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【帝都短歌事件録「寂寞の所在」】 (ていとたんかじけんろく「せきばくのしょざい」) 男性4~5人、女性3人。 有償版販売ページはこちら。 【春日 天真(かすがてんま)】 22歳男性、探偵所所員。 東北から帝都へ上京し、前作「秋待つ鮮血」の事件を切っ掛けに天之川探偵所に就職。 平々凡々だが気の優しい、機転が利く青年。 ※「店員B」と兼ねる事ができます。 【天之川 昴(あまのがわすばる)】 35歳男性、天之川探偵事務所所長。 過去警察に所属しており、独立し探偵事務所を構えている。 仕事はできるが壊滅的に不器用で、「破壊神」と呼ばれる程のドジ。 ※「店員B」と兼ねる事ができます。 【香鹿 閏(こうがじゅん)】 23歳男性、探偵所所員。 天之川探偵事務所に所属している青年。 喧嘩っ早いが面倒見が良く、年下や弱者に親切で優しい。 可愛い物、文房具に目がない。 ※「島」「店員B」と兼ねる事ができます。 【八尋 久々利(やひろくくり)】 18歳女性、探偵所所員。 天之川探偵事務所に所属している少女。 書類整理からお茶出しまで、細々した雑務をテキパキこなす。 「超記憶症候群(ハイパーサイメシア)」と呼ばれる症状で、物心ついた頃、3歳頃からの記憶を全て覚えている。 ※「店員A」と兼ねる事ができます。 【若葉 景織子(わかばきょうこ)】 30代女性、探偵所所員。 天之川探偵事務所設立時から所属している女性。 雑務や寮での食事など所員の面倒を見、壊滅的にドジな昴の世話もしている親切な女性。 ※「店員A」と兼ねる事ができます。 【伊良部 啓太(いらべけいた)】 25歳男性、洋食屋「七福堂」店主。 おっとりしたマイペースな青年。美姫の幼馴染で、幼い頃から結婚の約束をしていた。 20歳で岩手から帝都に上京するも、周囲のプレッシャーや美姫を待たせている焦燥から 「無意識のうちに故郷へ足が向いてしまう」短歌怪異を得、遅刻や無断欠席で修行先の店を転々としていた。 解決後に島の助力もあって「七福堂」という洋食屋を持ち、美姫を迎えて結婚。 以後は天之川探偵事務所の所員達に場所や料理、噂や情報を提供している。 【伊良部 美姫(いらべみき)】 25歳女性、洋食屋「七福堂」ウエイトレス。 啓太の幼馴染で、幼い頃からの婚約者。マイペースな啓太と比べてしっかりちゃっかりしている。 上京後に啓太の短歌怪異について説明されており、現在は天之川探偵事務所の協力者。 ※「店員A」と兼ねる事ができます。 【島(しま)】 60代男性。元警察庁警視総監。 元、昴の上司。天之川探偵事務所設立に協力した人物。 退職後すぐに啓太と出会い、啓太に天之川探偵事務所を紹介する。 事件解決後、「自分が食事をする場所が欲しいから」と啓太に「七福堂」の土地と店舗を与える。 天之川探偵事務所の所員達とは顔見知りの、気の良いおじいちゃん。 ※「香鹿閏」「店員B」と兼ねる事ができます。 【店員A】 啓太が数年前に勤めていた飲食店の先輩。女性。 無断欠勤が増えた啓太を気に掛けていた。 ※「八尋久々利」「若葉景織子」「伊良部美姫」いずれかと兼ね役を推奨します。 【店員B】 啓太が数年前に勤めていた飲食店の先輩。男性。 無断欠勤が増えた啓太を疎ましく思っていた。 ※「春日天真」「天之川昴」「香鹿閏」「島」いずれかと兼ね役を推奨します。 【配役表】 春日天真 : 天之川昴 : 香鹿閏  : 八尋久々利: 若葉景織子: 伊良部啓太: 伊良部美姫: 島    : 店員A  : 店員B  : ======================================= <天之川探偵事務所、事務室。> 001天真 :へへ……へへへへ……。 002閏  :おい。 003天真 :何ですかあ。 004閏  :まぁた万年筆見てらあ。 お前反省文書き終わったのかよ。 005天真 :書きましたよ、この通り。 006閏  :おーおー……。 その万年筆も瓦礫(がれき)に埋もれたと思ったら最初の仕事が反省文たぁ、       つくづくツイてねえな。 007天真 :いいんですよ。 仕事の内容は兎も角、こうして無事にいてくれたんですから。       あー、綺麗だなあ……綺麗だなあ <泣き出す> ……。 008閏  :泣くなよ、情緒不安定かよ! 009久々利:もう! お二人共静にして下さい! 私はまだ書き終わってないんです!       ジュンさんは書き終えたんですか!? 010閏  :聞いて驚け、まっさらだ!       俺ぁ反省文は慣れてるからなあ。 一時間もありゃ書き終わるからいいんだよ。 011久々利:所長が帰るまで、あと三十分もないと思いますけど。 012閏  :は? 013久々利:上野着が十一時と仰ってましたので、もうこちらに向かってると思いますよ。 014閏  :嘘だろ、やべえ! もっと遅くなるモンだと思ってた! 015天真 :──私設アマノガワ探偵事務所。 通称短歌事件という、怪異事件をを追う専門の探偵事務所です。       今僕らは、先日の、あのエギョウ先生の件での独断行動をアマノガワ所長に叱られ、       こうして反省文を書いています。 016昴  :──……成程、解決したと。 エギョウ先生のお宅に伺ったと。       僕は確かキミ達に、訪ねるなと。 言わなかったかな。       成程、話がわかる人間だったと。 ジュン。 僕はそんな事は聞いていないんだ。       うん、誰も怪我をしていないと。 ククリ。 僕はそんな話はしていないんだ。       そうか、キミの提案だったのか。 テンマ。 僕が言いたいのはそうじゃないんだ。       テンマ。 この探偵事務所に入所したばかりのキミは、まだ聞き馴染みがないのかもしれない。       このアマノガワ探偵事務所の最も、最たる、決まりの一つだ。       キミの両隣におられる先輩達には、常々話していたのだけどね。       いいかい。 この探偵事務所は、人に成しえない怪異を追っている。       僅かでも、命の危険を伴う可能性を孕んだ活動は絶対に。 絶対に。 絶対に、しないように、と。 017天真 :──粛々(しゅくしゅく)としていらっしゃいましたがとにかく圧がすごくて、       もう、これ以上ない程に立腹しているのが、もう、もう……。 <景織子、入室する。> 018景織子:何騒いでるの? 反省文、書き終わった? 019久々利:キョウコさん! キョウコさんからもお二人によく言って下さいな!       ジュンさんは騒いでるし、テンマさんは万年筆眺めて感傷に浸ってるし! 全然集中できない! 020天真 :だぁってえ! 021閏  :ククリの方がうっせーだろ! 俺今から集中するから絶対喋んなよ! 022景織子:はいはいはい。 ……まあー、ウサギにネコに、相変わらず可愛い机だことー……。 023天真 :あれっ、キョウコさんはどうなさったんですか?       いつもならこの時間、昼食の準備か洗濯物を干していらっしゃいますよね。       何か僕がお手伝いできそうな事はありますか? 024景織子:ありがと。 お手伝い、というかー……テンちゃんは今日この後、予定はあるの? 025天真 :僕は今日反省文を書いたら、ジュンさんに色々習えと仰せつかっていますよ。 026景織子:ふうん。 ジュン、今日テンちゃん貸して? 027閏  :ああ? 俺は今日、コイツに地理を覚えさせるようにって所長に 028景織子:お願い! 恵慶法師(えぎょうほうし)の事件、テンちゃん大活躍だったんでしょう?       ちょっとお話がしたいだけよ。 029天真 :いやあそんな! 大活躍だなんて、そんな! 030閏  :鼻の下伸ばしてんじゃねえよ! <天真を小突く> 031天真 :いだっ! 032閏  :話がしてえだけなら、別に明日でいいだろ。 033景織子:ジュン、手、出して? 034閏  :はいはい、手はやるがテンマは今日貸せねえか、ヒヨコちゃんのセロテープじゃねえか!       もらっていいのか!? 035景織子:ジュンに買ってきたのよ。 ヒヨコちゃん好き? 036閏  :ヒヨコちゃん好き! 037景織子:テンちゃん借りていい? 038閏  :ああ! 社会勉強させてやってくれよな! 姉さん! 039景織子:勿論。 姉さんに任せておきなさいな。 040閏  :ひゅー! 流石姉さん! よっ! 美人! その上面倒見が良い! 041景織子:あら、どうもありがとう。 ほら、ちゃっちゃと反省文書いちゃいなさい。 042天真 :失礼は承知なんですが、ジュンさんは詐欺にあったりだとか、そういうご経験は? 043久々利:今の所聞いてないですね。 044閏  :俺がそんなモンに引っかかる訳ねえだろうがよ! 045天真 :どうだろう……。 046閏  :テンマ、予定変更だ。 今日はキョウコお姉さんに習って、しっかり勉強してこいよ! 047天真 :は、はい! 048景織子:ごめんね、こんな年増が相手で。 049天真 :とんでもない! こんなにお綺麗な方とご一緒できるだなんて、光栄ですよ! 050景織子:口が上手ね。 スバルに聞いたんだけど、作家志望なんだっけ? 051天真 :はい! 052景織子:そうなの、若いっていいわね。 応援してるわよ。 053天真 :ありがとうございます! 054景織子:応援してるから。 書き物に夢中になるのはいいけど、食事時はちゃんと顔を見せてね。 055天真 :あ。 バレてましたか……ついつい夢中になっちゃって。 折角作って頂いているのに、すみません。       でも毎食作って頂けるのすごくありがたいです! お手伝いできる時は、お手伝いさせて下さいね。 056景織子:わかったわ。 057久々利:書き終わったー! 058閏  :ンッ!? 059久々利:キョウコさんとテンマさん、お出掛けなさるんですか? 私もご一緒したいです! 060景織子:いいわよ。 お財布も何もいらないから、このまま出掛けましょう。 061久々利:やったあ! 062天真 :はあい! 063閏  :っちょ、おい、テンマ、ククリ! <閏を除いた三人、退室する。> 064閏  :……行っちまった。 っあーくそ、面倒臭えなあ反省文!       こうなったらテンマとククリのを参考にー…… 065昴  :今帰ったよ、ジュン。 066閏  :するなんて卑怯な真似俺はしないからな! お、お、おかえり所長! 067昴  :ああ、ただいま。 何を参考にするって? 068閏  :ふ……二人の殊勝(しゅしょう)な心掛けを参考にしようと思ってな! 069昴  :そうか、勤勉で結構。 反省文は書けたのかい。 070閏  :……ま、まだ……。 071昴  :二人は書き終えているようだな。 なに、僕に構わずゆっくり書きなさい。 072閏  :<小声> めっちゃこっち見てるし……! 073昴  :先程キョウコ達と入れ違って、三人で出掛ける旨は聞いた。       丁度、お前と二人で話しておきたい事があったんだ。 074閏  :んあ? 075昴  :恵慶法師の件。 報告がまだだったな、と思って。 076閏  :あー……。 077昴  :大まかな報告はまた後で、報告書を提出してもらうが。       何か気になった点はあったかい。 些細な事でも、何でも。 078閏  :……そういえば。       あの作家先生の近所、子供だったか? 「髪の長い男がうろついてる」って言ってたんだよな。 079昴  :先生の住んでいた屋敷、そのご近所に当たる少年の言葉だ。 大人達も気味悪がっていると。 080閏  :俺はてっきり、作家先生の怪異関連、カガミタダナリ本人を見掛けたって証言だと思い込んでいた。       よくよく思い返せば。 近所付き合いがあったなら変な言い回しなんだよ。       その髪の長い男が作家のエギョウ先生、カガミタダナリだったなら、       「先生がうろついてた」。 こういう表現になってた筈だったんだ。 081昴  :何が言いたい? 082閏  :エギョウ先生。 髪、短かったんだよ。 083昴  :……じゃあ、髪の長い男、というのは……? <帝都、街中。> 084景織子:丁度用があって休みを取っていて。 エギョウ先生の件、何も手伝えなかったし。       テンちゃんの入所祝いも遅くなっちゃったから、一緒にご飯でもどうかしらと思って。 085天真 :ええっ!? 僕財布取ってきますよ、てっきり調査だと思って! 086景織子:気にしないでいいから。 087久々利:私、ご一緒してよかったんですか? 088景織子:いいのいいの。 今日は二人とも、ご馳走してあげる。 089久々利:わー! ありがとうございます、嬉しいです! 090天真 :──この人はワカバキョウコさん。       所長の身の回りの面倒……いえ、所長の補佐と事務作業、寮でお食事を作って下さったり、       細々(こまごま)した作業や生活の諸々を一手に引き受けて下さっています。       この私設探偵事務所の創設時からの所員だそうで、所員みんなのお母さんみたいな── 091景織子:テンちゃん? 092天真 :はい!? 093景織子:今何か、失礼な事考えてなかった? 094天真 :あ、いいえいいえいいえそんな! 095景織子:ならいいんだけれど。 096天真 :──こういう、ちょっと不思議な所がある人です。 でもすごく優しいし、お綺麗なんですよ! 097久々利:嬉しいなあ。 キョウコさんとご飯だなんて、ちょっと久し振りですね。 098景織子:ごめんね。 ちょっと実家で色々あって、立て込んでいたから。 099久々利:いえいえ! ご実家の方はもう大丈夫なんですか? 100景織子:ええ。 心配させちゃってごめんね。 101久々利:<首を振る> 正直、私だと所長の世話……うんと、所長のお手伝いに手が回らなくて。 102景織子:<笑う> スバル、何も壊さなかった? 103久々利:とりあえずは、まあ、大丈夫です! 一応! 104景織子:ならよかった。 105天真 :へええ。 お二人、仲が良いんですね。 106景織子:そりゃあ、二人きりの女性所員、だもんね。 107久々利:です! 108天真 :そっかそっか。 僕、お邪魔じゃないですか? 大丈夫ですか? 109景織子:気にしないの。 男の子なんだから、沢山食べなさいね。 110天真 :はい! やった、ありがとうございます! 111久々利:それでそれで! 今日はどこへ行くんですか!? 112景織子:七福堂(しちふくどう)よ。 <七福堂、店内。> 113啓太 :はいはいはいー。 ライスオムレツ、コロッケ、ビーフシチュー! お待たせしましたぁ。       それとそれと、これは僕から。 じゃーんメンチカツですよー! 沢山召し上がって下さいねぇ。 114久々利:いいんですか、こんなに頂いちゃって! 115啓太 :調査頑張ってるみたいだし、沢山食べてねえ。       えっと、キミが新しい人なんだ? 僕はケイタ、イラベケイタっていいます。 よろしくねー。 116天真 :はい! カスガテンマです! よろしくお願いします! 117啓太 :うんうん。 沢山食べていってねー。 118天真 :──このちょっとおっとりしてる方は、洋食屋「七福堂」の店主、イラベケイタさん! 119啓太 :あ。 ミキちゃん、ミキちゃーん。       ソースそのままでいいから、ちょっとこっち来てもらっていいー? 探偵所の新しい人だってぇ。 120美姫 :はいはい! まあこんにちは、ケイタの妻です! 121天真 :──こちらのミキさんと二人で、本当に美味しい洋食を出してくれるんです! 122美姫 :お若い方が入ったんですね、私達よりお若いかも? 123天真 :僕は二十二歳です。 お二人は? 124啓太 :僕らは二十五歳、同い年なんだ。 あ、畏(かしこ)まらなくていいんだからねー。 125天真 :ありがとうございます! ご夫婦二人でお店を、素敵ですね。 126久々利:去年の夏に入籍なさった、正真正銘の新婚さんですよ。       お式を挙げないって仰っていたんですけども、私達で小さなお式を挙げたんです! 127景織子:このお店でね。 あまり派手な事はできなかったけど。 128天真 :へー! いいなあ! 129美姫 :あれ? 駄目じゃないのケイちゃん。 お二人がいらしたらコーヒーと紅茶、出さないと。 130啓太 :ああ、そうだった! ごめんねぇ二人とも、今持ってくるね! 131景織子:いいのよ、今日は打ち合わせとかじゃないし。 食べたらお暇(いとま)するから、お冷で大丈夫。 132久々利:私もお冷で大丈夫です! 133天真 :打ち合わせ? 134啓太 :短歌事件って、緘口令(かんこうれい)が敷かれてて。 他所で迂闊に話せないでしょ? 135美姫 :そういう時に、うちを使ってもらってるんです。 136天真 :……ええっと? 137久々利:テンマさん。 「冬ぞさみしさ勝(まさ)りける」の当事者が、ケイタさんなんです。 138天真 :あ、あー! 139啓太 :聞いてたんだ。 そうそう、僕はアマノガワ探偵事務所さんにすごくお世話になったんだあ。 140美姫 :ケイちゃん、話して聞かせてあげたら? 私下拵えしちゃうから。       新しい方ならケイちゃんの話、勉強になるんじゃない? 141天真 :そう、ですね。 人に成し得ない怪異となると、対応するにも難しそうだし。       聞かせてもらえると嬉しいです。 キョウコさん、いいですか? 142景織子:勿論。 食べながらね。 143天真 :はい! 144啓太 :じゃあ席、失礼するね。 ……んん、何から話そうかなぁ。 <回想。> 145店員A:イラベくん? あー……キミね、クビなんだって。       もしまた店に来てくれたら、伝えてくれって言われてたの。 残念だけど、しょうがないよね。       黙って休んじゃったの、もしかして具合悪かった? 最近とんと寒いもんね。       しっかり治して、別の店でまた、頑張って。 146啓太 :そもそも僕はねぇ、料理人になりたくて。 二十歳の頃に岩手から上京してきたんだ。       小さい頃から夢だったんだー、料理人。       東京でおしゃれな料理を覚えて、岩手で店を開くのが夢だった。       ……どんな仕事でもそうかもしれないけど。 料理人もさあ、修行、下積み時代っていうの?       結構厳しいんだよね。 真面目にやろうと思えば思う程。       最初は店の掃除と野菜の下拵えから始めるんだ。 先輩方もすげー厳しい。 147店員B:ああ? イラベ? ……あー、そんなのもいたっけなあ。       お前、うちの店じゃ面倒みきれねえから。 他所行ってくれ。       <舌打ち> 全くよお。 一週間も無断で休んでおいてノコノコ……。       最近の若いのは面が厚いなあ。 148啓太 :寒い時期だったし。       最初は、気持ちが疲れちゃったのかなーって、それくらいに思ってたんだ。       ちゃんと休めば大丈夫。 僕は全然大丈夫、って。 そう思ってたんだ。       無意識の無断欠勤、遅刻、毎回一年も経たないうちにクビになって、また別の店へ。       環境に慣れないまま、また一から下積み。 その繰り返し。       毎日毎日、心臓がうるさかった。 段々眠れなくなって、食事も喉を通らなくなって。       それでも働かなきゃいけないって時に。 149島  :キミ。 今日は上野から、どこへ行くんだい。 150啓太 :その人に、出会ったんだ。 <二年前。天之川探偵事務所応接室。> 151島  :「山里(やまざと)は 冬ぞ寂しさ 勝(まさ)りける 人目も草も かれぬと思えば」。       そう呟きながらね。 上野駅の前にいたから、連れてきたんだ。       アマノガワくん、ちょっと面倒を見てあげてはもらえないかい。 152昴  :はあ、成程……。 153啓太 :あ、あの! 僕は大丈夫です、ちょっと体調が悪いだけで……!       コーヒー、ありがとうございました! 僕もう行かないと! 154島  :その行かなきゃいけないお店。 いくつ目だい。 155啓太 :え、……。 156島  :外、まだ寒いからね。 そんなに急ぐ事ないよ、もう少し暖を取っていくといい。       私はね、外食が好きでね。 喫茶店や洋食屋を巡るのが趣味なんだよ。       二カ月前、喫茶店であくせく働くキミを見た。 その次の月、別の洋食屋でキミを見た。       それから一週間もしないうちに、また別の喫茶店で見掛けた。 157啓太 :……。 158景織子:お店。 何店も掛け持ちして働いているの? 159啓太 :……いいえ、そのぉ……。 160昴  :今、働いているのはどこの店だい。 161啓太 :西裏通りにある、「紙の月」です。 162昴  :キョウコ。 母親のフリをして、退職の旨伝えてきてくれ。 163景織子:はい。 164啓太 :そんな! 待って下さい! 165昴  :単刀直入に言おう。 キミのそれは体調不良ではない。       解決しなければ、今後のキミの生活や信用に関わると僕は判じる。 166啓太 :……はあ……? 167昴  :キミは、何らかの理由で帝都の店を転々としている。 合っているな? 168啓太 :は、はい。 169昴  :それは、キミ自身にはどうしようもない理由。 これは? 170啓太 :いや、あのー……       そんな大袈裟な理由じゃなくて、お恥ずかしい話なんですけど、きっとただのサボり癖で、 171昴  :源宗于(みなもとのむねゆき)。 172啓太 :へ? 173昴  :覚えは? 174啓太 :……な、ない、です。 175昴  :わかった。 サボり癖だと言ったな。       なら、ここいらで十分にサボるといいさ。 まだ寒いしな。 176啓太 :はあ!? 177景織子:電話、済みましたよ。 178昴  :ありがとう。 彼を寮に案内してやってくれ。 179啓太 :寮!? えっと、話についていけないんですけど!? 180昴  :順を追って話す。 話すが、まずは少し休んだ方がいい。 クマも顔色も、酷いぞ。 181啓太 :……。 182景織子:大丈夫。 ほら、荷物を持ってこっちへ。 183啓太 :<荷物を持って立ち上がり、島に向かって> ……あ、あの。 184島  :んー? 185啓太 :えっと、その……何が何だかわからないけど。       あなたが僕を、助けようとしてくれたのはわかります。 ありがとうございました! 186島  :ああ、気にしないでいいよ。 どれ……。       元気になったら、ここに連絡しておくれ。 <啓太、一礼して退室する。> 187島  :若いねえ。 あんな真面目な子が、サボり癖、ねえ。 188昴  :見当がついているから、僕の所に連れてきたんでしょう。 189島  :勿論。 探偵事務所設立の折、あれだけ勇(いさ)んでいたキミだ。       きっと放ってはおかないと思ってね。 はて、依頼料はどうしたらいいかな? 190昴  :……さっきの。 外食が趣味、というのは? 191島  :ああ。 退職してから趣味を作ろうと思ってね、色々出掛けてみているんだ。       楽しいよぉ、最近は活気があっていいねえ。 どこの店に入っても美味いコーヒーが飲める。 192昴  :そうですか。 193島  :キミの淹れたコーヒーに比べたら、大体のコーヒーは美味いからね。 194昴  :昔の話じゃないですか。 195島  :今は、美味く淹れられるようになったかい? 196昴  :……。 総監(そうかん)、 197島  :退職したんだ。 シマ、でいいよ。 198昴  :シマ、さん。 短歌怪異の被害者からは、依頼料は受け取ってません。 199島  :おお。 随分融通が利くようになったな。 200昴  :解決後、懇意(こんい)という形なら受け取っています。 201島  :そうか。 そうしたら、彼がその懇意で払いたいと言い出したら、受け取らずに私に連絡をおくれ。 202昴  :先程も彼に連絡先を渡していましたよね。 何をお考えなんですか。 203島  :ナイショ。 <天之川探偵事務所、所員寮。> 204啓太 :っへ!? そんな偉い方だったんですか!? 205景織子:もう退職なさっているけどね。 警察庁の頂点にいらっしゃった方よ。       警視総監のシマさん。 片が付いたら、お礼をするといいわ。 206啓太 :は、はあ……、そんな偉い方が出入りしてて、こんなに立派な建物の探偵事務所って、一体……? 207景織子:事務所もこの寮も、結構入り組んでいるでしょう、今から説明してあげる。       ここは、短歌怪異専門の事務所なの。 208啓太 :短歌怪異……? 209景織子:あなたの言うサボり癖。 恐らく、短歌の所為だと。 私達は思っているの。 <七福堂、店内。> 210天真 :ええっと、確かその件って……。 故郷に勝手に足が向いてしまう、でしたっけ。 211啓太 :そうそうー。 寒くなると、僕も無意識のうちにふらーっと上野の駅まで行っちゃって。 212天真 :それはそれで厄介ですね。 下積み、修行中となれば、確かにケイタさん自身の信頼に関わる。 213景織子:大変だったのよ。 事情を納得してもらった後に、外から無理矢理施錠をしたら窓から。       窓を塞げば、ドアか窓を叩き割っちゃって。 214天真 :叩き割……!? 215啓太 :あー、うん。 僕って昔っから、ちょっと人より力が強くてさあ。       無意識だから力任せだったんだろうねぇ。 手、結構怪我しちゃってさ。 216天真 :料理人の方が手に怪我を……それは、本当に厄介な怪異だったんですね。 217啓太 :怪我って言っても、かすり傷程度だったし。 大丈夫、大丈夫。 218久々利:骨折した、って聞いてますよ。 219啓太 :あれぇ? そうだったっけ? 220久々利:硝子を叩き割った際の切り傷が四度、捻挫が二回、そして利き手と足の骨折。       治療最中にドアを蹴破ろうとして、足の骨折が悪化。 221啓太 :あー、そうだった、そうだった! あはは、懐かしいなあ。 222天真 :いやそれってあははで済む話なんですか!? 223啓太 :済む済む、今は元気だもん。       僕も覚えてなかったのに、すごいなあククリちゃん。 流石だねえ。 224久々利:まあ、そういうものなので。 ケイタさんが少々おおらかなのですよ! 225天真 :そういえば話に出てこなかったけど、ククリちゃんはその頃はもう、探偵所にいたの? 226久々利:いいえ。 私はケイタさんの件の少し後に入所してますね。 227天真 :じゃあ、聞いただけでそんなに覚えてるの!?       本当に記憶力が良いんだね、すごいなあ、それも才能だなあ。 228景織子:あら。 ククリちゃん、まだ話してなかったの? 229天真 :ん? 230久々利:ああ、そういえば。 まだテンマさんにはお話してなかったですね。       私のコレ、才能ではなくて、症状なんです。 231天真 :症状……? 記憶力が良いのが? 232久々利:はい。 私のこの症状は、「超記憶症候群」といいます。       私は三歳の頃から今日(こんにち)まで、見たもの、読んだ本、聞いた話。       そのほぼ全てを覚えています。       だから、数年前に聞いた話を思い出すのは、何も特別な事ではないんですよ。 私にとって。 ====================================================== 233啓太 :<笑いながら座り直して>       それにしたって、ククリちゃんも、テンマくんも。 立派だと僕は思うけどねぇ。       若いうちからちゃんと生活に、収入に繋がる仕事についていて、人の役に立っていて。 234天真 :僕はまだ入所したばかりで、調査に参加はしていないんですがね。       色々勉強させて頂いています。 235啓太 :ああー、だからそうして、熱心に書き取っているんだね。 236天真 :勉強の為にというのも勿論なのですが。 僕、作家になりたくて。 237啓太 :作家。 探偵じゃなくて? 238天真 :はい、小さい頃からの夢でして。       あ、でも! やるからには探偵業も頑張りますよ、勿論!       どちらにせよ、日々勉強ですから! 239啓太 :そっか、そっかぁ。 なら僕も張り切って、続きを話すね。       ……って言っても多分、ものすごくありきたりな話だとは思うんだよ。       ミキちゃん。 あの子、元々は家が隣同士の幼馴染なんだ。 父同士が仲が良くて。       生まれた時から結婚の約束をしてたんだぁ。 所謂(いわゆる)、許嫁。       小さい頃からすごい気が強くて。 喧嘩して僕が勝てた試しがない。 あ、結婚に不満はないんだよ? <回想。啓太の実家を訪ねる美姫。> 240美姫 :お父さん本当に嫌い! 今日ケイちゃんの部屋に泊めて! 241啓太 :……またあ? あのー、うん。 いいんだけどさあー……。 242美姫 :おば様泊まっていいよって言ったもの。 ケイちゃんが上京するまで、いつでも来ていいのよって。       おじ様は今、お父さんを説得しにいってくれてる。 243啓太 :今度はなんで喧嘩したの。 244美姫 :私が電話交換手になるんだって言ったら、お前は仕事なんていいから、早くケイタくんの所に嫁げって。 245啓太 :僕もそれがいいと思うよー。 246美姫 :だって、料理人って修行が大変だって言ったの、ケイちゃんじゃない。 247啓太 :そうだよ。 上京はしても、お店持つのは何年先になるかなーって。 248美姫 :その間、生活はどうするの。 249啓太 :……ええ? 250美姫 :ケイちゃんが修行しながら、私を養える程器用だなんて思えないんだもの。       だからね、その間私が働こうと思って。       お父さんってば女がしゃしゃり出なくていいんだーなんて言うんだもん。 251啓太 :……ミキちゃーん。 <嬉しそうに> 252美姫 :何? 253啓太 :僕、僕。 ほんとに良いお嫁さんもらうんだなあ。 254美姫 :その代わり! お洒落なお料理、沢山覚えてね。       ケイちゃんがお店持ったら、可愛い服装で働かせてね。       あ、この間見せた雑誌! 銀座のカフェの女中さんみたいな、可愛いの。 255啓太 :わかった。 僕、頑張るからね。 今日もライスカレーでいいの? 256美姫 :ライスカレーが、いいの! お父さんと喧嘩してきたらお腹空いちゃった。 257啓太 :いつもいつも、喧嘩してきたらライスカレーじゃん。 飽きない? 258美姫 :飽きない! 嫌な事があったら、ケイちゃんのライスカレー食べて忘れるって決めてるの。 259啓太 :お客さん、ちょーっと我儘なんじゃないですかぁ? 260美姫 :ケイちゃんの一番最初の常連客なんだから、大事にしてよ。 ね? 作って、作って! <回想、啓太上京後。探偵所客間。> 261啓太 :そんな感じでさ。 故郷で、許嫁が待ってるんだよね。       一番最初、……八歳の頃かなぁ。 僕の料理を初めて食べてくれたのも、彼女。       友達と喧嘩したって聞いて、振舞ってあげたのが最初だったんだぁ。       喜んでくれたのが嬉しかったんだ、だから僕、早く一人前の料理人になりた、く、てー……?       えぇ、ジュンくん、どうして泣いてるの。 262閏  :泣いてねえ! <泣いてる> 263啓太 :え、えー……? ごめん、僕ハンカチ持ってないから。 包帯でいいなら拭く? 264閏  :俺は泣いてねえから! 拭かねえが! 心遣いだけはもらった!       お前、お前苦労してんだなあ……! 許嫁ちゃんも! 健気だなあ! おい! 265昴  :すまないな。 ジュンはこの通り、少々感受性豊かなんだ。 266啓太 :泣くような話ではなかったと思うんですけど……。 267閏  :テメッ、何言ってんだ手前!       許嫁ちゃんは父ちゃんの言った通りにしてりゃ、外で苦労するこたぁなかったろ!?       それを、それを……ッ! 268昴  :まあ、ご婦人が外で働く、というのもそれほど珍しくはなくなったが……。 269啓太 :<苦笑する> ……それからすぐに上京して、この有様で……。       ミキちゃんも家族もみんな応援してくれてたのに。 僕は料理しか能がなかった。       ミキちゃんが言ってた通りだった。 他の事は、何一つできやしなかった。 270昴  :……二人の夢、か。 まずは怪異をどうにかしないとな。 <景織子、入室する。> 271景織子:スバル。 頼まれてた物、持ってきたわよ。 272昴  :ああ、ありがとう。 273景織子:何、ジュンはどうして泣いてるの? 274閏  :泣いてねえし! <泣いてる> 275景織子:ほらほら、鼻かみなさい、みっともない。 276閏  :その紙束一枚くれ……。 277景織子:やる訳ないでしょ。 資料なのよ。 278閏  :あ? なんの資料なんだ? 279景織子:中央気象台に問い合わせた、この冬の帝都の気温。       ケイタくん。 この探偵所に来るまでに、無意識で上野駅に向かった日付。 覚えてる? 280啓太 :ああ、はい。 毎日できるだけ、事細かに日記をつけてるんです。       ちょっと待って下さいね、よー……っ! <苦心して立ち上がろうとしている> 281景織子:まだ骨折治ってないんでしょ、そんなに焦らなくていいのよ。 282昴  :手伝おうか。 283景織子:絶対に手伝わないで。 284閏  :スバルさんが手出したら、骨が折れる所の話じゃなくなるんだわ!       俺が持ってくるよ。 ケイタ、いいか? 285啓太 :あーうん、ごめんねぇ……僕の部屋の机の上、臙脂(えんじ)色のノート。 すぐにわかると思う。 286閏  :わかった。 座ってろよ。 <閏、退室する。> 287昴  :二人共大袈裟だな……。 288景織子:大袈裟じゃないわよ。 事実よ。 289昴  :俺がいつ、骨が折れるような真似をしたんだ。 この通り健康体だぞ。 290景織子:アンタじゃなくて、私達の骨が折れるって言ってるのよ。 291昴  :俺がいつ折った!? どっちだ、お前か、ジュンか!? 292景織子:比喩表現って言葉、辞書で引いてもらえるかしら!? 293昴  :比喩か、そうか、よかった。 俺は骨を折ってなかったんだな……。 294景織子:ほんと、ほんっとに……仕事してないと会話もできないの……。 295啓太 :お二人は、ご夫婦なのですか? 296景織子:ふっ!? 297昴  :ん、違うぞ。 どうしたんだい、薮から棒に。 298啓太 :ああ、すみません!       いやね、最初にお会いした時からずーっと、仲良いなあーって思いながら見てて……。       対等? 釣り合ってる、っていうか。 羨ましいなあって思ってたんです。 299景織子:私がこんなのと夫婦な訳ッ……ないでしょ? もう、嫌よねえ? 300昴  :僕は悪い気はしなかったぞ? 301景織子:あんたねえ……! 302啓太 :<笑う> ……いいなあ。 僕も、お二人みたいになりたいです。 303景織子:あの、だからね、 304啓太 :ご夫婦でないのはわかってます、わかりました! 305昴  :話を聞いていると、許嫁殿とちゃんと親しい様子じゃないか。 306啓太 :仲は良いです、きっと、すごく。       僕が上京してからも、ずうっと手紙のやり取りをしてるんですけど……。 307昴  :ほう。 いいじゃないか、どうしたんだ? 308景織子:……手紙で、嘘を吐いてる? 309啓太 :えっ。 310昴  :そんな訳ないだろう。 311啓太 :どうしてわかったんですか!? 312昴  :えっ。 313景織子:わかるわよ。 彼女も周りも、ずっと応援してくれてたんでしょう。       毎日事細かに日記をつけてる。 随分マメな性格なのね。       今日まで一緒に暮らしてて、うんと真面目な子だって知ってる。       マメで真面目で、周りの期待を背負って上京して、この状態。 314啓太 :……。 315昴  :……その、どういう嘘を。 316景織子:修業は順調、もうすぐあなたと一緒に暮らせるよ。 そんな所でしょう。 317啓太 :……すごいなぁ……キョウコさんの、仰る通りです。 文面まで全部。 318昴  :すごいな。 319景織子:まあ、見てればわかるわよ。 320昴  :僕はわからなかったぞ。 321啓太 :<苦笑する> 一度、数日返事を出さずにいたら。 心配させてしまって。 322美姫 :<手紙の文面> ケイちゃんと、こんなに話をしなかったのは初めてだったね。       手紙の返事が届いて心底ほっとしました。       明日になっても手紙がこなかったら、会いにいこうと思って。 仕事、お休みをもらおうと思ってたの。       次長さんがね、すごい厳しいんだ。 迷ってたら手紙が届いたから、とても安心しました。 323啓太 :ミキちゃんも、お仕事、電話交換、頑張ってるみたいだから。       僕だけが辛いんじゃない。 だからせめて、ミキちゃんに楽しい話がしたくて。 324美姫 :ケイちゃんが、お店の先輩やお客さんに褒められたって話を読むと、私も元気が出るよ。       私はまだ失敗ばっかりで。 電話交換って、人と人を繋ぐ大事な仕事なのに、中々上手くいかなくて。       しょんぼりしている時にね、ケイちゃんからの手紙、読み直すの。 325啓太 :食材の下処理と店の掃除しかしていない僕を、褒める人なんている筈がないのに。 326美姫 :私も頑張ろうって思うのと同じくらい、ケイちゃんはすごいなあ! って。       知らない人に囲まれて、でも、そうやって人との繋がりを大事にしてるんだね。 327啓太 :叱られてばっかりなんです。 人との繋がりなんて、一つもできてないんです。 328美姫 :ケイちゃんは私の自慢だよ。       私だけじゃなくて、私の両親と、ケイちゃんのおじ様、おば様、みんなの自慢だよ。       銀座のカフェみたいな服装で働くの、すごく楽しみにしています。 ── <手紙を破る音。> 329啓太 :──行かなきゃ。 330昴  :ん、どこに? 331啓太 :行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ。 332景織子:ケイタくん? ちょっと、足折れてるんだから、 333啓太 :「山里(やまざと)は 冬ぞ寂しさ」 334景織子:ねえ、 335啓太 :「勝(まさ)りける」 336昴  :キョウコ! 彼から離れろ! 337啓太 :「人目も草も かれぬと思えば」。 338景織子:<舌打ち、椅子を引っ倒す> 339昴  :椅子、椅子でいい! テーブルでも! 彼を止めろ! ただ、絶対近寄るなよ! 340景織子:わかってるわよ! アンタもこの子、部屋から出さないでよ! <椅子を蹴倒す> 341昴  :わかってる! ああ、ジュンはまだ来ないのか!? 342啓太 :行かないと! 343昴  :三日前、俺は投げ飛ばされたぞ! <テーブルを蹴飛ばす> 344景織子:見てたわよ! 知ってるわよ! 345啓太 :行かないと! 346景織子:どこへよ! <椅子を引っ倒す> 347啓太 :行かないと! <椅子を蹴り飛ばす> 348昴  :また折れてる方の足で……! 349景織子:足! 使いものにならなくなるわよ! <テーブルを引き摺る> 350啓太 :行か、ないと! <テーブルの上に飛び乗る> 351景織子:ちょっと! このテーブル高いのよ!? 352昴  :ああもう、でもこのドアから出さなければ、 <閏、勢いよくドアを開けて入室する。昴、ドアで背中を打つ。> 353昴  :いっだ!? 354閏  :ん、何してんだスバルさん? 日記持ってき── 355啓太 :僕は行かないと! <駆け出す> 356閏  :うおあっ!? お、おいケイタ!? 357景織子:あああ、ジュン! 追い掛けて! 早く! 358閏  :あ、あ!? なんだ、アイツここで暴れたのか!? 359景織子:怪異よ! 話してたら突然! 追い掛けて! 360閏  :ああ!? わかった! 361昴  :どっちへ行った! 362閏  :裏庭! <昴、閏、駆け出す。> 363閏  :正面へ出りゃ、嫌でも対面できるな! 364昴  :階段に手間取る筈だ、事務所正面で待ち構えよう!       こういう事故があるから、ドアはノックをしてから開けるか静かに開けなさいといつも言っている! 365閏  :悪かったって! しかしどうすんだよアレ!       俺こないだ、先週か! 捕まえようとしたら! 顔面ぶん殴られたぞ!? 366昴  :あのままじゃ折れてる方の足が駄目になる、 367閏  :わかった、俺が暇(いとま)を 368昴  :駄目だ! 369閏  :じゃあどうすんだよ、スバルさんが手出したら殺しちまうぞ!? 370昴  :だから、だからどうにか、本人に足を止めさせるしか……! 371閏  :……、いや、俺に考えがある。 372昴  :どうするんだ!? 373閏  :俺達が先に正面に着かねえとどうしようもねえ! 俺先行くからな! 374昴  :あ、おい、おい! ……全く! <探偵事務所、正面庭。> 375閏  :はいはいはいはいはい! 一旦止まれ! 376啓太 :──……僕、行かなきゃいけないんだよ。 377閏  :ま、間にあった、あぶね……! お前足早えな! 378啓太 :行かなくちゃ、いけないんだよ。 379閏  :行くってどこへ! 足駄目にしてまで、どこへ行きてえんだよ! 380啓太 :どこ……。 381閏  :職場か、ならもう退職してんだろ! 382啓太 :ど、どこ、どこ……? 383閏  :そんな風に訳わかんねえまま突っ走って、どこ行くつもりなんだよ! 384啓太 :ど…… <閏、啓太の日記を押し付ける。> 385閏  :折角こんなに書いてんだから、暴れる前にちゃんと読み直せよ! 386啓太 :あ……? 387閏  :お前帰りてえんだろ! 許嫁ちゃんに、会いてえんだろ! 388啓太 :許嫁、 389閏  :机に飾ってあった写真、お前と一緒に写ってた子!       あの子がお前の言うミキちゃんなんだろ!       どうせその日記にも、その子の事が書いてあるんだろ! 390啓太 :──十一月二十八日。 また退職になった上、先輩から体調を気遣われてしまう。       とても仕事ができる人で、少しだけ、ミキちゃんに似てる人だった。       あの人もミキちゃんみたいに、一人でこっそり泣いたりするんだろうか。 391閏  :なあ、どうなんだよ! 392啓太 :──二月二日。 退職。 もうこの近辺ではきっと働けない。       折角ミキちゃんの好きなライスカレーが名物のお店を見つけたのに。       折角、もっと美味しいライスカレーが作れるようになると思ったのに。       ミキちゃん、落ち込んでいないかな。 ライスカレー、作ってあげられなくてごめんね。 393閏  :訳わかんねえまま突っ走って、その子の所に着けるのか、お前は! 394啓太 :十二月十八日。 退職。 少し疲れているのかもしれない。       気付いたら上野の駅の前にいて、自棄(やけ)になって、       どうせなら界隈と違う店を勉強しようと思い立つ。       銀座のカフェ。 僕らくらいの年頃の女中さんが、可愛い服装で働いている。       いつか、ミキちゃんの為にもっと可愛い制服を。 その前に僕が頑張らないと。 395昴  :ジュン! 大丈夫か! 396閏  :ああ! ちゃんと足、止めてる! 397啓太 :可愛い服装で働かせてあげられないで、ごめんね。       下積みが順調だなんて、ずっと嘘を吐いていてごめんね。       日記にしか本当の事を書けなくて、ごめんね。 398閏  :……寂しかった、だけなんだろ。 許嫁ちゃんに、会いたかっただけなんだろ。 399昴  :そうか、上野。 岩手へ向かう電車に乗れるのか。 400啓太 :……違う。 謝りたいんだ。 401閏  :謝る? 何を。 402啓太 :キミの、ミキちゃんの許嫁は、全く不出来な男だって、謝りたいんだ。 403閏  :そんな事ねえだろ、 404昴  :ジュン。 405啓太 :手紙。 一通だけ、一通だけなんだけど。 破って捨てたんだ。       ミキちゃんが仕事の合間に、折角書いてくれた手紙。 406美姫 :──私だけじゃなくて、私の両親と、ケイちゃんのおじ様、おば様、みんなの自慢だよ。 407啓太 :だって。 だって僕は、こんなに頑張ってるのに。 苦労をさせてばっかりで。 408美姫 :銀座のカフェみたいな服装で働くの、すごく楽しみにしています。 409啓太 :なのに、楽しみだって、ずっと言ってくれるから。 410美姫 :でもね。 411啓太 :ライスカレーを初めて作ってあげたあの日から、ずっと変わらないでいてくれるから。 412美姫 :辛くなったら、いつでも帰ってきていいんだよ。 413啓太 :一番大事なのに、大事にできなくてごめんって。 414美姫 :お洒落な料理じゃなくても、可愛い服装で働けなくても。 415啓太 :僕みたいな情けない男を忘れてくれって。 416美姫 :私は、ケイちゃんと一緒に暮らせたら、何でもいいんだよ。 417啓太 :でもそうなったら、僕はどうしていいか、わからないから。 418美姫 :ケイちゃんが元気で暮らしていられるなら、それだけでいいんだからね。 419啓太 :だから、僕は行かないといけないんだよ! <閏を突き飛ばす> 420閏  :っとお!? ああ駄目か! 俺がやるぞスバルさん! 421昴  :ジュン! 422景織子:──「恨みわび 干さぬ袖(そで)だに あるものを」 423啓太 :え。 へっ……!? <足元が凍り始める> 424景織子:「恋に朽(く)ちなむ 名こそ惜しけれ」 425啓太 :うわ、わ、え!? うわ!? <足を取られて転ぶ> 426昴  :……きょ、 427閏  :姉さん!? 何してるんだよ、足、足!? 428景織子:何って、凍らせたんだけど? 文字通り足止め、ってね。 429閏  :ケイタの足! 凍傷(とうしょう)になっちまうだろ!? 430景織子:ちゃんと加減はしてるわよ。 冷たかった? ごめんね。 でも、頭冷えたでしょ? 431啓太 :え、ええっと、あの、その、あれ、外!? いっだ、足冷た、痛い!? 432昴  :……そりゃあ、そうだろう。 足が折れているのに、あんなに走り回れば。 433閏  :絶対姉さんの怪異の所為だって! 434景織子:あんまりやかましいと、顔面凍らすわよ。 435閏  :すみませ、あれ!? これ俺が謝るのか!? 436景織子:ごめんね、うるさくて。 私が走っても追い付けないと思ったから。 437啓太 :あの、あの、これ、きょ、キョウコさんが……? 438景織子:そうよ。 大丈夫、人間ってちゃんと丈夫だから。       この程度なら、温めたら問題なく動くから。 439昴  :意識はあるようだな、よかった。 明日にでも、岩手に向かう電車を手配しよう。       怪異の心配があるから、僕かジュンが同行する。 それでも、いいかい。 440啓太 :えっと……。 441昴  :「冬ぞ寂しさ勝りける」。       キミの怪異は寂しさとか、罪悪感とか、焦燥感とか。 そういうものが発端なのかもしれない。 442啓太 :罪悪感。 443昴  :あくまで僕の憶測にすぎない。 二人はどう思う。 444閏  :俺もそう思うよ。 なあ、物は試しだ、すぐ行ってみようぜ。 445景織子:もし駄目だったら、また方法を探せばいいわ。 次はちゃんと、足が痛くなる前に足止めしてあげる。 446啓太 :いや、あの、それは、その、もう少しこう……足の感覚が残る感じなら……。 447昴  :<苦笑する> 怪異に任せずに。 寂しさを、何かに任せずに。 448景織子:そうよ。       今までは駄目だったかもしれないけど、ここに来て私達との繋がり、ちゃんとできたでしょう? 449啓太 :……。 450景織子:何か、変わってるかもしれない。 451昴  :ああ。 だから、キミ自身の足で解決した方が。 会いにいった方が、僕はいいと思う。 <七福堂、店内。> 452天真 :な、成程ぉ……。 453景織子:どうしたの、テンちゃん。 454天真 :何でもないです! キョウコさんこそ、大活躍で! 455景織子:あら、そう? 456美姫 :<笑う> あの時すごい驚いたんだよ。       ケイちゃん、所長さんと一緒に急に帰ってきて、真っ先に土下座するんだもの。 457天真 :そりゃあ、まあ……。 どうあれミキさんに嘘を吐いていた訳ですし。 458美姫 :うん。 知ってたけどね。 459天真 :へっ!? 460美姫 :だって、急に手紙の返事がすぐに返ってくるようになったから。       ああ、何かあったのかなあって。 正直に白状したから、許してあげたけど。 461啓太 :ええ!? ミキちゃんすごく怒ったじゃないか!       もうそんな嘘吐けないように監視しますー! って! 462美姫 :上京して、ケイちゃんと一緒に住む言い訳が欲しかったからね。 463啓太 :……ミキちゃーん! <嬉しそうに> 464美姫 :<笑う> それで、私もすぐに上京して、一緒に住み始めたの。       それからは急にどこかに行っちゃう事、なくなったね。 465景織子:ケイタくんの日記と、気象台の記録と照らし合わせてみたら。       急に上野駅に向かった日はやっぱり、極端に気温が下がった日、寒い日だった。       「冬ぞ寂しさ勝りける」、ってね。 466天真 :な、な、成程ぉ……。 <小声> 女性とは強(したた)か、と……。 467久々利:テンマさん? 468天真 :い、いえなんでも!       しかしそこからお店を持つ、というのは。 またご苦労があったのでは? 469啓太 :ああ。 実はね、その後はトントン拍子。 470天真 :あれっ!? 471久々利:ケイタさんを事務所にご紹介下さったシマさん。 覚えておいでですか? <回想。解決後、島を訪ねる啓太。> 472啓太 :あ、あのぉー……。 473島  :来たね、来たね。 やあ、もう少し掛かるかと思っていたよ。       連絡ありがとう。 荷物を持って、散歩に付き合っておくれ。 474啓太 :あっ、あの! 助けて頂いて本当にありがとうございました。       僕、帝都に来たばかりで、その、世間知らずで、 475島  :いいからいいから。 気にしないで。       あの探偵所で取り扱ってるものについては、聞いたかい。 476啓太 :……はい。 477島  :驚いたろう、どうしようもない不運だったね。 でも人生にはそれらも付き物だ。       しかしそればかりでは心が擦り減る一方だろう。       不運を引き当てた分、幸福で取り戻さなければならない。 私はそう思うよ。 478啓太 :はあ……? 479島  :そういえば、名前を聞いてなかったね。 480啓太 :イラベです。 イラベ、ケイタ。 481島  :ケイタくん。 私はシマといってね、数年前まで、この帝都でふんぞり返っていたんだ。 482啓太 :警察の偉い方だったと聞いています。 そんな方に目を掛けて頂けるなんて、もう……。 483島  :数年前まで。 今じゃもう、外食が唯一の趣味の老い耄(ぼ)れだよ。       退職してすぐ、妻が先立ってねえ。 アレは買い物と外食が好きだった。       時折、店で買ってきた惣菜を夕食に出した事があったんだけどね。       手を抜いてと、腹を立てたもんだ。 しかし先立たれてからわかった。       楽なんだよなあ。 金さえ払えば温かい食事や、美味しい食事が出てくる。       準備も、片付ける手間もいらない。 私は帰りが遅い日も多かったし。       もう少し寛大でいてやれば、良い亭主になれたのかもしれなかったね。 484啓太 :……そう、ですね。 僕もそうなるのかもしれないです。 485島  :キミは大丈夫だろう。 私は如何(いかん)せん、仕事ばかりで生きてきたものだから。       恥ずかしい話、アレがいなくなってから、何から手をつけていいやらわからなくてね。       妻の残した日記にあった店を巡っていた。 そうして、キミを見掛けた。 486啓太 :えっと……。 487島  :年寄りの長話に付き合わせて済まなかったね。 ほら、着いた。 入ってくれ。 488啓太 :お、お邪魔します……。 喫茶店、ですか? 489島  :喫茶店でも、洋食屋でも。 キミの好きにするといい。 490啓太 :は? 491島  :もう、金しか持ち合わせていなくて。 空き家になっていたココを買い取ったんだ。       そういう訳で私は、料理の心得がないから必要な物は、 492啓太 :いやいやいやいや! え!? えっと、あの! 493島  :ここを、キミの店にするといい。 494啓太 :……はあ……!? 495島  :家の近くに、何か、美味しい物が食べれる店があったらいいなあと。 思ってたんだよねえ。 496啓太 :だっ、だからって! なんで出会ったばっかりの僕に!?       それに僕、まだ下積みで……! 497島  :下積みでいようと思えば、いつまでも下積みさ。       まあ、さっきも言った通り。 私は料理の心得がないから、店についてはキミに任せるよ。 498啓太 :はあ……? 499島  :私はね。 美味いコーヒーと、美味いライスカレーが食えたら、それでいいから。 500啓太 :……。 501島  :源宗于(みなもとのむねゆき)。       「沖(おき)つ風 ふけいの浦(うら)に立つ波の 名残にさへや われは沈まむ」。       大和(やまと)物語。 官位(かんい)が上がらない事を嘆く歌の多い歌人だ。       この歌すら、天皇に何の事だかわからない、と一蹴されていたんだったか。       キミは、嘆くだけでない機会を手に入れた。 どうしようか? 502啓太 :……。 503島  :……色んな店であくせく働くキミを、私は立派だと思った。       下積み、厳しいんだろう。 私は近年ふんぞり返ってばかりで、思い出すのは難しい。       間の抜けた手段なのかもしれない。 それでも。 冬にも春は、くるんだから。       キミに訪れる春を、間近で見ていたいと思った。 504啓太 :……ありがとう、ございます。 505島  :おお、引き受けてくれるか! よかったよかった。 506啓太 :ありがとうございます、ありがとうございます……! 507島  :引き受けてくれるのなら、早速一つ注文なのだけど……んん? 508啓太 :ありがとうございます……! 509島  :おかしな子だ、泣く事はないだろうに。 510島  :最初の注文なんだけどね。 店の名前、私に決めさせて欲しいんだ。       「七福堂」。 七つの幸福と、大勢の人が入りますように。       栄福(えいふく)、景福(けいふく)、寿福(じゅふく)、清福(せいふく)、       有福(ゆうふく)、天福(てんぷく)、至福(しふく)。 この辺りか。       どうだろう? 中々、洒落ているんじゃなかろうか。 <七福堂、店内。> 511天真 :──そうして、このお店は七福堂になったんですね。       聞きながら大分ハラハラしましたが、いやあ、いいお話を聞かせて頂きました! 512啓太 :本当? なら嬉しいなあ。 513天真 :しかし失敗しました! そういうお話なら、ライスカレーを注文すればよかった! 514美姫 :<笑う> うちのは本当に美味しいよ。 すっごく美味しい。       ずうっとケイちゃんのライスカレー食べてた私が言うんだから間違いない!       またいつでも食べにきてね。 515天真 :はい! 516景織子:気に入ったみたいでよかった。 さて、そろそろ行かないとね。 517天真 :ああ、そうですね。 随分長居させて頂きました、ありがとうございます! 518久々利:パフェまで頂いちゃって、本当にありがとうございました! 519啓太 :いーえ。 ククリちゃんは本当に甘い物が好きだね。       今ねぇ、色々新しい甘い物、考えてるんだよね。 また試作品の品評、頼むねー。 520久々利:いいんですか!? 喜んで! 521天真 :でも。 いくらケイタさんが寂しかったからといって。       同じような寂しさを抱えている人が、帝都にどれだけいますかね。 522景織子:……え? 523天真 :いやね。 僕、思ったんです。 帝都は本当に人が多いなあって。       あれだけ人がいて、たまたまケイタさんが怪異を……。 んん、どういう法則なんでしょうかね。       発端、切っ掛け、経緯、諸々。 色々調べ甲斐がありそうですね。 524久々利:確かに。       帝都の人口が約八百万人、ケイタさんのように上京されている方は多々いらっしゃるでしょう。 525景織子:……難しい話は後。 とにかく、事務所に帰りましょう。 526久々利:はあい! 527天真 :そうですね。 キョウコさん、これまでの被害者の方の資料は? 528景織子:その辺りの管轄は、ククリちゃん。 529久々利:はい。 戻ったらお見せしますね! 530天真 :やった! 531景織子:じゃあ、ご馳走様でした。 532美姫 :ありがとうございます。 またいらして下さいね! 533久々利:勿論! また来ますね! <景織子、久々利、退店する。> 534天真 :──あ。 535啓太 :ん? 536天真 :お話に出ていらした、シマさん。 よく来られるんですか? 537啓太 :あー……うん。 よく来て下さるよ。 538天真 :自分の為にお店を、なんて、ちょっと不思議な方ですね。 539啓太 :そうだねえ。 ちょっと変わってるけど、懐の深い人だよぉ。 540天真 :元総監殿という肩書を置いても、一度お話してみたいな、なんて……! 541啓太 :あはは。 所長さんの昔の上司だそうで、探偵所によく遊びにいってるらしいよ。       僕からも紹介しておくねぇ。 542天真 :やった! ありがとうございます! 543啓太 :あ、そうそうそう! また大事な事、話し忘れる所だった! 544天真 :んん? 545啓太 :結局僕の件、所長さんが謝礼を受け取ってくれなくて。       それならーって。 僕捜査協力、情報屋の真似もしてるから。       美味しい物食べるついでに、いつでも頼ってねぇ。 546天真 :……人が集まる洋食屋。 成程、うってつけですね。 547啓太 :うん。 そっちはお代、いらないから。 548天真 :わかりました。 じゃあシマさんの件と、そちらも! よろしくお願いします! <天真、退店する。> 549啓太 :……ですって。 シマさん。 <啓太、死角の席を見遣る。> 550島  :……キミは大袈裟だなあ。 出るに出られなくなったじゃないか。       私だって、新人くんと話したかったのに。 551啓太 :気にしないで、出ていらっしゃればよかったでしょう。 552島  :とんでもない善人のように話してくれるモンだから、出るに出れなかったよ。 553啓太 :とんでもない善人さんは、コーヒー一杯でいつまで粘るおつもりですかー。 554島  :朝食が遅かったから、遅い昼食にしようと思ったんだよ。 555啓太 :んじゃ、そろそろですねえ。 ご注文承ります。 556島  :客に注文を急かすんじゃないよ……。       そうだなあ。 ……やっぱり、コーヒーとライスカレーかな。 557啓太 :はーい。 畏まりました。 558島  :……そういえば。 559啓太 :ん? 560島  :あの子、たまに変な笑い方をするよなあ。 561啓太 :あの子? えーっとぉ、テンマくんですか? 562島  :いいや。 ──キョウコちゃんだよ。 563天真 :ふん、ふん。 いやあ、美味しい洋食に、飛び切りいいお話を頂いてしまったなあ! 564久々利:でしょう! 本当に仲睦まじいご夫婦ですよね。       でもでも、私は先程テンマさんが仰っていたお話も気になりますよ!       確かに、短歌怪異とは何が発端なのでしょうね? 565天真 :そしてどうして、人の心に沿っているんでしょうね。 566島  :昔からうんと美人でねえ。 なのに。       ──短歌怪異の話をする時、変な顔で笑うんだよ。 567啓太 :……ううん? うん? いやあ、僕にはミキちゃんが一番美人に見えるからなあ。       他の女性の話は、うーん……わからないですねー! 568島  :<笑いながら> そうかい。 そりゃあ結構。 569久々利:っと。 キョウコさーん! 早く、早く戻りましょう! 570景織子:食べたばかりだから、私はゆっくり歩くわ。 二人は先に帰ってらして。 571天真 :はーい、わかりましたー! 572景織子:──あの子、邪魔ねえ。 573島  :おかしな事が、起こらなければいいが。 574天真 :──私設アマノガワ探偵事務所。 通称短歌事件という、怪異事件を追う専門の探偵事務所。       このお話は、その崩壊の、僅か五日前の出来事でございました。 2020.9.10 初版 羽白深夜子 2020.9.28 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 引用 「小倉百人一首」相模 「小倉百人一首」源宗于 「大和物語」源宗于
秋待つ鮮血←   ◆   →シャッツ・オペラ一
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