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【寄宿舎のジャルダン・スクレ】 (きしゅくしゃのじゃるだんすくれ) 女性4。「寄宿舎の秘密の庭」。セルフリメイクのお話です。 こちらは女子校版になります。共学版はこちら。 有償版販売ページはこちら。 【白川 橘香(しらかわきっか)】 15歳女性、高校一年生。 エウカリス女学院に進学したばかりの新入生。 中学までは公立中学校に通っており、毎日自宅から一時間以上かけて通学している。 【音方 椿(おとかたつばき)】 17歳女性、高校三年生。 エウカリス女学院の寮生。生家がアパレル業と華道家を兼ねている。 【城 杏樹(きづきあんじゅ)】 16歳女性、高校二年生。 エウカリス女学院の寮生。父親がベンチャー企業を立ち上げている。 【元宮 朝陽(もとみやあさひ)】 32歳女性、植物学者。 エウカリス女学院に出入りしており、自身もエウカリス女学院を卒業している。 【配役表】 白川橘香: 音方椿 : 城杏樹 : 元宮朝陽: ======================================= <旧校舎裏。談笑していた朝陽と椿の元に、突然橘香が現れる。> 001朝陽:驚いたな、今年の守り人は通学生か! 002橘香:──秘密の庭と呼ばれるそこは。      大きな校門から見える立派な校舎、その裏にある花壇の向こう、      立ち入り禁止の札が掛けられた旧校舎の更に奥に、ひっそりと存在する。 003椿 :生垣に飛び込んでしまったの?      葉が頭についてしまっていますよ。 こちらにいらっしゃい。 004橘香:──山奥に設えられた敷地の、山に面したそこに。      生垣と背の高いバラを従えて、真っ白い柵と日除けのガゼボを目印に。 005朝陽:キミ、もしかして。 その猫を追い掛けて来たのか? 006橘香:──猫と、野鳥と、僅かな数の人間と。 それだけの立ち入りを受け入れて。      大きな木々が、蒼穹(そうきゅう)の空すら葉で覆って。 まるで人目を避けるかのように存在していた。 007椿 :大丈夫? 怪我はしていないのね? 008橘香:──人が老いていくように。 皺の数を数えるように。 何かを惜しむように。 009朝陽:放課後に動物を追い掛けて、ここを見つけるなんて。      まるで不思議の国のアリスさながらじゃあないか! 010橘香:──ひっそりと、息をしていた。 011朝陽:ほらぁ。 突っ立っていないで、こっちにおいで。 012橘香:と、突然お邪魔してしまってすみませんでした! 失礼致し── 013朝陽:邪魔でも失礼でもないよ。 エウカリスの秘密の庭へようこそ、一年生。 014椿 :エウカリス女学院では、毎年お一人だけ、ここにお招きするの。 幸運なお一人を作るのよ。 015朝陽:この庭を一番に見つけた一年生を一人だけ、な。 今年はキミに決まったぞ。 016橘香:わ、私? 017朝陽:そう! ははは、下校時間をすっ飛ばしたアリスが新たな守り人か!      追い掛けた動物がウサギじゃなかったのは、少々惜しいがな。 018椿 :明日からは、校則をきちんと守りましょうね? 019橘香:は……はあ……? 020朝陽:あぁ。 混乱させてしまっている所に申し訳ない、一年生。      入学からまだ一週間だが、先輩と対面した際はどうするのか、わかるかな? 021橘香:あ! ご、ごきげんよう。 022椿 :カーテシーがお上手ね。 ごきげんよう、お座りになって。 お名前を伺っても? 023橘香:シラカワキッカです。 一年B組の、……あの。 024椿 :何かしら。 025橘香:えと。 下校時間を過ぎてしまったので、反省文の提出は必要でしょうか? 026朝陽:<笑う> まだ三分しか過ぎてないね。 何、私とツバキが黙っていればいい。      この秘密の庭は治外法権、校則の範囲外さ。 礼節のある生徒は歓迎する。 027椿 :だからといって、あまり奔放では困ってしまいますわよ。 028橘香:はぁ、はは……秘密の、庭。 029朝陽:どれ。 キミはコーヒーと紅茶、どちらが好みかな。 030橘香:こ、紅茶の方が。 031朝陽:淹れて来よう。 これもこの庭の特権だぞ。      ツバキ。 新しい守り人に諸々、説明をお願いできるかい。 032椿 :はい。 033朝陽:では、先輩のお話をよく聞くように。 <朝陽、立ち去る。橘香、朝陽を不思議そうに見送る。> 034椿 :三年A組、オトカタツバキ。 よろしくね、キッカ。 035橘香:あ、はい! よろしくお願いします! ……先程の方は? 036椿 :こちらの庭を管理されている、植物学者の方よ。 学内では見かけませんでしょう。 037橘香:はい、だから、どなただろうと……。 038椿 :教職の方ではないの。 それでも、私達の目上の方ですよ。      気さくな方ですが、礼節は弁えて。 わかりましたね? 039橘香:はい! 040椿 :<笑う> ……通学生という事は、外部から入学されているのね。      エウカリスの生活には慣れたかしら。 041橘香:え、っとー……。 オトカタ先輩方のようには、 042椿 :ここではツバキ、で構いませんよ。 先輩という敬称も必要ありません。 043橘香:いいんですか? 044椿 :よろしいのですか? です。 やり直し。 045橘香:よ、ろしいの、ですか……? 046椿 :はい。 気軽にツバキさんと、お呼びになって。 047橘香:はあ。 048椿 :エウカリスに相応しい言葉遣いはお教えしますが、そう畏(かしこ)まる必要はありませんよ。      上辺だけ畏まって、心無いお言葉になってはいけませんからね。 049橘香:難しいです……。 050椿 :<笑う> そうよね。 自然に扱える時がきますよ、まずは私達の真似をなさい。      わからない事ばかりだとは思いますが、一つずつ、慣れていきましょうね。 051橘香:……は、はいぃ……。 052椿 :どうしたの、そのように感極まる事は何もなくってよ。 053橘香:あの、こんな事言っていいのかわからないんですけど、私。 054椿 :はい。 ゆっくりお話して頂戴。 055橘香:母に勧められるまま、エウカリスに入学しちゃ、してしまって。      カーテシーすら上手にできないし、クラスの、あああ、えっと…… 056椿 :級友の皆様、ですか? 057橘香:そうです、級友の皆様に、ついていけてないし。      ば、バレエの授業とか、お花を育てる授業とか……公立中学には、なかったので。 058椿 :まあ、そうなの? 知らなかったわ。 それもそうね、男性もいらっしゃるでしょうし。 059橘香:正直私みたいな庶民が、級友の皆様についていけるのかな、って。      そう思ってたら、さっきの猫が足元に寄ってきてくれて。 それで…… 060椿 :後を付いて来たのね。 猫、可愛いものね。 061橘香:はい、猫が、好きで……あ、でも。      付いて来たら、ツバキさんみたいな優しい先輩にお会いできて、それは、嬉しいです。 062椿 :ありがとう。 そうよね、慣れない場所で……まだ、一週間ですものね。 <杏樹が現れる。> 063杏樹:……ごきげんよう……? 064椿 :ごきげんよう、アンジュ。 こちら、新しい一年生の守り人よ。      キッカ、そちらが二年生の守り人。 ご挨拶なさって。 065橘香:あ、ご、ごきげんよう! 一年B組のシラカワキッカです! 066杏樹:……? <首を傾げる> 067橘香:あの……? 068杏樹:ごきげんよう。 あなた、通学生? 069橘香:はい! 070杏樹:ツバキさん、いいの? 071椿 :寮生でも、通学生でも。 エウカリスの生徒である事に変わりはないでしょう。 072杏樹:……まあ、頑張ってね。 <歩いて室内に向かう> 073橘香:あ、あ、あのー……。 074杏樹:でも。 カーテシーは、もう少し落ち着いた方がいいと思う。 075橘香:はい! すみません! 076杏樹:……。 <橘香の隣を通り過ぎようとする> まだ、何か? 077橘香:あ、えっと、そのぉ……。 078杏樹:……二年、キヅキアンジュ。 これでいい? 079橘香:え、はい! お名前ありがとうございます! 080杏樹:変な子。 お声が大きいのね。 <杏樹、室内に入る。唖然とする橘香。> 081橘香:声……。 082椿 :<笑う> 人見知りをしているだけよ、優しい子なの。 彼女からもよくお勉強してね。 083橘香:あのっ、私、嫌われてしまいましたか? 084椿 :嫌われていないから、安心なさって。 そうね、確かにお声の元気がいいかも。 085橘香:すみません! 086椿 :褒めているのよ。 すぐに弁(わきま)えられるようになるわ。      そろそろココと守り人について説明をしたいのだけど、大丈夫? 落ち着いた? 087橘香:はい、……、あの、さっきから、 088椿 :先程から。 089橘香:さ、先程から気になっていたのですが、守り人って?      こういう場所があるって、校舎案内でも聞いていないと思うん、……思います、けど。 090椿 :そうね。 ここは本来、生徒は立ち入ってはいけない場所だから。      私達は秘密の庭、と呼んでいるの。 091橘香:秘密の庭。 092椿 :先程のモトミヤさん、あなたのお紅茶をご用意して下さっている方ね。      彼女のような植物学者の方が、代々。 あちらの旧音楽室を使って、植物の品種改良をしているの。 093橘香:へえー、わざわざこういう……山の上で? 094椿 :辺鄙(へんぴ)な場所、だからこそらしいの。      歴代の学校長に植物学に明るい方がいらしたそうで、それからずっと。      他の学者様も時々出入りしていらっしゃるから。 くれぐれも粗相のないようにね。 095橘香:は、はい。 096椿 :先程お花を育てる授業が、と仰っていたわね。 詳しい事は説明して頂いた? 097橘香:来週から、正面の花壇にあるお花を私達が育てるように、って。 098椿 :ええ。 あなた達一年生は、一年間、一人一輪、お花のお世話を担当する。      一つ一つ、少しずつ。 お花の数が違う事は、説明があって? 099橘香:え? ……あぁ、はい。 私のお花は少し、こう、茎の別れ方が多かったと。 100椿 :もうお花の担当が決まっているのね。      ならば明日からでも、親しくなったお友達にこう、教えてあげて。      「この花が咲いた数が、あなたがこれからの人生で出会う大切な人の数だそうよ」、って。 101橘香:……え、……ほ、本当に? 102椿 :さあ? 私も一年生の頃に先輩からお聞きしたから、真偽はわからない。 ただのお噂。      これは勿論、入寮説明会では説明されない。 こうして、守り人だけに代々受け継がれているの。 103橘香:なんで噂を言いふらす、……作るような事を? 104椿 :誰も傷付かないお噂なのだから、そう身構えないで。 皆様が、お花を大切にできるように。 ね? 105橘香:えと……あの花って。 何の花なんですか? 106椿 :私も詳しい事はよくわからないけど、鈴蘭と百合の遺伝子から作られたお花だそうよ。 107朝陽:正確に言えば、鈴蘭とタカサゴ百合を掛け合わせた花だな。      百合と聞いてまず思い浮かぶだろう、あのラッパ型の白い百合を思い浮かべてくれたらいい。      これから世話をしながら、よく観察してみなさい。      百合の花をそのまま小さくしたような花弁(はなびら)が、鈴蘭のように鈴生りにできる。      上手く育てば今より背が伸びて、キミ達の膝程の大きさになって。      二月の末から三月には、花を咲かせるよ。 108橘香:二月に咲く百合、ですか? 初めて聞きました。 109朝陽:だろ? 正式に存在が発表されていない花だから、キッカ。 これも内密にするように。 110橘香:ええっ!? あ、紅茶ありがとうございます……。 111朝陽:どういたしまして。 私はモトミヤアサヒ、植物学者をやってる。 このエウカリスのOBだ。      茶々を入れちまったみたいだな、続けて。 112椿 :まず、あなた達一年生に託される時点で、生(な)っている葉の数が違う。 成るお花の数も違う。      お世話を蔑(ないがし)ろにすると、すぐに枯れてしまうお花だから。      それを、たった一輪を。 ご縁のお噂が付き纏う一輪を。      大切にできる人になれるか、というのは。 素敵だと思わない?      こんな辺鄙な山奥だもの、娯楽が一つでもあった方が楽しいわ。      このお噂と、この秘密の庭を守っているから、守り人。 守り人の事も皆様には内緒にしてね。 113橘香:はあ……。 114椿 :今年の一年生で知っているのは、守り人のあなただけ。      そうそう、お友達に教えてあげて、とは言ったけど。 あまり沢山に言いふらしては駄目よ。      本当に親しくなったお友達にだけ、教えてあげて。 115橘香:どうしてですか? ツバキさんさっき、娯楽があった方が楽しいと仰っていたのに。 116椿 :しばらくすれば、あなたにもわかるわ。 117橘香:……そういう、ものですか? 118椿 :<笑う> あなたは一年、このエウカリスで。 一つ秘密を抱えて生活するの。      面白くない事も沢山あるでしょう。 でも、抱えて生活するの。 119橘香:……守り人、って。 ツバキさんと、アンジュさんも、そうして過ごしてきたんですよね? 120椿 :ええ。 121橘香:その、どう、でしたか? 122椿 :どう……うん、私は楽しかったわ。      学校の寮、たった三年だけを過ごすここが、社会の縮図だとよくわかった。      楽しかった、というより。 勉強になった、って表現した方がいいのかしら。 123橘香:……あの。 もし、これが反則なら、そう言って欲しいんですけど。 124椿 :何? 125橘香:私、何か困ったら。 ツバキさんとアンジュさんを頼っても、いいですか。 126椿 :えっ? 127朝陽:ほお。 128橘香:いや、あの、だって……上手くやる自信ないし……。      色々知ってる先輩に頼りながらの方が、その。 上手くやれる気がして……。 129椿 :…… <笑う> いいわよ、勿論。 130朝陽:キッカ。 キミ、中々賢いじゃないか。 131橘香:賢いんですか? 賢い子はきっと、真っ先に先輩を頼ったりしませんよ。 132朝陽:いやいや、それもまた処世術の一つさ。 近年トンと見なかったがなぁ。 133椿 :<笑う> 然様(さよう)ですか。 134朝陽:アンジュという二年生がいるんだが、挨拶はできたかな? 135橘香:はい、先程。 136朝陽:ならよかった。      たかが噂、それを一つ、自分で抱えなさい、自分で守りなさいと教えられるのがこの秘密の庭。      アンジュはあの通り。 そこのツバキも一人で抱え込む性分でな。      自主性を尊(たっと)び情操教育に重きを置く、その方針で花を咲かせる中で。      まあ、色々あるんだ、女しかいない空間ってのは。 137橘香:ああ……なんとなく。 138朝陽:だろ? 女学校、しかも大多数が寮生ときたもんだ。 通学生に門が開かれてまだ二十年。      女の園だからな、あらあらタイが曲がっていましてよ? なーんて。      血の繋がらないお姉様と妹の、仲睦まじい姉妹制度を想像しないかい? 139橘香:母にそういうアニメを見せてもらいました。 140朝陽:予習済みか。 感心だが、エウカリス女学院では十五年前に、姉妹制度は廃止されている。      時代に即していない、とね。 141橘香:そうなんですね。 時代に、……そうなんですかね? 142朝陽:<笑う> ま、この秘密の庭が最後の姉妹制度だ。 秘密の共有、それだけでサマにはなるだろ。      お姉様もとい、先輩方になんでも教えてもらいなさい。 143橘香:……どうして、守り人が必要なんですか? 144朝陽:さてね。 キミは校則で定められた前髪やスカートの長さに、どれだけの意味があると思う?      ……ああ。 145朝陽:もしかしたら、姉妹制度に感化された女達の。 最後の意地だったのかも、しれないね。 146橘香:──守り人に与えられた役目は、噂の発端になる事。 それだけではなかった。      朝と放課後に、秘密の庭を隅から隅まで手入れする。      剪定(せんてい)や水やり、レンガの小道の掃き掃除や、脚立を使ったガゼボの拭き掃除。      大変だと承知していた、それでも。 緊張続きの学校生活、その何かが変わるのかもしれない、と。      私は一通りの説明を聞き終えて改めて、守り人になる事を承諾した。 <数日後。旧音楽室。あくびをする橘香。> 147杏樹:大きなお口。 148橘香:え? あ! いらっしゃったのですね。 ごきげんよう、アンジュさん。 149杏樹:ごきげんよう、キッカ。 今日はお声が大きくないのね。 150橘香:調節しようと……。 151杏樹:そう。 頑張って。 <杏樹、黙って本を読んでいる。橘香、杏樹をちらちらと気にかける。> 152杏樹:……黙っていては、わからないけど。 153橘香:え? 154杏樹:<本を閉じる> 何? 155橘香:あ、えっ。 本、いいんですか? 156杏樹:あなたが入って来て机に突っ伏した時点で、集中が切れてた。 157橘香:ごめんなさい、朝が早くて。 158杏樹:構わなくてよ。 それで? 159橘香:……た、頼っても、いいですか……。 160杏樹:私達を頼ると話していた事は、ツバキさんから聞いてる。 161橘香:じゃあ。 ……噂、の。 話をしました。 162杏樹:そう。 163橘香:……。 164杏樹:……私、あまりいいお家柄ではないから。 父の代で、会社を立ち上げただけなの。 165橘香:しゃ、社長令嬢。 166杏樹:ただの成り上がりの娘。 だから、畏まって言葉を選ぶ必要はない。 167橘香:他の方と、なにか違うのですか? 168杏樹:皆さん、財界や政界、旧家のご子女ばかりだから。 ここは気位の高い方が多いの。 169橘香:んん。 私にとっては、どちらも雲の上のお話です。 170杏樹:そんな事ないわ。 通学生と成り上がりは、嫌な目を向けられる方は一定数いらっしゃるの。 171橘香:……どうなんでしょう。 172杏樹:あら。 今年の一年生は、皆様大人びていらっしゃるのね。 173橘香:あ、いや、外部入学だから。 私も遠巻きにされてるなあ、って感じてはいたんです。      それでその……隣の席の方と、少し仲良くなれたかな? と思ったので、      あの花の噂話をしたんです、二時限目の後に。 174杏樹:それで? 175橘香:今日の昼休みにはあっさり、皆さん私を仲間に入れてくれて。 私、ちょっと驚いちゃって。 176杏樹:お噂、どうお話したの? 177橘香:先輩に噂を教えてもらった、と話しました。      それとは別でオトカタ先輩にもよくして頂いてる、オトカタ先輩にも聞いてみた、って。      その、そうお話すれば、嘘は吐いてないと思ったんです。      皆さんと言っても三人だけだったから、いいかなって思ったんですけど……。 178杏樹:……。 ツバキさんのお家は、辿れば平安後期からお花に携(たずさ)わっていらして。      戦後すぐ、今でいうアパレルブランドを創設されているそうよ。 私達の学年でも、人気があった。 179橘香:で、すよね。 私も今日教えてもらって、驚いて……。      私は自力で仲良くなったつもりで、絶対に内緒にしてね、と言っていたので、なんか……。 180杏樹:仲良くして頂く切っ掛けができてよかったじゃない。 181橘香:それはそうなんですけど。 182杏樹:皆様ツバキさんのお話ばかりだった、それが面白くなかった。 そういう事? 183橘香:すみません。 こんな、子供みたいな相談で。 184杏樹:そうは思わないけど。 通学生だからと、あなたに根掘り葉掘り聞く方が失礼じゃない? 185橘香:んんん、そうなんですかね。 私はそうして頂いた方が話しやすいなって。      寮生の皆さんのお話は、その、難しくて……。 186杏樹:<溜息> 他の方のお話を、私は聞いていた訳じゃないから。      あなたが嫌がっているニュアンスはわからないけど。      それが嫌なものだったとしても。 守り人は、そういう人の面を見続けるの。 187橘香:……。 188杏樹:……キッカ。 あなたはどうして、守り人がいると思う? お噂の発端になる必要があると思う? 189橘香:どうして? 娯楽の為じゃ、ないんですか? 190杏樹:それだけではなくってよ。 <杏樹、棚からアルバムを持ち出す。> 191杏樹:あなたのような通学生や、私のような成り上がりの娘が。      秘密の庭を見つけたのは、幸運なのか、不運なのか。 わからないわね。 192橘香:……えっと? 193杏樹:交流会に招かれるの、優先的に。 これはその時の集合写真が載ってるアルバム。 194橘香:交流会。 学校同士のパーティー、とか? 195杏樹:<アルバム開く> 財界や政界の交流会を指すの。 最も、若年層向けの交流会だけど。      学校長に随伴(ずいはん)して、エウカリスの代表として出席するのよ。      ご覧になって。 こちら、守り人の先輩方。 十年程前から載ってる。 196橘香:わぁ……。 政界は、政治の事ですよね。 財界って? 197杏樹:……あなた。 中学校の社会科の成績は? 198橘香:学年の半分くらいですかね? でも世界史は好きです、私。 199杏樹:そう……。 <頭を抱える> 200橘香:あの、アンジュさん? 201杏樹:……あなた、素直みたいだから。 私、詳しく教えてあげる。 202橘香:いいんですか!? 203杏樹:初夏のパーティーまでによく覚えるの。 いい?      あなたの失敗は、私とツバキさんの恥でもあるの。 204橘香:恥。 205杏樹:後輩一人の指導すらできないのに、ノコノコ子息が参加されるパーティーに現れる。      どんな風に見えるのか、何となくわかるでしょ? 206橘香:あ、はい。 207杏樹:だから、……その。 208橘香:頑張っていこう、って事ですよね。 私頑張ります、アンジュさん達が自慢できるくらい! 209杏樹:……そう。 頑張って。 210橘香:そっか、エウカリスの顔になる為に、噂の一つ二つくらい自分でどーにかしなさい、      って感じなんですかね。 お嬢様の学校ってやっぱり違うんだなあ。 211杏樹:イヤになった? 212橘香:いいえ。 ちょっとびっくりしたけど。      今、こうしてアンジュさんとお話できてるのも、守り人になれたお陰ですもんね。 213杏樹:そうかもね。 私は上手にやれなかったから、キッカはしっかり…… <くしゃみ> 214橘香:大丈夫ですか? 215杏樹:あなた、猫に、触らなかった? 216橘香:え? あぁ、はい。 庭の方に子猫がいたので、だっこしちゃいました。 217杏樹:<くしゃみ> 猫アレルギーなの、私。 218橘香:え、あああ、ごめんなさい! 次からは気を付けます。      ちょっと待ってくださいね! <制服の上着を脱ぎ始める> 219杏樹:モトミヤさんも猫……な、何、なんで脱いでるの。 220橘香:毛を払ってきます。 今日体育があってよかったぁ! 221杏樹:<走ってカーテンを閉める> 駄目よ、急にそんな! 222橘香:<着替えながら> 大丈夫ですよ。 ここって誰も来ないんですよね? 223杏樹:<くしゃみ> だ、だ、だからって、その。 人前で急に脱いではダメよ、はしたないでしょう。 224橘香:あれ? そんな校則ありました? 225杏樹:……。 226橘香:<笑う> アンジュさんも、幼稚舎からエウカリスにいらっしゃるんでしたっけ。 227杏樹:<くしゃみ> そうだけど。 228橘香:公立の中学校では、あんな立派な更衣室なんてないから。 これが当たり前なんですよ。 229杏樹:男性の生徒さんもいらっしゃる、のに? 230橘香:時間を分けて着替えるんです、私の学校はそうでしたよー。      バタバタしてすみません。 猫の毛、払ってきますね。 231杏樹:……キッカ。 232橘香:はい? 233杏樹:その、言いにくいのだけど。 いくら同性でも、私達、つい数日前にご挨拶したばかりよ。 234橘香:はい。 235杏樹:<溜息> ……今日は、目をつぶるから。 私、本を読んでいてウトウトしていた事にするから。      もう少し、落ち着いて行動なさって。 236橘香:んん? はい、わかりました! <杏樹、橘香を見送る。> 237杏樹:…… <くしゃみ> 238橘香:──毎日朝五時に起きて、始発に乗り、駅からバスに乗って、降りたら校門まで二十分歩く。      秘密の庭の手入れを終えたら朝の礼拝に、授業。 授業が終わったら朝の行程をまるきり逆に。      中学時代は部活の朝練があったから、朝が早い事には元々慣れていたし、      級友達を真似て背を伸ばし、先輩達を真似て言葉遣いに気を付けながら過ごす事にも徐々に慣れた。      何より。 ツバキさんと、アンジュさんが、いてくれたから。 <数週間後。旧音楽室。> 239椿 :そういえば、もうすぐゴールデンウィークになるけれど。      あなた、ご帰省のご予定はお有り? 240杏樹:はい。 両親と祖母が、お手紙までよこしたので。      葉山へ出掛けますが、お土産は何がよろしいですか? 241椿 :気を使わないで頂戴。 ……でも。      冬休み明けに頂いた、あの長崎べっ甲は素敵でしたね。      買って来て下さるのならあなたが選んで頂戴。 242杏樹:私が選んだ物で、よろしいのですか? 243椿 :ええ、あなたはセンスが良いから。      ……ご両親と、おばあ様。 仲がよろしいのね、羨ましいわ。 244杏樹:ツバキさんは、今年は? 245椿 :今年も帰らないの。 246杏樹:然様ですか。 247橘香:──でも。 波紋のように次第に、緩やかに広まって。      一年生の教室棟で、秘(ひ)めやかに、けれど確かに囁かれるあの花の噂話を聞くのは、      少し、ほんの少しだけ、心の奥が冷たくなる心地がした。      それが。 発端は、水滴を落としたのは自分だという罪悪感に似た緊張感だったのか、      自分が口止めしたにも関わらず何故広まっているのか、という意地と邪推だったのか、      人が作り出した噂を、信じている無邪気な級友達を羨ましく思った嫉妬だったのか。      今も、よくわからない。 248椿 :……なあに? あなたがそんな、難しいお顔をする必要はありませんよ。 249杏樹:また、面倒な事になっているのではないですか。 250椿 :他所様を邪推するものではありません。 251杏樹:でも。 春休み前だってツバキさん、ずっとお顔の色が優れなかったのに。      新学期になってからは明るく過ごしていらっしゃったから、私安心していましたのよ。 252椿 :ありがとう。 アンジュが心配するような事は、何もありませんから。 253杏樹:それでも、 <橘香、入室する。> 254橘香:ツバキさん、アンジュさん! ごきげんよう! 255椿 :はい、ごきげんよう。 256杏樹:<橘香を睨みながら> ……ごきげんよう……。 257橘香:今日は調理実習がありました。 シフォンケーキを作ったので、ご一緒しましょう! 258椿 :嬉しい、ご馳走して頂けるの? 259橘香:はい。 ツバキさんもアンジュさんも、召し上がるのはコーヒーでよろしいですか? 260椿 :ありがとう。 淹れて下さる? 261橘香:はい! 262椿 :ご覧なさい、アンジュ。 人様ばかり気にせず、キッカのように溌溂としなくては。      カーテシーも、随分お上品になりましたね。 263橘香:お噂のお話をしたニシガミ様と、ヤマトリ様はご紹介しましたよね。      お二方が褒めて下さって、バレエの授業の後にはストレッチも教えて頂いたんですよ。 264椿 :まあそうなの。 お花のお陰でご縁ができたなんて、お噂は本当だったのかもしれないわね。 265杏樹:……お噂をお伝えした、イマエダ様のお名前がないけれど。 あなた、仲良くしていらっしゃるの。 266橘香:イマエダ様は、……寮生の皆さんとのお話の方が盛り上がっているみたいで。      仲違いはしておりません、今も教室の中ではお話していますよ。 267杏樹:そう。 イマエダ様は、おじい様が縫製工場を中国にお持ちですよね。 268椿 :そうねえ。 ごめんなさいね、キッカ。      級友が私とご縁があると知れば、イマエダ様も面白くないでしょう。      キッカの所為ではありませんからね。 269橘香:んえ? おじい様の工場が? どういう関係があるんでしょうか?      イマエダ様のお父様が経営されている、ブランドのカタログは頂きましたよ。      どれも素敵でしたが、私にはちょっと手が届かなくて。 270椿 :まあ……イマエダ様にも、気を遣って頂いてしまったのね。      私の家とは、ずっと前の代から切磋琢磨しているものですから。      その中国の工場というのもね、祖父が随分悔やんでおりましたの。      イマエダ様のおじい様は先見の明をお持ちで、もう三十年も前に、 271杏樹:ツバキさん。 この子には、競合他社のご子女だと。      つかず離れずのご関係だとハッキリ言わないと、伝わりませんよ。 272橘香:……あ! アパレル! 273椿 :はい、ご名答。 274橘香:ううん……ごめんなさい。 まだ、お家の仕事とかそういうのが……。 275椿 :謝らなくていいの。 そう、イマエダ様のご子女、エウカリスに入学なさったのね。 276杏樹:……キッカ。 あなたニシガミ様と親しくしていらっしゃるのよね。 277橘香:はい、よく気に掛けて下さいます。 278杏樹:彼女、旧華族のご子女だから。 色々楽しいお話をご存知だと思うの。      仲良くして頂いて、よく勉強していらっしゃい。 279橘香:旧華族、ええっと、 280杏樹:大昔の先代様からずうっとお金持ちのお家柄だから、あなたが知らない事を沢山知ってる。      金持ち喧嘩せず、というでしょう。 あのお家はどの旧華族様とも親しいから。      お茶会とか、誘われたら迷わず行って。 こういう家同士の繋がりとか噂とか、聞ける。 281橘香:成程! そう仰って頂けるとわかりやすいです! 282杏樹:そう。 お噂はエウカリスでは娯楽や武器になると、もう十分ご存知でしょ。      自身を卑下(ひげ)する必要はないけれど、皆様のお話が聞きたいと素直に言って。      見栄を張ったり、出しゃばってはダメ。 お茶会のお作法はまた改めてお教えしますから。      ツバキさんと親しい事は後ろ盾になるの。 逆にお名前に泥を塗るような事はしないように。      あなたが公立中学校から進学なさっている事は、もう皆様ご存知でしょう? 283椿 :<笑う> まあ。 アンジュは素敵なお姉様になったのね。 284橘香:すごくわかりやすいです! お茶会で、皆様のお話が聞きたい、伺いたい、ですね。      コレって言ってしまってよかったんですね! 失礼になるかと遠慮してました! 285杏樹:……ニシガミさん、私の学年に姉上様がいらっしゃるの。      陰湿な所がなくて快活で、私にもよく教えてくれたから。      彼女の妹君ならきっと、と思っただけです。 286椿 :ごめんなさい、私はそういう事に疎くて。 287杏樹:オトカタ様のお家柄なら、座っているだけで皆花よ蝶よと持ち込むでしょう。      成り上がりはそういう訳にはいきませんので。 288椿 :手厳しいのね。 そんな事ないのよ? 289朝陽:おやぁ。 いい香りがすると思えば、まさしく姦(かしま)しいな。 お疲れさん。 290橘香:モトミヤさん! ごきげんよう。 291朝陽:はい、ごきげんよう。 シフォンケーキ、いいね。 一年生の調理実習か。      練り切りを買って来たんだけど、霞んじまったな。 292椿 :また、外で買った物を持ち込まれて。 293朝陽:生徒は禁止されていても、私達は禁止されていないからな。      喜べ、名店七福堂(しちふくどう)の練り切りだぞー。 294橘香:七福堂! 私あのお店好きです! 295朝陽:お、知ってる? 中々渋いな。 296椿 :まあ、何なに? 和菓子屋さん? 297朝陽:そ。 外観はとんでもないボロだが、季節ごとの練り切りが絶品でな。      ちょっと用があって前を通って来たんだ。 キッカ、食べた事はあるか? 298橘香:勿論! コーヒーにも合うと思いますよ、召し上がって下さい。      モトミヤさんは? お飲み物、どうなさいますか? 299朝陽:私は紅茶でいいよ。 どれ、お手並み拝見。 300椿 :私、こちらを頂いても? 301朝陽:勿論。 これでツバキも共犯だな。 302椿 :まあ、禁止されていますけども。 目の前にあるのに頂かないのは、ねえ? 303朝陽:なぁ? それでいい。 アンジュは餡子が駄目だったな、どうする? 304杏樹:これにします。 漉し餡なら、少しは。 305朝陽:ああ。 アソコもなあ、いい店なんだが、主人がもう年配でなあ。 これが後何回食えるか。 306橘香:一番上の息子さ、ええーと。 ご子息がお家を継がれるそうですよ。      修行なさっていたそうで、来年には、って。 307朝陽:よく知ってるな? 308橘香:近所なんです。 309朝陽:え、キミあんな所から通ってるのか!? 310椿 :遠いのかしら? 311朝陽:車で一時間、いや、もっと掛かるぞ。      すまないキッカ。 朝の世話、大分無理してるんじゃないか? 312橘香:最初はちょっと頑張りましたけれど、もうすっかり慣れましたよ。 313朝陽:そうか……いや、そうかじゃないな。      ここの件はあくまで校外活動だ、何かあってはいけない。 やっぱり帰りは私が送るよ。 314橘香:悪いですよ。 駅まで母が迎えに来てくれるので。 315朝陽:いや、親御さんに負担をかけるのも申し訳ない。 送らせてくれ。      朝も迎えに出れたらいいんだが……。 316杏樹:……だから、通学生を守り人に、って。 難しいと思いますの。 317朝陽:じゃあ、明日からキッカを仲間外れにするのか? 318杏樹:そうは言っていません。 でも私、キッカに会った時に。      本気なのかって、ツバキさんに聞いたのに。 319橘香:ああああ、私は大丈夫なんで……!      こうしてお二人に沢山教えて頂けて、やっとエウカリスの生活が楽しくなってきましたし!      私が通う為ならって、母も頑張ってくれているから。 無茶はしていません。 320朝陽:……そうか? でもな、帰りは送らせてくれ。      携帯を貸すから、ほら。 今日から学校の職員に送ってもらうと、お母様に連絡しなさい。      ご都合さえ許せば、一言ご挨拶をさせてほしい。 321橘香:ええー……。 322杏樹:そうなさい、キッカ。 私も下校が心配。 323椿 :頼ると仰っていたじゃない。 ね? 324橘香:……じゃあ、そうします。 お借りしても? 325朝陽:ああ。 あ、あの猫また遊びに来ていたぞ、ちょっと構ってやったらどうだ。 326橘香:そうしますー! <橘香、退室する。> 327朝陽:<笑う> ……せめて、校内に携帯が持ち込めたらいいんだがなあ。 328椿 :いつも頑張っていてくれるから。 そんな苦労をなさっているなんて、気付かなかったわ。      私がもっと気に掛けるべきでしたね。 329杏樹:キッカはこのくらいでいいと思います。 あまり私達が世話を焼いては、摘み取ってしまいます。 330椿 :そう? そう思う? 331杏樹:はい。 素直で利発で、あれだけ怯(ひる)んでいた級友の皆様とも、上手くやれているようですし。 332朝陽:おや、そうなのか。 一年前の自分とは違うかい? 333杏樹:……。 334朝陽:<笑う> アンジュは後輩が入れば変わると思ってたよ。 最近は楽しそうで何よりだ。 335椿 :ええ。 ここでめそめそ泣く事もすっかりなくなりましたね。 336杏樹:そういえばモトミヤさん、音楽室にパーテーションを置いて頂きたいの。      キッカったら少し前に、猫の毛が制服についているからと、      私がくしゃみを始めたら目の前で突然着替え始めて。 とても驚きましたのよ。      公立の中学はこうだったと仰っていたから私が叱りましたけれど、あれでは、……何でしょうか。 337朝陽:<ニヤニヤしながら> いーや? そうかー悪いなー。      アンジュと私の猫アレルギーの件、キッカに伝え忘れていたなー。 338椿 :恥ずかしがる事はありませんよ。 私達、後輩が立派になって嬉しいだけなのですから。      でも。 あまり私達が世話を焼いては、摘み取ってしまいますからね。 339杏樹:……。 <コーヒーを呷る>      お湯の温度が高くてコーヒーが少々苦い事は、指摘してよろしいのではないかしら。 340朝陽:そうか、教えてやってくれ。 紅茶の方は文句ナシだからな。 341椿 :<笑う> <数日後。橘香、朝陽の車をノックし、乗り込む。> 342橘香:失礼しまーす。 343朝陽:はいどーぞ。 猫の毛は……払ったか。      キミ、相変わらずあの猫と親しいな。 344橘香:いいでしょう。 大変ですね、猫アレルギー。 345朝陽:アンジュ程重症ではないし、好きなんだがなー。 346橘香:<笑う> はあー……何回乗っても慣れないですね、この車。 347朝陽:遠慮すんな、ポルシェとはいえ中古だから。 毎日乗ってるんだからそろそろ慣れてくれよ。 348橘香:値段、想像つきませんし。 349朝陽:そーだなー。 株に手ェ出して……いつ頃買ったかな? 350橘香:言わなくていいです! 351朝陽:<笑う> ほれアイスティー。 出発しますよ、お嬢さん。 352橘香:はぁーい。 <朝陽、車を発進させる。> 353橘香:私、きっと一生自分で乗れないと思います、こんな素敵な車。 354朝陽:交流会でいい男捕まえて、乗せてもらえばいいだろ。 355橘香:そんな事の為に伺う場所じゃありませんでしょ。 356朝陽:歴代の守り人は殆どそこで捕まえてるぞ、旦那。 357橘香:ええ……。 358朝陽:ま。 女子高、それもエウカリスブランド、ってな。      守り人といえばさ。 そろそろ一月(ひとつき)になるが、噂の方はどうだい。 359橘香:広まってますよ。 この間、C組の方が噂しているのを聞きましたから。 360朝陽:面白くなさそうだな。 361橘香:いや、なんていうか。 発端になって本当の事を知ってると、尾ひれが、もう。      今日聞いたのは、あの花を枯らせたらエウカリスの創設者に祟られるって。 362朝陽:<笑う> 363橘香:つい先日までは、ついたお花の数から家族の人数を引いた数が、これからの恋人の数、だとか。      叶う願いの数だとか、背が高く育った方が願いが叶いやすい、とか。 そんな感じだったのに。 364朝陽:うん、うん。 今年の一年生は想像力が豊かだ。 365橘香:でも、どの教室の花も順調に育っていますよ。 366朝陽:そうだな、祟られたくはないだろうからな。 367橘香:……モトミヤさんは? 368朝陽:私ぃ? 交流会に律儀に顔出してる殊勝(しゅしょう)な男はちょっとなー。 369橘香:違いますって。 OBだって仰っていらしたけれど、守り人だったのですか? 370朝陽:いや。 守り人の件は配属後に知った。      在学中は、私もあの花を育てていたよ。 ちゃんと咲かせた。 371橘香:へええ! 372朝陽:実は、私も通学生でね。 実家が近かったのと、当時は家督(かとく)を継ぐ修行をしてたんだ。 373橘香:え。 374朝陽:双子の兄貴がいてな、結局そっちが継いだ。 私がアサヒ、兄貴がヨヅキ。 笑っちまうだろ? 375橘香:えー、素敵! すごい、朝と夜の兄妹なんて! 376朝陽:そうか? いやぁ、お互い出て来る時に性別を間違えたよ。      実家、ホテル業なんだがな。 兄貴の方がマメで丁寧で向いてた。 377橘香:……この辺のホテルって、ええ!? あの大きいホテルですか!? 378朝陽:そー。 そんないいモンじゃないし、戦後創業だから歴史も程々だ。      だからまあ、なんていうか。 エウカリスでも爪弾きにされた部類で。 379橘香:ああ……え、ええ? 社長令嬢やホテルのご子女が……? 別世界過ぎる……。 380朝陽:<笑う> 当時はあの花の噂を知らなかった、知れなくてな。      噂話をするような交友関係がなかったんだ。 よくしてくれた先輩はいたんだがな。      だから、キッカの話は微笑ましく思うし、羨ましいよ。 381橘香:そうですかねえ。 大人になったらそう思えるのかなあ……。 382朝陽:そんな訳で、通学生となりゃ気にかかるんだ。 キッカの話もしてくれよ。      お母様ともまだ会えていないしな。 お忙しいのか。 383橘香:まあ、ちょっと。 家を空ける事が多いので。 384朝陽:こちらはいつでも大丈夫だからと、伝えておいてくれな。 385橘香:あ、それは勿論。 母も上がってもらった方がいいかな、なんて言ってたんで。      酷いんですよ、キッカちゃん早く帰ったら一人になっちゃうから、      エウカリスにいてくれた方が安心だ、なんて言うんですから。 386朝陽:一人? お二人で住んでるのか。 387橘香:そうですよ……あ。 まあ、母子家庭ですけど、気にしないで下さい。 388朝陽:お母様お一人の手で、キッカがエウカリスに通えているんだろ? 感心していただけだよ。      明日から、ゴールデンウィークは? 一人で過ごすのか? 389橘香:母の生家が静岡にあるんですけど、毎年そっちで過ごしてます。 390朝陽:そうなのか、いいな。 静岡のどの辺りなんだ? 391橘香:沼津です。 タチバナの木って、わかりますか? 392朝陽:タチバナ? わかるよ、私を何だと思ってるんだ、植物学者だぞ。 393橘香:そうでした。      おばあちゃんが育てていて、マーマレードにして出してくれて、私それがすごく好きで。      名前の通りだねー、なんて。 よく話してるんですよ。 394朝陽:あれ、……あ、そうか。 ……名前にタチバナの字が入ってるのか。 395橘香:そうだ。 瓶に詰めてお持ちしましょうか?      モトミヤさんにはお世話になっていますし、結構珍しいと思うんで── <朝陽、車を路肩に停める。> 396朝陽:キッカ。 397橘香:はい? どうしました? 398朝陽:……あー。 キッカの名前は、お母様がつけたのかい。 399橘香:え? そうです。 私が生まれる時にはもう、父はいなかったので。 400朝陽:シラカワキコ、という名前に、覚えは。 401橘香:……母、ですけど。 402朝陽:ああ、……やっぱりそうか。 私の事は、お母様に話しているのかな。 403橘香:はい、あの……母が何か? 404朝陽:妹だった、私。 405橘香:──……え。 406朝陽:ああ、血は繋がっていない。 言ったろ、十五年前に廃止された、と。 407橘香:え、えっ? 408朝陽:静岡の生まれで、タチバナが育つ家で、……。 そうか、私に会いたがらない訳だなあ。 409橘香:あの、母って、もしかして。 410朝陽:うん。 ……退学で除籍になっているのは、OBという言い方で合っているのかな。      ──彼女。 キミを身籠って、二年の夏にエウカリスを退学したから。 <ゴールデンウィーク明け。旧音楽室。> 411杏樹:今日は元気がないのね。 412橘香:はい……。 413杏樹:ゴールデンウィークは、楽しくなかった? 414橘香:……いいえ。 415杏樹:熱中症ではないの? 416橘香:はい……。 417杏樹:あなたが大きなお声を出さないと、なんだか張り合いがないわ。 418橘香:うー……。 419杏樹:言いたい事があるなら、ちゃんと仰って。 420橘香:何でもないです……。 421杏樹:<溜息> なら、シャキッとなさいな。      そう机に突っ伏していたら、背骨が曲がってしまうわよ。 422朝陽:──はは。 そうか、こんな巡り合わせもあるモンなんだなあ。      急に変な話をしてごめんな。 キコさんの娘か、会えて嬉しいよ、改めて。 423橘香:……アンジュさんって。 424杏樹:なあに。 せめて起き上がってお話なさい。 425橘香:悩みができた時、いつもどうしてますか。 426杏樹:悩んでいるじゃない。 お話して。 427橘香:……いつもの感じで、話す悩みじゃなさそうなんです……。 428杏樹:お噂のお悩み? 429橘香:ではないんです、……何の悩みだと言えばいいかも、わからなくて。 430杏樹:なら、解決策の提案もできないわね。 431橘香:うー……。 432杏樹:……私、いつも、時間が過ぎるのを待つわ。 433橘香:時間? 434杏樹:悩みができた時。 時間が過ぎるのを、大人しくして待つの。 本を読んで。 435橘香:それで解決できますか? 436杏樹:大半はね。 皆私の事を勝手に諦めて、去って下さるから。 437橘香:アンジュさんから、ですか? 438朝陽:──……私が一年の、夏に。 彼女が退学すると聞いて、酷く怒って詰め寄ってしまったんだ。      キコさんが私に会いたがらなければ、挨拶は無理にしなくていいからな。      くれぐれも、キミが気にする事じゃあない。 わかったか? 439杏樹:……私の学年。 お噂が上手く回らなかったのよ。 咲いたお花の数も、例年より少なかった。 440橘香:え。 441杏樹:お噂の発端に、皆様お気付きになってしまって。      成り上がりの娘が、ご令嬢の皆様に取り入ろうとしていたんですって。      そこからはあなたが想像なさって。 気難しい方々は、私もお付き合いを遠慮しているの。 442橘香:それは、うん。 443杏樹:あなたもその方がいいと思うでしょ?      いくら学院の中で、あらあらうふふごきげんよう、がお上手でも。      ── <小声> 授業料も、寮の金も、誰に払ってもらってんだよって思うし。 ぶっちゃけ。 444橘香:……へ? 445杏樹:<小声> キッカ知ってる? 馬鹿みたいに高いの、ここの寮費。      月四十万払ってんの、私達の親。 446橘香:よんっ!? 447杏樹:<小声> 他のトコはこの半額で済むらしいよ。 プラス、授業料だ寄付金だとか、色々さあ。      親に金出させてクラスで派閥作って、何が楽しいんだか……      <咳払い> 私、つまらないなと思ってしまったの。 448橘香:は、えっと、そう、ですね……。 449杏樹:驚いた? 私、中々上手でしょう。 450橘香:すごく驚きました……。 451杏樹:私、ほんとはこうだから。 あなたが前に、不躾に人前でお着替えなさった仕返しよ。 452橘香:うっ。 453杏樹:<笑う> ……両親に負担をかけてるのはわかっていたから。 ここを辞めようとも、思った。      結局度胸もなくて、時間が過ぎるのを待ってた。 悩んで、時間を掛けて、今の私になったの。      失敗してしまったけど、でも。 勝手に去って頂けるのは、私にはありがたい事なのよ。      それに、この秘密の庭を見つけた事にも、何か意味があるのかもしれない、って。 454朝陽:──初めて会った時。 キミをアリスに例えただろ?      私もな、キコさんに初めて会った時に言われたんだ。      不思議の国のアリスみたいなお転婆さんね、って。      そんな言葉で私を認めてくれる人に、初めて出会ったから。      だから、彼女と学内で、エウカリスで会えなくなるのが、寂しかっただけだったんだよな。      まだ、十六歳だったもんなあ。 455杏樹:それでも私、二年生になったわ。      上手くできなくても、咲いたお花が少なくても。 心を許せるお友達も、何人か、できた。      失敗しても、私を守り人でいさせて下さる方々もいらっしゃる。      それに、キッカ。 あなたも入学してきてくれた。 456橘香:私ですか? 457杏樹:そうよ。 私みたいに見栄っ張りじゃなくて、素直だから。      きっと、今言葉にならなくても、頼れなくても。 あなたならいい方に向かえるわよ。 458橘香:……そうですかね。 んもう、急にギャルになっちゃったの、びっくりしたぁ。 459杏樹:<笑う> あなたが、お噂を広めた時。 私達に頼ってきたでしょう。      私も一人でムキにならずに、そうすればよかった、って。      人を頼ればよかった、そう思った。 勉強させてもらったわ。      たかが一年、先を生きているだけでは。 中々良い先輩にはなれないものね。 460橘香:──恐らく、母も守り人だったんだと。 薄々感じていた。      早朝から、それに放課後にも行われる校外活動。      部活動でもないのに帰宅が遅くなる事を許容し、多忙の中、送り迎えまでしてくれる。      何か感じ取っているのかもしれないと思っていた。      当時の自分と同い年のモトミヤさんと、一つ年上で、エウカリスの生活を知るらしい母と。      引き裂いてしまったのは父と、自分の存在だ。 だから、なのだろうか。      母は何故か、頑(かたく)なにエウカリスの生徒であった事を私に明かさなかった。 461橘香:……私だったら、言わないし会いたくないのかなあ……。 462椿 :誰に? 463橘香:うわあ!? つ、ツバキさんいつからソコに!? 464椿 :ごきげんよう。 先程からいましたわ。 465橘香:ご、ごきげんよう……お声を掛けて頂いたらよかったのに。 466椿 :掛けましたでしょ。 キッカ、今日はいい物があるの。 見て? 467橘香:……外出、許可証? 468椿 :今日はキッカに、エスコートをお願いしてもよろしいかしら? <商店街。> 469橘香:エスコート、って……。 ほんとに商店街でいいんですか? 470椿 :勿論。 私、一度こうして歩いてみたかったのよ。      あら、なんですかキッカ。 歩きながら物を飲まないの。 立ち止まってから頂きなさい。 471橘香:これは普通ですよ。 飲まずに熱中症になる方が困ります。      フラペチーノ、折角買ったのに溶けちゃいますよ。 472椿 :こんなに歩いている方がいらっしゃるのですから、気をつけないと。      飲みながら歩いて、ぶつかってしまったらどうするの。 それにはしたないですよ。 473橘香:買い食いがしてみたいって言ったの、ツバキさんです! 474椿 :……これも、買い食い? 475橘香:そうです! まあ、買い飲み? 476椿 :まあ! 思っていたより緊張感があるのね。 こんなに人がいらっしゃるわよ。      どうしましょう、私にできるかしら。 477橘香:歩きながらストローに口を付けて吸うだけじゃないですか……。 478椿 :緊張してしまうわ。 キッカ、あなたってばとっても器用なのね? 479橘香:……ほら、私、手を繋いで先に歩きますから。 これなら大丈夫ですか? 480椿 :まあ、どうもありがとう。 これならキッカに合わせて歩けば飲めそう。 481橘香:もー……。 ツバキさん、とてもすごいお家のお嬢様だとは存じていましたが。      まさかここまでだとは思いませんでしたよ? 482椿 :そう? ふふ、私にも飲めたわ。 このフラペチーノ、美味しいのね。      ねえあちらは? あんなに小さいコンビニもあるの? 483橘香:まさかコンビニに入った事ないとか仰らないで下さい!? 484椿 :ありますわ。 嫌ね、とんだ世間知らずだと思われているのね?      お買い物をした事はないので、小さな唐揚げが食べてみたいの。 鳥さんが描いてある。 485橘香:……それはこのコンビニじゃなくて、向こうのコンビニですね……。      あ。 ツバキさんって、猫! 好きですよね!? 486椿 :なあに、好きよ? 実家で三匹飼っておりますの。 487橘香:コンビニにいい物があるんで、買いましょう!      ちょっとだけ、私が校則を破るのを許してくれますか? 488椿 :ええ? 489橘香:二人だけの秘密で! ね? ね? 490椿 :……わかりました。 二人だけの秘密、ですからね? 491橘香:やったぁ! 目の前にあったら、仕方ないですもんね。 492椿 :そうよ、あったらしょうがないもの。      あぁそうだわ、キッカ、私クレープを食べてみたいわ。 どこかにお店は? 493橘香:ありますよ。 少し歩くけど、大丈夫ですか? 494椿 :大丈夫。 キッカがエスコートしてくれますもの。 <公園内。> 495橘香:はい、ツバキさん。 イチゴのクレープ。 496椿 :どうもありがとう。 ごめんなさい私、カードがあれば事足りると思っていて……。 497橘香:フラペチーノも唐揚げもご馳走して頂いたじゃないですか。      私が払ってるお金の方が少ないので、お気になさらないで下さい。 座りましょう。 498椿 :後で必ずお返し、待ってキッカ。 ハンカチを敷きなさい。 499橘香:ええ? 大丈夫ですって。 500椿 :いけません。 制服が汚れてしまいますよ。 501橘香:はあーい。 502椿 :<小声> ……ねえキッカ。 先程から、私達注目されていない? 503橘香:この制服と、ツバキさんがベンチの前でずっと立たれていた所為ですね。      座っていて下さってよかったんですよ? 504椿 :何かおかしかった? 505橘香:目立ちますから、エウカリスの制服は。 高嶺の花なんです。      それが、フラペチーノ片手に唐揚げ食べてて、次はクレープって。 んふふ。 506椿 :まあ……学院のお名前に泥を? 507橘香:そこまでじゃないです。 あと、ツバキさんの言葉も。 508椿 :私? 509橘香:丁寧すぎます。 ここじゃあ、私の方が正解ですからね? 510椿 :早く教えて下さればよかったのに! 511橘香:教えた所で、できるんですか? 512椿 :できますわよ、 513橘香:できるよ。 514椿 :……できるよ? 515橘香:じゃあ、学院に帰るまでそれで。 <クレープを食べる> 516椿 :……。 <黙り込んでクレープをじっと見る> 517橘香:あああ、超久々に食べた。 おいしー! 518椿 :……かぶりつくのよね。 お口回りが汚れたらどうしましょう。 519橘香:紙ナプキンありますから。 ほら、思いっきり。 <椿、ややあってクレープに齧り付く。> 520橘香:……美味しいです? 521椿 :美味しいわ。 嬉しい、私こうしてクレープ食べるの、夢でしたのよ。 522橘香:でしたのよ? 523椿 :夢、……だったの! 524橘香:ならよかったです。 こっちチョコですよ、食べますか? 525椿 :ええ。 いただ、……もらっ、て? ちゃいます? 526橘香:<笑う> 527椿 :キッカ、クレープが! 揺れて! <笑う> 528橘香:ああごめんなさい! 鼻の頭! クリームついちゃった、あはは! 529椿 :もう! <ややあって> ……チョコクレープ、ご馳走様。 美味しいわ。      元気、出たかしら? 530橘香:んえ? 531椿 :キッカの元気がないと、アンジュが心配していて。 532橘香:……それで、連れ出してくれたんですか? 533椿 :結局は、キッカに教えて頂く事ばかりだったわ。 悩み事は忘れて、笑えましたか? 534橘香:……ツバキさん、は。 535椿 :はい。 536橘香:あの。 こう、一緒に過ごした後輩とお別れする時。      どういう気持ちになると思いますか? 537椿 :寂しいと思うの。 それでも、きっと元気で過ごしていらっしゃると。      その後の糧(かて)に、するのでしょうね。 538橘香:糧? 539椿 :そうですよ。 次にお会いする時に、立派な姿を見られるように、見せられるように。      頑張ろうと思うわ、私なら。 540橘香:それは、お別れした後も、会いたいって事ですか? 541椿 :勿論。 そんな機会も作りたいわね。      どうなさったの? アンジュや私の卒業は、まだまだ先でしょう。 542橘香:……そうですよね。 そっかー! 543椿 :お別れしたとて、アンジュやキッカ、あなたがたの先輩である事は、変わりようがないの。      もう、私の一部なのですから。 私にとってそれは、家族以上の絆なのよ。 544橘香:家族以上? 545椿 :そうよ。 そのくらい、大切だという事。      悩んだり、困った事があれば、いつでも思い出して。      私はいつでも、アンジュやあなたの事を、案じていましてよ。 546橘香:──そのエスコートを終えて、家に帰ってから。 私は母に、エウカリスについて質問した。      母の第一声は、「バレちゃったわね」と、意に反して呑気なものだった。      妊娠での退学は前例がなかったそうで。 それに、気恥ずかしくて、話さなかったのだそうだ。      それとなく秘密の庭の話をした時に初めて、驚いたように目を丸めて。      母の口から、守り人という言葉が出た。      帰りが遅くなると聞いてまさかと思っていた、二代続けて守り人になれるなんて、と。      はしゃぐ母を諫(いさ)めて、彼女の後輩についても、聞いてみた。 <橘香の自宅前、車内。> 547朝陽:ほい、今日もお疲れさん。 戸締りはしっかりするんだぞ。 548橘香:アサヒさん。 549朝陽:んー? 550橘香:母が、来週の水曜でよければお待ちしてます、って。      でも。 塀を飛び越えずに、ちゃんと玄関から入るようにと、言ってました。 551朝陽:……おー。 もうそんな体力ないからって、伝えといてくれ。 552橘香:あのお花のご縁は本当だったって、喜んでましたよ。 553朝陽:そうだな。 ……あのお姉様は、守り人だったんじゃあないかと今は思っているが。      ご子女の見解はどうだい? ああ、返事はいいや。 来週の水曜、本人に聞くよ。 554橘香:──母はなんというか、昔から少し、抜けていて。      そもそも私の話す「モトミヤ」の苗字に気づいていないだけだった。      「モトミヤアサヒ」という名前と彼女の現在を伝えると、涙ぐんで喜んでいた。 <旧音楽室。> 555杏樹:あら。 今日は早いじゃない。 556橘香:アンジュさん、ごきげんよう。 557杏樹:ごきげんよう。 今日は私が調理実習でしたのよ、あなたにも差し上げるわ。 558橘香:マカロン!? すごーい! 美味しそうですね! 559杏樹:……あなた。 お悩みは解決したみたいね。 560橘香:あ、お分かりになりますか? 561杏樹:ええ。 あなたってばわかりやすいから。 562朝陽:お。 揃ってるな、ちょっと座ってくれるかい。 563椿 :大事なお話がありましてよ。 落ち着いて聞いて頂戴。 564橘香:──喜んだのも束の間。 一難去ってまた一難、とはよくいったもので。 565杏樹:……花が、切り取られてる? 566橘香:──それは、初夏の交流会間近に起こった。 567朝陽:──一年C組、一年D組の花壇で、計七輪。      葉や、蕾になるだろう数本が何者かに切り取られていた。      世話を担当していた生徒に先生方が話を聞いたが、心当たりがないそうでな。 568橘香:そんな……。 569杏樹:それって、人間の仕業? 野鳥や猫の仕業でなくて? 570朝陽:いや、人間だ。 切り口が啄(ついば)んだり、千切ったものではなかった。      スッパリ、ありゃハサミかカッターだな。 切り取られていたよ。 571椿 :生徒の皆様へ、しばらく花壇に近づかないよう通達が出るそうなの。      その後は先生方がご対応下さるとの事でしたが……。 572朝陽:花壇付近はもう立ち入り禁止になってるよ。      被害にあった生徒には、別の苗をお渡しするのも決まってる。      ああ切り取られていては成長も難しい上に、その、当人達の気持ちの面で。 573橘香:……。 574朝陽:あと、この話は他言無用にして欲しいんだがな。 先生方と私で後程、防犯カメラを確認する。 575杏樹:防犯カメラ? 576朝陽:寮や学内には設置されてない。 そこは生徒のプライベートだ、安心してくれ。 577椿 :……防犯カメラ、って。 どこにあるんですの? 578杏樹:そんなの聞いてない。 敷地内もプライベートじゃなくて? 私達が生活してる場所では? 579朝陽:落ち着け、落ち着け。 カメラが無きゃ万が一の時に困るだろ。      保護者説明会で説明されているんだ、生徒のプライバシーは守られている。      校門とグラウンド、裏口付近が主な設置場所だ。 画角で花壇が映る物もあるだろうと、 <橘香、駆け出す。> 580杏樹:キッカ! 待って、キッカ! <駆け出す> 581朝陽:っあー……。 まあ、うん、そうなるよな。 キッカも頑張っていたし……。 582椿 :大丈夫かしら。 583朝陽:私の話し方が悪かったか、悪い。 584椿 :いいえ、私も上手く……。 お花のお世話をしていた一年生は? 585朝陽:みんな落ち込んでいたよ。 噂を気にかけている子も、いた。 586椿 :キッカ、気負ってしまいそうですわね。 587朝陽:あの調子じゃあなあ……。 そこはツバキ、アンジュにも任せようと思う。      キッカ次第で、来週の交流会への参加も見送った方がよさそうかな。 588椿 :ええ。 私、それがいいと思いますの。      一年生の皆様も勿論ですが、あの二人が心配で……。 <花壇前。座り込む橘香に、杏樹が駆け寄る。> 589杏樹:き、キッカ……あなた、足が早いのね……。 590橘香:……体、動かすのが好きで。 中学はバレー部だったんですよ、私。 591杏樹:何を持っているの……何、それ? 肥料? ……キッカ? 592橘香:それ、そこ。 切り取られたお花みたいで。 593杏樹:え? あぁ、そうね。 聞いた通り、刃物で切り取られているのね。 594橘香:……。 595杏樹:それとコレが何の関係があるの? 596橘香:アンジュさん、ちょっと一緒に来て下さい! <アンジュの手を取り駆け出す> 597杏樹:えっ、ちょっと、あなた足が早いんだってば! <旧音楽室。> 598朝陽:お、戻って来た、……どうした、怖い顔をして。 599橘香:大丈夫です。 すみません、急に飛び出してしまって。 600朝陽:ああいや、今追い掛けようとしてたんだ。 601椿 :二人共、日傘も差さないで、 602橘香:秘密の庭の倉庫、剪定に使ってるハサミが一つ無くなってます。 603朝陽:あ!? 確か朝はあったよな!? 604杏樹:<息を切らしながら> な、無くなってた。 今一緒に見て来ました。 605朝陽:こりゃいよいよだな……待ってろ、職員室に 606橘香:まだハサミ、持ってますよね? 607杏樹:えぇ? 608橘香:だって。 私達今から、剪定の為にハサミを使う所じゃないですか。 609椿 :……。 610橘香:それに。 <橘香、椿に花壇で拾ったキャットフードを差し出す。> 611橘香:これ、何だかわかりますか。 612杏樹:……だから、何なのソレ? 613橘香:キャットフードです。 コンビニに、売ってる。      切られたお花の根本で拾いました。 私、同じ物を持ってます。 614朝陽:は? なんでそんな所に? 615杏樹:コンビニって。 あなた、校則違反よ? 616橘香:学院の外で買った物は持ち込めないから。      だから、二人だけの秘密にしましょうって言って、外出した時、一緒に買って。      ……倉庫から剪定のハサミを持ち出せて、キャットフードを持ち歩いている人。      お二人は違うでしょう、猫アレルギーなんだから。 わざわざ餌を持ち歩くなんて。 617橘香:あの花の噂。 誰も傷つかないお噂だからと。 私に仰ったのは、あなたではないですか。 618橘香:どうして、こんな事をしたんですか。 ツバキさん。 <間。> 619椿 :──……ハサミは、私の鞄にありますわ。 620朝陽:は!? 621椿 :きっと、しゃがんだ時にでも零してしまったのね。      <苦笑する> あの猫と仲良くなりたくて、ポケットに忍ばせていたの。      そちらは中々チャンスがなかったけれど。      私が悪い事をしようとしているって、猫もわかっていたのかもしれませんね。 622朝陽:ツバキが? やったのか、本当に? 623椿 :はい。 624朝陽:なんでこんな事をした? 防犯カメラを確かめればこんな事、 625椿 :防犯カメラがあるにしても、あの辺りが映っているとは、思ってなくて。 626朝陽:……防犯カメラを確認する件は、私が先生達を説得するから。 627椿 :いいえ。 お花をお世話していた一年生も、先生達も。 怖がらせてしまった事は事実ですから。 628朝陽:すまない嫌な話をするぞ。      いいか、オトカタのご子女がこんな事をしたと知れたら、 629椿 :オトカタの娘は、この程度だと。 盛大にやってしまって下さい。 630朝陽:<溜息> ……そうだよな。 やっぱり、家の件か。      ツバキ。 理由がどうあれキミは、してはいけない事をした。 敢えて厳しい事を言うよ。      キミはキミのエゴで、複数の後輩達の努力を踏み躙り、咲く筈だった夢を切り取った。      それは、わかっているね。 631椿 :はい。 632朝陽:うん、わかっているよな。 なら私が言う事は何もない。      生徒に世話を任せ、生徒に花について期待させる噂を流布させていた、私達の責任だ。      私が事を収めるから── 633杏樹:アンタ何してんの。 634椿 :……。 635杏樹:どうしてこんな事したの、ねえ。 636朝陽:アンジュ、 637杏樹:どうしてこんな事ができたの? アンタ自分が何したか本当にわかってるの? 638朝陽:アンジュ、それ以上は止そう。 ツバキは反省しているよ。 639椿 :お叱りにならないで。 アンジュの言葉の方が、ずっと正しいのですから。 640杏樹:何澄ましてんの? まずはキッカと花の世話をしてた一年生達に謝りなさいよ。      キッカも他の一年生もアンタの家とは無関係でしょ、 641朝陽:アンジュ、止めなさい! 642杏樹:だって! 643朝陽:キミがツバキを責めて花が戻るのか? なかった事になるのか? 違うだろ。      キミが一年生達とキッカを想うなら、これ以上は止めなさい。      何よりキミが、この行動を、尊敬している先輩を責め立てた事を、この先悔やむ事になるぞ。 644椿 :その家がね。 経営が傾いているの。 なら、娘の私がトドメを刺してしまっても、って。      ……もう、去年から同学年の皆様の間では、お噂されていてよ。 ご存知なかった? 645橘香:──噂、とは不思議なもので。 一つの種からいくつも、いくつも花が咲く事を。      私は、私達は。 よくよく知っていた。 646椿 :もう、皆様の間じゃ、蝶よ花よのオトカタの娘ではなくてよ。      でも。 お噂の中にも、本当の事が一つだけありましたの。      私が卒業したらすぐ、支援と引き換えにお若い企業の社長様の元に嫁ぐ、って。 647朝陽:は!? 今までそんな事、一言も、 648椿 :嫌よね。 下賤(げせん)の妻だとか、成り下がりだとか、身売りだなんて言われて。      お相手の方、よくできた方ですのに。 ……まあ、身売りは事実だけれども。 649橘香:──その花の成り方が、美しくあれど、どうであっても。      百合は犬猫にとって花粉すら毒性があり、あれだけ可愛らしい鈴蘭も非常に強い毒を持つ。 650椿 :キッカ。 嫌な思いをさせてしまいましたね。 本当にごめんなさい。      ……私ね、どうしてもあなたを交流会に出したくなかったの。      だって、皆、こんなに利発で素直なあなたを見つけたら、きっと攫っていってしまうと思って。 651橘香:──この事件は。      翌週には、変質者の男がいたとか、そもそも剪定されるべき花だった、とか。      生徒達の噂話はまことしやかにそんな花になって、すぐに枯れた。      誰も知らない真実は、噂に紛れて折れて枯れて、すぐに言及すらされなくなった。 652椿 :あなたが、私みたいに望まない結婚や、未来を強いられるのが嫌だったの。      私みたいに、古いだけの張りぼてのお家で過ごすのではなくて、      コーヒーを淹れる事を覚えて喜んだり、新しい友達と楽しんだり、勉強に悩んだり、      フラペチーノ片手に、唐揚げを食べて、クレープを食べて、そういう場所で、過ごして欲しかったの。 653橘香:──被害にあった同級生達は、真新しい、少しだけ背の低い花を育て始めた。      そういえば学校の花壇なんて、みんなの関心はそんなものだったな、と。 少しだけ寂しく思った。 654椿 :これしかやり方が思いつかなかったの。 浅はかでしょう。      ……頭を、冷やしてきますね。 655橘香:──モトミヤさんが後日、少しだけ教えてくれたツバキさんの家と、彼女の事情に。      私はただただ、口を閉じるしかなかった。 それは激昂していたアンジュさんも同じだった。      大人に、このエウカリスに通わせてもらっている私達にできる事は、何もなかった。      学校側はツバキさんを数日、ストレスによる体調不良という名目で療養させた。      事実上の謹慎ではあったけれど、それ以上彼女を罰する事はなかったらしい。 でも。 656橘香:ツバキさん! 657椿 :……どうしたの、キッカ。      私、あなたに酷い事をしたのに。 追い掛けてきてくれたの? 658橘香:あの、……て、テレビって。 ご覧になりますか。 659椿 :テレビ? ごめんなさいね、あまり明るくなくて。 何か? 660橘香:私の母、教育評論家をしてる、シラカワキコっていいます。      わ、ワイドショーとかで、よく、コメントしてて。 661椿 :まあ、立派なお母様なのね。 エウカリスを勧めて頂いた、とも言っていたわね。 662橘香:そうです、……それで、あの。 母はあまり経歴が明るくなくて。 シングルマザーで……。      それで呼んでもらえたりはするんですけど。 ネットとかで、すごい叩かれたり、して。      私、母を見ていて、人が追い詰められるというのはどんな事か、少しだけ知っています。 663椿 :……そう。 664橘香:私はそうならないようにって、エウカリスに通わせてくれてるんです。      ツバキさんの仰ってた事、ちょっとだけ、わかるかもしれません。      私も。 母やツバキさんが、嫌な思いをする事があるだろうと考えたら。      きっと、似た事をしようって、考える事があると思うんです。 665椿 :駄目よ。 こんな事をしては駄目。 悪いお手本なの。 666橘香:……母自身を守ってくれた人がいる事も、母がその人達を大事にしている事も、知っています。      ツバキさんは、私を守ろうとしてくれてただけだって、それもわかってます、だから、 667椿 :そうね。 厳しくても、苦しくても、花は咲くのよね。 あなたのように。 668橘香:……。 669椿 :私が摘んでしまったあの花も、雪の中で咲くのよ。 670橘香:はい。 671椿 :摘んでしまわなければ。 花は、咲くのよ。 ……私のお節介だったわね。 672橘香:……。 673椿 :シラカワさん。 大切な事を教えてくれて、ありがとう。 674橘香:──はい、先輩。 あまり落ち込まないで下さいね。 ごきげんよう。 675椿 :<笑う> あなたのカーテシー、いつ見ても本当に、綺麗ね。 676橘香:ありがとうございます。 677椿 :ごきげんよう。 また、いつか。 678橘香:──これ以降、どれだけあの花の噂が囁かれても、私が花を咲かせても。      ツバキさんは、秘密の庭を訪れる事はないまま、卒業していった。 679椿 :一緒にクレープ、食べに行きましょうね。 680橘香:──ツバキさんのカーテシーは。 敬意を表する、それは。      私のそれより、ずっと優雅で、美しかった。 <十年後。空港。> 681杏樹:……遅くない? 着陸が遅れてるの? 682朝陽:飛行機ってこんなモンじゃないか? 外交官夫人は流石、言う事が違うねえ。 683杏樹:それとコレとは関係ないでしょ。 684朝陽:いーや。 一般旅客機はこんなモンだね。 685杏樹:飛行機に何かあったんじゃないの。 686朝陽:そんな訳ない……お、来たぞ! 687杏樹:<手を振る> キッカ! こっち! 688橘香:遅くなってすみません! あのぉ、ネックレスが髪に引っかかっちゃって。      それで、他のクルーに取ってもらってて。 ごめんなさいー! 689杏樹:落ち着いて行動しなさいといつも言っているでしょう。 あなたはいつも、 690橘香:わー、ごめんって! でもねでもね、今回は待機が四十八時間!      も、とことん遊べる! 今回こそ! 691朝陽:おやぁ、いつもより長いな、好都合だ。 今日はカナダからだったか? 692橘香:そう! ティムホートンズコーヒー買って来たから、ねぇー許してアンジュ!      ごめん、ほんとにごめんね? 693杏樹:……いいわよ、あなたのせっかちは今に始まった事じゃないし……。 694朝陽:すごいぞ、外交官夫人は。      キミが数分遅れたばっかりに、飛行機に何かあったんじゃないかって。 695橘香:やだー過保護! 変わってなくて逆に安心する! 696杏樹:……あなたもせっかちが変わってないから、おあいこでしょ。      ほら、行くわよもう! 私買い物がしたいんだから! 697橘香:わざわざ空港で? 698杏樹:そう! 悪い!? 699橘香:悪くないでーす。 700朝陽:部屋、取ってあるからな。 まーたまた実家で悪いんだが。 701橘香:スイート!? 702朝陽:勿論。 可愛い後輩の為だからな。 703橘香:やった! アサヒさんイケメン! マジ、一生ついてく! 704朝陽:おーおー、可愛いヤツめ。 705杏樹:そろそろ顔覚えられそう……本当にいいの? 706朝陽:いいさ。 日本で集まれる機会はそうないからな。      しかしキミら、相変わらず肌のキメが変わらないっつか……      ああ、まだ二十代なんだっけ? ケッ。 707橘香:いや、アサヒさんはずっと年齢不詳でしょ。 そろそろ怖い。 708杏樹:わかる。 美魔女って身近にいると何か怖い。 709朝陽:そうか? ふふん、見習いたまえ若人よ。 710橘香:そういえば、お母さんからなんかすっごい写真来ましたけど。 711朝陽:あーアレ? 浜松まで行ってウナギ三昧。 いいだろ、美魔女の集会。      次は山口でトラフグの予定なんだ、二人も都合がつけば来るといい。 712杏樹:行く、え、行きたい。 来月外交なんで再来月で。 713朝陽:もう来月に決めちまったよ。 旦那一人で行かせりゃいいだろ。 714杏樹:無理だから言ってる! 715橘香:<笑う> いやあ、大人になったなぁ。 学生の頃は、こんなの想像できなかったもん。 716朝陽:だなー。 あの頃は歳が一つ違うからって、なあ。 大人になりゃ誤差なのにな。 717杏樹:まあ、苦労した分満喫してるし。 エウカリスブランド。 718朝陽:そうだ。 最近、あの花の噂はすごいぞ。      花を学年で一番綺麗に育てたら、殿方に七年間会う度に膝をついてプロポーズされるらしい。      なんと、その先輩の名前も出回ってる。 天使のようなお方だそうだ、なあアンジュ? 719杏樹:最悪。 720橘香:でも、七年プロポーズされるのはホントじゃん。 721杏樹:ほんとだから最悪なの! 722橘香:<笑う> いーなー、外交官夫人。 私もがんばろー。 723杏樹:CAなんて引く手数多でしょ、……ねえキッカ、顔がすごい疲れてる。 724橘香:そう? 725朝陽:そこのスタバで休んだらどうだ。 私達買い物終わったら、迎えに来るけど。 726橘香:あー……じゃあ、そうしようかな。 コーヒー買っとく? 727杏樹:後でラインする。 728橘香:わかったー。 729杏樹:……自然だった? 私。 730朝陽:と、思うけどな。 キミ中々役者だな、私の方が白々しかったかもしれない。 731杏樹:大丈夫か、キッカだし。 はーあ、こっちの気も知らずに、大人になったなーだって。 732朝陽:あのご対面から数秒で泣き出したキミが言える事じゃないな。 733杏樹:だって、……色々、思う事はあったから。 734朝陽:うん、謝れて偉かったな。 735杏樹:<笑う> あれだけ経済誌で顔見てたのにね。 会ったらぶわぁーって、きちゃった。 736朝陽:そりゃそうだ。 私だって自分のお姉様に会って謝った時、酷いモンだった。      いやあー……でもまさか、あの箱入り娘が。 ご実家を蹴っ飛ばして自分で起業するなんてな。 737杏樹:ほんと。 あの頃からは、全然想像できない。      ブランドの名前、あの花の名前でしょ。 権利とかいいの? 738朝陽:自分で交渉に来た、だから承認したよ。      きっとそのうちあのブランドの洋服は、良縁を招くとかなんとか言われるぞ。 739杏樹:また、皆さんに教えて差し上げないと。 あながち嘘でもないしね。 <空港内、コーヒーショップ。> 740椿 :──ごきげんよう。 ここ、いい? 741橘香:は、……え? 742椿 :フラペチーノは買えたけど。 ここクレープ置いてないのよね、失敗した。      どこか食べに行かない? 一緒に探しましょ。 二人には私から連絡しとくから。 743橘香:……ツバキさん? 744椿 :あらよくわかったわね。 私もキッカの事、すぐにわかったわ。      今はCAなんですって? 元気にしてるのね。 745橘香:……わかりますよ、私だって。 ああ、……クレープ、探すのはいいんですけど。      私昔、飲みながら歩くのははしたないって。 先輩に怒られましたよ。 746椿 :そうなの? 嫌な先輩。 鼻先にクリームでもつけてやりなさいな、あの時みたいに。 <二人、笑い合う。> 2024.2.19 初版 羽白深夜子 2024.2.23 更新 羽白深夜子 2024.2.26 更新 羽白深夜子 2024.5.1 更新 羽白深夜子 サイトへ戻る