最終更新:2024/5/1
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【それが祈りの花ならば、】 (それがいのりのはなならば、) 男性1、女性1。 有償版販売ページは
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。 【花谷 優弥(はなたにゆうや)】 二十代後半~三十代男性(香子より年上)。書店経営。 妻、里帆を亡くした直後。 【相川 香子(あいかわかこ)】 二十代女性(優弥より年下)。管理栄養士。 里帆を亡くした優弥に、家事などの手伝いを申し出る。 ★花谷美桜(はなたにみお) 乳児。優弥と里帆の娘。 里帆の死後、優弥が一人で面倒を見ている。 ★花谷里帆(はなたにりほ) 優弥の妻。 美桜の出産直後、死亡している。 【配役表】 花谷優弥: 相川香子: ======================================= 001優弥:──妻がいない世界は、今日も何事もなく続いている。 002香子:こんにちは。 私、リホちゃんのイトコでー……カコです、初めまして。 海外にいて、どうしても帰国が間に合わなくて。 リホちゃんのお葬式、出られなくてごめんなさい。 お線香、あげてもいいですか? 003優弥:──竜巻のような日々は、あっという間に過ぎ去ってゆき。 死亡届や出生届、大量の書類に翻弄されながら終えた妻の葬式、娘だけの退院。 桜の花が散る頃、両親と義両親が地元に帰った翌日の朝、彼女はやってきた。 004香子:お線香、あげさせてくれて、ありがとうございました。 005優弥:こちらこそありがとうございました。 お茶、飲んで行って下さい。 006香子:あの、ええっと、ハナタニ、さん……? 007優弥:はい。 008香子:……が、迷惑じゃなかったら。 私、家事の手伝いに来ても、いいですか? 大した事できないし育児とかやった事ないし、ほんと、少しだけー……なんですけど。 009優弥:……。 010香子:すみません、急にこんな事言われても迷惑ですよね。 ゆっくり考えてもらっていいんで! 011優弥:えー……っと、……。 012香子:私、リホちゃんとはその、歳が一番近いイトコで! お姉ちゃんみたいに思ってて! 何かしたいっていうか、えっと、そんな感じで! 013優弥:いやあの、悪い気はしてないんで。 ……驚きはしましたけど、あのー…… ……むしろ、正直な話、甘えていいのかな、って、 014香子:甘えて下さい! 015優弥:<苦笑する> どなたかに、この話はしてますか? 016香子:母は知ってます。 ご迷惑にならないならって言ってました。 017優弥:そっか……いや、正直に言うと、助かったって咄嗟に思っちゃって。 その、ほら。 この有様で。 018香子:しょうがないですよ。 家事全般はできるから、任せて欲しいっていうか。 あ、住んでる場所も近いんで! 019優弥:そうなんですか? 020香子:三丁目、商店街の裏にアパートあるでしょ? そこに住んでるんです。 021優弥:アパート? あったかな……。 022香子:この子と二人きりじゃ色々、絶対大変ですよ。 この子が退院したのがー……、 023優弥:一昨日。 病院が気を遣ってくれて、葬式の最中は見ててくれて。 リホのご両親も、俺の親も来てくれてたんだけど。 昨日、それぞれ帰っちゃったんですよね。 024香子:そっか、お店、あるから。 025優弥:俺も店があるから引っ越せなくて、無理言って来てもらってて。 そうじゃなくても、どちらも一週間以上いてくれたから、これ以上は。 026香子:え。 じゃあ一日で家がこうなっちゃったって事? 027優弥:あーまあ、そう、ですね……。 俺一人じゃどうにも、お恥ずかしい話ですが。 028香子:あ、なんか、ごめんなさい。 029優弥:いえいえいえ。 はは、産後鬱って言葉、ちょっとわかる気がするなぁなんて、考えてて。 はは。 ……二人で、これからどうしようかって、思ってたんです。 甘えちゃっていいのかな。 でもそういう話なら、ベビーシッター代、ちゃんとお出しします。 030香子:え、そんなの! 031優弥:もらって下さい。 その方が俺の気が楽なんで。 032香子:んんー……いい、んですかね、私プロって訳じゃないのに。 自分で押し掛けておいて。 033優弥:いいですよ。 <笑う> 敬語も、止めていいから。 きっと色々お世話になっちゃうから、俺もこの子も。 お金を渡すだけじゃあ、全くお礼にならないと思うんだ。 034香子:……タメは、ありがたいけど。 でも足りない事ないから、私にとっては。 035優弥:そんなにリホと仲が良かったんだね。 ごめん、俺、結婚式の時、 <突然涙を流す> 036香子:あああ、いい、いいから、そういうの。 ほらー……私その、披露宴で席遠かったから! そもそもずっと海外にいたの。 だから覚えてなくて当然! 037優弥:ごめん、泣く気はなかったんだけど。 驚くよな。 038香子:擦(こす)らないで、肌荒れちゃう。 ほら、タオル。 コレで押さえて。 039優弥:あ。 そのタオル洗ってないんだ、ごめん。 040香子:じゃあティッシュ、ほら。 041優弥:ありがとう。 疲れてるだけなんだと思うんだけど、最近ずっとこうで。 泣いてる自覚がなくて。 涙だけ出るんだよね。 042香子:……とりあえず、心療内科、行ってみようよ。 043優弥:大げさだよ。 アレって精神科の簡易版みたいな。 044香子:違うから。 ……なに、驚くっていうか。 ぼろぼろ泣いてんのに、そうして淡々と話されるのは。 見てるこっちがクるよ。 045優弥:はは。 ……家も、俺も、こんな状態だから。 手伝ってもらえるのは本当に助かる。 色々甘えてしまうと思うけど、申し訳ない。 よろしくお願いします。 046香子:<溜息> 思い切って来てみてよかった。 早速で悪いんだけど、とりあえずさぁ、片付けと掃除したいからー……あ。 047優弥:──私より、ほんの少しだけ短く生きてね。 出会った頃からそんな話をしていた彼女は。 娘の出産を終えて、娘を抱かずに死んでしまった。 <香子、ベビーベッドに近寄る。> 048香子:この子、……娘ー、なんだ。 うわあ、小っちゃ。 049優弥:うん。 ミオってつけようと思ってるんだ、名前。 美しい桜で、ミオ。 050香子:<優弥を振り向く> いいじゃん。 めっちゃ良い名前。 リホちゃんって、桜好きだったよね? 051優弥:うん、そう。 骨箱の左、それ、リホのお母さんが生けた桜なんだけど。 まだ見える筈ないのに、ずっとそっち見てるんだ。 だから、桜の字を入れたくて。 052香子:えー、桜好きなんだ。 私と一緒じゃん。 桜って毎年咲くしさぁ、なんか良い事ありそうで、イイよね。 チビちゃん、よろしくー。 053優弥:──それが祈りの花ならば、呼べば彼女に会える、そんな気がして。 彼女と引き換えに産まれた彼女へ、贈った。 <美桜に授乳する優弥、見守る香子。> 054香子:……お。 ゲップした。 055優弥:今日は大丈夫そうかなー……。 昨日の明け方中途半端に寝かせたら、吐いちゃって。 思ってたより飲むんだよなあ。 056香子:ねえ、ミルクあげるの普通に上手くない? 一日何回あげてるの? 057優弥:んー……十二回? 058香子:十二!? 059優弥:一日八回くらいで足りる子もいるみたいなんだけどね。 060香子:え、二時間おき、くらい? 大丈夫なの、飲みすぎじゃないの。 061優弥:<笑う> 完母(かんぼ)でもそのくらい飲む子はいるんだって。 もっと飲む子もいるらしいよ。 それを満足するまであげてる、お母さん達ってすごいよな。 062香子:カンボ? 063優弥:完全母乳育児。 ミルクの方が腹持ちはいいらしいんだけど、結構飲むんだよ、ミオは。 どっちに似たんだか大食漢なんだよなあ。 064香子:へえー……こんな小っちゃいのに。 それにしたって、ミルクあげるの上手くてビビる。 まあ一日十二回もやれば慣れるのか。 065優弥:元々マタニティスクールでもやったんだ。 授乳と風呂と、オムツ替え。 066香子:お父さん教室、みたいな? 067優弥:そう。 068香子:もしかして私、余計なお世話だった? 069優弥:そんな事ないよ。 今は二人だから余裕持ってできるだけで、一人で料理とか、家事をしながらだと、やっぱり難しいよ。 ミオ。 お父さん達ご飯食べるから。 <美桜をベッドに下ろす> 良い子にしててな。 070香子:……そうやってさあ。 抱き上げる時と下ろす時に絶対声掛けてるのも、マタニティスクールでやったの? 071優弥:うん。 こうしてコミュニケーションを取るといいんだって。 072香子:ふうん。 私にできるかな。 073優弥:できるよ、すぐできるようになるさ。 カコさん、色々器用みたいだし。 074香子:家事はね? 結構小さい頃からしてたから超得意。 075優弥:偉いな、俺はリホに任せてたから、今てんてこ舞いだよ。 076香子:だから私が来たんだって。 ほら、大人もメシ食お! 親子丼! 作ったんだよ、食べよ! 077優弥:え。 078香子:あれっ? 好きじゃなかった? ほうれん草のナムルと、豆腐と大根のお味噌汁もあるよ? 079優弥:……全部、一番好き。 だから驚いたんだよ、リホから聞いてた? 080香子:あ、うん! そうそう! 081優弥:嬉しいな、ありがとう。 好物が一気に出てくるなんて思わなかったよ。 082香子:そっか、あはははー……。 083優弥:俺にはちょっと多いかな。 親子丼少し、カコさんの方に移してもいい? 084香子:えっ!? ダメ、全部食べてよ! 085優弥:俺あんまり量食えなくて、 086香子:駄目! 087優弥:……駄目? 088香子:だぁめ! てかコレ、丼ぶり使ってるだけで普通に茶碗一杯分だから! 089優弥:多い……かなぁ……。 量食えない上にさ、ちょっと、気持ちがね。 090香子:食べてないから気持ちも滅入る一方になるんだって! 当たり前じゃん! もう限界です三日間なんにも食べなくても生きていけますってなるまで、頑張って食べて! 091優弥:わかっ、わかった……もしかして、結構押し強い? 092香子:そうだよ! じゃなきゃ急に奥さん亡くした人の家に押し掛けないっしょ! 093優弥:<苦笑する> わかった、わかった。 お茶は俺が淹れるから、カコさん先に食べてて。 ほんとにありがとう。 むね肉の親子丼、一番好きなんだよ。 頑張って食ってみる。 094香子:<溜息> ……茶碗一杯分も食えないって、マジぃ……? <洗濯物を畳む香子、荷物を運ぶ優弥。> 095優弥:後ろ通るよー。 096香子:わ! 097優弥:あ、ごめん。 098香子:だ、だ、大丈夫。 触ってない、触ってない……。 099優弥:<笑う> 大げさだな。 100香子:一応ね? そういうのはちゃんとしないとダメだよ。 一応は、男と女なんだからね。 101優弥:んん。 妹とか、下に兄弟がいればこんな感じかなって思ってる。 102香子:一人っ子め、マイペースめ。 まあ私も一人っ子なんだけどさ。 私彼氏いるから。 そういうのはちゃんとしたいの。 103優弥:……彼氏、いるの? 104香子:いるよ。 彼氏じゃなくてもう婚約者だし。 105優弥:え、ごめん。 悪いな、なんか……。 106香子:悪くないよ。 ちゃんと事情説明してるし、マメに連絡取ってるから心配しないで。 107優弥:彼氏いるのって言い方が、失礼だったか。 カコさん背が高いし、スタイルがいいし。 いない方がおかしいよな。 108香子:ちょいちょいちょい。 女の子のパパなんだから、そういうの言わない方がいいよ。 109優弥:褒めてるけど。 110香子:まあね。 でも私、デカくて散々イジられてきたから。 言わない方が無難。 111優弥:色々言われたの? なんで? 112香子:小学生の頃にはもう、他の子より頭一つ大きかった。 男子より大きかったんだよ。 デカ女ーとか、巨人ーとか、色々言われて。 私も言い返しちゃうからさ。 113優弥:そうなんだ。 俺もデカい方だったけど、言われた事ないな。 114香子:男子なら褒められるだけじゃない? 女の子はそうじゃなかったの。 115優弥:わかった、わかった。 小さい頃からずっと大きかった? 116香子:うん。 幼稚園入ってからずーっと、他の子より大きくて。 117優弥:だってさ、ミオ。 いい事聞いたな。 俺もデカいし、こんな綺麗な人に世話してもらって。 お前も将来有望だ。 118香子:リホちゃんはそんなに大きくなかったよね、確か。 おじさんとおばさんは背が大きかったけど。 119優弥:あの人達と弟くんは大きいからな。 120香子:あー……ヒトシ、さん。 あの人今は? 121優弥:東京で働いてるって。 葬式終わってトンボ帰りだよ。 122香子:へえ、そうなんだ。 123優弥:泣いてたよ、早すぎるって。 124香子:嘘、意外。 125優弥:クールに見えるけど、情に厚いんだよ、あの人。 126香子:マジ? あんな仏頂面なのに? 127優弥:ミオの事も、今は気持ちの整理がつかないって言うくらいだからな。 128香子:……。 <苦笑する> 129優弥:俺も驚いたけど、あれでいて子供好きな人なんだよ。 えっとー……あぁ、これコレ。 生まれる前におもちゃ、こんなに買ってくれてたんだ。 130香子:……これ? ヒトシおじさんが買ったの? 131優弥:そう。 姪っ子かぁ、って楽しみにしてくれてたから、余計に思う事はあるんだろう。 132香子:そっか。 デカくてぬぼおっとしてるだけの人だと思ってたから。 子供好きとか、普通にビックリなんだけど。 133優弥:会った事ある? 134香子:ある、ある。 絶対ガラじゃないよね、このウサギとか。 135優弥:確かに。 ……なに? 136香子:折角もらったんだから、このウサギに子守り、頼もう。 137優弥:<笑う> まだミオにはわかんないよ。 138香子:わかんなくても、ずっと傍にいれば一番良い友達になるかもしんないじゃん。 139優弥:そう? じゃ、置いとくか。 140香子:うん。 チビちゃん、コレでっかいおじさんがくれたんだって。 アンタ、大事にしなよ。 <食事時。> 141優弥:……おぉー、一汁三菜……。 142香子:生姜焼き、ツナサラダ、ワカメとカイワレのスープ。 箸休めにトマトのキムチ合え。 はいどーぞ。 143優弥:三十分でこんなに作れるモンなんだ。 144香子:火あんまり使ってないから。 それに私、管理栄養士だし調理師の免許持ってる。 145優弥:え!? 146香子:だからこのくらいは余裕でできますし。 ビビった? まあ、見えないってよく言われる。 147優弥:海外にいたって。 148香子:それは仕事と関係ないから。 149優弥:へえ……へええ、いや、うん。 正直に言うと、そんな風に見えなかった。 150香子:<笑う> 元々製菓の方に行きたかったんだけど、ちょっと色々あって。 なら実用的な方がいいかなって、今超役に立ってるし。 はい、頂きます。 151優弥:頂きます。 <間。> 152優弥:……リホと、住んでた時も思ったけど。 153香子:ん? 154優弥:毎食ちゃんと美味い物が出てくるって、すごいな。 155香子:んー? そう? 156優弥:うん。 リホと俺、同じ本屋にたまたまバイトで入ってさ。 157香子:それは知ってる。 今ハナタニさんが経営してる本屋でしょ。 158優弥:リホに聞いた? 159香子:まあ。 160優弥:そっか。 で、同棲始めてから、リホの方が帰りが早くて。 色々作ってくれてたんだよ。 ラザニアとか、唐揚げとか、手がかかりそうな物。 161香子:うん。 162優弥:いなくなってから、ああ、あれは本当にすごい事なんだなあ、って……。 163香子:リホちゃんが入院してた時は? どうしてたの。 164優弥:メシ炊いて総菜買って来てた。 一人で暮らしてた頃も、面倒であんまり。 165香子:でも総菜も美味いじゃん。 166優弥:そうなんだけど、リホが作ってくれた物にも、カコさんが作ってくれた物にも敵わないよ。 それにこれからはミオがいるから、総菜で済ませる訳にはいかないよな。 167香子:……まあね。 168優弥:習っておけばよかったな。 169香子:は。 教えるし、今から。 170優弥:ほんと? 171香子:その為に来たんだって。 なんか、目玉焼きとか焦がしそうだし。 172優弥:実はやった事ある。 173香子:マジ? 174優弥:二回……。 175香子:ふふっ。 176優弥:何、何だよ。 177香子:水入れてそのまま、放置してない? 178優弥:なんでわかった? 179香子:あはは! ……なんか、初めてリホちゃんの話、してくれた気がする。 <荷物整理をする優弥。> 180優弥:<溜息> ……あぁ、多いな。 段ボールが足りない。 181香子:それ、リホちゃんの荷物? 182優弥:うん。 実家に送っていいって言われてて。 183香子:見てもいい? 184優弥:どうぞ。 それ、大学のノートだから、面白くはないと思うよ。 185香子:文字ちっさ! 186優弥:<笑う> いや、俺も興味本位で見せてもらって驚いたよ、当時。 講義を録音して、帰って書き出してたんだとさ。 187香子:……コレ、何の勉強? お伽噺? 188優弥:神話学。 189香子:しんわがく? あの、ギリシャとか、北欧とか。 190優弥:そうそう。 詳しかったんだよ、話してもらった事ない? 191香子:……本が好きなんだろうなあ、くらいには。 192優弥:そうだね。 専攻も文化人類学だったし。 193香子:ぶん……? 何? 何? 194優弥:うーん……俺は専門外、経済学科だったから、上手く説明できなくて申し訳ないんだけど。 195香子:うん。 196優弥:人の作った文化、異文化と、触れ合いましょー……みたいな。 197香子:……あぁー、なんとなく納得したかも。 うん。 そんな感じの話好きだよね、リホちゃん。 198優弥:<嬉しそうに> だろ? 199香子:ねえ、本が好きで、勉強家だったのは、覚えてるんだけど。 そうして文化とか神話の勉強して、リホちゃんって何の仕事してたの? 200優弥:あれ。 聞いてない? 201香子:うん。 202優弥:マーケティング部で働いてたんだよ。 俺が経営の勉強してたから、それもあって仲良くなって。 203香子:それもあって、って? 204優弥:マーケッターとか、 マーケティングリサーチャーっていって、まあ、商品開発の前段階。 需要とか色々、調べる仕事。 205香子:……。 206優弥:イメージできた? 207香子:できない。 208優弥:<笑う> だよなあ。 209香子:なんか……、えっ、保育士とか、お花屋さんとか、そういうほんわかした感じだと……。 210優弥:わかる、わかる。 新卒から産休までずっと、企業勤めだったよ。 211香子:もー! なんで誰も教えてくれなかったのー!? 212優弥:仲が良いみたいだから、てっきりそういう話もしてたのかと思ってた。 213香子:いや、……ああ、私が仕事で色々悩んでたから……。 でも教えてくれてもよかったじゃん! 214優弥:俺は教えたよ。 215香子:そ、うだけど……ええ、びっくりしたぁ。 そっかぁ。 だから、あんなに色々詳しかったんだ。 216優弥:俺もさ。 神話とか色々、リホから話を聞くのが好きで。 217香子:うん、わかる。 話し方上手いんだよね。 218優弥:仕事でプレゼンとか、あったみたいだから。 219香子:そうだったんだ。 220優弥:懐かしいな。 色々聞いたな、神話の話。 221香子:……暇ができたらでいいから、話してよ。 色々。 私ももっと、色々聞きたかったな。 <骨箱の前に座る優弥。> 222優弥:……。 <手元の母子手帳をまじまじと見る> 223香子:ただいまー。 何してんの? 224優弥:あ、いや、 225香子:それ母子手帳? 226優弥:ああ、うん……。 227香子:どうしたの? 洗濯物干しておくって言ってなかった? 228優弥:そうだった、ごめん、ぼーっとしてて。 229香子:……ハナタニさん? 230優弥:……出生届、名前の欄埋めて、出したんだけど。 231香子:うん。 232優弥:……じゃあこの母子手帳、もう、出番ないのかと思ってさ。 233香子:予防接種とか、書く欄なかったっけ。 234優弥:あ、そうなの? 235香子:貸して。 ……ここ。 産後の経過、書くトコもあるじゃん。 236優弥:あー……そうなんだ。 237香子:私干しとくよ、洗濯物。 <洗濯物を抱える> 238優弥:うん。 239香子:それさぁ、母子手帳。 使わなくなってもとっておきなよ、折角だし。 大きくなったら見せてあげたらいいじゃん。 240優弥:ああ、……あー、それいいな。 そうしよう。 <突然涙を流す> 241香子:うん。 242優弥:昔さ、リホと、イザナキとイザナミの話をしてさ。 243香子:ん、なにー? 244優弥:急にごめん。 不意に思い出して。 245香子:うん……? 246優弥:その時リホに、私よりほんの少しだけ短く生きて、って、言われて。 247香子:短く? 私が看取りますよ的な? <優弥を振り返る> 248優弥:そうだと思うんだけど、 249香子:びっくりしたぁ。 振り向いたら泣いてるんだもん、ほら、拭いて。 <ティッシュを渡す> 250優弥:ん? ……ああ、またかぁ。 251香子:泣く、って訳じゃなさそ? 普通に話してるし。 252優弥:泣いてる自覚はなかったかな。 253香子:……。 短く生きてって言われて、何? 254優弥:今思えば、アレって、もの凄い我儘だな、……なんて。 255香子:まあ、……。 私はそういう風に、言おうと思った事がないからわからないけど。 256優弥:婚約者に? 257香子:うん。 人間いつ死ぬとか、わかんないし。 あんまり考えないようにしてるー……かな。 リホちゃん、優しかったからそう言ったんだと思うけど。 258優弥:結構、残酷だな。 259香子:優しい人ってそうじゃない? 残酷。 260優弥:<笑う> そっか。 261香子:それで、ハナタニさんはなんて返したの? 短く生きて、に。 262優弥:それはあんまり考えたくない、って言ったな。 だからその話は一回きりだった。 263香子:ふぅーん……なんだっけ、イザナキとイザナミ。 死んだ奥さん迎えに行って、振り向いちゃダメだよって言われて、でも振り向いてー…… で、あってる? 264優弥:あってる、あってる。 265香子:駄目だよ、迎えに行っちゃ。 266優弥:……。 267香子:駄目だよ。 268優弥:行かないよ。 行かないし、行けない。 あれは神話で、ただの、物語だから。 <美桜を抱く優弥。> 269香子:<小声> ハナタニさん。 チビちゃん寝てるよ。 270優弥:ぅえっ、…… <小声> ごめんごめん、ありがとう。 ごめんなミオ。 お父さんぼーっとしてたな。 <美桜をベッドに下ろす> 271香子:大丈夫? なーんか、上の空だけど。 272優弥:……これ、母子手帳見てたら、色々……。 273香子:……<溜息> はい話して。 色々ってなに? 274優弥:話すの? 275香子:話すの。 思ってるだけじゃ、わかんないから。 276優弥:纏まらないよ。 277香子:纏まらなくても。 思ったままでいいからさ。 278優弥:……んん。 アレ、リホがすごい色々、書いてて。 279香子:母子手帳? 280優弥:そう。 どのページもすごい、書き込んであって。 見てて目が滑るくらい。 281香子:そうなんだ。 282優弥:死ぬんだぞ、お前、って。 どうしても思うんだよ。 だからあんまり、……何となく、視界に入れるのが怖い。 まだ生きてるみたいで。 読んでても、こう……上手く読めない。 283香子:……そりゃ、そうでしょ。 284優弥:なのに、気になって開く度にさ。 真っ青な顔で俺を呼びに来た看護師さんの顔とか、色々思い出すんだ。 285香子:……。 286優弥:多分、ここからは記憶がごちゃごちゃになってるんだけど。 母さんと、お義母さんが、悲鳴みたいな声で泣いてて。 お義父さんがヒトシくんに電話してて、ヒトシくんが怒鳴ってるのが、漏れて聞こえて、……。 本当に聞かれるんだよ。 奥様か、お子様かって。 どっちを生かすのか、って。 287香子:……それに、子供って答えた? だから今、後悔してる? 288優弥:……。 289香子:……何? 290優弥:答えられなかったんだ、俺。 多分、だから、後悔してる、 ……後悔じゃないかも。 怒ってるんだ、俺。 291香子:え? 怒る? 292優弥:答えられないで、いたらさ。 リホのお父さんが、電話終わった後だったのかな。 子供を生かしてくれ、って、 293香子:うん。 294優弥:泣くんだよ。 泣いて土下座するんだ、俺に。 子供を生かしてくれ、リホならそうするって。 うちの父さんと母さんが、子供はまたできるからって、きっとまたきてくれるから。 リホちゃんにしましょう、そう言っても聞かないんだ。 そうしてるうちに、リホのお母さんが、私からも、子供を助けて下さい、って、俺に言うんだよ。 295香子:……選べないよね。 296優弥:選べる訳なかったし、誰も彼ももみんな、母子どちらも助けるって、絶対に助かるからって言ってくれてた。 どうして、 <泣き出す> 297香子:ハナタニさん、 298優弥:どうして、選ぶのが俺だったんだろうな。 娘の命は助けて下さいって言ってくれたら。 孫の命は助けてくれって言ってくれたら。 どうなっても俺は、両親かリホの両親を、恨めたかもしれなかったのに。 ミオを生かして下さいって、サインをしたのは、なんで俺だったんだろう。 299香子:……。 300優弥:カコさんは、どう思う。 リホならなんて言ったと思う。 ごめん、どう答えてくれても俺は、理由を付けてそれは違うって言うと思うんだ。 でも。 短く生きてって、俺より後に死ぬって、リホが俺に言ってたんだよ。 じゃあ、 <優弥、母子手帳を両手に持つ。> 301優弥:リホが俺を看取る気でいたのなら。 リホは、生きていたかったんじゃないか? 302香子:──駄目! 破っちゃダメ! <母子手帳を引っ手繰る> 303優弥:あ、……いや、破るなんて、そんな事。 304香子:あんな持ち方、破る時くらいしかしないっしょ! これを破るのは駄目、今この子とお母さん繋いでるのは、コレだけなんだよ! 305優弥:……ごめん……気が動転してたんだと思う、ほんとごめん。 306香子:……。 307優弥:……振り向かなければ、振り向かなくなれば、……帰って来る気がして……。 308香子:振り返るって、……あー、何、何だっけ、イザナキとイザナミ? だっけ? 309優弥:イザナキとイザナミ。 あと、ギリシャ神話にも似た話があって、 310香子:それで。 振り返れないようにすれば、母子手帳破れば、 リホちゃんが書いた物、リホちゃんの言葉、破れば。 リホちゃん戻ってくると思った? 311優弥:……。 312香子:……アレ系の話って。 欲を出せば恨まれるよ。 帰って来る筈だった奥さんが、旦那が欲出したばっかりに悪いモノになって。 滅茶苦茶恨まれるんだよ。 313優弥:……そう、だよな。 帰って来る訳、ないよな。 314香子:ないね。 アレは物語だから。 人が作ったモノだから。 帰って来ないよ。 死んだら、帰って来ない。 315優弥:……。 316香子:ハッキリ言っちゃってごめんだけど。 ……でも、帰って、来ないから。 317優弥:うん。 ……うん。 いや、言ってくれてありがとう。 <間。> 318香子:……怒ってる、って。 319優弥:怒ってると、思う。 なにかに。 320香子:両方の両親? 321優弥:うん。 322香子:病院? 323優弥:うん。 324香子:……全部? 325優弥:……みんな、リホを殺す事を選んだ俺に。 優しかったから。 326香子:だから怒ってる? 327優弥:多分、だけど。 328香子:もっと、怒ればいいじゃん。 ココに適任いるよ。 329優弥:カコさんに? 330香子:うん。 怒る、っていうか、発散。 してもいいんだよ、私に。 331優弥:それはなんか違うよ。 カコさんに怒った所で、 332香子:イヤな言い方するけど。 ハナタニさんはリホちゃん亡くしたばっかりで。 傍から見たら可哀想な人だよ、気の毒な人だよ、実際、他人の手が必要な人だよ。 私も優しくしてる一人だよ。 勝手に家に押し掛けてるんだから。 ハナタニさんが怒ってる誰よりも、自分勝手に自己満足で優しくしてるのは私だよ。 私相手に怒ったり発散したり、それをしてもいいと思うんだけど。 てか、できるならそうした方がいいと思う。 リホちゃんとこの子の繋がり、破るくらい思い詰めるなら。 そっちの方がずっといいよ。 333優弥:……。 334香子:破いたら。 絶対、後で、後悔するよ。 335優弥:……ごめん。 今日は、一人にしてくれないかな。 336香子:<溜息> わかった。 冷蔵庫の作り置き、わかるよね? 337優弥:わかる。 頂くよ、ありがとう。 338香子:ん。 じゃあ、帰るけど。 ハナタニさんは一人じゃないから。 339優弥:うん。 340香子:この子、いるから。 341優弥:……うん。 342香子:あとさ。 これは私のお節介なんだけど。 リホちゃんが死んだのは、誰のせいでもないから。 <苦笑する> 人間、産む事も生まれる事も大変なのに。 生まれた先のいつかの未来で、誰かを悲しませて死ぬしかないって。 ほら。 神様ですら、優しいけど残酷なんだよ、結局は。 343優弥:──咄嗟に、娘をいないものとして扱った一言は。 その晩の俺に圧し掛かり続けて、喉が乾いて、仕方がなかった。 344香子:──死して冥界に連れ去られる女神を、男神(おがみ)が取り返そうと奮闘する神話、物語は。 古今東西数多、存在する。 345優弥:──パソコンを立ち上げて、検索欄にカーソルを合わせてふと、手を止めた。 結末がおぞましいのはどちらだったか。 振り返った事を恨まれるのは、どちらかだった。 どちらの神話だったか。 逡巡(しゅんじゅん)、自らを占うような気持ちで、ギリシャの神々の名前を入力する。 346香子:──色々シチュエーションはあれど、結末はさほど変わらない。 死んだら、帰らない。 死んだ片割れを冥界から取り返す事は、どうしたって叶わない。 347優弥:──記事を二つほど読み終えて、母子手帳のリホの字を追って。 途中、寝ていた筈の娘が声を上げた。 348香子:──そして死んだ彼女らは、概(おおむ)ねの物語で、愛された事に満足して死んでゆく。 349優弥:どうした、ミオ。 お腹空いたか。 350香子:──何度もせがんだ物語。 その記憶を頼りに、スマホで検索してみた事がある。 どうして似た物語がいくつもあるのか、それに辿り着いた時は正直、ちょっとがっかりした。 351優弥:ミルク……は、まだ一時間経ってないし、……違うか? 352香子:──オルフェウスの竪琴、イザナギとイザナミ。 発祥はとりあえず置いといて。 それらは人から人へ語り継がれる内に、地域性と民族性によって脚色されていった物らしい。 言い方が悪いかもしんないけど要するに。 人間の都合で、作り変えられてきた物語だった。 353優弥:まあ、夜中に起きる事もあるよな。 354香子:──じゃあ。 今からでも作れんじゃん。 多分、伝え聞いた神話を脚色した人達も、私と同じ気持ちだったんだと思う。 取り返しに行くのが男、って。 そっから覆したって、別に問題ない訳だ。 355優弥:なあ、ミオ。 356香子:地上で生きる私達は、前を向くしかないんだろうか。 357優弥:お母さんは、最期に笑ってたか? 358香子:「振り向いてしまったのは、愛しく思うからこそ。 そんなあなたをどうして憎めるのですか。」 359優弥:──遠いギリシャの女神は、愛されたまま、死んで行った。 360香子:生きて、置いていかれた私達は。 前を向く事しか、できないんだろうか。 361優弥:そうか。 ……リホ、死んだんだ。 もう、どこにもいないのか。 <優弥を訪ねる香子。> 362香子:おはよー、落ち着けた? ……クマすごいけど。 363優弥:<苦笑する> おはよう。 朝メシ俺が作ったよ、座って。 364香子:えぇ、わざわざ。 私作ったのに。 365優弥:昨日のお礼と、お詫び。 ……心配ばかり掛けてしまって、本当にごめん。 366香子:ん。 そんな気にしないでよ、……目玉焼き焦げてるんだけど。 367優弥:ごめん、どう謝ろうか考えてぼーっとしてて……。 368香子:あはは! 三回目って、まあ、別にいーんだけど。 369優弥:うん。 昨日は、止めてくれてありがとう。 370香子:いーえ。 食べようよ、頂きます。 371優弥:頂きます。 <間。> 372香子:……ねえ。 373優弥:ん? 374香子:昨日の話だけど。 375優弥:うん。 376香子:母子手帳、置いて行っちゃったけど……。 377優弥:<苦笑する> 破いたりしないよ、ほら。 <母子手帳を渡す> 378香子:……。 <母子手帳を開く> 379優弥:あの後、一人でちゃんと読み直したよ。 今まで何となく、リホの字だなって眺めてただけだったから。 ……死ぬんだぞ、って俺が思っていても。 それより沢山、ずっとずっと、早く会いたいとしか書いてなかった。 私がずっと守ってあげるねって。 何回も書いてあった。 リホなら、子供を生かしてくれって言う。 俺も、今はそう思う。 380香子:……。 381優弥:優しい、って。そんな言葉だけじゃあリホを表すのは、全然足りないよ。 一番最初に俺から声掛けた時も、ものすごい数の本、抱えてさ。 大丈夫ですかって声掛けたら、大丈夫です、って言ってはにかんでて……。 本が好きで、勉強家で、優しくて、何でも一人でやろうとする。 だから俺、その時からずっとリホの事が気になって。 382香子:……そうだったんだ。 383優弥:うん。 全部大事に抱えてた人。 俺の事も、ミオの事も。 なのに、付き合って、結婚して、自分の方が長く生きるからって、リホに言われた時にさ。 悪い気はしなかったんだ。 俺の生涯、ずっと一緒にいてくれる人だと思い込んでた。 でも母子手帳の中のリホは、もう子供の為に生きてた。 リホはとっくに母親になってて、俺は、 384香子:<鼻を啜る> 385優弥:えっ。 386香子:ああ、ごめん。 何? 387優弥:いや……泣いてるよね? ティッシュ、 388香子:泣いてないよ。 389優弥:泣いてるよ。 390香子:泣いてないって。 391優弥:そ……そう? 392香子:泣いてる風に見えるなら、目玉焼き苦いのが今きたんだよ。 393優弥:<笑う> そっか。 結局俺はリホに、与えてもらうばっかりだったから。 何も、今も、準備ができてなくて。 でも。 ちゃんと振り返って、気付いたから。 今からでも、父親になるのは。 まだ、間に合うかなって思ってるよ。 394香子:そうだね。 間に合うと思うよ。 あ、でも。 間に合わせちゃダメだからね、それは違うと思う。 395優弥:うん。 ちゃんと振り返れたのは、カコさんのおかげだよ。 本当にありがとう。 396香子:私何もしてないよ。 リホちゃんが残してくれた母子手帳のおかげじゃん。 397優弥:そう、いや、そんな事ない。 カコさんにも助けてもらってる。 398香子:……じゃ、ありがたくもらっとく。 そーゆー事で。 399優弥:うん。 次は料理、教わらないと。 400香子:焦げた目玉焼き食わすの、これで最後にしてよね。 401優弥:わかった。 ……それでその。 早速一つ教えて欲しくて。 402香子:なに? 料理? 403優弥:それもなんだけど。 母子手帳、読んでて思ったんだ。 ミオを連れて出掛ける時、何を持ち歩けばいいのかな、ってー……。 404香子:……あー、予防接種。 405優弥:そう。 ほら、赤ちゃん連れてるお母さんって大きいバッグ、持ってる。 406香子:ええ、オムツとミルクとー……タオル? あとなに? 407優弥:中身もだし、ああいうバッグってどこに売ってるかな? 408香子:通販……? え、普通の大きいバッグじゃダメ? おばさんに電話で聞いてみたらどう? 409優弥:──<電話口> あ、もしもし、お義母さん。 先日はありがとうございました。 ……そうですか? 色々その、気持ちの方もちょっと落ち着いて。 はい、大丈夫です。 カコさんって、リホのイトコだって方が、今家に来てくれていて── 410香子:あ。 おかえりー。 411優弥:……ただいま。 412香子:チビちゃん、ちゃんとゲップして寝たよ。 ヤバいよ今日、飲んだ量最高記録かも。 413優弥:カコさん。 あのさ、 414香子:んー? 415優弥:……俺、聞いてなかったけど。 カコさんは、名前はどんな字を書くの? 416香子:ん? 香りに子供のコだよ。 417優弥:苗字は? 418香子:アイカワ。 419優弥:じゃあ、リホの、お母さんの方のイトコ。 420香子:そうそう、アイカワカコ。 急にどしたの? 421優弥:……今。 三丁目の商店街の裏、見てきたけど。 アパートが建設予定だって看板が立ってたよ。 422香子:ん? うん。 423優弥:さっきお義母さんに電話で聞いたら、リホに女の子のイトコはいない、って、言ってた。 424香子:……。 425優弥:……じゃあ、キミは、誰で。 どうしてここに来てくれたんだろう。 426香子:あー……バレちゃったか。 ごめん。 427優弥:いや、何か悪さをしに来た訳じゃあなさそうなのは、勿論わかってるんだよ。 本当にお世話になってると思うから。 ちゃんとお礼がしたいんだ。 428香子:……お礼を、しに来たのは、私の方だから。 そっかぁ、まだあのアパートできてなかったんだ。 名前もカコって咄嗟に言っちゃったから……。 じゃあ。 結婚式の親族席にいて、リホちゃんと写真撮ってた私くらいの女の人、あれ誰? イトコだって聞いてたのに。 429優弥:ああ、それはー……俺のイトコなんだ。 リホを紹介したら仲良くなって。 430香子:あはは、なんだ、そうだったんだ? そんなの誰も教えてくれなかったよ、あはは! 431優弥:……親族、ではあるのかな。 ごめん、ちょっと思い出せなくて。 432香子:うん、親族。 ……顔が、見たくて。 会いに来たんだ。 明日、私大事な日だからさ。 もう帰らなきゃいけないんだけど。 433優弥:……。 434香子:ああ、……あはは。 お別れって、結構早いんだな。 全然準備してなかったわ。 ごめん、料理、全然教えられなくて。 435優弥:いや。 ちゃんと、自分で勉強するよ。 436香子:……なんか、言葉纏まらないんだけど。 滅茶苦茶ちゃんとメシ食って。 心療内科もちゃんと通って。 掃除も家事も、最低限でいいから。 食事だけはちゃんと食べて。 デカく育つから。 ちょっと大きくなれば、家事なんていくらでも手伝えるから。 あなたの代わりはどこにもいないから。 あなたがあなたを後回しにしないで。 まずはあなたがちゃんと食事、とって。 惣菜でも、何でも食べて。 ちゃんと、元気で生きていて。 それだけ今、約束して。 437優弥:うん……? ……わ、かった。 メシ、ちゃんと食べるよ。 438香子:約束だよ。 439優弥:うん。 440香子:本当に、絶対だからね。 441優弥:わ、わかったって。 442香子:ん。 じゃあ、これでおしまい、かな。 手、出して。 443優弥:手? 握手? 444香子:そう。 445優弥:おしまいなの? お別れ、とも言ってたし。 446香子:おしまいなの。 握手、したら。 447優弥:そうなんだ。 ……これだけ、いいかな。 448香子:何? 449優弥:俺の、お節介なんだけど。 生まれた先のいつかの未来で、誰かを悲しませて死ぬしかない、って言ってた。 でも、物語みたいに、リホの母子手帳みたいに。 俺達は何かを残せるよ。 残されるから悲しいだけだ。 残してくれるから、生きていけるんだと思う。 残ったものが大きすぎるから、傍にいない事が悲しいだけなんだ。 ……どれだけ悲しくても、人はきっと、それを嚙み砕いて、自分の糧にできるから。 キミも結婚するんだよね。 リホみたいに沢山を、生きてる間に残してほしい。 450香子:……。 451優弥:本当に色々とありがとう。 これから、幸せになって。 <手を差し出す> 452香子:…… <手を握る> はい。 ああ、よかった、……なんだぁ。 ちゃんと、手ぇ大きいんだね。 大きかったんだね。 瘦せてる手しか、知らなかったよ。 453優弥:手? 454香子:あぁあと、そうだ。 私、どんなにからかわれても、あなたに似て背が高いの、自慢なんだよ。 だから、だからって言うと変なんだけど。 ……明日、並んで。 一緒に、バージンロード歩こう。 455優弥:えっ、 456香子:お父さん。 元気でいてね。 <朝。布団で目を覚ます優弥。> 457優弥:……ミオ? 458香子:──触れない、本当の名前を明かさない、お父さんって呼ばない。 お父さんにとってのハナタニミオは、この頃の私は。 まだ目も開いていない赤ちゃんだから。 459優弥:──死亡届や出生届、大量の書類に翻弄されながら終えた妻の葬式、娘だけの退院。 460香子:──古今東西、数多の物語で沢山の未来を見た、神様からのお礼なのかもしれない。 神様はいつだって優しくて気まぐれで。 時々、大切で不便な決まり事と引き換えに。 誰かの願い事を叶えてくれるんだ、って。 夢の中で、お母さんに教えてもらった。 461優弥:──春の嵐のような日々は、あっという間に過ぎ去ってゆき。 462香子:お母さんと私の願いが叶って、明日。 お母さんを知ってたお父さんと、お母さんを知ってる私は、別々の場所で目を覚ます。 463優弥:──様々を手伝ってくれた両親と義両親が帰った、その翌日の朝を、携帯電話が示している。 464香子:目を覚ましたらまず、殆どが破かれた私の母子手帳を確認する。 何も変わっていなくていい。 世界で一番幸せな夢を見た。 あなたが私を愛するまでを知った。 あなたに愛されている事を知った。 私には、それで十分だ。 465優弥:──まだ名前すら付けられていない娘が、義母が生けた桜に、小さな手を伸ばしていた。 466香子:私は、前を向くからね。 お父さんはゆっくりでいいよ。 何回、振り返ったっていいよ。 お父さんが私を、あんなに丁寧に抱き上げていたから。 いつか並んで歩ける日を、同じように、今度は私が待っている。 467優弥:──妻がいない世界が少し、色付いたような気がした。 468香子:それは祈りの花だから。 毎年ちゃんと、咲いてくれるから。 【相川 香子(偽名)/花谷 美桜】 20代女性、管理栄養士。優弥と里帆の娘。 自身の結婚式の前日、長い間病床に伏す父、若い頃の彼を訪ねる夢を見る。 2023.5.14 初版 羽白深夜子 2023.6.20 更新 羽白深夜子 2023.7.27 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子
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