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【夏白菊】 (なつしらぎく) 登場人物についてはこちら。 有償版販売ページはこちら。 栞と崇司、寝室で話している。 ======================================= 001崇司:なんというかまあ、お前とよく似た食えない女だな。 今日はえらく疲れた。 002栞 :似てる? 私と? あの子が? そりゃ私を買被り過ぎじゃあありませんか?      あの見てくれ通りの高嶺の花。 口を開けば、……      まあ、ただちょっと浮世離れしているお嬢様ではないですか。      それに、ぺろっと食っておいて今更なにをいけしゃあしゃあと。 どの口が食えないと? 003崇司:エウカリスとは変わり者の集まりだとよくわかった。 004栞 :一学年五十人でそれが三学年。 その大多数がごきげんようあらあらうふふの温室育ちなんですから、      変わり者が二人いた所で華があっていいと思いません? 005崇司:その二人が鋼のロクジョウと洋酒のオオハシの娘と知れたら、エウカリスへの寄付金が減るな。 006栞 :実家の次は母校まで無くすのですね。 万々歳。 007崇司:ところでお前。 今度は何を企んでいる? 008栞 :私は何も企んではいませんよ? 009崇司:お前のソレはアテにならない。 実家の時も聞いたぞ、考えはないと。 010栞 :考えがないから柳の下に転がり込んだんじゃありませんか。 011崇司:俺の例えに柳の木を使うな。 高嶺の花との会談でも羞恥心でコーヒーを吹くかと思った。 012栞 :一体何のお話をしていたんでしょう。      しかし、お口の中にモノが無ければ、舌を噛むのにご苦労されませんよ。 013崇司:俺に舌を噛ませたいのか。 014栞 :噛まれたら困るので別のモノを捻じ込みましょう。 015崇司:一緒に噛み切ってやる。 016栞 :それもそれで素敵ですね。 曽根崎心中みたい。 017崇司:したいのか。 018栞 :検討してるんですか? 019崇司:今の所予定はない。 020栞 :そうですか。      私は八十辺りで孫曾孫(ひまご)玄孫(やしゃご)に囲まれて大往生する予定なので、      舌を噛み切る予定がないとお聞きして心底安心しました。 021崇司:そこまで予定があるのか。 022栞 :頑張りましょうね。 023崇司:何をだ。 024栞 :言わずとも。 025崇司:言え。 026栞 :生娘にそんな事を言わせるなんてとんだド畜生ですね。 そんな所も好きですよ。 027崇司:……平然と嘘を言うな。 028栞 :培(つちか)った愛を疑いますか? 029崇司:そこじゃない。 どうしてお前の頭はそう、お前の都合の良いようにできてるんだ。      生娘がどーたら言っただろう。 030栞 :中古品にした方が何を言いますか。 031崇司:話を戻すぞ、俺が話し終えるまで口を開くな。 ……不貞腐れるな、面倒くさい。      二ヵ月程前の拳銃の密輸記録。 アレの資料の位置がずれていた。      資料に触(さわ)れるのは俺かお前のどちらか。 そして俺はあの場所に資料を置いていない。      口を開け、言え。 何を企んでいる? 032栞 :何をお怒りかと思ったら。 ホマレさんの手記に新しい人物の名前があったので 033崇司:<遮る> サユリ。 本当の事を言え。 034栞 :……それは、些か卑怯じゃありませんかね。 035崇司:喧(やかま)しい。 こっちは仕事の威信が掛かってるんだよ。 036栞 :あらまあ。 相変わらず、おじいちゃまっ子で在らせられる。 037崇司:頑固ジジイを後ろに付けた元ロクジョウの次期当主様が何を言う。 038栞 :…… <溜息> ホマレさんの所の資料にロクジョウの名前がありました。      正式にはもうロクジョウの者ではないのですが。 反物屋(たんものや)に嫁いだ伯父の名です。      名前の無い男かと思ったんですよ。 039崇司:……お前なあ。 040栞 :それとなく反物屋を覗きに行ったら、ピンピンしていましたよ。 あの狸ジジイ。      だから私、名前の無い男に会わせて下さいと言っていたんですよ。      どなたかが梃子(てこ)でも動かないお陰で、忌々しい狸の面(つら)を拝む羽目になりましたが。 041崇司:誰が、どうして、何の為に煩わしい幼馴染に頼んで戸籍の偽造までしてやったと思ってるんだ。 042栞 :あなたが、私を、シェイクスピアよろしく、連れ出す為じゃないんですか? 043崇司:ロクジョウと手を切らせる為だ。 044栞 :それだけ? 俺の苗字をくれてやるなんて口説いておいて? 045崇司:ロクジョウと手を切らせる為だ。 危なっかしい事はしてくれるな。 寿命が縮む。 046栞 :危なっかしい事なんて、昔から私の十八番(おはこ)じゃあありませんか。 047崇司:塀に登ってるお前を見た初対面も、釣りに出かけて湖に落ちた時も、      見合いが嫌で山に逃げ込んだ時も英国に行くと言い出した時も今回の件も、俺の寿命は大いに縮んだぞ。      一体全体どうしてくれる。 048栞 :英国と今回以外は、助けて下さったじゃあないですか。      なんなら縮んだ寿命の分、私が責任を取りましょうか? 049崇司:どうやって。 050栞 :余生を充実させて、太く短く生きるのも悪くないんじゃないですか?      私としては太く長くを推したいのですがね。 051崇司:次に脱線したらお前のそのデコを叩くからな。 052栞 :デコで済むだなんてなんとまあお優しい。      どうせなら今晩もっと酷い仕置きでも、 <崇司にデコピンされる> 痛い! 053崇司:件(くだん)の名前の無い男だがな。 どうも、町中で奴の事を嗅ぎ回ってるガキがいるらしい。 054栞 :あら、数日の聞き込みの末ようやっと新展開ですか。 お父上でも探しておいでなのかしら。 055崇司:さあな。 そのガキ、お前の事じゃないかと思ったんだ。 056栞 :珍しく素っ頓狂な推理ですね。      淑女を体現するワタクシと、どこの子犬とも知れない坊やを見間違えると? 057崇司:華奢な体躯に草臥(くたび)れた藍色の着物を着た、十五、六の薄汚れたガキだと聞いてな。      俺の肝が冷えたぞ。 058栞 :着物だけに、 <崇司にデコピンされる> 痛い! ……二発目は卑怯ですよ。 059崇司:肝は冷やしたが、顔面の右側を包帯で隠したガキらしい。      ちらりと覗いたら火傷痕だろうと、相当酷い火傷のようだと聞いた。 060栞 :なら私は有り得ないじゃないですか。      そもそも、私があなたに頂いた着物は浅葱色ですよ。      あなたも知っての通り、他のお色なんて買う余裕ありません。 061崇司:その割には箪笥(たんす)に知らない洋服が詰まってるんだがな。 062栞 :男物の着物は、添い寝用のあなたの浅葱色で十分です。 063崇司:ああ脱線する、面倒くさい……。      まあ、お前ならやらかしかねないと思ったんだ。 危なっかしい事は十八番なんだろ。      それとな、……あー……。 064栞 :それと? 何ですか? 065崇司:……話を聞いたのは三人。 噂屋、若い警官、そして物乞い。      皆が皆、銀時計の警官を知っているかと、暗がりでドスを突き付けられている。 066栞 :……警官? 名前の無い男は警官なんですか? 067崇司:わからない。 だが、三人は同じ言葉で脅されている。 068栞 :天下の警察さんが拳銃の密輸に携わっていた、と? 069崇司:ガキが探している男が名前の無い男であればな。 十中八九、当たりだと思っているが。      兎に角、ガキに話を聞かなければ事は進まなそうだ。 しばらく店を空けるぞ。 070栞 :そうですか。 で? 何をそんなに躍起になっているんですか? 071崇司:店の威信がかかってるんだよ。 072栞 :いいえ。 拳銃の密輸に関わった事を後悔なさってるんでしょう。 073崇司:俺が? 074栞 :まさかこんな事になるとは思わなかった、人死にが出る前に解決を。 どうせそんな所でしょう。      もっと言えば、こんな仕事を持ち込んだホマレさんを恨んでいらっしゃる。 075崇司:……そりゃあな。 人死にはゴメンだ。 076栞 :拳銃が根幹にあるとはいえ、そう簡単に人死にが起こってたまるモンですか。      ねえ、ならばこうしましょうよ。 人が死ななければいいんです。 077崇司:は、どういう事だ。 078栞 :このお話は、私とあなたの恋愛譚。 そうしてしまえばいいんです。      ヴァン・ダインの二十則。 ご存じで? 079崇司:ミステリーにおける基本指針。 ……お前も推理小説か。 080栞 :私だって嗜みはしますよ。      二十則、第三条。 「不必要な恋愛を付け加えて物語の展開を混乱させてはいけない。」 081崇司:「ミステリーの課題は犯人を正義の庭に引き出す事であり、      恋に悩む男女を結婚の祭壇に導く事ではない。」 082栞 :そう。 色恋沙汰を引っ張り出したら、ミステリーとは呼べなくなるらしいですよ。      基本指針さえ犯してしまえば、ミステリーでないのなら。 名前の無い男なんて只の端役です。 083崇司:されど、俺はその端役すら捨て置けない。 ここは何でも屋だ。      曾祖父と祖父の血肉の結晶。 俺の手違いでここを潰す訳にはいかない。      店に来た以上仕事は仕事だ。 拳銃なんてややこしい物が絡んでいるからこそ、あの男を必ず家に帰す。 084栞 :……やれやれ。 まるで本の中のミステリーが飛び込んで来たと思ったら、      蓋を開ければとんでもないお仕事ですね。 085崇司:お前が折れるのか、珍しいな。 086栞 :おじい様やお店の事を引っ張り出されては、私は成す術もありません。      我儘を叶えるのもまた、私の本懐であり楽しみなんですから。 087崇司:こんな甲斐性無しに引っかかっておいて馬鹿を言う。 088栞 :甲斐性無しの死にたがりに何を言っても無駄ですからね。      無駄ならば私は私で十八番を発揮しつつ、適当を並べます。 089崇司:死にたがり。 俺がか? 090栞 :何か反論が? ふらっと店に来ただけの訳アリの為にそんな事に首を突っ込むだなんて、      死にたがり以外の何者でもないでしょう。 091崇司:店の為じゃなければ突っ込まないさ。 092栞 :ならば何故、私はここにいるのでしょうね。 093崇司:ああ。 ……ああ、つまらない話をした。      そうだ、一つ愉快な話をしてやろう。 094栞 :はい、なんでしょう。 095崇司:高嶺の花に、名前の無い男の話をした。 096栞 :え? 097崇司:わざわざ毎日、手の届かない花を追い回す馬鹿を探すのが面倒でな。      呼びつける事にした。 見てろ、数日もしない内に飛び込んでくるぞ。 098栞 :それは、利口なやり方ですねよしよしとでも褒めたらいいんでしょうか。      まるで子供の悪戯ですね。 099崇司:名案だとは思わないか。 つまらん。 100栞 :あなた達は本当に仲が良いのか悪いのかわかりませんね。 高嶺の花の反応は? 101崇司:大変興味を持っておられた。 そして、あの馬鹿の事も悪く思ってはいないらしい。      俺の面倒も解消してくれるだろうと見立てた。      大いに感謝しているので、次のお前と高嶺の花の茶菓子代は俺が奢ろう。 102栞 :まあまあ、そりゃ結構な事で。 103崇司:何だ、食い付きが悪いな。 惚れた腫れたもお前の十八番ではなかったのか。 104栞 :やきもちですよ、やきもち。 私以外の女性と仕事の話をしただなんて。      餅も焼きたくなります。 105崇司:だからあえて、高嶺の花の好きそうな推理物に仕立てたんだろう。      やれ、喋り過ぎて疲れた。 茶を入れてくれないか。 106栞 :えー。 そろそろ同衾(どうきん)の時間かしらと思っていたのに。 107崇司:うるさい、黙れ、茶を入れろ。 108栞 :ふふふ。 そら見た事か、これが私の本懐なんですよ。 109崇司:早くしろ。 110栞 :はいはい。 お待ち下さいませ。 ​ 111崇司:──……なくせないんだよ、もう。 2015.10.3 完成 羽白深夜子 2020.1.9 修正 羽白深夜子 2021.1.16 修正 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 引用 「ヴァン・ダインの二十則」 S・S・ヴァン・ダイン
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