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【帝都短歌事件録「秋待つ鮮血」】 (ていとたんかじけんろく「あきまつせんけつ」) 男性3~5人、女性1人。 有償版販売ページはこちら。 【春日 天真(かすがてんま)】 22歳男性、書生。 東北から帝都へ上京したばかりの青年。 本の虫で、特に恵慶忠成という作家の本を愛読している。 【八尋 久々利(やひろくくり)】 18歳女性、探偵所所員。 天之川探偵事務所に所属している少女。 書類整理からお茶出しまで、細々した雑務をテキパキこなす。 【香鹿 閏(こうがじゅん)】 23歳男性、探偵所所員。 天之川探偵事務所に所属している青年。 喧嘩っ早いが面倒見が良く、年下や弱者に親切で優しい。 可愛い物、文房具に目がない。 ※「春日織人」と兼ねる事ができます。 【天之川 昴(あまのがわすばる)】 35歳男性、天之川探偵事務所所長。 過去警察に所属しており、独立し探偵事務所を構えている。 仕事はできるが壊滅的に不器用で、「破壊神」と呼ばれている。 ※「加賀美忠成」と兼ねる事ができます。 【加賀美 忠成(かがみただなり)】 53歳男性、作家。故人。 「恵慶忠成」という雅号(ペンネーム)を使う、長年天真が憧れていた作家。 天真の上京を打診する手紙を彼の父から受け取るが、戦地へ旅立った自身の友人からの手紙だと思い込む。 思い込みの原因は友人「織人」と天真の父が、全く同じ名前の兄弟だった事に起因する。 (忠成の友人「織人」が出兵、戦死した直後に天真の父が生まれており、「織人」と同じ名前が付けられている) 作家生活の虚しさから自宅風呂場で自死するも、出兵した織人の帰りを待つ一心で 自身の自宅周辺にかまいたちを起こし、来訪者を排除していた。本来は温和な人物。 ※「天之川昴」と兼ねる事ができます。 【春日 織人(かすがおりと)】 18歳。故人。作中の織人は、「加賀美忠成が思い返している、出兵直前の織人」。 忠成が三十年以上待っていた友人。18歳で戦争に出兵、そのまま戦死している。 天真の叔父にあたる人物。 出兵後すぐ戦死しており、彼が戦死してすぐ生まれた、天真の父に同じ名前が付けられている。 ※「香鹿閏」と兼ねる事ができます。 【配役表】 春日天真 : 八尋久々利: 香鹿閏  : 天之川昴 : 加賀美忠成: 春日織人 : ======================================= 001昴  :中途連絡、各員に告ぐ。       帝都東通り、二十代と思しき青年を保護。 各位厳重注意の上怪異を追え。       繰り返す、厳重注意の上怪異を追え。 002天真 :──大正四十四年、七月十五日。       燦々(さんさん)と照り付ける太陽、熱すら跳ねる地面。       そんな帝都のありきたりな風景が、僕の新しい始まりに相成(あいな)りました。 003昴  :青年の被害は甚大。 殺害前に一度、関節ごとに切り分けられていたと思われる。 004天真 :──ま、僕は死んでたんですけどね。       あっ。 僕は幽霊ではありませんよ、足もこの通り。 ね?       このお話はあくまで群像劇。 そして 005昴  :案ずる事はない。 ゆっくりではあるが、再生している。       口が利けるのならば証言を得られるだろう。       どういう訳か、バラバラになって尚。 歌を詠んでいるしな。 006天真 :──僕がこの、短歌を発端とした怪異を専門に扱うここ。       私設探偵アマノガワ事務所に入所した、その時のお話でございます。 <私設探偵天之川事務所、医務室。> 007久々利:十三時三十二分十八秒、対象起床。 おはようございます、体調は如何(いかが)でしょうか? 008天真 :あー……えっと、キミは? 009久々利:お話はできそうですね。 私はヤヒロククリといいます、この私立探偵の職員です。       ククリ、と気軽に呼んで下さいね。 010天真 :は、はあ。 探偵さん。 011久々利:あなたは? 012天真 :僕? 僕は、カスガトウキチと── 013久々利:偽名ですね。 014天真 :えっ。 015久々利:名乗る際、瞬きが少し多くなった。       私が名前の話をしていた約四秒の間、あなたは一度しか瞬きをしなかった。       それが、ご自身の名前の話を始めたほんの二秒の間。 四度も。 016天真 :……えっと、そこまで大層な話じゃなくて。 本名はカスガ、テンマといいます。       その、下宿先の先生が、帝都へは本名を隠してきなさいと。 017久々利:成程! 合点がいきました。 ご聡明な先生でいらっしゃいますね。 018天真 :はあ……。 僕には訳がわからなかったけれども。 019久々利:下宿という事は、あなたは書生さんで? 020天真 :そうです。 僕は先生に物書きを教えて頂こうと思って、帝都に。 021久々利:成程。 先生のお名前をお聞きしてよろしいですか? 022天真 :はい。 エギョウタダナリ様と仰る方です。 023久々利:……は、エギョウ……? 024天真 :ご存じありませんか? 今界隈で最も美しい小説を書かれる先生です!       書かれる小説はそれはもう絶品で! 例えば、そうだなあ……       林檎、そう、林檎がそこにぽつねんとあるとするでしょう。       本当に本当に、その林檎が寂し気に置かれているような、そんな気持ちにさせる文章を       お書きになるんです! 025久々利:は、はあ。 026天真 :ううん、もっと良い例はないかな。 そう! 金魚について書かれているとするでしょう。       そうしましたらそこ、僕の手元には、文面と同じような金魚がはらりと       その麗艶(れいえん)な尾で甲を撫ぜたような、そんな 027閏  :決まりだな。 どうだ、ククリ。 028久々利:え、ええ。 私もそう思います。 029天真 :……えっと? 030閏  :手前、そのエギョウとかいう作家の元で勉強しにきた、と。 031天真 :は、はあ。 ……こちらは? 032久々利:こちらはジュンさん。 私と同じく、この私立探偵の職員です。 033閏  :書生さんよ。 そのエギョウとかいう作家はどんなヤツだ。 身形(みなり)は、背丈は、顔は? 034天真 :え、ええっと。 035久々利:そんな矢継ぎ早に。 カスガ様はつい二分程前に意識が回復したばかりなんです。       落ち着いて下さいな。 036閏  :ああ!? あんなモン見せられて落ち着いていられっかよ! 037天真 :あんなモン? 038閏  :ああ!? 手前覚えてねえのかよ! ん? そりゃそうか、自分がバラバラになっ── 039久々利:クマちゃん消しゴム! ほら! 差し上げますよ! 040天真 :クマちゃん。 041閏  :ああ!? ……なんだよ可愛いクマちゃん持ってんじゃねえかよ! ありがとな! 042天真 :く、クマちゃん。 043久々利:どういたしまして。 044天真 :──そうそうそう、この時はククリちゃんが紹介してくれたんだったなあ、懐かしい。       あっ。 こちらの女の子がヤヒロククリさん。       後々知るんですが、彼女はこの帝都一と名高いお医者様の子女(しじょ)でいらっしゃって、       ものすごく有名人なんですよ。 045閏  :かっわいーなこのクマちゃん! おいククリ、この消しゴムどこで買った! 046久々利:曲がり角の文具屋です。 後で買いにいきましょうね。 047閏  :よっしゃわかってんじゃねえか! へへへ、いつも通りな、駄賃やるから。 頼むわ。 048天真 :──こちらの、ちょっと変わっ……んん。       見た目は少々おっかないんですけど、こちらの可愛い物がお好きな男性が、コウガジュンさん。       まあ、そういう訳で女児向けの玩具や文房具を集めてる方なんですけど……       本当に、本当に! 頼りになる方なんですよ! 049閏  :まあ、話が逸れた。 とりあえず書生さんよ、その先生について教えてくれよ。 050天真 :は、はあ……。 といっても僕、先生については作品と、父がやり取りしていた手紙でしか知らなくて。 051閏  :ああ? そんな奴に物書き教えてもらうのかよ。 052久々利:そういうモノなんですよ。 053閏  :あ? そうなのか? 054天真 :僕の家、恥ずかしい話なんですがその、余裕がなくて……。       僕がどうしても物書きを習いたいと話したら、父がツテがあるからと       エギョウ先生に手紙を出して下さったんです。       そしたら、家に来て自分から学べばいいと仰って下さって! 055閏  :ほんほん。 056天真 :僕はこれを好機と見て、単身帝都までやって来たんです!       僕の家は余裕がないなりに、エギョウ先生の本だけは毎回仕入れておりましてね。       この意味がわかりますか! 僕は! 幼い頃から触れていた! 大先生に! 物書きを! 直々に! 057閏  :そんで、そのエギョウって大先生の所に向かってる最中だったんだな? 058天真 :話を最後まで聞いて下さいよ! 059閏  :いやぁ長そうな話だと思ってよ。 俺らは俺らの仕事ができりゃ、それでいいんだけど。 060天真 :あ、そうだ。 ここは探偵さん? の、職場なんですよね? 061閏  :職場、探偵事務所だ。 ここは医務室。 062天真 :……僕はどうしてここに? 063閏  :……。 <久々利を見る> 064久々利:道端で倒れていらっしゃったんですよ。 そこを、私とジュンさんで見つけて。 065天真 :ああ、成程。 それはありがとうございました。       いやあ、暑い暑いとは思っていましたが、帝都の夏は厳しいのですね。       まさか倒れてしまうなんて。 僕はもう少し涼しい場所で育ったものですから 066閏  :お前。 バラバラになって死んでたんだ。 067天真 :へ? 068久々利:ジュンさん! 069閏  :嘘吐いたってしょうがねえだろ、そのエギョウって作家が関わってんのはわかり切ってんだ!       名前を偽装して上京させてんだろ!? 070久々利:それはその、事件もありましたからその……。       何らかのご事情でエギョウ先生が先日の事件を知っていて、気を利かせてる可能性もあるかなって……。 071閏  :その何らかのご事情ってなんだよ! いやもう名前から怪しいだろ! エギョウだぞ、エギョウ! 072天真 :いやいやいやいや! 僕生きてますよ!? ん!? 生きてますよね!? 073久々利:い、生きてますよ、今は。 074天真 :今は!? 075閏  :だーもうめんどくせえ! ククリ、所長に任せりゃいいだろ、俺こういう説明苦手だ! 076久々利:だから私が順を追ってお伝えしようと思って! 077閏  :お前は気が優しいから死ぬほど向いてねえ! 078久々利:やっ! ……さしい。 私が、優しい! <嬉しそうに> 079閏  :そうだろ、コイツが尊敬してる先生に殺されたかもしんねえって思って 080天真 :あの! ぼ、僕、話についていけてないんですけども! 081閏  :<溜息> ……ま、一人で上京する程文学に熱心なら、何か使えるかもしんねえ。 お前、下の名前は。 082天真 :て、テンマです。 083閏  :テンマ。 字は。 084天真 :天上のテンに、真実のシンです。 085閏  :おお、天の字が入ってんのか! 奇遇だな! 気に入ったぞ! <天真の肩を無理矢理組む> 086天真 :おんっ!? 087閏  :良い字だなあ、天上の真実か。 ここの事務所と同じ字が入ってら。       ここはな、私設アマノガワ探偵事務所ってんだ。 088天真 :アマノガワ……あの、空の。 089閏  :おう、まんま所長の苗字なんだけどな。 お前、口堅いか。 090天真 :え、……ええ、まあ。 091閏  :よしよし。 これから帝都に住むってんなら、良い事を教えてやる。       俺達との話と、この後ウチの所長から聞く話。 誰にも話すんじゃねえぞ。 092天真 :え、はい! それが僕がその、死んでたっていうのと関係あるんですか? 093閏  :あるね、大アリだ。 テンマ、お前は短歌事件の被害者だ。 俺は確定だと思ってる。 094天真 :……短歌事件。 095久々利:正式名称を「短歌怪異事件」。 私達は通称、短歌事件と呼んでいます。 096閏  :人には到底成し得ないやり方で人が死んだり、他にも色々奇妙な事が起こる。 097天真 :……僕が、その事件の被害者。 098閏  :ああ。 お前は、関節でキッチリ切り分けられて死んでいた。       手足と首が、そんで胴体が六つに離れてて、後はまあ、細々(こまごま)。       きっちり骨の通りに切り分けられて。 生きてる訳ぁねえよな? 099天真 :……ない、ですね。 え、え? 100閏  :お前を見つけたのは俺達じゃなくて、うちの所長だ。       所長が見ている最中、ある短歌を呟きながら、お前は再生した。 101天真 :──「八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり」。 <私設探偵天之川事務所、事務室。> 102昴  :恵慶法師(えぎょうほうし)。 キミ、小倉百人一首は知ってるか? 103天真 :小倉……? 百人一首なら、その。 いくつか知ってます。 104昴  :ならいい。 今日(こんにち)では百人一首といえばその小倉百人一首を指す事が多い。       「短歌事件」はその百人一首から歌を頂戴して、事件状況や事件背景、犯罪方法や動機などが       その歌と似通っている、または連想し得る状況になっている。       そして。 人間には成し得ないだろう方法が用いられている事件だ。 105天真 :じゃあ、その……。 僕は、その恵慶法師の歌に準(なぞら)えて、一度殺されて。 106昴  :恐らく。 上京早々こんな話を、申し訳ない。 僕も驚いた。       まさか死体が歌を詠んでるなんて思うだろうか。       あの状態の被害者と、もう一度話ができるとも思っていなかった。 107天真 :──この人が、短歌事件専門、私設天之川探偵事務所の所長。 アマノガワスバルさんです。       武骨な方ではございますが、何でも昔は警察としてお勤めされていたそうで。       まだお若いながら警察から独立、連携して短歌事件を追う為のこの事務所を設立された、       すごい方なんですよ! 108昴  :この短歌事件、模倣犯の発生と混乱を招かないよう、お国と警察の方針で一般公開はされていない。       被害者にも緘口令(かんこうれい)を敷いている。       キミにもしばらく窮屈な思いをさせてしまう。 申し訳ない。 109天真 :あ、いえいえ! それはその、全然! 110閏  :お前の件が解決して、俺らが正式に被害者だってお前の名前を申請すれば、       見舞金と口止め料だっつってたんまり金が入るから。 楽しみにしてろよ! 111久々利:もー、ジュンさんってばがめつい。 112昴  :そういう訳で、いくつか書類に目を通して欲しいんだ、がー……       そうか、引っ越しの書類諸々が偽名なのか。 そちらも合わせて申請してしまおう。       書類はどうしたらよかったか。 おーい、キョウコ、キョウコ。 113久々利:キョウコさんは本日非番です。 カスガ様、後で私がご説明しますね。 114天真 :あ、ありがとうございます! 115昴  :ああそうか、非番か。 じゃあ自分で茶を淹れないと、 116閏  :<慌てて> 俺が淹れる! 所長は座ってろ! 117昴  :いや、茶の一式は用意してある。 二人、今日は座っていなさい。 118閏  :あー……。 119久々利:<小声> カスガ様、先に謝っておきますね。 この後何があっても怒らないで下さいね。 120天真 :え、まだ何かあるんですか!? 121昴  :後は細々とした説明とー……ああ、キミをその先生の元に今、お連れする訳にはいかない。       そのくらいか。 122閏  :俺雑巾持ってくるわ! 123久々利:任せました! 124昴  :忙しない子達だな。 僕もお茶くらいまともに淹れられる。 125天真 :……先生の所に、行けないんですか? 126昴  :ああ。       解決までは、この事務所のすぐ裏に保護施設を兼ねた寮があるから、そこで暮らすといい。       生活の全てはこちらが負担する。 何も心配する事はない。 127天真 :……はあ。 あの、ありがとうございます。 128昴  :そう恐縮するな。 事件の話に戻るか。       察するに、エギョウ先生というのは雅号(がごう)なんだろう。 本名は何て仰るんだい。 129天真 :雅号はエギョウタダナリ、本名はカガミタダナリと仰います。 130昴  :ククリ。 131久々利:調べますね。 132昴  :先に言った通り、キミが詠んでいたのは恵慶法師の歌だった。 わかるね? 133天真 :……ええ。 恵慶法師と、その……何といいますか。 134昴  :名を雅号に頂く程だ。 尊敬か崇拝か、はたまた別の縁か。       そういう訳で、色々話を聞かせてもらおう。       逐一書き取らせてもらうが、あまり気負わないでもらえると。 135天真 :は、はい。 136昴  :キミが帝都に着いたのはいつだい? 137天真 :今日です。 お昼前、十一時に上野駅に着く電車で着いて。 138久々利:ご実家はどちらなんですか? 139天真 :東北です。 140久々利:でしたら、お乗りになったのは恐らく東北本線。 上野駅着は十一時三十六分ですね。 141天真 :……そ、そうです! すごい、どうしてわかったんですか!? 駅に着いた時間まで! 142閏  :テンマ! 無事か! 143天真 :あっはい! ……はい? 144昴  :今日は茶葉もお湯もぶちまけていない。 ほら、お茶を飲んでくれ。 145天真 :ぶち? あ、はい、頂きます。 146昴  :紅茶なんだが、 砂糖は必要か。 147天真 :あー……ええっと。 ちょっと多めに入れて頂けると嬉しいです。 148昴  :そう畏(かしこ)まらなくていい。 僕も、粗忽者(そこつもの)ですまないな。       それで。 上野に着いてからはどうしていたんだい。 149天真 :あ、ありがとうございます、頂きます。 ……その、あれ程店が並んでいると思わなくて。       見物して、お昼ご飯を食べて、先生の自宅に向かおうと。 150閏  :お、今日の話してんのか。 151昴  :ああ。 順を追って聞こうと。 152天真 :<むせる> しょっぱ!? え!? 153昴  :ん? 154天真 :て、帝都のお茶は、その、随分としょっぱいのですね!? 155昴  :砂糖を入れたんだが。 156閏  :これ塩じゃねえか! 157久々利:あああカスガ様、こちらで口をゆすいで! 158昴  :すまない、また間違えたらしいな。 淹れ直そう。 159閏  :どうやったら砂糖と塩入れ間違えるんだよ!? 160昴  :入れ物が似てて、 161閏  :ってもう二十回は聞いたからな!? ここにな!? デカデカとな!? 書いてあんだよな!? 162昴  :そうか、悪かった。 次から気を付ける。 163閏  :それも十回以上聞いたんだよなあ!? 164久々利:砂糖と塩の取り間違いは二十八回目! 割ったティーカップは六個!       お湯で火傷をして病院に駆け込んだのが四回!       もう絶対にお客様の前でお茶がどうとか言わないでもらえますか!? 165昴  :す……すまない。 166天真 :あーあーあの!       びっくりしましたけど、その、所長さんは見掛けに寄らず、お茶目でいらっしゃるんですね! 167昴  :そう言ってくれるか! <ちょっと嬉しそう> 168閏  :頼むから甘やかさないでもらえるか!? この人仕事しかできないんだよ!       不器用とかそういう話じゃねえんだよ破壊神なんだよ!       毎日ハラハラしてる俺達の身になってくれよ!? 169天真 :ええええなんかごめんなさい!? 170昴  :ジュン。 お客様を怒鳴りつけるのはよくない。 171閏  :誰の所為でこうなったと思ってんだよ!? 172久々利:もーっ! 調べもつきましたし、話、戻しましょう! 173昴  :あ、ああ、うん。 ……駅で昼食を済ませて、それから。 174天真 :先生の家へ向かいました。 175昴  :遺体になったキミを見掛けたのは、二丁目の裏路地だった。 その時の事は。 176天真 :……よく覚えてなくて。 あ、裏路地に入った辺りは覚えています。       洒落た街並みの裏にある隠れ家、成程名作が生まれるにはうってつけの場所だと。       ウキウキしながら歩いていたので、覚えています。 177昴  :覚えているのは、その辺りまで。 178天真 :そうです。 あの、さっきククリさんが倒れていたと仰っていましたよね。       そこから記憶がふっつりと途切れて、先程のベットの上にいましたので、       暑さで倒れてしまったのかと納得したんです。 179久々利:成程。 カスガ様、エギョウ先生のご住所がわかる物をお持ちですか。 180天真 :ああ、手紙を持っています。 えーと……これです。 181久々利:東京都上野……間違いありませんね。 確かにこの住所、カガミタダナリ様の持ち家がございます。 182昴  :その手紙、中を改めても? 183天真 :はい。 184久々利:しかし、その……。 大変申し上げにくいのですが、この住所。       最近取り壊しが決まっていたと思います。 185天真 :え!? 186閏  :どこだ? 187久々利:二丁目の、路地裏を進んだ先にある大きな平屋です。 188閏  :あー、あのあばら家。 ……到底人が住める家じゃねえな、確かに。       そんで、あばら家ってくらいだから、もう数か月は人が住んでねえぞ。 189天真 :え、え!? 先生は!? だってほら、こうして手紙も……! 返ってきていたし! 190閏  :手紙のやり取りを始めたのは? 191天真 :二月(ふたつき)程前だと思います、その、僕。       五月の僕の誕生日の折に父が上京を許してくれて、それでやり取りを始めているので……。 192久々利:まずは役所を訪ねてみましょうか。 エギョウ先生、カガミ様が転居されている可能性があります。 193昴  :もう既に亡くなっている可能性もある。 194天真 :……は? 195昴  :この手紙、改めて読んでご覧。 196久々利:「当家(とうけ)、駅より少々歩き奥まって、しかし風情の余り有る場所である。       キミもきっと、気に入って下さるだろう。 道中気を付けて」。 ……これが? 197昴  :目的の住所はあれど、今から教えを乞う為に上京する彼に送るには。 少々素っ気ない気がする。 198閏  :誰かがそのエギョウ先生を騙(かた)って手紙を返し、テンマを呼んだ? 199昴  :もしくは。 これは「短歌事件」だ。 200閏  :ああね。 201天真 :……。 人に、成し得ない事件……。 202昴  :手紙のやり取りは主に、お父上と先生がなさっていた。 203天真 :そうです。 204昴  :エギョウ先生と、お父上と。 どういうご縁で? 205天真 :えっと……実は僕も、その辺り詳しく聞けなくて。 206閏  :ん? 詳しく聞けない? 207天真 :なんでも、叔父の縁だと聞いているのですが。 208久々利:叔父様。 209天真 :はい。 叔父は父が生まれる前、先の大戦で戦死しているんですけども。 210久々利:ああ……。 211天真 :父は、六人兄弟の末子(すえご)で。 上の叔父様、叔母様に大層可愛がられたと。       やはりその、早くに亡くなっていると聞くと、どうにも。       詳しい話を聞こうと思っても、幼い頃の武勇伝、人に優しい方でしたとか、正義感が強い方でしたとか。       <苦笑する> そんな素敵な話しか聞けなくて。 友人の話などはあまり。 212昴  :キミは中々手厳しいな。 作家を志すだけはある。 213天真 :あはは……。 214昴  :そうか。 とりあえずは、諸事情あってしばらくはここに住む旨を、お父上に伝えた方がいい。       ついでで構わないから、先生から送られた手紙も、送って頂けるようならこちらに       送ってもらえるとありがたい。 215天真 :……あの。 この件、僕も調査に同行して大丈夫ですか? 216昴  :キミが? 217天真 :はい。 その、足手纏いは重々承知なのですが。 218閏  :おいおいおいおい、お前一回切り分けられてんだぞ。 しばらく安静にしていた方がいい。 219天真 :体調は大丈夫です。 ……どういう理屈かわかりませんが。       先生に師事を乞う事ができる、僕はそれをすごく楽しみにしていたんです。       僕が切り分けられていたからこそ、全貌が気になるし、       ……先生が亡くなられているのなら、せめて、花を手向けたい。 220昴  :……キミがそう言うなら、僕は構わない。 給金もしっかり渡すからな。       この件、ククリとジュンに任せようと思っていた。 二人はどうだ。 221閏  :気持ちの方は大丈夫なんだな。 いいぜ、連れてってやるよ。 222久々利:ただし。 私かジュンさんから、絶対に離れないで下さいね。       それを約束して下さるのであれば、私も勿論。 お供します。 223閏  :物書きになりてえんだろ? きっといい社会勉強になるぜ。 224天真 :よかった、ありがとうございます! 225昴  :じゃあテンマくん。 最後にもう一つ、最初の仕事だ。 226天真 :はい! 227昴  :何でもいい、そのエギョウ先生本人について。 改めてキミが知っている情報を話してもらえるかい。       そうして現状の僕の見解と照らし合わせて、今後の調査方針について話をしよう。 228天真 :──エギョウタダナリ。 本名をカガミタダナリ。       明治三十六年に生まれ、現在五十三歳。 ……生きて、いらっしゃれば。       処女作は「覆水不返(ふくすいふへん)」。 ご自身が二十六歳の頃に発表されたこの作品を皮切りに、       文学賞などを受賞する機会にこそ恵まれはしませんでしたが、これまでに三十六冊を執筆。       怪異小説、推理小説を得意にしていらっしゃって、       どれもこれも、如実(にょじつ)な描写(びょうしゃ)に長けていると。       高い評価を得ているように思います。 229昴  :僕は警察にツテがある。 キミの遺体、……遺体でいいんだろうか。       とにかく遺体があった現場は、現在警察によって封鎖されている。       幸いあの裏通りは先生の家を含めても人家は少なく、住人達も事件発生を伝えた所避難に協力して下さった。       そう、全員が快く、協力して下さった。 230天真 :愛読故の贔屓ではありませんよ。 こちら、今流行っている文学誌です。       電車の中で退屈しないよう持ってきていたんで、よかったらこちらの批評をお読み下さい。       起き抜けにククリさんにちらとご紹介したのですが、今界隈で最も美しい小説を書く作家だと。       ──そして。 人知から外れた美しさを渇望している作家だと。 231昴  :裏通りに住んでいる子供、エギョウ先生のご近所にあたる少年がね。       時々髪の長い男性がこの辺りをウロウロしていると、そう言っているらしい。       近隣の大人達は気味悪がっていたそうだ。 ……ああ、簡単な聞き込みはして来たんだ。       だって、不思議に思わないかい?       そうして人家があったにも関わらず、テンマくんの第一発見者は僕だ。       駅から歩いて十数分の上野、その昼下がり。 裏路地とはいえ。       遺体が切り分けられ、それが当然だといわんばかりに路上が鮮血に染まっていたそこを。       一番に発見したのは、通りすがりの僕だったんだ。 232天真 :来歴……になるのかな。 エギョウ先生は三年程前、自伝を出版なさっています。       カガミ家の末子に生まれ、病弱故に両親や兄弟に溺愛されて育った事。       それ故世間に疎く、作家になる為にうんと勉強なさったと。       先の世界大戦の召集に、応じる事ができなかった後悔と共に綴られていました。 233昴  :警察が避難をと言い出す少し前に、テンマくんがいた辺りの真裏の家、       そこの庭で打ち水をしていたご婦人と、運良く話ができて。       彼女は何も見ていない、変わった事は特になかったと仰っていた。       あれだけ盛大にぶちまけられていれば、辺りが鉄臭かっただろうに。       それでも彼女は、何も知らないと言っていた。 234天真 :性根のお優しい方だな、というのが一番の印象ですかね。       自らの作品は僕達のような愛読者と、先の大戦で散った友人達の為と、       常々あとがきに書いておられましたので。 ====================================================== 235忠成 :──私は生まれつき酷く病弱で、いつも咳をしながら、一番上の姉様を真似て編み物をしている       ような子供だった。       父の教育方針のお陰で上の兄様方と、周りの子供達と同じように尋常(じょうじん)小学校に       通わせて頂けた事。       これは私の矮小(わいしょう)な人生の、最高の幸いの一つと表現して差し支えないだろう。       本当に沢山を得た。       文字の読み書き、数字の数え方、日に当たらない白い腕は学友に揶揄(からか)われる小さな社会。       そして、キミを得た。 ……こんな他人行儀な手紙をよこす事はないだろうに。       勿論、僕はキミを歓迎する。       ああ、ああ。 帰ってこれたんだね、帰ってきてしまったんだね。       それでも私は、キミの帰りを嬉しく思う。       召集と同じその名前では少々、不都合も多いのだろう。 偽名を使って、来るといいよ。 236織人 :なあ、ナリ。 俺の英雄譚を書いてくれよ! 237忠成 :キミが言った言葉だ。 もう、三十年も前になる。 覚えているかな。 238織人 :俺はいくつも武勲を挙げるぞ、それをな、一つ残らずお前に話すから! 239忠成 :おかえり。 私は三十年の間、キミの帰りを待っていたんだ。       きっと何も変わらないんだろう。 体が大きくて、気が優しくて。       病弱で華奢な所為で、揶揄われる私をいつも助けてくれた。       まあ、今となっては揶揄っていた彼らの気持ちもわかるよ。       幼い頃から歌集と偏屈な自身を愛していた変わり者だ。       秀歌撰(しゅうかせん)、優れた歌人と謳われた三十六人、三十六歌仙(さんじゅうろっかせん)。       そこから漏れたか、はたまたより後世(ごせ)の三十六人。 「中古三十六歌仙」。       そのうちの一、エギョウは、人との交流深く先駆的な句を詠んだという。       二十五を過ぎて尚、作家として日の目を見る事のなかった僕だ、見習おうと思ってね。       あえて後世の三十六から名前を頂戴した。       今度は、そんな変わり者がキミを助ける番だ。       当家は、駅より少々歩き奥まって、しかし風情の余り有る場所である。       キミもきっと、気に入って下さるだろう。 道中には気を付けて来るように。 <私設探偵天之川事務所、所員寮。> 240久々利:──こちらのお台所と水回りは共用。 お手洗いは男女別になっています。       共用になっている場所は、当番制で掃除をしています。       今週はお休みして、来週から、お願いしますね。       お食事は基本的にキョウコさんが作って下さいます。       カスガさんも召し上がるのなら……あのー。 241天真 :んあっ!? はい、はい! 242久々利:先程から、少々上の空な様子ですね? 243天真 :あー、ごめんなさい、どうにも……。 244久々利:大丈夫ですよ。 これ、召し上がりますか? 245天真 :これは? 246久々利:私の買い置きのドラ焼きです。 麦茶もありますよ。 247天真 :え、あ、いいんですか、ありがとうございます! 248閏  :説明終わったかー……なんだお前もしかして、腹減ってんのか? 249天真 :う、……じ、実は。 250閏  :なんだよ、だったらそう言えよ! 役所と出版社を見にいく前に、飯食うか。 奢ってやるよ。       父ちゃんに電話もしねえとな。 251天真 :……あの、こんなによくして頂いていいんですか。 252閏  :今日から同じ屋根の下に住むんだ、甘えとけよ。       若いうちから気ィ回してたらハゲるぞ。 お前今いくつよ? 253天真 :えっと、二十二になりました。 254閏  :に……!? なんだ、俺と一個しか違わないのか! 遠慮すんなよ! 255久々利:スバルさんが中途連絡で、二十代の青年だって仰ってたでしょう。 256閏  :実際に会って、お前くらいだと思ってたんだよ! 257天真 :あはは……ククリさんはおいくつなんですか? 258久々利:私は十八です。 259天真 :そっか、随分大人っぽく見えますね。 260閏  :大人っぽいじゃなくて、生意気ってんだ、こういうのは。 261久々利:そんな意地悪を仰るのなら、さっきのクマちゃん返してください! 262閏  :はいはいはい、大人っぽい、大人っぽい。 263忠成 :私が筆を取ったのは、十八の誕生日。       ……キミが戦地へ発ってしばらくして、私は本格的に作家を志した。       私の相棒であるこちら、万年筆は、病弱故徴兵検査すら受ける事が叶わなかった私へ、       父からの贈り物だった。       一番上の兄と、三番目の兄は、終ぞ帰ってはこなかった。 父はそれを予見していたのだろう。       私に万年筆を握らせて、声を押し殺して唯々泣いた。       親より先に逝く、それ以上の親不孝はない。 何度も何度も、そう繰り返していたんだ。 264久々利:それで! どうするんですか? 先にどちらに行きます? 265閏  :ああ? まず役所じゃねえか?       先生が生きているか死んでいるか、そっから確認しないと始まんねえだろ。 266天真 :あの、いいですか。 267久々利:どうしました? 268天真 :僕、その。 避難されている周辺の方へ、まずは聞き込みをしてみるのがいいかなと思います。 269閏  :どうして。 270天真 :取り壊しが決まったのは最近、ククリさんは先程そう仰っていましたね。 271久々利:ええ。 あの辺り、上野駅に新しい電車が通るとかで、工事をしていましたよね。       細々と地形が変わるもので、丁度先週地図を新調したんです。       その際、お役所の方との雑談の折に教えて頂きました。 272天真 :お二人は、先生の家をあばら家と仰っていました。       人が長く住んでいない、これはジュンさんのお言葉。       人が長く住んでいないだろう家が、どうして今も建っていると思います? 273閏  :放置されてんだろ、それこそ役所に問い合わせれば一発、……あ。 274天真 :そうです。       そのお役所が関与していないからこそ、あばら家になって尚建っているのではないでしょうか?       所長さんの仰っていた髪の長い男も気になりますし、怪異事件の現場だと証明したのは僕自身です。       覚えてはいないんですがね。 275閏  :……お前、お前! 頭良いな! 276天真 :エギョウ先生の書かれる推理小説を読んでいて、こういう立場には憧れがありまして……。       ちょっとはしゃぎました、すみません。 277久々利:お役所が関与しているか、していないか。 確かに盲点でしたね。       カスガ様のお父様の元へ、手紙も返ってきていた訳ですし……。 278天真 :テンマ、でいいよ。 そう、それもあるんです。       最悪の場合、どなたかがエギョウ先生の名を騙っているのであれば。       役所に問い合わせて、見聞して……とやっていたら、逃げ道を作ってしまうかもしれない。 279忠成 :十三万と半分程。 該当する男子の四人に一人。       これはあの徴兵検査を受けた末、戦地に旅立つ青年達の数である。       私の作品を愛して下さる諸兄はどう感じるだろうか。 多いとお思いか、少ないとお思いか。 280天真 :時間が惜しいな、と思います。 281忠成 :私の友人は、その四人に一人に該当した。 そして、私は便りを待っている。       こうして私が読者諸兄に言葉を届け続けているのは、恐らくはずうとキミを探していたんだ。       私はこうして元気に筆を取っている。 キミのように、お国の役に立つ男にはなれなかったけれど。       今の私には、私の作品を待っている沢山の読者諸兄がいる。 そう、私も夢を叶えたんだ。       人気作家……とは。 残念ながら、いかなかったけれどね。 282天真 :そして、お二人さえよろしければ。 所長さんの言い付けを破る事にはなりますが。       ──もう一度、先生のお宅へ。 283忠成 :「幾重にも雑草の生い茂る宿は荒れて寂しく。 人は誰も訪ねてはこないが、ここにも秋だけは訪れるようだ。」       ……灼熱の夏を超えて紅葉(こうよう)の秋がくるように。 冷徹な木枯らしが吹くように。       若い日の私は、そうして望みが叶うのが当然だと、信じて疑わなかった。       キミもそうだろう。 だから、笑って発ったんだろう。 ──オリトくん。 284織人 :ナリ。 俺さあ、また兄弟が産まれんだ。       兄弟がデカくなって、文字が読めるようになったら。 見せてやりてえんだ。 285忠成 :ご兄弟は、ご家族は、皆元気にしているのかい。       話したい事が山程ある……んだが、そうだ。 まずはキミの話を聞かないとな。       英雄譚。 それは英雄の帰還と、その英雄が語る武勇伝があってこそだ。       私は英雄にはなれない。 キミのような勇気がない。 だから、キミの話を。 <東京都上野、大衆食堂。> 286久々利:お二人共! お疲れ様です。 287天真 :ククリさんもお疲れ様です! ああ、こちらに座って下さい。 288久々利:ありがとうございます。 ライスオムレツを頂いたのですね、お味はどうでしたか。 289天真 :美味しかったです、本当に!       いやあ、帝都はすごいな。 何を食べても美味しくて、目移りしちゃいますね。 290閏  :だろ!? お前食べっぷりがいいから、連れ歩いて気持ちいいわ。       この件が片付いたら、また連れてきてやるからな。 291天真 :はい! あ、頂いてばかりでは申し訳ないので、その時は僕が出します! 292閏  :はいはい、義理堅いこって。 ……そんで。 293久々利:転居届、死亡届共に提出されていませんでした。       出版社の方には、半年程前間違いなく先生本人から、長期の取材旅行の申し出があったそうです。       そちらは? 294閏  :評判は上々。 人当たりが良くて、近所付き合いなんかもまともにあった。       ……が。 ここ半年、姿を見たって奴がいねえ。 心配はされてたみたいだけどな。 295久々利:じゃあ失踪? 近所付き合いがあったなら、どなたかがお宅を訪ねていてもおかしくなさそうですが。 296閏  :ククリ、テンマも。 顔貸せ。 297久々利:はい。 298閏  :<小声> ──近所連中、誰一人あのあばら家を訝(いぶか)しんではいねえ。 299天真 :<小声> それどころか、おかずのお裾分けに行ったらしばらく留守にする張り紙がしてあった、と。 300久々利:……張り紙? 301閏  :取材旅行の為留守にする、と。 関西の民宿の電話番号が書いてあるそうだ。 302久々利:その旅館には。 303閏  :番号を聞いて電話を掛けた。 先生が最後に宿泊したのは二年前だそうだ。 304久々利:……。 305閏  :そして。 近所連中の目にはあのあばら家、まともな家に見えているらしい。       あばら家と口を滑らせたら、変な顔をされちまった。 306久々利:……ええ? 307閏  :今回の発端は間違いなくあの家だ。       俺達にはあばら家に見え、近所連中にはマトモな家に見え。 普通じゃない。       テンマ。 お前、どう思う。 308天真 :ええ、僕ですか!? 309閏  :エギョウ先生の推理小説が好きなんだろ?       お前の言う通り聞き込みに重点を置いたら手間が省けた。 310天真 :偶然ですよ、そんなの! その、専門にしてるお二人の方がお詳しいと思うんですけど! 311閏  :そりゃ勿論。 しかしもうお前もわかってると思うんだが、短歌事件には常識が通用しねえんだ。       物書きになりてえんだろ? しかも先生の熱心な愛読者ときた。 見解が聞きてえんだよ。       なんかこう……先生様が好きそうな状況、局面? 何かねえのかよ。 312天真 :……って、藪から棒に言われても。       そもそも短歌(事件って) 313久々利:しーっ! ここ、食堂! 314天真 :……この、件って、今まではどういう……その、塩梅だったんですか?       人に成し得ない、としか聞いてないので、想像が難しくて……。 315久々利:うーん……。 最近の事件は、ですね。       「ももしきや 古き軒端(のきば)の 偲(しの)ぶにも 尚あまりある 昔なりけり」。 316天真 :お、その歌はわかります。 順徳院(じゅんとくいん)、百人一首の一番最後の句ですね。 317久々利:はい。 これは、一挙に奥様とご子息とご子女を亡くした男性が。       全く同じ方法で寸分の狂いもなく、ご子息のご学友、第一高校高等科の生徒さん五人を。 318天真 :……それは、その、旦那様が? 319久々利:ええ。 ……男性は唯々、ご子息のご学友にお話を伺いたかっただけだと。       自らは凶器を持たず、ただ話を聞いていただけ。       しかし五人のご学友達は、話している最中、首を。 320天真 :く、首を。 321閏  :あの件も確か、ご学友達は遺体になっても短歌を口遊(くちずさ)んでいたそうだな。 322天真 :ひいっ! 323閏  :「いくら偲んでも偲びきれないことだ」。       家族が盛大に殺されてんだ。 恐らくはあの旦那の気持ちと、短歌が合致して。 324天真 :……ちなみに、その。 今その旦那様は。 325久々利:<小声> 監獄です。 326天真 :でもそれって、ご本人の意志ではなかったんですよね? 327閏  :本人の意志ではないにしろ、だ。 五人。 328天真 :……。 329閏  :ま、こんな事件ばっかりじゃねえんだ。       百人一首は二十八番、源宗于(みなもとのむねゆき)。 わかるか? 330天真 :え、ええっと……。 331閏  :「山里(やまざと)は 冬ぞ寂しさ 勝(まさ)りける 人目も草も かれぬと思えば」。       これはちっと間抜けな事象でよお。       お前みたいに上京してきて、洋食屋に勤めてる兄ちゃんだったんだが。       冬になると遅刻と無断欠勤が多いってんで、冬になる度に店を転々としてたんだ。 332天真 :あ、「冬ぞ寂しさ勝りける」! 333閏  :ご明察。       人伝に相談を受けて寮で監視してたら。 本人の意識がないまま故郷へ足が向いちまってたんだ。 334天真 :それも、短歌を口遊んでいた。 335久々利:はい。 大成したら帝都に迎えるからと、故郷に許嫁さんを置いてきていたんですよね。 336閏  :そうそ。 許嫁ちゃん呼び寄せたら、ぴたりと止んだ訳だ。       今じゃ二人で「七福堂(しちふくどう)」っつー、美味い洋食屋やっててさ。 今度連れてってやるよ。 337天真 :やった! 成程、要領は何となくわかってきました。 他には? 338閏  :他ー……ああ。 とっておきがあるぞ。 339天真 :何ですか、何ですか! 340閏  :「嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな」 341久々利:ジュンさん。 <咎める> 342閏  :いい、いい。 西行法師(さいぎょうほうし)、わかるか? 343天真 :西行……ああ。 「仏には 桜の花を 奉(たてまつ)れ 我が後(のち)の世を 人とぶらはば」。 344閏  :おお! 知ってんのか! 345天真 :はい! それで、その西行法師の件は? 346閏  :俺、その件の生き残りなんだ。 347天真 :……え。 348閏  :辛気臭え顔すんなよ、俺気に入ってんだ、この歌。 これはな── 349久々利:ジュンさんッ! 350閏  :……何だよ、おっかねえ顔して。 351久々利:……こんな大衆の場で話すような事じゃないんですって。 352閏  :だから俺は別に気にしてねえんだって。 353久々利:それでも、止めておいて下さい。 354閏  :……わかった。 テンマ、後で話してやるからな。 355天真 :あ、ええ、はい……。 356閏  :おーし、そろそろ行くか。 勘定してくるから、お前ら先に出てろ。 <閏、席を立つ。> 357久々利:ごめんなさい、驚きましたよね。 ジュンさん、自分の話になると途端にああだから。 358天真 :まあ、驚きはしましたけど……。 でも、ククリさんが止めるなら、うん。       後でこっそり、教えてもらいますね。 359久々利:……まるで、ご自身の武勇伝みたいにいつも話すから。 私が気が気じゃないんです。 360天真 :うん。 361久々利:──ジュンさんの住んでいた、孤児院。       その職員が一斉に首を括って、みんなであの歌を口遊んでいた、それを。 362忠成 :秋は今日(こんにち)にきた。 長い、本当に長い夏だった。       十八のあの日から。 私がキミの代わりに筆を得たあの日から。       こうして筆を取っていれば、読者諸兄の望む私にさえ成れたら、皆々の望む私でいられたら、       きっとキミは、オリトくんはこうして、戦地から帰ってきてくれると信じていた。       私が三十年を賭して得たのはね、人知から外れた美しさを渇望しているという評価だった。       違う、違うんだ、そうではないんだ。 たった一人が帰ってきてくれたら、それでよかったんだ。       渇望を私に望んだのはキミ達、読者諸兄であったんだ。       私が待っていたのはこの秋の到来、ただそれだけだったんだ。       なのに。 <東京都上野、郊外。> 363閏  :……だー、機嫌直せよククリー、悪かったって! 364久々利:別に怒ってる訳じゃないです! <怒りながら> 365閏  :怒ってるだろ……。 ああ、お前からもなんか言ってくれよおテンマ! 366天真 :あー、あはは……。 367久々利:それはそうと! テンマさん、続きをお話して下さいな。 368天真 :あ、はい! 369閏  :<小声> これだから生意気だっつってんのによお。 370久々利:何ですか! 371閏  :何でもねえよ! 俺は先を歩くから、テンマの父ちゃんの話でもしてろ! 372天真 :まあまあまあ、ジュンさんも歩きながら聞いて下さい。       そうして父は母と結婚した後。 姉二人の後に、僕を授かるんですけれどね。       自分が本の虫なのに、勉強する環境が整っていなかった事もあり。       姉達と僕には、小さい頃から文字の読み書きを教えて下さったんです! 373久々利:お姉様方にもですか? 374天真 :はい! その甲斐あってか、上のミツル姉さんは司書を、下のコルリ姉さんは教師をしています。 375久々利:すごい! 優秀なお姉様なんですね。       ツルにルリ、そして男児にはテンマ、ですか。 それぞれ素敵なお名前ですね。 376天真 :あ、気付いて頂けましたか! そうなんです、姉二人は鳥、僕は天(てん)の字を頂いて!       ……と言いたい所なんですが。 僕の由来はそこではないんです。 377久々利:あれっ? そうなんですか? 378天真 :エギョウ先生の出世作、四作目の作品になるんですがね。 「天上の真実」という作品があるのです。 379久々利:あはは、成程! テンマさんはそちらの表題から、なんですね! 380天真 :ええそうなんです! 父、オリトという名前……織り成す人、と書くのですがね。       我が父ながら、本当に洒落た人で! 父が下さった名前に恥じない人になりたいものです! 381閏  :止まれ。 382天真 :はい? ……え。 383閏  :ククリ、今何時だ。 384久々利:十五時、ですね。 385閏  :二人共下がれ。       よう、テンマ。 お前が仰るエギョウ先生のお宅は、あの正面の家なんだけどよ。 386天真 :……はい。 387閏  :お前、どう見える。 388天真 :……あばら家、ですね。 389閏  :よし。 そんで。 390忠成 :──なのに、どうして、来るのがキミじゃないんだ? 391閏  :七月の午後十五時。 こんなに冷え込むのは、おかしいよな? 392忠成 :──キミ達は誰だ。 どうしてこの家を訪ねた? 393天真 :どうして、こんな寒い、さっきまでは普通に! 394忠成 :──あの戦争が終わったのは、十一月の秋の日だからね。       このように、少々肌寒い日だったんだよ。 395閏  :ククリ、テンマ連れて下がれ! 396忠成 :私はね。 友人が帰るのを待っているんだ。 待っているだけなんだ。 三十年。       やっと手紙が届いた。 私の元を訪ねてよろしいかと。       少々他人行儀なのは寂しかったが、まあ。 三十年越しの再会、致し方ないのかもしれないね。 397閏  :手前だな、エギョウ先生とやら! 398忠成 :……私は確かに、エギョウという名前をお借りしているが。 399久々利:ジュンさん! そこに、そこにいらっしゃるんですね! 400閏  :ああ! 401天真 :ど、どこ、どこに……!? 402忠成 :こんにちは。 随分物騒な物を持っているね。 403閏  :ああ、こんにちは。 この辺りで死体が出たと聞いてな。 404天真 :刀!? あれ、本物の!? 405久々利:ええ、ジュンさんの刀です。 406忠成 :死体……。 覚えがないな。 本当にこの辺りかい? 407閏  :ああこの辺りだ。 そして、こっちはアンタが関わっていると踏んでいるんだが。 408忠成 :とんだ言い掛かりだな。 まあ、私が待っている客人ではなかったようだ。 409天真 :さっ、さっきまで、持ってなかったですよね!? 410久々利:ええ。 あれは、ジュンさんの刀で── 411閏  :──「嘆けとて 月やは物を 思はする」 412忠成 :それでは、失礼するよ。 さようなら。 413久々利:ジュンさんの、怪異ですから。 414閏  :「かこち顔なる わが涙かな」! <閏、忠成に思い切り斬りかかる。突風が吹く。> 415天真 :先生!? 416久々利:ジュンさん! 417閏  :ああ、ああ! 成程な! かまいたちか! 418忠成 :キミ、何事かね? 突然斬り掛かるなど。 419閏  :先生様よお。 アンタもう死んでんな? 420忠成 :は? 421閏  :俺の刀、見えるな? 見てるな?       この刀はな。 お天道様の下じゃ、生きてる人間には見えてねえんだ。 422天真 :じ、……ジュンさんは、何をして……? あのように、柄(つか)だけの刀を……? 423閏  :そら見えるか。 後ろの坊ちゃんが、大方唖然としているだろう。 424久々利:ね。 ……エギョウ先生のお姿、私達にも見えるようになったでしょう。 425天真 :……ええ。 あの方が……。 426忠成 :……しているね。 ふむ、話を聞こう。 私は怪奇物を得意としている、中々興味深い話だ。       この刀はどうして私を斬れていないんだろう? 胸元にあるのに、衣服の寸分(すんぶん)すら。 427閏  :中々話がわかりそうだな、助かるわ。 百人一首は八十六、西行法師。 知ってるか。 428忠成 :キミが、刀を抜刀する際、諳(そら)んじていたね。       「嘆き悲しめと、月は私に物思いをさせるのだろうか。」 だったか。 429閏  :「 いや、そうではあるまい。 まるで月の仕業であるかのように、流れるは私の涙ではないか。」       こう続く。 手前の仕出かした事を月の所為、他所の所為にさせる気はない。       俺の刀は暇(いとま)を作る。 弁明の時間をやろう。 手前は何を思って、これを仕出かした。 430忠成 :……仕出かした? 431閏  :今この帝都にゃ、手前みたいに死んで尚、若しくは生きながら不用意に、       人様に害を成す連中がいてな。 俺達はそれを怪異と呼んでる。 432忠成 :初耳だな。 私は一体何を仕出かしたんだろう。 433閏  :後ろにいるお坊ちゃん、お前を頼って上京してきたそうだ。 それを、お前が、切り刻んだ。 434忠成 :……ほう。 435閏  :惚(ほう)けてる訳でないのなら、からくりが見えたぞ。 この家を取り巻くかまいたちだ。 436忠成 :彼は、誰だ? 私は彼に覚えがない。 437天真 :……。 438閏  :ああ? 手前が手紙を返して呼び寄せたんだろうが。 439忠成 :手紙、友人からきた手紙には返事を返していたが。 440天真 :……友、人……? 441忠成 :私は長年、戦地に発った友人の帰還を待っていた。       幼い頃からの友人でね。 十八で戦地へ旅立った。       そんな彼から、三十年以上経って、手紙が届いた。 私は彼を助けなければならない。 442閏  :助ける? 443忠成 :お国の為に発った彼が、三十年と年月(としつき)を経てこの国へ帰る。       何があったのか、彼の心中は? キミにも想像は容易いだろう。 444久々利:……捕虜、又は戦地で何かあった、んですかね……? 445天真 :……違う。 446久々利:テンマさん? 447忠成 :本当は、一人でキミの元へ行こうと思っていた。 もう三十年も待った、十分だろう。       担当に取材旅行へ行くと話して、近所の皆さんが余計な心配をするといけないから、張り紙を……。       でもね、彼は、オリトくんは帰ってきていたんだよ。 そう、あんな紙一枚で死ぬような男ではない。       そうして私に手紙を── 448天真 :カスガオリトは戦死なさいました! 449忠成 :──……は。 450天真 :その、僕も、叔父様叔母様に聞いた話でしか、知りませんが! 451久々利:テンマさん危ない、逆上でもしたら── 452天真 :オリト様の最後は、それはもう、立派な最後だったと! 453忠成 :キミ、何を言ってるんだ? 454天真 :……オリト、カスガオリトは、僕の叔父です。 叔父は三十年前に、戦死なさいました。 455忠成 :なら何故今、私にオリトくんから、手紙が。 456天真 :父は、カスガ家の末子です。 あなたのご友人と、十八、歳(とし)の離れた未子です。 457忠成 :……あ。 458織人 :ナリ。 俺さあ、また兄弟が産まれんだ。 男か女かはまだ、わかんねえんだけど。       でも、お前と兄弟の分まで。 ちゃんと働いてくるからさ。       ナリ、俺の英雄譚を書いてくれよ!       俺はいくつも武勲を挙げるぞ、それをな、一つ残らずお前に話すから! 459天真 :……覚えは、ございませんか? 460織人 :兄弟がデカくなって、文字が読めるようになったら。 見せてやりてえんだ。       こんなに武勲を挙げても、それでも、人が争うのは終わらねえって。       お前は奪う側の人間になるんじゃねえって。       男だったら、俺みてえに。 戦争に駆り出されるかもしれねえだろ。 461忠成 :あ、……ああ……。 462織人 :せめて、人様に与えて生きる事を教えてやれる英雄譚を。       お前に、書いて欲しいんだよ。 タダナリ。 463天真 :あなたのご友人の言葉に、覚えはございませんか!       叔父が戦地へ発ってから産まれ、叔父と同じ名前が付けられた、彼の弟なんです! 464織人 :学がない俺でもわかる。 いや、お前の小説を読んで、学がないのを少し、後悔した。       お前の書く文は、煌々(こうこう)と呼吸を繰り返す紅葉(こうよう)のように、俺には見えるよ。 465忠成 :……そうか。 そうだったのか。 秋はもう、きていたのか。 466天真 :……覚えが、あるんですね。 467忠成 :ああ、あるよ。 ……そうか、弟だったのか。 弟さんからの手紙……。 468天真 :<忠成に駆け寄る> 僕っ、僕は、オリトの甥子(おいご)で、息子の、カスガテンマです! 469忠成 :……テンマくん。 どういう字を、書くんだい。 470天真 :天上の真実、と書きます! 471忠成 :天上の真実。 ……良い名前だね。 ああ、そうか、そうだったのか。 472天真 :え、あ。 473忠成 :<天真の頭を撫でる>       私が原稿に向かっている間に。 そんなに、時が経っていたんだね。       こんなに大きい子が……。       こんにちは、初めまして。 私を頼って、来て下さったんだって? 474天真 :……あ、あの、あの!       ぼ、僕の家には、エギョウ先生の本が全て、揃っています! 475忠成 :本当に? それはすごいね。 476天真 :父が、ずっと好きな本だって、ずっと、ずっと買い揃えていて! 477忠成 :そうかい、お父上が。 478天真 :僕、僕は、あなたに、師事を乞う事ができる日を……! 479忠成 :……それは、本当に申し訳なかったね。 480天真 :……っ。 481忠成 :怪異、だったか。 ……成程、確かに仕出かしたのは、私だったんだろう。 迷惑を掛けたね。 482閏  :……いや。 申し訳ないが、実害があった以上長居は難しい。 思い残す事は、ないか。 483忠成 :ない、……と言えば、嘘だなあ。       こんなに熱心な読者が、いてくれたのか。 私のような日陰者に。 484天真 :せ、先生は! 僕の! 憧れです! ずっとずっと! 485忠成 :そうかい。 どうもありがとう。 486閏  :テンマ。 そろそろだ、あっち行ってろ。 487久々利:テンマさん。 488閏  :……ったく。 ククリ、茶々入れてやんな。 489久々利:……はい。 490天真 :<忠成の手を取る> 本は、残りますから。 あなたの書いた本は、残りますから!       これからも、先生の本を読んで、勉強します!       それから、ええと、ええっと……! 491忠成 :……うん。 最期に、キミのような弟子を持ててよかった。       私の万年筆をね、持っておいき。 彼の話によると、随分怖い思いをしたそうだからね。       この家の一番広い部屋。 そこが、私の書斎だ。 492天真 :……はい! 493閏  :……もういいか。 494天真 :はい。 すみません、みっともない所を見せて。 495閏  :ほんとだよ。 ほら、あっちいってそっぽ向いてろ。       弟子の前で先生斬る訳にゃ、いかねえだろ。 496天真 :……はい。 497忠成 :<苦笑する> ああ、やはりそれで斬るのか、私を。 498閏  :思い残す事はないんだろ? 499忠成 :勿論。 しかし、……辞世の句の代わりに、一つだけ。 この世において逝きたい。 500閏  :ああ、構わねえよ。       あんなに残してきた作家様なんだ。 今更一つ二つなんて、遠慮するこたぁねえだろ。 501久々利:テンマ様。 そのように泣く事はございませんよ。       あなたがそうして泣いていらっしゃるから、私はちゃんと見届けます。       あなたの先生は、とても晴れやかな顔をされて、ご友人の元へ、発つんですよ。 502忠成 :──オリトくん。 僕にとってキミは鮮血だった。 503天真 :──一つ、風を斬る音がして。 そうして次に聞こえたのは、轟音。       あばら家が崩れ落ちる、その音でした。       家の残骸から、……先生のご遺体と。 切り裂かれた野犬や野良猫が見つかりました。       警察の見解によると、事件性はなく。 風呂場での自死だったそうです。       そして、所長の見解では。       犬や猫達は、僕と同じように木枯らしに似たかまいたちに切り裂かれてしまったんだろうと。       その遺体達はどれも、ここ三ヵ月以内のものだそうです。       ……きっと先生は、近所の方が訪ねてこなくなるのを待ってから、木枯らしを。 504忠成 :──キミに何か残したいと思う。 私の想いが起こした事件なら、叶うなら、この怪異を。       うん。 最期に、キミのような弟子を持ててよかった。 505天真 :最後に先生が、僕の耳元で仰って下さった事。       まだ、ジュンさんやククリさんにもお話していないのですが……。       このお話を最後まで聞いて下さったあなたには、明かしてしまいましょう。       この、僕が短歌怪異事件と出会ったお話。       そして、この探偵事務所にやってきたあの日を、知って下さったあなた様へ。 506忠成 :──キミがいて、僕の世界は初めて血が通い、色が付いた。 2019.12.28 初版 羽白深夜子 2019.12.30 更新 羽白深夜子 2020.9.4 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 引用 「小倉百人一首」恵慶法師 「小倉百人一首」順徳院 「小倉百人一首」源宗于 「小倉百人一首」西行法師 「千載和歌集」西行法師
→寂寞の所在
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