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【灯籠花】 (とうろうばな) 登場人物についてはこちら。 有償版販売ページはこちら。 誉と撫子、喫茶店で茶を前に話している。 ======================================= 001誉 :キミが!? ソウジと!? 茶を!? ここで!? 002撫子:ええ。 003誉 :ああ何という事だ! 嫉妬で紙ナプキンを破り千切りそうだ!      忌々しい! 仕事という概念が忌々しい! 僕は何故好き好んで人を騙しているんだ!? 004撫子:そう仰るなら詐欺師など辞めるべき。 005誉 :嫌だ! 僕にこれ以上の天職があるかい!?      おかしな事を言っている自覚はあるんだ、しかし僕のような道化がいるからこそ!      暗がりで暮らして尚素晴らしい技術を持つ贋作師達が輝くという事!      金を使う事しか脳のない人々が満たされるという事! 僕は決して忘れてはいない!      ついでにあの可愛い黒猫に贋作師達の素晴らしい技術の披露を      喫茶店で行うなとの忠告を受けた事も僕は忘れていない! 006撫子:その割には朗々と語ってた。 007誉 :違うんだ聞いてくれ!      僕が嘆いているのはキミとの逢瀬の時間を仕事という非常に忌々しい概念で潰された事についてなんだ!      それも! あの朴念仁と仲睦ましく喋っていただって!?      なあなあなあ一体何を喋ったんだい!? 僕の話かい!? 008撫子:あなたと彼、言い回しがそっくりだと。 009誉 :そりゃあ二十ウン年顔を突き合わせていたら似るだろうさ!      しかしまあ僕が僕ならソウジもなんて奴だ! 黒猫を囲っておいてキミにまで手を出すなんて! 010撫子:とても真摯な人だった。 011誉 :そう! 奴はとんでもなく真面目で真摯な糞野郎なんだよ!      だから僕のような男では勝ち目が雀の額程もないんだ!      泥棒猫なんて言葉があるが、あれだけ上等な黒猫を手に入れたのだからもういいだろう!? あの泥棒猫!      後は、後は!? 一体全体何の話をしていたんだい!? キミは何を飲んで何を食べたんだい!? 012撫子:紅茶とマドレーヌ。 013誉 :マドレーヌ! キミの今一番の一押しだ! なんて事だ!      さあマドレーヌを注文しようか! とびきり上等なヤツを注文しよう! 014撫子:食べていいの? 015誉 :好きなだけ食べるといい、普段ならそう言う所だが今日の僕は違う! 僕が一つを頂戴する!      キミと同じ菓子を食べキミと同じ茶を飲みキミと仲睦まじくお喋りをするという使命ができた!      ああ今できた!      キミは紅茶に砂糖は入れなかったか、残念ながら僕は甘い物が好きだ、砂糖を入れるぞ! 016撫子:ここのマドレーヌは甘いから、紅茶に砂糖はいらない。 017誉 :ああ危なかった! 忠告ありがとう! キミのお勧めが聞けた!      これは今日一番の大切な情報だ! 忘れないうちにメモを取らせてくれ! 018撫子:彼は甘い物が苦手だそうで食べてなかったけれど。 019誉 :ほらよしざまあみろ! 幼少期の僕が散々氷砂糖を食わせてやった甲斐があったというものだ!      キミきみ、彼女にマドレーヌを! さあ、たんとお食べ! 020撫子:みっつで。 021誉 :そうか、キミは三人分を食べるのか! 素晴らしい! その調子で食べつつ小説を読み進めてくれ!      片手間に僕の質問に答えてくれたらそれでいい! さあ! ソウジとはその他諸々何を話したんだい!? 022撫子:私の長年の疑問に答えてもらった。 023誉 :長年の疑問!? へえ! そういえばキミはソウジを女学生の頃から知っていたという話を聞いたな!      待て待て待ってくれたまえよ、キミに倣って僕の推理を披露しよう!      ズバリキミの長年の疑問とは、何故柳の下で彼女を待っていたか! これだ! 024撫子:いえ。 どうして彼女の登校にまで付き添っていたか。 025誉 :成程その類の話……ええ!?      キミ、キミ、なにか悪い物でも食べたのかい!? さてはここのマドレーヌか!?      何故そんな界隈(かいわい)の乙女のような話題を!? 026撫子:あなたの言う黒猫に、色恋沙汰に興味を持った方がいいと言われた。 027誉 :あの泥棒猫! キミはマタタビか何かか!? なんて入れ知恵をしてくれたんだ!      僕は奢ったわらび餅の返金を要求する事にしよう!      それはそうとキミの疑問について、ソウジの回答は!? 何て言っていたんだい!? 028撫子:逢瀬の時間を作っていた。 029誉 :成程それしか考えられないな! そもそもあれ程に付き纏(まと)っていた僕にすら!      あの黒猫の存在をひた隠しにしていた事すらもう腹立たしい!      それ程に愛しい黒猫がいながらもキミと楽しい時間を過ごしていただなんて! 030撫子:緊張した。 031誉 :緊張! あれは確かに万年仏頂面だからな! たまに笑ったと思ったら嫌な笑い方をする!      だから若いうちにどうにかした方がいいと常々話していたのにだ! 僕の話なぞ二割も聞いていない!      僕がこれだけ楽しく話しているのにだ! あれは僕の全てを受けとめようとしてくれないんだ! 032撫子:友人のいい人と話すのは初めての経験だった。 033誉 :成程大切な経験だ! キミのような社交界の経験豊かな人間でもその類の経験は中々ない事だろう!      因みにこれは嫌味でもなんでもく、キミの年齢と友人関係を鑑みて      一年先を歩み生きている僕からの純然な賛辞だと思って聞いておくれ! 034撫子:そう、とても有意義な時間だった。 035誉 :有意義とキミにそう評させたか! あの糞野郎は! ああもうなんて奴だ!      そう、あいつは無愛想で万年仏頂面で嫌な笑い方をするが僕なんかよりずっと良い奴だ! 036撫子:でも、あなたと話している方が楽。 037誉 :……え? 038撫子:あなたと話している方が楽。 039誉 :……本当かい? 040撫子:ええ。 041誉 :……そうか、そうなのか。 僕は一体何にカッカしていたのだろう。 042撫子:遠慮なく本を読み進める事ができるので助かる。 043誉 :なんだ、なんだなんだ、そうか。 キミは一言で僕の心を掴むのが本当に上手いな。 044撫子:ならよかった。 九割聞いていなかったけど。 045誉 :一割がキミに届いているのなら僕は世界一の幸せ者だ。 046撫子:ところで、彼に面白い話を聞いた。 047誉 :何の話なんだい? 僕からはこの店のマドレーヌは確かに一級品だなという感想を進呈しよう。      これなら確かに紅茶には砂糖はいらないな。 制作過程で砂糖を大量に投入したと一口で感じられる。      しかし成程、一緒に食べる物を鑑みると砂糖の有無まで考えなければならないのか。      これは面白い趣味ができそうだ。      いや、キミという先駆者に逐一お伺いを立てるのも面白いかなとは思うが、      そこから自分好みの味を探しだすのも、探究心という男の浪漫を追求し続ける      僕にぴったりの趣味じゃあないかと思うんだ! 048撫子:名前の無い男の話。 049誉 :名前の? 何だって? 今度はどこの国の推理小説だい? 050撫子:彼の店に現れた、記憶喪失の男性の話。 051誉 :へえ。 ソイツは確かに面白そうな案件だ! そしてキミが好みそうな話でもある!      キミに仕事の話を漏らしたなんて大層意外な事ではあるがまあそれはいい!      その記憶喪失だという男性はどんな男性なんだい? 格好は? 背丈は?      記憶喪失。 へえ、一体どんな男性なのだろう。      一体全体どんな大事件があってどこに記憶なんてモノを忘れて来ちまったんだい? 052撫子:彼の話でしか聞いてないから、詳細はわからない。 上等な身形で、銀時計をしていたと。 053誉 :成程成程。 僕はこれまで色々な人間に出会い親交を築いてきた訳だが、      記憶をどこかに置き忘れて来ちまった人間と話した事というのはない。      とても興味深い分野の人間だ。 人間性はさておき事象が興味を引く。 054撫子:記憶は無くとも、挨拶の言葉は出てくるみたい。 055誉 :ほうほう。 という事は、これまで身に付けてきただろう一般常識は忘れていないという事か!      ん? 当然か。 僕は今何と言った? 身に付けてきたと形容したな。      そして彼は銀時計を身に付けていたという情報も今さっきキミに頂戴している。      むぅ、僕は逐一キミの話を書き留めた方がいいのかもしれない。      これだけ面白そうな案件を聞き逃すのは大変惜しい!      して、その挨拶の言葉は? あの何でも屋に赴いたという事は何かしらの依頼があったのだろう? 056撫子:こんにちは。 居場所を探してくれ、と。 057誉 :居場所。 確かに記憶を無くしてしまったとなれば大層不安になるだろうとは容易に想像がつくな。      しかし名前でも帰る場所でもなく居場所か。 これは僕には些か不思議に思える。 058撫子:どうして? 059誉 :記憶を無くしちまったなら、まず取り戻すべきは名前、そして帰る場所だとは思わないかい?      しかし彼は居場所を探してくれ、そう言ったんだろ? 060撫子:私はそう聞いている。 061誉 :僕の幼馴染が会話の中で色を付ける話術、技量があるとは僕にはとても思えない。      名前の無い男、だなんて、彼の人生の中で発した言葉で最も洒落た言い回しだと賛辞を贈りたい程だ。      だから僕は、キミが読んだ新しい推理小説の話だと思ったんだよ。      そしてアレは堅物だ。 僕とは正反対の石頭。      依頼内容に関して、ソウジは名前の無い男の口から出た単語をそのままキミに伝えたと僕は憶測する。      さて前置きが長くなったが。 記憶喪失であるなら、依頼内容はこっちの方が自然じゃないかな。      私の名前を探してくれ、私の家族を探してくれ。 とね。 062撫子:成程。 けれど彼は警察に持ち込むような案件ではないとも言っていた。 063誉 :え? それはどうしてだい?      僕はこれまでキミに聞いた話で、名前の無い男に非常に好感を持っている。      記憶を無くしそれでも人間関係の第一歩である挨拶ができるなんて、とても好ましい男性じゃないか。      そんな男性が警察にご厄介になれないだなんて、その理由が僕には想像もつかない。 064撫子:懐に、拳銃が一丁。 065誉 :──なんだって。 066撫子:あなたの言う酷い仕事、それに関わっていたのではないか。 これは彼の推測。 067誉 :ああ、僕も今し方真っ先にその案件を思い浮かべた。 068撫子:男性は本能的に、若しくは記憶喪失後に何かしらの事態に遭遇して、      自らの身が危ないと感じたのではないか。 これは私の憶測。 069誉 :それで、居場所を探してくれ、か。 070撫子:そう。 071誉 :成程わかった。 そして僕はソウジと話さねばならん事ができてしまったようだ。      好ましい男性だとは話した。 話したが、アレに関わっていたとなれば話は別だ。 072撫子:どうするの? 何かするの? 073誉 :とりあえずは名前の無い男と直接話をする事が望ましい。      望ましいが、ソウジから直接僕に話に来なかった辺り、恐らくまだ僕の出番ではないのだろう。      まずはソウジに僕の立ち回りを確認しようと思う。 074撫子:……話すべきではなかった? 075誉 :いや、むしろ伝えてくれてありがとう。 キミは僕に話すべきだった。      ソウジが仕事の話を関係者以外に漏らした事は大層驚いたが、成程こういう訳か。      僕の幼馴染も非常に愉快な男だと僕は大変満足している。      ソウジがキミにこの話をしたのはいつだい? 076撫子:二日前。 077誉 :頃合いか。 明日にはソウジの店を訪ねよう。 078撫子:ならよかった。 079誉 :だがしかし、今の僕はキミと仲睦まじくお喋りをするという使命がある!      仕事などという忌々しい畜生の事は明日考える! さあ! キミと僕で愉快かつ楽しい時間を紡ごう! 080撫子:本を読みながらでも? 081誉 :ああ勿論! 僕は懸命に文字を追うキミの姿を堪能しながら好き勝手に喋ろう!      ──きみキミ、何度もすまないね。 この店の物はどれも絶品だね、つい長居をしてしまうよ!      僕に紅茶のお代わりをくれないか? 本日は砂糖はいらない! 2015.9.16 完成 羽白深夜子 2015.9.18 更新 羽白深夜子 2020.1.9 修正 羽白深夜子 2021.1.16 修正 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子
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