよね? 169彰浩 :言ったな。 170柚子果:まさか、またとんでもない高級店じゃないよね? 171彰浩 :いや。 金は掛かるが、高級店ではない筈だ。 172柚子果:はあ? <バッティングセンター。大きく空振りする彰浩。> 173彰浩 :あぁ、くそ! 球早くないか!? 174柚子果:ハンバーガーもマトモに食べた事ないお坊ちゃんが、バッティングセンターねえ……。 もしかして、ウンチ? 175彰浩 :あぁ!? 176柚子果:運動音痴ですかーって事ね? 177彰浩 :初めてやったんだよ! くそ、口だけは達者だなお前! 178柚子果:はーなるほどね。 ダメダメ坊ちゃん、そんな見様見真似じゃあ。 貸して。 179彰浩 :あ!? 180柚子果:バット、貸して。 お手本見せてあげるよ。 181彰浩 :あ、ああ……。 お前そこだと逆だぞ。 182柚子果:左打ちなの。 まずフォームがね、そんな長く持たない。 バットに振り回されちゃってる。 この辺りを持つの、もう少し短く持ってもいいかも。 183彰浩 :やった事、あるのか? 184柚子果:昔おじいちゃんに連れて来てもらってたんだ。 野球中継、見た事ある? 185彰浩 :……少しは。 186柚子果:ただ脚を開いてボールを待ってるだけの野球選手なんて、いなかったでしょ? 私達みたいな素人は、ボールが来る前から足を上げて踏ん張って待って、そっから打つの。 187彰浩 :なんで足を上げるんだ? 188柚子果:踏ん張る為に。 まあいいや、一球見ててよ。 行くよー…… <柚子果の振ったバットに球が掠る。> 189柚子果:あー、ダメだ! 球おっそ! ここ何キロ!? 190彰浩 :八十……。 191柚子果:百キロ越えてるのどこ? 空いてる? 192彰浩 :大丈夫か、百キロなんて打てるのか? 193柚子果:<舌打ち> ダメだ、百キロ越えてるトコ人入ってる。 ナンバ、今教えたやり方でやってみる? 194彰浩 :球、球来るぞ! 195柚子果:あ!? よいしょ! <柚子果、慌てて打ち返す。> 196彰浩 :…… <唖然としている> 197柚子果:内野安打、まあこんなモンか。 198彰浩 :……そんな適当でも、当たるのか……。 199柚子果:打ち切っちゃっていい? 今ので雰囲気はわかったわ。 200彰浩 :お、おう。 ……すごいな。 俺がやってるより、ずっとサマになってるぞ。 201柚子果:<笑う> 次教えた通りやってみなよ。 絶対打ち返せるからさ。 202彰浩 :わかった。 でもキタミなら、ホームランも狙えるんじゃないか。 203柚子果:流石にそこまで飛ばした事ないよ。 でも後三球、狙ってみちゃう? 204彰浩 :ああ。 あ、次来るぞ次! <アートイベント会場。入口でウロウロする柚子果と、チケットを購入している彰浩。> 205柚子果:……ねえ。 ここ? 入るの? 206彰浩 :ああ。 悪いな、仕事の付き合いで誘われてたんだ。 こうも賑やかな場所に一人で来るのはどうも、気が引けてな。 207柚子果:仕事? 208彰浩 :人材派遣……と言うとちょっと違うか。 若手の作家を企業に紹介したり、だとかー…… 209柚子果:私、こんな美術館……? なんて来た事ないよ。 どうしたらいい? 210彰浩 :アートイベント。 だから、そんなに畏(かしこ)まらなくていい。 確か中庭にキッチンカーも来てる筈だ。 まあ、美術系のお祭りだと思えばそう外れてない。 若手の作品ばかりだから、俺達と感性もそう遠くはないだろ。 211柚子果:そうなの? なんかこう、美術の教科書に載ってるよくわかんない絵、みたいな感じじゃない? 212彰浩 :<苦笑する> お前な、よくわからない絵って。 213柚子果:だってわかんないじゃん。 何だっけ、ダリ? の、時計が溶けてる絵とか。 214彰浩 :記憶の固執か。 あれな、パートナーが食べてたチーズが溶けてた所から連想したんだと。 215柚子果:チーズぅ? 216彰浩 :枯れたオリーブの木と、時計に群がる蟻が描かれてるんだが。 時空のひずみ、過去と現在と未来と全てを描いてる、なんてよく言われるな。 あれを二時間で描いたらしいぞ。 217柚子果:ふぅん……? 時計が描いてあるから、過去とか未来って意味? 218彰浩 :そうかもしれないな。 俺にもわからん。 そもそもがシュールレアリスムを描いてるんだ、あの一枚だけ見せられてもよくわからないのは当然だ。 人間だって、会って話して付き合いがないと相手の事はなにもわからないだろ。 219柚子果:うん、そうだね。 220彰浩 :どうして溶けた時計が描かれているのかは、ダリの他の作品と、ダリの人生を知れば垣間見える。 絵画や芸術はな、人を知るきっかけだと思って気楽に見ればいい。 俺はそれを知っても尚、シュールレアリスムを描いてる人間だと、それ以上は踏み込めなかったがな。 221柚子果:なるほどね、ウマが合わなかったー……みたいな! 222彰浩 :そう。 こういうイベントなら作者も作品の近くにいる。 気になった作品があれば、作者に声を掛けてみればいい。 223柚子果:へーそうなんだ! なんかすごいね、絵描いてる人と直接話せるんだ! 224彰浩 :お前、よくわからない絵とか言うなよ。 225柚子果:描いた人の前では言わないって、流石にそれが失礼なのはわかるよ! ナンバってすごい物知りなんだね。 後でもうちょっとダリの話してよ。 あはは、さっきバッセンで、尻もちついてしょんぼりしてたのと同じ人だって全然思えないよ! 226彰浩 :うるさいな。 まあ、イベントとはいえ半分、俺の仕事に付き合わせる訳だからな。 ここの次はもうちょっと、お前が楽しめそうな場所にするか。 227柚子果:オッケー! ……でさ、シュールレアリスムって何? 228彰浩 :お前さっきなるほどって言ってなかったか? 229柚子果:初めて聞いたからわかんないもん! もうちょっとちゃんと教えて! <ゲームセンター。彰浩、クレーンゲームに熱中している。> 230彰浩 :<台パン> くそっ! また取れなかった……! 231柚子果:お客様ー。 台パンはお止めくださーい。 232彰浩 :あ、ああ……。 しかしテレビで見かけた時は簡単そうに見えたんだがな。 なんだ、まさか俺が下手なのか? 位置が悪いのか? いやこれ、クレーンの力が弱すぎないか!? そうでもしないと利益が見込めないんだろうがそれにしたって! 子供が遊びに来る事もあるだろうに! 泣くぞ! 子供が! 233柚子果:ナンバも泣いちゃいそうだもんね。 234彰浩 :俺はこんな事では泣かん! 235柚子果:さいですか。 今いくら使った? 236彰浩 :八千円だが? 237柚子果:うーわ。 238彰浩 :は? あと千円も使えば取れるだろあれくらい! 239柚子果:それと、あっちも取れるかな。 240彰浩 :は!? 本気で言ってんのか!? 俺もう八千円使ってんだぞ!? 241柚子果:まあまあ、見てなさいって。 あ! すみませーんお兄さーん! あのぉ、ちょっと動かしてもらえたりします? もーウチら八千円使っててー。 あ、奥の奥の! はーいありがとうございますー。 242彰浩 :お前色仕掛けはダメだろ。 243柚子果:色仕掛けの内に入らないからこんなの! ほら、千円分貸して。 244彰浩 :……ほんとに、あのお菓子ボックス。 二つ取れるんだな? 245柚子果:五百円で取ってあげる。 246彰浩 :は、馬鹿言え! 確かにな、バッティングセンターではお前の方が出来が良かったが。 単純計算俺が八十回試行して取れなかった物をまさかお前が── 247柚子果:ほい。 248彰浩 :はあ!? おま、お前、何で取れた!? まだ百円だよな!? どうやった!? 249柚子果:丁寧なフラグ回収乙。 250彰浩 :俺にわかる言葉を使え! 251柚子果:<笑う> 簡単だよ。 馬鹿正直にあの輪っかに入れて持ち上げる必要ないんだって。 こーしてクレーンでちょーっと押してやれば……。 252彰浩 :……取れた。 253柚子果:ほらね。 千円もいらなかったなー。 254彰浩 :キタミ、お前すごいな!? 255柚子果:でしょ。 昔友達とハマってたんだよね。 自分でバイトしたお金で遊んでたからさ、もー、死に物狂いで攻略法見つけて! 256彰浩 :経験値の違いなら、俺もどうにかなりそうだな。 あっちは? 何か攻略法があるのか? 257柚子果:……ふーん。 258彰浩 :なんだよ。 259柚子果:バッセンとゲーセンに来たいなんて、可愛いトコあるじゃん。 260彰浩 :おかしいか? 261柚子果:そんなにお金使えるんだから、一人でも来れたでしょ。 262彰浩 :お前、大の男が一人でバッティングセンターだのゲームセンターだの、その……中々だぞ。 263柚子果:いやお菓子の詰め合わせに八千円つぎ込んでる方が中々だよ。 264彰浩 :はは、そうか。 ……昔、大学生の家庭教師に来てもらっていた時期があってな。 その人がハマってるって聞いて、ずっと気になってたんだ。 265柚子果:一緒に行けばよかったのに。 266彰浩 :家族が良い顔をしなかったから、やめておいた。 ゲームセンターに行きたい、いくらか小遣いが欲しい、と夕飯の席で言ったら、 根掘り葉掘り家庭教師の事を聞かれて。 それからその人、家に来なかった。 267柚子果:……そっか。 268彰浩 :退職を聞いてすぐ、母にあの人宛ての手紙を渡して欲しいと頼んだが。 渡してくれたんだろうか。 渡してくれていたらいいんだがな。 269柚子果:お母さんと、仲良くないの? 270彰浩 :去年他界したよ。 271柚子果:……じゃ! 言っちゃ悪いけど、今ならクレーンゲームやり放題じゃーん! 272彰浩 :まあな。 273柚子果:<彰浩の手を取る> やり方教えてあげるから、行こ! 二千円でさっき取れなかった八千円分! 取り戻してあげる! 274彰浩 :キタミ、流石にそれは経営に支障が出ないか? 275柚子果:そんな事ある訳ないない! 取り過ぎて店出禁とかたまに話聞くけど、クレーンゲームで出禁とか都市伝説だってー! <ゲームセンター駐車場、車内。大量の景品が後部座席に乗っている。> 276柚子果:なー。 マジ、丁寧なフラグ回収乙ってなー。 277彰浩 :お前が色仕掛けしたあの店員、良いヤツだったな。 278柚子果:だから色仕掛けじゃないって。 279彰浩 :アイツが証言してくれていなかったら、俺達今頃出禁だったぞ。 280柚子果:いや、店長同伴で監視カメラ確認するのは私も初めてだわ。 281彰浩 :先に八千円かけておいて良かったな。 282柚子果:それはどうだろう。 283彰浩 :<笑う> まさか、店側に目を付けられる程取れるとは思ってなかった。 良い体験だったよ、ありがとうな。 284柚子果:んーん。 お金出したのはナンバで……。 285彰浩 :どうした。 286柚子果:<苦笑する> お父さんから、連絡来てた。 もう帰って来なさい、ちゃんと話をしようって。 287彰浩 :そうか。 どうする。 288柚子果:……どーするもなにも! 現実逃避ももうおしまいだなーっ! 289彰浩 :大丈夫か? 290柚子果:ま、お父さんが持ち込んだお見合いじゃないから。 ウチ、ちょっと事情があってさ。 お父さんとおじいちゃん……母方の、おじいちゃん。 仲悪いんだよね。 291彰浩 :……ああ。 292柚子果:まーそうじゃなくても色々あったから、おじいちゃん最近殺気立ってて…… お父さんが庇ってくれたらいいんだけどなあ。 293彰浩 :離れて暮らしていても実の娘なんだ、何とかしてくれるんじゃないか。 294柚子果:うん、……あれ? お父さんと離れて暮らしてるって言ったっけ? 295彰浩 :あ、いや。 文脈でそうかなと思って。 296柚子果:そっか。 そ、私ずーっと母方のおじいちゃん家で暮らしてたんだよね! 今日はお父さんの家に帰って来なさい、だってさ。 297彰浩 :……。 298柚子果:お見合い逃げちゃったし。 おじいちゃん、流石に愛想が尽きたかな。 ヤクザと結婚とか、……私、これからどうなるんだろ。 299彰浩 :どうにかなるだろ。 そら、どこへ送ればいい。 300柚子果:あ、駅の方で。 公園の辺りで下ろしてもらえたら大丈夫だから。 301彰浩 :家の前まで送る。 302柚子果:いーの! そんな事より色々お礼もしたいし、連絡先教えて。 303彰浩 :……わかった。 名刺でいいか。 304柚子果:うん……ん? シー、エフオー……? 305彰浩 :最高財務責任者。 学生時代、仲間内で立ち上げたベンチャーの立ち上げ役員。 まあ金勘定、財務部長って所か。 <エンジンを掛ける> 306柚子果:……すごくない? 307彰浩 :すごいもんか。 社員二十人程度の、学生のノリの延長だ。 お前は? 仕事は何をしてるんだ。 308柚子果:……デパ地下でお惣菜売ってるよ。 あはは、そっか。 ナンバってすごい人だったんだね。 309彰浩 :すごくはないだろ。 310柚子果:すごいよ、私こんなに立派な名刺持てないもん。 だからイベントで、あんなに色んな人がナンバさーんって来てたんだ。 311彰浩 :お前を連れて行っただけで、あんなに話が盛り上がると思わなかったよ。 自分がどれだけ知識先行型で頑固だったか、思い知らされた。 312柚子果:ナンバは仕事だから、ちゃんとしようとしてるだけでしょ。 私はただのお客さんだったから、作家さん達もあんなに話してくれたんだよ。 キッチンカーのわたあめ、美味しかったな、アレ。 313彰浩 :今のわたあめってすごいな。 みんなああなのか。 314柚子果:<笑う> そうなんじゃない? ……私、来月契約の切り替えでさ。 今度は都内でデザート売るんだ。 315彰浩 :買いに行くよ、どこのデパートなんだ。 316柚子果:来なくていいよ。 時給百円上げてくれるって言うから、乗り換えるだけだし。 317彰浩 :お前の方がすごいじゃないか。 いい働きをしてるんだな。 318柚子果:慰めたってなにも出ないよーだ。 319彰浩 :慰めではないだろ。 一日何時間勤務なんだ。 320柚子果:ん? 八時間勤務。 321彰浩 :週五勤務か? なら、時給が百円上がれば一万五千円近く月収が増えるんだぞ。 322柚子果:……ほんとだ。 323彰浩 :な。 金勘定は早いんだ。 324柚子果:ゲーセンで八千円も使ってた人にそれを言われてもなぁ。 325彰浩 :お前も来月から、ゲーセンで八千円使えるな。 326柚子果:ええ? 327彰浩 :ゲーセンで八千円使ってもまだ、あのワンピースも買えるぞ。 328柚子果:ふ、ふふ。 そっか。 ──この辺りでいいよ。 329彰浩 :近いのか? 330柚子果:うん。 もうすぐそこだから。 331彰浩 :<車を寄せて停車させながら> 一日ご苦労だったな。 とりあえずは、よく休めよ。 332柚子果:<苦笑する> 巻き込まれてずーっと運転してくれたんだから、ナンバこそちゃんと休みなよ。 私はずーっと助手席でお喋りしてるだけだったし。 333彰浩 :気にするな。 そうだ、菓子のボックス一つ持って行け。 334柚子果:いいの? 335彰浩 :お前に一つやっても、まだ三つあるんだ。 336柚子果:確かに。 会社の皆さんと、あ、あと。 お母さんにお供えして。 337彰浩 :どうして。 338柚子果:ゲーセンも中々悪くなかったって、教えてあげないと。 339彰浩 :はは、そうする。 340柚子果:うん。 ……。 341彰浩 :どうした、下りないのか。 342柚子果:ん、下りるよ。 なんか、……名残惜しくなっちゃって。 343彰浩 :……そうか。 344柚子果:うん。 345彰浩 :ちゃんと、ご家族と話した方がいい。 346柚子果:……そうだね。 347彰浩 :でも。 今日がそれ程楽しかったのなら、良かった。 ガス抜き程度にはなったか。 348柚子果:<笑う> ガス抜き豪華だなー。 ま、バッセンでいい歳したお兄さんが尻もちついてるトコは、時々思い出すかも。 349彰浩 :だから俺は初めてで、……まあいいか。 その調子でいろよ、何とかなるから。 そう気を落とすんじゃない。 ……元気でな。 350柚子果:……うん! <車から下りて振り向く> 今日は巻き込んじゃってごめんね。 落ち着いたら、私から連絡するから。 今日使ったお金も、次会えた時にちゃんと返すね。 351彰浩 :そんな事気にするな。 352柚子果:だから気になるんだってば。 353彰浩 :じゃあ、そんなに心配ばかりするな。 大丈夫だから。 354柚子果:なんだかなあ……。 <笑う> ……本当に、色々ありがとう。 355彰浩 :ああ。 またな。 356柚子果:うん。 今日一日、まーじで楽しかった! じゃあね! <数日後。小料理屋の個室、振袖を着た柚子果が恐る恐る襖を開ける。> 357彰浩 :<立ち上がる> よお。 来たな。 358柚子果:<唖然としている> 359彰浩 :<襖を開け切る> 数日ぶりだな、元気にしていたか? 360柚子果:……え。 361彰浩 :振袖、ちゃんと受け取りに行ったのか。 よかった。 やっぱりキタミは華やかな柄が似合うな。 362柚子果:えっえっえっ、なんで!? え!? 363彰浩 :連絡が早かったじゃないか。 もう少し掛かると思ってた。 お前からじゃなくお父様から、だったがな。 ──ヤクザとの結婚に腹は括ったか。 364柚子果:なんでナンバがここにいるの!? え!? こないだ結構しんみりした感じで別れなかった!? 365彰浩 :いや? 俺ちゃんと、またな、って言った筈だが? 366柚子果:結婚相手がここで待ってるって! 私それしか聞いてない! 367彰浩 :……差し出がましいようだが。 見合いの件といい、お前もうちょっとご家族とちゃんと話した方がいいぞ。 368柚子果:え、だってお父さんが……ナンバ、ヤクザの人だったの!? 369彰浩 :違う。 これ俺が全部説明するのか……? まあ、とりあえず座れ。 <座る> 370柚子果:えっ……え、ええ? <座る> ちょっと待って、何がどうなってるの。 371彰浩 :ヤクザのお偉いさんの、お父様の紹介だから。 母方のお祖父様とお前は、ヤクザとの結婚だと勘違いしていた。 だろ? 372柚子果:そ、そう……っぽい? えっと、え? じゃあ私の家の事。 373彰浩 :知ってたよ。 見合いの日になんの縁(ゆかり)もない俺が、たまたま通りかかってお前を連れ出して、 なんて都合が良い事あると思うか? 374柚子果:え怖、何、なになに、なんなの。 375彰浩 :……婚約者が見合いをするって聞いて。 せめて、顔を一目見てみるかと思って。 376柚子果:婚約者ぁ!? 377彰浩 :見れなくてもそれはそれで、と思って近場まで行ったんだよ。 <溜息> そもそも婚約の話から知らなかったのか。 俺は子供の頃から……、まあ、それはいい。 あの日もちょくちょくお父様と連絡を取ってたぞ。 コンビニで買い物がてら、見合いから逃げたお嬢様を保護したと伝えたら、 先に義理のお父様を説得するから娘を頼む、って言われてな。 378柚子果:……そうだったんだ……。 379彰浩 :ああ。 お父様の家というのは、肩身は狭くなかったのか。 380柚子果:……全然。 私、お妾(めかけ)さんの子で。 本妻さんは亡くなってたから、その……思ってたよりずっと、良くしてもらっちゃった。 組の、お父さんの事慕ってる人達が、やっぱり出迎えに来てくれてたし。 381彰浩 :ならよかった。 ああ、だから屋敷から離れた場所で下りたのか。 382柚子果:そう。 で、あのー……婚約? 私それ初耳、なんだけど……。 383彰浩 :キタミ、……ややこしいな。 キタミは母方のお祖父様の姓か? 384柚子果:そう。 385彰浩 :じゃあ、ユズカ。 お前のお父様と父方のお祖父様、うちの祖父の口約束だ。 386柚子果:へえっ? 387彰浩 :昔、俺の祖父が行き倒れた時に助けてくれたのが、ユズカのお父様と父方のお祖父様で。 その恩を返したいから、もしも同年代の子供が生まれたら……と話してたそうだ。 388柚子果:恩。 はあ……。 389彰浩 :<スマホの画面を見せる> ほら、ニュースでもなんでも顔は見た事あるだろ。 俺の祖父だ。 390柚子果:……せ、政治家の人……大臣の人? で、合ってる? 391彰浩 :お前な、内閣官僚もわからんのか。 今の特命担当大臣だ。 時々、朝のニュースにコメンテーターだかで顔出してる。 392柚子果:だよね!? 見てるよ、いっつもニコニコしてる、えーっ……ええっ!? 孫!? 393彰浩 :孫だが。 394柚子果:全然似てない! こんな好々爺(こうこうや)みたいな顔してな、表情筋遺伝しなかったの!? 395彰浩 :ともかく! その……なんだ。 証拠の写真と、やり取りしていた頃のはがきもある。 古い物だが、写真で面影くらいはわかるだろう。 <写真を渡す> 396柚子果:……これ、昔のお父さんの家だ。 397彰浩 :覚えはあるか。 398柚子果:うん。 増築前に何回か遊びに行って…… この人がお父さんだ。 こっちがナンバのおじいちゃん? 399彰浩 :だそうだ。 その隣がお前の、父方のお祖父様だそうなんだが。 400柚子果:ごめん、そっちはほとんど会ってないからわかんない。 キタミのおじいちゃんとおばあちゃんが、会うの嫌がってたから。 401彰浩 :そうか。 まあそういうお家柄だからな、政治家活動を始めてからは没交渉だったそうだが。 ユズカのお父様から、娘の世話を頼みたいと。 先々月祖父に連絡があって。 402柚子果:えっ。 403彰浩 :心当たりがあるだろ。 404柚子果:……。 405彰浩 :リフォーム業者を名乗った男か。 いくら持っていかれた。 406柚子果:……六百万。 そ、その人に取られた分だけじゃなくてそのっ、 その後、ちゃんとリフォームしたお金も含めてるから、……。 407彰浩 :工面してやる。 408柚子果:えっ、いや、でも。 おじいちゃんがどうにかするって息巻いてて、 409彰浩 :お祖父様の為にリフォームしようとした金を、か? 410柚子果:……結局騙されちゃって、それって私の所為だし。 今働きながら、自力で返してる所なんだよ! 411彰浩 :完済するまで何年かかる。 412柚子果:……わかんないけど。 413彰浩 :お父様はユズカにそういう苦労をさせたくないから、連絡を寄越したんだろう。 お父様とキタミのお祖父様とすれ違いがあって、とんでもない誤解をされてたようだがな、 414柚子果:って、相手がヤクザじゃないってだけで、結局借金背負った訳アリ結婚じゃん! 415彰浩 :<溜息> 婚約の話は俺達が生まれる前からあって、 416柚子果:ていうかそういうのは先に言ってよ! あの日、車の中でいくらでも話せたでしょ! 417彰浩 :話はちゃんと聞けよ。 騙された見合いから逃げて来たとか、とんでもない事言ってたんだぞ。 あんなモン見て俺もお前もテンパってる中で、あなたの許嫁です、見合いの様子を見に来てました、 事情は全て知ってますと話せと? 実のお祖父様にその、騙されて見合いをしてたお前に? 見ず知らずの俺の話を信じたか? 418柚子果:う、 419彰浩 :俺も慌てていてそれどころじゃなかったんだよ。 ユズカに事情を話してお父様に連絡するのが最善だったと、今なら思うが。 420柚子果:……いや、婚約者とか以前に、あの初対面はない。 うん。 421彰浩 :そうだ、そういえば。 説得してる間娘を頼むと言われた後で、お前のお父様からな、 腹は空かせてないかとか、後で金は出すから好きなモンを買ってやって欲しいとか、 甘い物が好きだから買ってやれとか。 様子を写真で送れとか。 極めつけに変な事はしてないか、だとか! さんっっっざん! ラインが来てたんだぞ! 俺にだって色々あったんだ! 422柚子果:写真送ってたの!? 423彰浩 :送ってないからな! <咳払い> その、なんだ……。 祖父からユズカの借金の話を聞いた時も、お父様にお前が見合いをすると聞いた時も、 それはもう驚いたが。 424柚子果:そうだよね、私のお父さんが全て知ってる上で意図的に黙ってないとこの状況にならないよね!? なんか、なんかここ数日ニヤニヤしてるなって、さっきも運転しながら妙に機嫌良いなって……! 425彰浩 :常々、あのサプライズ好きなおじ様には良い社会勉強をさせてもらってる。 俺の父が県議をしていて忙しい人なんだ。 進学や就職の折にも、おじ様には色々相談に乗って頂いた。 426柚子果:ああ、そうだったんだ。 ナンバはお父さんと仲良くしてくれてたんだね。 427彰浩 :俺は政治活動をしてないからな。 関係を大っぴらにもしてはいないが、俺にとってはずっと、良くして下さる身近な大人だ。 はがき……ああ、これだ。 学生の頃、アドレスを教えてもらってて。 428柚子果:これまで迷惑掛けてないなら安心した。 お父さん、若い人の事大好きだから。 429彰浩 :迷惑どころか、俺の息子って散々呼ばれてるからな。 430柚子果:<溜息> なんだろなぁ……お見合いの件といい、外堀から埋められてて、こう……。 431彰浩 :お前があんまり仕事熱心だから心配してると言ってたぞ。 そこは、お父様とキタミのお祖父様、お祖母様皆共通してるらしい。 432柚子果:……まあ、まあ。 高校出てすぐ働いて、ってしてたら、みんなそう思っちゃうのか。 433彰浩 :せめて夜間のバイトの方は辞められないのか。 434柚子果:嘘、そこまで知ってるの!? 435彰浩 :お父様に聞いたぞ。 436柚子果:あーあ! <仰向けに寝転がる> 437彰浩 :おい、帯が潰れる。 438柚子果:いいよ別に。 ……夜間のバイトって言ったって、人手が足りない時にやってるだけだもん。 おじいちゃんとおばあちゃんに見つかったら、また怒られると思って黙ってたのに。 439彰浩 :夜中に家を抜け出してるのも、当然知ってるそうだぞ。 家を抜け出して、それも夜間の交通整備のバイトに出掛けてるなんて。 心配するのは当たり前だろ。 440柚子果:交通誘導、ね。 それで一回滅茶苦茶喧嘩したよ。 ……最初は、水商売してるって思われてたみたいなんだけどね。 お母さんもやってたからかな。 交通誘導だって説明して上司の人に会わせたら、そっちの方が怒っちゃってさ。 おじいちゃんなんて、血圧上がってぶっ倒れるまで怒鳴ってたんだよ。 女の子を遅くまで外で働かせるな、とか言ってさ。 孫だからって、私もう二十五過ぎてるんだよ? 441彰浩 :……騙し取られた額が六百万に収まったのも、正規のリフォームが大体お前の貯金で済んだからだ、と。 俺は聞いてるぞ。 442柚子果:うん、十八から貯金してた六百万。 ぜーんぶ使っちゃった。 結婚なんてしないと思ってた、できないと思ってたから。 じゃあせめて、おじいちゃんとおばあちゃんに綺麗な家で過ごして欲しいって思って。 リフォームに使っちゃったよ。 443彰浩 :今も、結婚は考えないのか。 444柚子果:……ナンバは、いい人だと思うよ。 でも私にはもったいないよ。 445彰浩 :そうか。 薔薇の花束でも持って来た方がよかったか、欲しければくれてやるが。 446柚子果:花束あるの? 447彰浩 :車にあるが? 448柚子果:<起き上がる> 買って来たの!? 449彰浩 :百八本使った薔薇の花束が、結婚の申し込みに最もふさわしいと店員に聞いてな。 450柚子果:い、いッ、いくらしたの!? 451彰浩 :言う訳ないだろ。 452柚子果:この……ッ! 453彰浩 :指輪も用意しておいた方がいいか、考えたんだけどな。 花屋の店員が、指輪のサイズがわからなければ花束を渡した後の方が良いと言い出して。 454柚子果:花屋ァ! ナイス花屋ァ! 455彰浩 :……まあ。 俺達の意思を無視した、酔っ払いの口約束だ。 俺達には関係ないと、言ってしまえばそうなんだがな。 456柚子果:……。 457彰浩 :お前は気に入らないだろうが、名目だけは恋人という事で一度、祖父に挨拶に来い。 六百万はそこで渡してやるから、その後は好きにしろ。 あの人達も、若気の至りだと納得してくれるだろう。 458柚子果:それってナンバは何か言われないの。 459彰浩 :言われないだろ。 460柚子果:お父さんと仲良くしてたんじゃないの? 息子だって言われてるんでしょ? 461彰浩 :まあそうだが。 だから結婚します、は違うだろ。 462柚子果:子供の頃からってさっき言ってたけど、子供の頃からその、私と結婚するって思ってたんじゃないの? 463彰浩 :俺はそうだったがお前は違うんだろ? 464柚子果:っていうか六百万なんてそんな大金、軽々と渡してやるなんて言わないでよ。 465彰浩 :お前思ったより心配性だな。 俺の固定資産評価証明書の写しがあるから、 466柚子果:六百万って、私の貯金何年分だと思ってるの。 467彰浩 :……。 468柚子果:あの、あのさぁ! 証明書とかはその、いいんだけど! なんでそんな乗り気なの! ナンバは! 469彰浩 :は? 俺? 470柚子果:ベンチャー企業の役員さん? なんでしょ? 私じゃなくても良い人沢山いるでしょ。 私なんて別の人とお見合いしてたし、初対面塀に登ってたし、高いお店に行ってもちゃんとできないし、 そうじゃなくても借金あるんだからね!? いくら子供の頃から大人に言われてたからって、他に好きな人とかさ、 471彰浩 :俺は。 お前と出歩いたあの一日に、六百万の価値があったと思ったんだが。 472柚子果:……。 473彰浩 :豪胆で破天荒で突拍子もないし、声はデカいしすぐ騒ぐし人の話は聞かないし。 平気でハンバーガーを大口開けて食うし、球を外野まで飛ばすし、クレーンゲームも上手いし。 474柚子果:なんだかなあ……。 475彰浩 :でも、はは。 この親にしてこの子ありとはよく言ったもんだ。 よく笑って素直で、実直で義理堅くて、あっという間に人と打ち解けて、 勤倹力行(きんけんりっこう)で。 476柚子果:何それ。 477彰浩 :よく働いて慎ましくて、努力する様子。 478柚子果:そう? そんなに褒めてもらったら、悪い気はしないけど。 479彰浩 :<笑う> 今みたいに思った事をそのまま口に出すから、やりやすかったし。 かと思えばお父様の家業や家の事について、しっかり黙っている事もできて。 なにより。 俺の事を政治家の子だとか、金持ちの息子とも見なかったから。 ……この人となら、これからもやっていける、と、思ってた。 480柚子果:……。 481彰浩 :……。 482柚子果:……ねえ、私さ。 483彰浩 :ん? 484柚子果:……べ、ベンチャー企業の部長さん? の奥さんって、何すればいいの。 やっぱり家に入らないとダメ? お父さんも政治家さんなんでしょ、私良いお家の事なんて何もわかんないんだけど。 専業主婦、してないとダメ? そういう決まりがあるの? 485彰浩 :……結婚、するのか? 486柚子果:そこまで良く思ってくれてるなら、アリなのかなあ、って……? これまで自分の生活になかった事と出会えて、あの日私も楽しかったし。 ……別れる時。 結婚したら、こういう楽しい時間ももうないのかなって、考えてて。 487彰浩 :うん。 488柚子果:ナンバとなら、ああいう毎日になるんだろうなって、ちょっと思った。 初対面であんなに楽しかったなら、この先も大丈夫かなって思う。 あ、でも! その、六百万は貸し、って事にしようよ! はいそうですかラッキー六百万もらっちゃいます! なんて私絶対言えないし! だから私も働きたくて、や、夜の交通誘導は流石にやめるけど。 489彰浩 :けど? 490柚子果:……いいよ、私は、結婚。 ナンバと。 491彰浩 :いいのか? 492柚子果:くどい! するったらする! もう結婚するって決めたからそれでいいの! だから、おじいちゃんを騙すような事しないで。 493彰浩 :……わかった。 とりあえず、 494柚子果:あ、えっと、ナンバ! 495彰浩 :なんだよ。 496柚子果:あの一日にそんなに価値があったなら、私もっと、六億とか! それ以上のお嫁さんになるから! だから、……ありがとね。 えっと、よろしくお願いします? ……で、いい? 497彰浩 :ああ。 <手を差し出す> ほら、立て。 ナンバ、ナンバって。 お前もこれからナンバになるんだが? 498柚子果:あそっか。 アキヒロさん、ね! 499彰浩 :呼び捨てで構わないぞ。 500柚子果:一応恩人で二つ年上の目上なんでしょ。 501彰浩 :根に持つタイプなのか奥ゆかしいのかどっちなんだよ。 502柚子果:奥ゆかしいんだよ! もー、相手がアキヒロさんだってわかってたら、振袖なんて着て来なかったのに。 503彰浩 :いや? 着て来てもらって助かった。 別室でお前のお父様とうちの祖父が待ってるんだ。 このまま挨拶しに行くぞ。 504柚子果:はあ!? なんだあのクソ親父!? 505彰浩 :口が汚いぞ。 で、新居もとりあえず押さえてあってな。 ユズカはどちらが気に入るかわからなかったから、4DKと戸建てと 506柚子果:あのさ、よく人の事豪胆とか突拍子もないとか言えたね!? そっくりそのままお返しするよ!? 507彰浩 :だってお前、このまま帰したらまたどこの馬の骨とも知れん男と見合いするかもしれないだろ。 508柚子果:しないから! え、待って待って待って、帯潰れてない!? 大丈夫!? 509彰浩 :大丈夫、何とかなる。 ほら、行くぞ。 2024.11.11 初版 羽白深夜子 2024.11.14 更新 羽白深夜子 2024.11.21 更新 羽白深夜子 2024.11.26 更新 羽白深夜子
サイトへ戻る
◆
文字サイズ変更:
A−
A
A+
行間変更:
詰
普
広
ナイトモード:
★